STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
「まったく…」
真帆が俺を見下ろしてきた。
「あなたがおかしなことを言うからよ」
「そう、だな。すまなかった……今のは、決して本心じゃ………」
「分かってるわ。あなた、そんな人じゃないもの。ほら、立てる?」
差し伸べられた真帆の手を握って、俺はゆっくりと立ち上がった。
「今のは……効いた。普段優しいヤツが怒ると……効くな…」
「そうね。しかも、自分のためじゃなく、他の誰かのために怒れる人は……素敵だと思う。見直したわ」
真帆は顔を洗っているだろうダルの方を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「…俺の主観で言えば、この世界は紅莉栖の選択のおかげで存在してるんだ。紅莉栖がいたから、まゆりは無事でいられる。幸せに暮らしていられる。それを、俺も護らなくちゃいけない。君は、科学者だ。俺なんかよりずっと優れた頭脳の持ち主だ。だから、理解出来るだろう?この世界の摂理を……」
「……ええ」
真帆は静かに頷いた。
「それは言ってみれば、“神”みたいなものなんだよ。“神”に人が挑むなんて、無謀だったんだよ。なのに、俺はそれに何回も、何十回も、何百回も挑んで……全てが失敗に終わった。無駄だんたんだ。人の傲慢を、“神”は決して許さない」
「……そうね」
真帆は、まるで遠い祖国や祖先を慕うかのような目で、窓の外を見た。
「“神”というのは、私の祖国や、あるいは沖縄の人たちの間でも、ポピュラーな存在として信じられているわ。私も、祖父母や父母から、その素敵な考えを教えられてきた。科学に身を捧げる者ではあるけれど、決して“神”を侮ったりはしない」
「それなら——」
と、真帆は小さく首を横に振り、鋭い視線で俺を見上げてきた。
「けどね、あなたがさかんに口にする“神”は——それとは全く違う」
まるで吐き捨てるかのように、キッパリとそう言った。
「“世界の摂理”ですって?そんなものは、ただこの世界を構築している“数式”に過ぎないわ。“神”なんて立派なものは介在していないし、私たちに『解』が導けない道理はないのよ」
俺はそれに反論しようとしたが、それよりも早く、真帆は開発室へと入っていった。
仕方なく俺もそれを追う。
「Dメールとエシュロンとの因果。それによる危険性については、じゅうぶん認識しているわ。安心しなさい。現時点で、Dメールにはまだ着手していないわ。だから、あなたが懸念しているような事態は起こらないし、私が絶対に起こさせない。α世界線に戻させて、まゆりさんが死ななければならないような事態にもさせない。私たちが研究しているのは、紅莉栖が完成させたというタイムリープの方。タイムリープなら、エシュロンに引っかかることもないでしょう?」
電話レンジを見ると、確かにそれはタイムリープマシンだった。
本体の電子レンジに、もう一台PCとモニターが接続されている。ヘッドセットとたくさんの電極が付いたコードらしきものも繋げられている。
タイムリープマシンの詳しい構造は、この世界線では俺しか知らない。そしてそれを、ダルや真帆には詳しく教えてはいない。
つまり、真帆とダルはわずかなヒントだけで紅莉栖と同じものを作り上げたということになる。
「正直なところ、とても悔しいわ」
「…悔しい?」
「研究すればするほど、やっぱり私は紅莉栖にはなれないって、思い知らされるのよ。記憶をデータ化して、それをトップダウン記憶検索信号込みで携帯電話に転送する……そこまでは出来るの。ただ、最大の問題がクリア出来ない。紅莉栖はそれをやってのけたのに……」
「データの圧縮、だな…」
真帆は頷いた。
「何テラバイトもある膨大な記憶データを、どうやって圧縮するのか、その謎が私ではどうしても解けない」
その点は、紅莉栖も最も苦心していたポイントだった。
だが、あの天才少女は、ダルの力を借りつつ、最終的にそれをやり遂げた。
「あなたは、紅莉栖から何か聞いてるのかしら?その方法を?」
少し不服そうに、そう訊いてくる真帆。解法を訪ねてしまうのは、自分で解決するのを諦める事である、必然的に自分の負けを認めるという事だ。
それが我慢ならないのかもしれない。でも、それ以上にマシンを完成させる事を優先したのだろう。
だが——。
俺はその問いに対して、解を提示するつもりはなかった。
「前に、俺の経験した事を話したときに、約束したよな?覚えているか?“タイムマシンで牧瀬紅莉栖を救おうなんて、絶対に考えるな”」
「ええ」
「今でも、その約束を守るつもりがあるか?その気が無いなら、協力はできない」
もう今さら、研究を止めろ、とは言わない。だが、紅莉栖を救う事なんて不可能だ。世界は収束する。
「………」
真帆はしばらく答えなかった。
「…もちろん守るわ。あなたとの約束だもの」
「はは。君は嘘が下手だな。そんな顔をしていたら、すぐにバレる」
「っ……」
「話は終わったな」
俺は静かに言って開発室から出た。
シャワールームを見たが、ダルが出てくる様子はない。
「なぁ、ダル?バカは俺だった。本当にすまなかった」
声をかけたが、返事はなかった。
「また、明日来るから……」
その時に話そう。
それだけ言って、俺は玄関へ向かった。