STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
シャワーを終えて出てくると、ラボの部屋の明かりが消えていた。
「………」
予想通り、と鈴羽は拳を握りしめる。
かがりがすぐにここへ来る可能性を考え、至はあえて買い出しに行かせたのだ。その場に居合わせれば、人質として使われかねない。プロ同士の戦闘になる可能性を考慮しての選択だった。
シャワー前、鈴羽は蛍光灯をつけたままにしておいた。それが消えているとなれば答えはひとつ。
(かがりが、ここにいる)
鈴羽は下着もつけないままカーテンを開けた。
床に伏せるような形になって身構える。シャワールームから漏れてくる明かりで油断なく室内を見回すが、誰の姿も見えないし、まったく気配を感じない。
だが、鈴羽は目ざとく部屋の中が物色されているのを見つけた。ここからでは見えないが、開発室も同じだろう。鈴羽は拳銃を隠してあるいくつかの場所にそっと視線を走らせた。
一番近いのはベッド代わりにしているソファ。寝ているときに襲撃を受けた場合に備えて、座面の裏を破いて、サプレッサー付きのオートマティック拳銃を忍ばせてあった。
護身用の32口径なので、ちゃんと当てないと威力が弱いのが難点だが、小さいことと静音性に優れているのでそれを選んだ。
開発室の方から微かな音がした。普通なら聞き逃すような小さな床の軋み。だが、今の鈴羽にはそれで十分だった。
それまでの“静”から一気に激しい“動”へ。跳ねるようにソファまで一気に移動し、素早く銃を引き抜いた。
それを構えつつ、冷蔵庫の陰に滑り込む。そこから開発室のカーテンの奥を覗くと、ライダースーツの女が立っていた。
シン、と再び室内が静まり返る。だが、侵入者も、もはや気配を消そうとはしていない。これからの戦闘を予感させる。
「おかしな真似をしたら撃つ。手を頭の上に。そのままゆっくり出て来い」
「…………」
鈴羽が低い声で恫喝するも、相手は全く動じる様子もなく、ゆらりとその身を鈴羽の視線に晒した。
「ふん。この暑いのに、よくそんな格好をしていられるな?ヘルメットだけでも取ったらどうだ?」
あの時と全く同じ出で立ち。体の線に沿ってピタリと張り付いた皮革が、凹凸のはっきりしたとても美しいプロポーションを描き出している。
「あんたが捜してる物だけどね、そこにはないよ。あたしの服のポケットだ」
シャワールームの入り口を指さすと、相手もつられるようにそちらを見た。さっき脱いだばかりのシャツが雑然と置かれている。ヘルメットのシールド越しで表情は読めないが、それを凝視しているのが分かる。
「なぁ?落としたらダメじゃないか。ママからもらった大切な物だろう——かがり?」
そう口にした瞬間、かがりが先に動いた。
隠し持っていた軍用ナイフを抜き放ち、一気に間合いを詰めてくる。急所は外しつつ、鈴羽は躊躇なくかがりの脚に向かって引き金を引いた。
32口径の軽い発砲音とともに、かがりがバランスを崩し倒れる。
と、見えたのは完全なフェイクだった。
バランスを崩したふりをして、走る方向を鈴羽からシャワールームへと変えたのだ。あくまでも目的の物を奪取するのが先らしい。
だが、そんなことよりも、鈴羽はある事に驚愕していた。
「これは……っ!」
小さな銃とはいえ、反動が軽過ぎたのだ。もう一度発砲してみるが、かがりの動きは変わらない。
(ブランクカートリッジ⁉どうしてっ⁉)
鈴羽が手にしている銃は、いつの間にか弾頭のない空砲用のカートリッジに取り換えられていたのだ。
その一瞬の隙をつかれてしまった。
かがりはその間にシャワールームの前のシャツに手を伸ばしていた。
「このっ!」
鈴羽は撃つのを諦めて銃を鋭く投げつける。お目当ての物に夢中になっていたのか、固い銃身部分がかがりの首筋に当たる。かがりはバランスを崩し、シャツを掴み損ねる。
「ぐっ……!」
ヘルメットの中でくぐもった声を出した。その瞬間、鈴羽はかがりに向かって跳躍した。体勢を崩したままのかがりに、手加減なしの蹴りが炸裂する。
蹴り飛ばされた勢いで、かがりは部屋の隅まで転がった。肋骨の何本かは折れているはずだ。鈴羽は追撃を仕掛ける。
だが、かがりは恐るべき瞬発力で跳ね上がるように立つと、逆に鈴羽に突進してきた。カウンターのような形になり、鈴羽はすぐには止まれなかった。
「っ!」
むき出しの脇腹の先、わずか数センチのところを鋭い切っ先が走った。
薄く皮を切ったのか、タラりと血が流れる。だが、致命傷は避けた。
「お前ぇぇぇっ!」
かがりは本気だ。躊躇なく、自分を殺すつもりで来ている。後ろに飛び退りつつエモノを探す。
だが、おそらく他の銃も駄目だ。間違いなくどれも空砲に換えられてしまっているはずだ。侵入してからの短時間でそんなことができるとは思えないが、鈴羽は考えるのを止めた。
今はそれどころではない。
鈴羽はチラリと台所を見る。由季がまゆりに料理を教えるために買ってきた包丁がある。
だが、かがりは鈴羽の視線に気付いていて、鈴羽にそちらへ行かせないような位置へと回り込む。
「へぇ、ずいぶん場慣れしてるじゃないか。とてもマシンの中でベソベソ泣いてた子供とは思えないな。驚いたよ」
挑発しながら一定の距離で対峙しつつ、壁に沿って室内をゆっくり移動する。
「ほら、かがり。これだろう?」
台所は諦め、シャワールームの方へと移動したのだ。シャツを拾い上げ、うーぱを取り出す。
「どうした?取りに来なよ?」
鈴羽は指先でキーホルダーを押しつぶすような動きをしてみせた。途端、かがりがピクリと反応した。分かりやすく動揺している。
「………っ!」
次の瞬間、鈴羽はそれをかがりの腹部あたりにめがけて軽く放った。
キーホルダーはゆっくりと放物線を描きながら飛んでいく。かがりは鈴羽の狙い通り、それを慎重に掴み取ろうと両手で受け止める姿勢になった。
そして掴んだ瞬間——。
「ィァァッ!」
鈴羽は一直線に鋭い突進を仕掛けた。右の拳を腹部に思いきり叩きこむ。そしてそのままかがりをなぎ倒した。
かがりは右肩から倒れこんだ。関節の外れる鈍い音が鈴羽にも聞こえた。かがりの手からナイフが落ちる。
そのまま鈴羽はマウントポジションを取る。そしてかがりの右腕を容赦なく引きねじった。
それと同時にヘルメットの下の首に左腕を回し、グイっと締め上げる。
「ぐ、ぐ……ぐっ…」
うめき声のようなものが聞こえる。メリメリと骨の軋む音と感触が伝わって来る。