STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
「おとなしくしろ!殺しはしない」
それでもかがりは止まらない。不自然な体勢のまま床に落ちたナイフを左手で拾うと、それを突き立てようとしてくる。
それを防ぐために、鈴羽もまた、締め上げる力を強めなければならなかった。
膠着状態が続く。といっても、このまま続けば落ちるのはかがりだ。
「もうやめろ、かがりっ!今のあたしには、お前の気持ちだって分かるんだっ!でも、やっぱりそれは間違ってる!間違ってるんだ!」
それでもかがりは抵抗を止めない。それどころか抵抗する力が増している。
(こ、こいつ…どんな訓練を受けてきたんだっ⁉)
ここまで急所を決めてしまえば、どんな屈強な兵士だろうと気絶するはずだ。だが、抵抗を続ける限り、鈴羽もさらに強く締め上げる。このままでは、かがりを殺してしまうことになる。
「鈴羽、おねえちゃ……痛い……苦し……」
ようやく声らしい声を聞いた。ひどく悲しげで、弱々しい声がヘルメットの奥から漏れてくる。幼い頃のかがりとは、声が違っていた。もう自分よりも年上だ。声変わりもする。
そんなことが頭をよぎって、思わず鈴羽は両腕の力を弱めてしまった。
だが、かがりの狙いはそれだった。緩んだ鈴羽の左腕に、ナイフが思いきり突き立てられそうになる。
それをかわすために腕を離す。かがりはその隙に背中に乗った鈴羽の身体を振り切り、両足で腰のあたりを蹴り飛ばした。
鈴羽は後方にあったPCデスクに背中から激しく打ち付けられ、一瞬息ができなくなった。
衝撃で上からパソコンのモニターやらが落ちてきて、鈴羽に容赦なく降り注いだ。
「ゲホッ……ゲホッ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
だがかがりの追撃は来ない。鈴羽もかがりも、お互いに荒い息を吐きだしていた。
かがりの右腕は、付け根からあらぬ方向を向いていて、ただぶら下がっているだけだった。
しばらくは使い物にならないはず。だが、左手にはまだナイフが握られていた。
「お前、ずいぶんと汚い真似まで覚えたんだな…」
かがりを思いきり睨みつける。
お互いに沈黙し、息を整える。
膠着状態が続いた。だが、その均衡は、玄関のドアが開く音によって破られた。
「おおーい鈴羽―?今すごい音しなかったー?」
その声に鈴羽の背筋は凍り付く。
「あれ、なんで真っ暗なん?」
ダメだ——。
そう言おうとするよりも、かがりの動きは速かった。
至が明かりを付けた瞬間にかがりは動いた。突然の光に目がくらんだ鈴羽と違い、かがりはフルフェイスのヘルメットを被っていたおかげで動きが阻害されなかったのだ。
「うわあぁっ⁉」
悲鳴を上げて立ち尽くす至の喉元に、かがりが漆黒のナイフを突きつける。
「父さんっ‼」
「ひ?ひあ?ひああ?」
首筋に刃先を押し当てたまま、かがりは至の巨体を盾に取る形で背後にじわりと回っていく。
「その手を離せ…かがりっ!」
「…………」
「父さんに傷1つでも負わせてみろ。たとえお前でも、本当に………殺す」
「…………」
かがりは答える代わりに、至の陰に隠れながら、ドアの外側に出た。そして次の瞬間、至の大きな背中を思いきり突き飛ばす。
「おわぁぁ!」
至はバランスを崩して、鈴羽の上に倒れこんできた。鈴羽が押しつぶされるような恰好になる。かろうじて至が全身を支えたため、鈴羽が潰されることはなかった。
「どいてっ!」
強引に押しのけようとするが、あまりの重さに手間取ってしまう。
「だから痩せろって言ったのにっ!」
「えええ…」
このままでは逃げられる。すぐに追いかけようと思った鈴羽だが、至がシャツを放り投げてきた。
「鈴羽、これ着てっ!」
そう言えば全裸だったのだ。鈴羽は素早く頭から被ると、外へ飛び出した。
だが、路上に出て周囲を見回してみても、すでにかがりの姿は影も形もなくなっていた。
「………逃げられた」
こうなるとあちこち探しまわるのは危険だ。ラボを離れた隙に、至が襲われる可能性もある。
「い、今のって、まさか……かがりたん?」
至が慌てて追いかけてきた。
「……うん。たぶん間違いない」
「そっか…」
「………結局、あの子とは、こうなっちゃうんだな」
全身の痛みがひどい。だが、それ以上に心の奥底を責め、さいなむような疼痛が、一番強く、重く感じられた。
「あたしさ。あの子の事……本当に、好きだったんだ……」
「うん」
「小さくても勇敢で、まゆねえさんを護るためにいつも頑張ってて……。あたしも、そんなあの子に色々なことを教えた。きっと……妹みたいに思ってた」
「うん」
「けど……あつはもう……完全に敵だ」
すると、至が乱れている鈴羽のシャツの裾を直してくれた。
「今の鈴羽、なんかエロゲ―の痴女キャラっぽい格好になってるお」
「え?あ?」
いきなり関係のない事を言われて、呆然としてしまう。
確かにミニ丈ワンピースくらいのTシャツは肩からずり落ち、あやうく胸が出てしまいそうになっている。
裾も半ばめくれ上がって、今にもきわどい部分が覗けてしまいそうだ。
「まぁ、ボクは痴女モノも結構いける口なんで、乱れた裸Tシャツというのも有りといえば有りですが。むふ~」
「またそうやってふざける。大怪我してたかもしれないのに」
収束で死なない事と、怪我をしないことはイコールではないのだ。もう少し危機感を持てと言いそうになったところで、至は急に真面目な顔に戻って首を横に振った。
「ボクさ、さっきはナイフ見て騒いじゃったけど、でも、怖がる必要なかったんじゃないかなって……」
「どういう、こと?」
「あれがボクの聞き間違いじゃなかったら——」
至はナイフの切っ先が当てられていた首のあたりを指でなぞる。
「たぶん、泣いてた」
「…え?」
あれだけの激闘を繰り広げたのに。ヘルメットの下で泣いてた?理解が出来ず困惑する。だが、至は包み込むように優しく、鈴羽が欲しかった言葉をくれた。
「だからさ、決めつけるのはまだ早いんじゃね?」
どこまでも人を信じようとする優しい父に、鈴羽は思わず抱き着いた。
「………っ!」
「大丈夫。あの子はまゆ氏の娘なんだ。敵なんかじゃないお」
鈴羽の背中に腕を回し、優しく撫でてくれた。
「父さん…」
「んお?どしたん?」
「アイス、買ってきてくれた?バニラ…」
「おう!もちろん!山ほど買ってきたのだぜ!」
ひとつでいいと言ったのに…。
「食べたいな………あたし、ちょっと疲れちゃっ、た……」
そこまで言ったところで、鈴羽はその場にガクンと崩れ落ちそうになった。
「うおぃっ!」
至は抱きしめた状態から、鈴羽が倒れてしまわないようにしっかりと支える。
「ごめ………少しだけ、休ませ……」
それだけ言うのが精いっぱいだった。
「ごめんな…。鈴羽にばっかり辛い思いをさせて」