STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~   作:明治アル蜜柑

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ドアを開けるなり、不快なほどの熱気に襲われて、椎名かがりは顔をしかめた。

 

6月頭にして今年初の夏日を記録したこの日、外は歩いているだけで額に汗がにじんでしまうような陽気だが、この六畳の和室は昼間から分厚いカーテンを引き、窓も締め切っていた。

 

脱ぎ散らかされた衣服。食べかけのパン。腐りかけた惣菜のパック。足の踏み場もなかった。

 

そして血と膿まみれの包帯やガーゼのたぐいが、壁にもたれてぼんやりと座り込んでいる半裸の女を中心に、大量に散乱していた。

 

部屋にはひどく生臭く、どこか甘ったるいような臭気がジワリと漂っていた。

 

 

「………っ!」

 

部屋の主、桐生萌郁はを上げて、期待に満ちた目を向けてきた。

 

「M4、まだ生きてたか」

 

だが、土足のまま足を踏み入れたかがりを見て、萌郁は落胆したように肩を落とした。

 

「FBじゃ……ない…。誰?」

 

「命の恩人に向かって、ひどい言いぐさね」

 

萌郁はかがりを睨みつける。と、同時に血の混じった胃液を吐き出した。傷口が開いたのか、腹部の包帯が赤く染まっている。萌郁は医師の治療も受けず、およそ5か月も前からずっとこの調子だった。

 

萌郁はあの日、ラウンダーとしての作戦行動中にロシア軍との銃源泉となり、失態を演じたのだ。任務に失敗しても、成功しても、ラウンダーは処理される。

 

そんな萌郁を助け、この部屋まで連れ帰ったのは、かがりであった。だが、公的な治療など受けられるはずがない。銃撃で負った傷を、病院でどう説明すればいいのか。警察に通報されて終わりだ。生きるか死ぬかの状態で、かがりは萌郁を放置していた。

 

だが、萌郁は自分の傷にあまり関心がないようだった。何よりも優先すべきは、手にした携帯電話でメールを打つこと。どうせひたすら敬愛する上司に対してメールを送り続けているのだ。その数がこの5か月間で1000通にも迫る勢いだった。

 

「どうして……FB、どうして、返事をくれないの………?」

 

FBというのはラウンダーにおける萌郁の上司。やりとりはメールのみで、会ったことさえない。だが、母親のように慕っている女性だ。顔も名前も知らないが。

 

萌郁は身体的な痛みよりもFBに捨てられたという精神的苦痛の方が何倍も大きいようだ。

 

 

 

 

かがりは片方の肩に担いでいたリュックと、ビニール袋を二つ、萌郁の足元に放った。その中には医師の処方箋がなければ手に入らない薬品類が入っている。激痛を押さえる事のみに使用が許可される違法薬物もあった。それと食べ物だ。レトルトや缶詰など、できるかぎり腐敗しにくいものが詰められてあった。

 

「生きる気がなくなったら言うといいわ。代わりに毒でも持ってきてあげるから」

 

反応はない、が、それにももう慣れっこだ。それに、今日はすんなり帰るつもりもなかった。

 

かがりは目にもとまらぬ早業で、萌郁が握る携帯電話を取り上げた。

 

「な、な……何をするのっ⁉」

 

萌郁は抵抗しようとしたが、もはや力もでないようだった。

 

「か、返して……」

 

取り返そうと、ゾンビ映画さながらに迫って来る。

 

「勘違いしないで。FBから新しい命令よ」

 

FBの名に、萌郁の動きが止まる。

 

「FBの……命令?」

 

「そう。受け取りなさい」

 

かがりはポケットから違う携帯電話を取り出すと、萌郁に放った。

 

「今までの回線は、ロシアやアメリカの諜報部に傍受されていて使えないわ。だから今後はこっちを使って指令が来る」

 

萌郁はおそるおそる、といった様子で新しい携帯電話を手に取ると、まるで我が子を抱きしめるかのように胸に抱いた。

 

「FBは……この携帯なら、メールをくれるの?」

 

「たぶん、もう来てるはずよ」

 

焦った様子で画面を開くと、萌郁の双眸から涙が溢れだした。先ほどまでの無感情な萌郁とは大違いだ。

 

書かれている内容は、生きていてくれてよかったということ。早く傷を治し、次の任務に備えること。次こそは成功して信頼を取り戻せということ。そして何度も、私の大切な娘、と念を押していた。

 

「よかったじゃない。FBはあなたを見捨てていなかった」

 

もちろん、これはかがりの捏造だ。5か月も生死の境をさまよわせてまともな判断能力を奪ったうえで、望み通りのえさを与えれば、どんな人間でも簡単に制御下に置くことが出来る。

 

「傷を…治したいの。FBの信頼に………応えなくちゃ…」

 

かがりが持ってきたリュックをぶちまけ、薬を漁る」

 

「それでいい。M4」

 

かがりは萌郁の前に膝をつく。

 

「私が治療してあげるわ。包帯を全部取りなさい」

 

 

 

 

 

かがりがアパートを出ると、もう日が暮れていた。数時間も、萌郁の治療に時間を費やしたことになる。手に薬品の匂いがしみついていた。数日は消えないかもしれない。舌打ちをしながらフルフェイスのヘルメットを被り、バイクにまたがる。

 

「神様の声、そろそろ、聞こえるかな」

 

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