STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
「よう、ダル」
ラボに入っていくと、ダルが少し慌てた様子で出迎えた。
「ああ、オカリンか。1人で来るなんて珍しいじゃん」
室内はなぜか焦げ臭い。そしてシャワールームを使ったのか、石鹸の香りが混じっている。ただし、ダルがシャワーを使ったんじゃないのは確かだ。
顔と服が黒く汚れているからだ。鈴羽がいるのかと思ったが、シャワールームの電気は点いていなかった。
「お前、何してたんだ?真っ黒だぞ?」
「ああ、えっと……これは………この前、粗大ごみの電子レンジを拾ってきたんだよね。で、さっきそれでコンビニ弁当温めてたら、爆発した」
「ちょっ、爆発って……お前、大丈夫だったのか⁉」
「ブラウン氏に怒られたお…」
「それはともかくだが、よく死ななかったな…」
ラボを追い出されれば、鈴羽の暮らす場所がなくなってしまう。ここはα世界線じゃないから、やらかしてしまうと本当にラボを追い出されかねない。
「んで、今日はどうしたん?まゆ氏は来てないけど」
「お前に話があるんだ。朗報だぞ!」
「だが、断る」
「まだ何も言ってないだろう」
「オカリンが持ってきた話がまともだったことなんて一度もないんで」
「まぁ聞けって」
俺がダルに持ってきたのはヴィクトルコンドリア大学の情報科学研究所への留学の話だ。
というのも、レスキネン教授は新型脳炎の調査のために日本に来ている。俺は定期的に連絡を取り合っているんだ。昨日も食事に誘ってもらった。
教授は真帆がこっちに来ていることも知っていて、沖縄から送られて来た真帆の写真も見せてもらった。波打ち際で固い顔をしている真帆の写真だった。家族か友人かに撮ってもらったのだろう。
そんなわけで、教授とはよく話をしていて、留学の話題にもなる。俺がヴィクトルコンドリア大学に留学する事もそうだが、ダルにも興味を持ってくれたんだ。
世界最高峰のハッカーが集まる場所で、ダルの腕前なら十分に通用するだろう。
「忙しいんでとりあえずパス」
「まぁ教授と会うくらいは考えておいてくれよ」
何度かこの話をしているんだが、ダルは難色を示す。秋葉原を離れたくないと一点張りだ。まぁ、鈴羽もいるし難しいとは思うが…。
「ダル、ドクペって置いてあるか?」
「さぁ、どうだったかな。まゆ氏が買い置きしてあるかも」
俺は冷蔵庫の中を覗き込む。普通のコーラやミネラルウォーター、スポーツドリンクなどが入っている。しかしドクペはない。
冷凍庫の方には、相変わらず『ジューシーからあげナンバーワン』が大量に詰め込まれている。まゆりのやつ、ずいぶんと買い込んでるようだ。前よりも明らかに増えてないか?
成長期……というよりかは、鈴羽の分もあるのかもしれない。
ダルに断りを入れて、スポーツドリンクを1本もらう。
喉を潤しながら、冷蔵庫の横を見ると、お菓子保存用の棚に、カップ麺やスナック菓子に混じって、バナナが5房ほど置かれていた。
これもきっとまゆりだ。けど、それにしても、からあげといい、おやつの量が増えすぎているような気がする。
どれだけ食べても太らない体質だと本人は言っているが。
「まゆりのやつ、バナナを買いすぎじゃないか?」
「ああ、それ買って来たの、まゆ氏じゃなくてボク————あ」
言いかけて、途中でダルはハッとした顔をした。
「ん?」
俺が目を向けると、あからさまにサッと目を逸らす。なんだろう、さっきから様子がおかしい。
こいつ、何か隠してないか?
「いつからバナナ好きになったんだ?前はそんなに食べてなかっただろう」
「い、いや、ほら、鈴羽に言われてるんだって。ダイエットにいいから毎日食べろってさ」
「そういえば、昔そんなダイエットが流行ったな」
テレビで紹介されて市場からバナナが消えた、という馬鹿馬鹿しいブームがあった。うちの岡部青果店でも、ブームに乗り遅れた親父が大量に仕入れたものの、すぐに下火になって大量に余らせていた記憶がある。
「だからって買い過ぎじゃないか?色変わってきてるぞ?」
ちょうど小腹もすいていたので、1本いただくことにした。
房からバナナをもいで、皮を剥く。
たまにはバナナも悪くない。俺は三口くらいで食べ終わると、皮を可燃ゴミの箱に放り込もうとして——。
「…………」
奇妙な事に気付いた。
ゴミ箱の中が、バナナだらけだったのだ。その量は尋常じゃなかった。ゴミ箱の半分以上がバナナだけで埋まっているほどだ。
しかも皮だけじゃない。なかには半ば腐りかけ、夏場の暑気のせいで嫌な臭いを発しているバナナそのものも捨てられていた。
俺はあの時のことを思い出した。
『またゲルバナ作るのー?』
そう。1年前、実験に明け暮れ連日のようにここに泊まっていたあの時。
直前に見た冷蔵庫の中身の事が脳裏をよぎった。
あの不自然なまでに大量のジューシーからあげのストック。そして大量のバナナ。
「っ!」
これは、まさか……。
俺は汚れるのも構わず、ゴミ箱に手を突っ込んで中を引っ掻き回した。
「ちょっ、オカリン⁉」
ダルが俺の行動を見てオロオロしているが無視する。
予感は当たった。
バナナの残骸のその下からは、からあげの空き袋が大量に出てきた。
いくらまゆりと鈴羽とダルでも、毎日毎日ここまでからあげやバナナばかりを食べることはない。
「…………」
さらにゴミ箱の奥の方を漁ってみる。
そしてそこに、見たくはないものを見つけてしまった。
「なぁ……ダル?」
「な、なんぞ?」
「バナナと冷凍からあげの組み合わせ……懐かしいな」
「う、ん……?」
「1年くらい前か。よくこうして実験してたよな。かなり無駄な使い方してたから、まゆりによく怒られた。食べ物を粗末にしちゃダメだって」
「そ、そだね」
「しょうがないから、電子レンジで温かくなったバナナも、俺たちで食べて処分したよな。あれはひどい味だった。でも、さすがにこれは食べられなかったよ」
俺がゴミ箱の中から引っ張り出したもの。
それは——。
緑色に変色した、ドロドロの物質。まるで巨大な昆虫の中身をぐちゃぐちゃに潰して、大量に集めたような気色の悪い粘液体。
つまんだ俺の指の間からそれはボタボタとあふれ落ち、床に飛び散る。
元はバナナだったもの。
かつて俺たちがゲルバナと呼んでいたもの。
「おぅ……しまった…」
ダルが失敗したと言わんばかりに頭を抱える。
しかし、すぐに観念したのか、開き直った。
「ふー、まずったー。こんなあっさりバレちゃったかー。もうちょっと隠し通せると思ったんだけどなー。実際さ、めどが立ったら、ちゃんと相談したい事もあったし、打ち明ける予定ではあったんだけど」
「…………」
ダルは俺に向かってタオルを投げてよこした。
ダルは開発室へ入っていき、積み重ねられている箱や埃避けのカバーなどをどけていった。
「ほれ、これが弐号機」
やがてテーブルの上に現れたのは、壱年前に俺たちが作り、改良を重ね、やがて自らの手で解体した、忌まわしき『未来ガジェット八号機』の姿だった。
「組み立て……直したのか……?」
「『電話レンジ(仮)ver2』とどっちがいいか、結構迷った」
「名前なんてどうでもいい」
青春の1ページとでも言わんばかりに、電話レンジの他にも、かつて作り上げた未来ガジェットたちを愛おしそうな目で見ている。
「お前、俺が言ったことを忘れたのか?」
「うん?」
「これは危険だ。俺たちが持っていていい代物じゃない」
「ん。けどさ。ボク、未来でタイムマシン作らなきゃいけないんだよね。そうするとやっぱ、こいつを研究する事がその第一歩だと思うわけ」
「ダル!」
俺はこらえきれずに一喝すると、ダルに詰め寄った。
「何度も、何度も何度も何度も話したよな?こいつのせいで、何が起こったのか。こいつのせいで、俺がどんな体験をしたのか。これを作った事で、まゆりは殺されるんだ……!これを作った事で、紅莉栖は犠牲になったんだ……っ!これを作った事で、お前の娘は過去へ跳んで、自殺までしたんだ……!」
俺はダルの胸ぐらを掴む。
「忘れたって言うなら、もう一度話してやろうか?」
「………」
「お前はそれほどバカだったのか?自分でそれを体験してみないと分からないほど、バカだったのか?」
ダルにこんなにも怒鳴ったのは初めてだ。手が震えている。
「バカはあなたよ、岡部倫太郎!」
「⁉」
いきなり背後から、激しい怒気を含んだ女性の声が飛び込んできた。
振り向くとそこには、俺を睨みつけている比屋定真帆の姿があった。
「な⁉比屋定さん?」
「おぅ……合法ロリktkr!」
「な、なんて格好してるんだよ……」
バスタオルを体に巻き付けただけの姿で、勇ましくシャワールームのカーテンを開け放っていた。
「ていうか、なんでここに⁉」
「あっ!えっと!こ、これはその!つい勢い余って……!」
勢い余ってこんな格好になるのか…?
「あ、あんまりジロジロ見ないで!訴えるわよ!」
「そ、そっちがそんな格好で出てきたんじゃないか!」
「ちょ、ちょっと待ってなさい。今、服を着てくるから!」
真帆はあたふたとシャワールームへと引っ込んだ。
真帆は真帆でパニくっているようだったが、俺だって理解が追い付いていない。
ダルへの怒りさえも忘れて、呆然としていた。