STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
「きゃあぁぁぁぁあああッ!」
「⁉」
まゆりの悲鳴にとっさに振り向くと、次々と屋上の柵を飛び越えてくる迷彩服の工作員たちの姿が見えた。まゆりがその内のひとりに捕らえられてしまっている。
(外壁をよじ登ってきたのか⁉)
鈴羽は自分のミスを激しく悔いた。外壁からの侵入は充分に警戒していたはずなのに。ムービーメールによって、つい気が緩んでしまっていたのだ。
小型の自動小銃を装備した迷彩服の男たちは総勢30名ほど。まゆりが人質に取られた時点で、鈴羽は動けなくなった。
「銃を置いて、そのまま地面に伏せろ。手は頭の上だ」
男の一人が鈴羽に冷淡に命じてくる。
「抵抗すれば、この女の命は保証できない」
後ろ手にしたまゆりを抱き、その頭部に銃を突き付けていた別の男が、安全装置を外しながら恫喝してきた。
「く、そ!」
鈴羽は命令に従った。
「スズさん……」
「喋らないで。こいつら、いざとなれば本気でねえさんを殺すよ」
「……っ」
「あたしは大丈夫だから」
この迷彩服集団の動きを見れば、実戦のプロである事は容易に想像出来る。狙いは間違いなくタイムマシンで、鈴羽だけがそれを動かせる唯一の存在であることも掴んているだろう。
自分はおいそれところされることはないと、鈴羽は分かっていた。
リーダー格の男が、鈴羽の身体をまさぐる。隠し持った武器がないかを調べるためだ。小型拳銃と数本のナイフ類も取り上げられてしまった。
「目標2と目標3確保。そっちは?」
リーダーがタイムマシンの方に集まっている数人の仲間に呼びかける。
「目標1確保。ロックがかかっていて、全てエラーで弾かれます」
マシンの中を土足で踏みにじられたことが鈴羽には不愉快だった。
「何をしても無駄だ。そいつは、あたしじゃないと言う事を聞かない」
「……立て」
リーダーが鈴羽の脇腹を蹴った。
「……手はそのままゆっくりと、だ。少しでも余計な動きをしたら、即座に人質を殺す」
言われるがままに立ち上がると、後ろ手に手錠をかけられた。そのままマシンの方へと連れて行かれる。
「……生体認証だな?」
「そうだ。ただし、あたしの静脈や指紋をコピーしても無駄だ。手を切り落としたり、目玉をくりぬいたって認証には使えない。2036年のシステムは、そんなに間抜けじゃない」
鈴羽の話したことを、連中は知っているようだった。
どこから情報が漏れたのかは分からないが、相当なところまで掴まれているらしい。
「“教授”はどうした?」
リーダーがまゆりに銃を突き付けている部下に訊ねる。
「現在、こちらに向かっているところです」
「目標1は目標2とセットだ。洗脳しないと無理だと伝えろ」
洗脳という言葉を聞き、鈴羽はギリリと歯噛みした。かつて『ワルキューレ』の仲間たちがそれを行われ、無残な最期を遂げた。
「洗脳の行きつく先は分かっているはずだ。“教授”は薬などは使わない。直接脳を弄られることになる。そうなる前に、素直に我々に協力した方が、利口だと思うが?」
「“教授”……か」
未来においても、そう呼ばれていた老博士が『ワルキューレ』壊滅のために洗脳チームを率いていた。最も許しがたい人物だ。そいつがこの時代でも暗躍しているということだろう。
そして、確かめたわけではないが、かがりにもどうようの措置が取られているはずだ。
ラボでやりあったとき、異常なまでの力に恐怖を覚えた。いかに訓練をしたとしても、あそこまで躊躇いのない動きを出来るはずがない。
自らタイムマシンを飛び出していったことも含め、“教授”とやらに洗脳されていたはずだ。
「……分かった。言う事を聞く。だが、これじゃ無理だ」
鈴羽はわざとらしく背の後ろでジャラジャラと手錠の音を立てた。
「手錠は外す。ただし抵抗すればそっちの女が死ぬ」
いまだにまゆりには銃が突き付けられたままである。
「…………」
両手が自由になった鈴羽はコクピットに入ると、生体認証を使ってロックを解除し、コンソールを操作した。途端にマシンの各所に灯がともり、唸りにも似た音を発し始めた。
「よし降りろ。あとは我々が調査する」
「……あんたたちに理解できるとは思えないけどね」
コクピットから出ると、リーダーが技術班らしき連中に視線を送った。
その瞬間を鈴羽は狙っていた。
コクピットから出る時に、何気なく触ったコンソールの下。そこにナイフを隠しておいたのだ。
「—————っ」
音もなく、リーダーめがけてナイフを投げつけた。
「ぐっ!」
その刃先がリーダーの喉に突き刺さり、悲鳴を上げる間もなく倒れた。
鈴羽は素早くもう1本のナイフを構え、迷彩服の男たちの間をかいくぐる。
標的はまゆりに銃を突き付けている男。
腰を低くして瞬時に背後に回り込み、首を掻き切った。噴出した血が呆然としているまゆりの背にかかったが、気にしている余裕はない。
男が落とした自動小銃を拾い、腰だめのままデタラメに乱射する。牽制しつつ、まゆりの手を引いて、マシンの陰に転がり込んだ。
だが、相手は予想以上に訓練を積んだ部隊だった。サブリーダーらしき男が先頭に立ち、混乱しかかった指揮系統を立て直しにかかる。こちらの手持ちはナイフと銃が一つずつ。非戦闘員のまゆりも守らねばならない。
敵はまだ25人以上いる。タイムマシンも起動させたまま。このまま脱出するわけにもいかない。
と、敵の威嚇射撃がマシンの側面に当たって跳ねた。
「あうっ——!」
まゆりの身体が殴られたかのようにビクンと跳ねる。その頭からパッと血が舞う。
「まゆねえさん!」
「あ……あ……っ」
まゆりの可愛らしい顔が血で染まる。跳弾がかすったらしい。
虚ろな表情になって、自分を抱きしめるようにしている。身体は震えていた。
こんな事態に巻き込まれれば、そういう反応も仕方ない。
鈴羽も銃で応戦し、包囲を狭めてくる敵を牽制する。
ジリ貧であることは間違いない。このままでは、時間の問題だ。
「…………っ!」
目と鼻の先にある、タイムマシンのメンテナンス用ハッチを見る。
鈴羽は最後の手段について頭の中でシミュレーションをする。
(あれを開ければ……内側からマシンを爆破する事は出来る……)
だが、それを実行すれば、全ての計画が水泡に帰す。シュタインズゲートへの門は、永遠に閉ざされるのだ。だが、まゆりの犠牲など容認することは出来ない。
本来なら、まゆりは2036年まで収束によって死ぬ事はない。
だが、ムービーメールが届いたことで、世界線が変動したはずだ。父もその中で言っていた。シュタインズゲートに近づいた、と。まゆりの生存収束も、確信が持てない。
(最悪の事態を想定しろ)
それは連中にタイムマシンを奪われること。
そもそも、今回のオペレーションは、おそらく、まゆりなくしては成功しないはずだ。
あの日の岡部に声を届けられるのは、椎名まゆり以外には存在しないのだ。
(まゆねえさんは必ず守り抜く!)
判断は迅速だった。
メンテナンス用ハッチを生体認証で開く。
静かに唸りを上げているエンジンの一部が見えた。そこに向けて、銃の照準を合わせる。
幸い、カー・ブラックホールを発生させるユニットはまだ起動させていない。これならマシンを爆発させても、時空間に深刻な影響を招くような事態にはならないだろう。
引き金を引こうとして——。
「だ、ダメっ!」
まゆりの懸命な声に制止された。
「壊しちゃだめだよっ!」
「止めるな!もう決めたことだ!」
「スズさんっ!」
一度まゆりに止められてしまったことで、鈴羽の中に躊躇が生まれた。戦場ではその一瞬が命運を分ける。
鈴羽はとっさに周囲の様子を再度確認した。