STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
鈴羽はイライラしていた。
一番端の席で帽子を目深にかぶり、顔を隠している。そして、少し離れたところに座っているカップル客の様子を鋭く観察している。
場所はゴーゴーカレー。昼を過ぎて午後二時頃。ピークは過ぎていて、客は半分ほどと落ち着いている。
「お待ちどうさま、メジャーカレーでーす!」
威勢のいい声とともに、カップルの前に巨大な銀の皿、というか盆がドカンと二つ置かれた。他の客はそれを見てざわついている。
鈴羽の大好物なそれは、一般人がおいそれと手を出せない怪物メニューだ。だが、客がざわついているのはそれだけではない。そのカップルがひどく目立っているからだ。
男の方はメジャーカレーがいかにも似合いそうな巨漢だが、女の方はスリムで優し気な美女だったからである。そのカップルの組み合わせも、美女とメジャーカレーの組み合わせもアンバランス過ぎた。
(いったいなんで、初デートの昼食がメジャーカレーなんだよ!)
美女と野獣のカップルは、当然ながら至と由季だ。
午前中に有楽町で映画を観た後、秋葉原まできて、そしてこのゴーゴーカレーに入ったのだ。鈴羽はずっと尾行をしていた。だからこそ、このデートコースが信じられなかった。
(せっかくの初デートなんだから、もうちょっと他に選択肢もあるだろっ!)
この時代の若者文化に疎い鈴羽でさえそう感じるのだ。由季はさぞ困っているだろう。至がそこまで気が利くとは思えないが、もうちょっとこう、オシャレなお店を選ぶとか、できなかったものなのか。
スプーンを握りながら、そんなことを考えていた鈴羽だったが——。
「うわぁ!写真よりもすごいですね!」
意外にも、由季は周囲の目を気にする様子すらなく、出されたメジャーカレーを前に無邪気に声を上げていた。
「え、えと、あの……阿万音氏………もし食べきれなかったら、その……ボクが食べてあげるですから……」
「はい。ありがとうございます。けど、これでも私、けっこういけるんですよ?」
「そ、そうですか。びっくりですお…」
「ふふふ。実はいつも、お店の外でメニューだけ見てて、一度食べてみたかったんですよね。連れてきてもらえて、嬉しいです」
「そ、それは実によかったですお」
由季がこのお店を気に入っているのは意外だったが、それはそれとして、鈴羽はまだイライラしている。
この至の態度だ。
映画を観終わったあたりから、どこかぎこちない。
いつも猫背で丸まっている背中も、無理にピーンと伸びている。
一挙手一投足がギクシャクしていて、ポンコツのロボットのようだ。
危うい手つきでコップに何杯も水を注いでは、次から次へとグビグビ飲んでばかりいる。
至は頼まれて由季にも水のおかわりを注いだが、ぎこちない動きで水を由季の手にこぼしていた。由季は気にした様子もなく、軽く手を拭いて食べるのを促す。
「それじゃあ、いただきまーす!」
握ったスプーンとフォーク。山盛りのカレーを前に、一瞬だけ由季の顔がギラついて見えた。まるで獲物を狙う肉章句動物のような。
(………母さん?)
「い、いただきます…」
楽しげに食べ始めた由季とは対照的に、至はやけにお上品でおとなしい。一切れのカツをちょびちょび食べている。会話はない。
(いったい何をやってるんだ、父さんは……。あんなんじゃ、母さんに愛想尽かされちゃうよ)
ラインで指示を出そうかと、スマホを取り出した、そのとき——。
「はい、メジャーカレー!ルー増し‼お待たせしましたー」
「…⁉」
鈴羽の目の前のテーブルにも、ドカンと巨大な皿が置かれた。またも周囲の客がざわめく。
そういえば、至たちを尾行して店内に入ったとき、いつもの癖で自分もメジャーカレーを注文していたのだった。ルー増しで。
これでは目立ってしまう。決して広くはない店内では、まさに自殺行為だった。
だが、仕方がないだろう?
つい先日、かがりとの一件があって、至にここに連れてきてもらったばかりなのだ。
普段は快楽に身を任せてしまわにように自制をしているが、その日はトッピング解放という、神をも恐れぬ所業を許してくれたのだ。
その味が忘れられない。成り行きでここに来てしまったら、頼まざるを得ないだろう。
「あら?」
案の定、由季がこちらを見た。
「……ぅ」
目が合う。完全に合う。
「鈴羽さん!いたんですか⁉」
「あー、えと。うん。偶然だね。由季さん。兄さん……あはは、はは」
頭をポリポリと掻きながら、笑って誤魔化そうとする。が、意味はないだろう。
「声、かけてくれれば良かったのに」
「いや、気が付かなかったんだよ。全然」
今すぐに店を出ていくべきかと思ったが、目の前に置かれたメジャーカレーに口を付けずに出て行くことは出来なかった。
戦争時代を経験した鈴羽にしてみれば、食べ物を粗末にするなど、絶対に許される行為ではないのだ。
2人の視線を感じつつ、やむなくスプーンを手にする。
(父さんも父さんだ。見つかっちゃったんだから、フォローくらいしてよ!)
無理な相談だとは理解しつつも、心の中で至を睨みつける。
「とまぁ、そういうことなんで、2人ともごゆっくり…」
かくなる上は1分1秒でも早く目の前の特盛カレーを食べきり、店を出て行くしかない。あの2人の邪魔をしないためにも!
ところが、そんな鈴羽の決意とは裏腹に、由季はトコトコと席に近づいて来て、鈴羽のカレーをひょいと取り上げてしまった。
「あっ……?」
「あのー、すみません、店員さん?お友達なんですけど、席を移ってもいいでしょうか?」
「はい、どうぞー」
「OKですって。一緒に食べましょうよ」
「ちょちょちょ、ちょっとっ?なんで?」
「なんでって、ほら、鈴羽さんもメジャーカレーじゃないですか。これはぜひ、勝負せねばーと思って」
「しょ、勝負⁉」
「審判は橋田さんにやってもらいましょうっ」
由季は鈴羽の返事も待たずに、カレーを自分たちの隣の席に持って行ってしまった。
「いや、あの…っ!」
やむを得ず鈴羽も2人の方へ移動すると、由季に耳打ちした。
「デート中、なんだよね?」
「え?あ、そうです。デート中です。改めて言われると照れますね。うふふ」
「…………」
由季は至の方をチラチラと見ながらそう言うが、至は無反応だ。その反応に由季は少し目を伏せたような気がした。
「あ、あたし…デートとかした事ないから、詳しくないんだけどさ。デート中に、他の女とカレーの早食い対決したりするもんなの?」
「さあ。どうでしょう。私もデート、初めてですし。でも、アニメとかコミックスとかにそういうのありません?お兄ちゃんを取られたくない妹が、彼女さんに向かって『勝負だ!』みたいなの」
なぜか由季はやけにやる気に満ちている。ギラギラした瞳で鈴羽に訴えかけてきている。
(あ、あたし、敵対意識を持たれてるのか?)
そういうつもりは一切ない。
至は父としては大好きだが、由季から——母親から奪おうなどとは思っていないのだ。
未来での話になるが、幼心に、2人のイチャイチャ具合には胸焼けしたものだ。戦時中でそんな余裕はなかったというのに。
これはマズい流れだ。至も何か言ってくれればいいものを、悟りを開いたかのような顔をしている。
「し、知らないってば!そういうものなの。兄さん?」
「…………」
直接名指ししても無反応。ただひたすらにカレーを口に運んでいた。
「…兄さん?」
「ナンカ、言ッタ?」
「どうかしたの?なんかおかしいよ?」
「ドウモシテナイお。オカシクナイお」
「うん?」
思わず由季の方を見る。
「ああ……」
由季はここで初めて困ったような表情を見せた。
(母さん……?)