STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
屋上の扉を開けた俺の視界に飛び込んできたのは、文字通りの地獄絵図だった。一面に血の海が広がり、その中に大量の死体が転がっていた。
「なんだ……これ……」
その血の海の真ん中に、ライダースーツ姿でフルフェイスのヘルメットを被った女が、自身もまた返り血を大量に浴び、倒れこんでいる。
その手には、ナタのような巨大なナイフ。その女がこの惨劇を行ったのだと、一目で分かった。
肩をわずかに上下させているのを見ると、まだ生きているようだ。
むせ返る血の匂いで嘔吐しそうになるのを堪えながら、俺はその女へ近づこうとした。
「………だいじょうぶ?ママ……っ」
ライダースーツの女が、ヒビが入ってボロボロのヘルメットの下で声を発した。
よく見ると、返り血を浴びているだけじゃない。彼女自身、銃弾を浴びて全身ボロボロだった。
左手も失われている。
生きているのが不思議なぐらいだった。
彼女は俺の事になど気づいていない様子で、ズルリズルリと血だまりの中を這っていく。
その先へ視線を向けると、タイムマシンの陰に、小さくうずくまっている鈴羽とまゆりの姿を見つけた。
鈴羽は無傷のようだが、まゆりはその顔を血に染めている。
「まゆり……っ!」
まゆりがここにいた事は予想外だったし、傷も心配だったが、とにかく無事だったのは何よりだった。
まゆりが俺の声に気付き、顔を上げる。だが、次の瞬間、その目がライダースーツの女に釘付けになった。
「あ……あ………いやぁぁぁあ!」
自分に向かって這い寄って来るそれを見て、悲鳴を上げる。
「……っ?ママ……?ち、違うの……これは……だって………かがりは、本当は人殺しなんて……するつもりじゃなくって………た、ただ………ママを護ろうとしてっ………」
ママ?かがり?かがりだって?
そこで俺ははじめて、このライダースーツの女が、ずっと鈴羽が捜していた『椎名かがり』だと知った。
「ごめん………なさい………ママっ……」
「かがり!もういいっ!」
鈴羽がたまらず叫んだ。
「もういいから、動くな!死ぬぞ、お前!」
「か、かがりはね……ママに怖い思いをさせようなんて、思ってなかったんだよ……本当だよ?かがりはただ、ママを助けなくちゃって……だから、ママ、お願い……かがりをキライにならないで……お願い……。ママ……ごめんなさ………ゆるし、て」
そしてついに、かがりは力尽きるようにして、その場に崩れ落ちた。
ようやく我に返った俺は、鈴羽よりも先にかがりに駆け寄った。
「おいっ⁉大丈夫かっ⁉」
彼女の呼吸はひゅーひゅーとひどく荒く、枯れたように浅い。たぶん、銃弾で肺かどこかをやられたのだろう。
ズタズタのヘルメットを脱がせてやれば、少しは楽になるかもしれない。
そう思ってヘルメットの縁に手をかけたら、かがりはその俺の手をつかみ、拒絶してきた。
「やっ、いやっ……やめてっ……。と、取らないで……ママと鈴羽おねーちゃんの前では……。お願い……岡部さん……」
「っ……!」
その声と、その呼び方で、この椎名かがりと呼ばれている人物の正体に、俺は気づいてしまった。よく見れば、その顔にも見覚えがあった。
「そ、そんな……。き、君は……なぜ……」
ヘルメットの下にあった顔。それは、まだ見ぬ椎名かがりのものではなく。
「由季、さん……」
阿万音由季のものだった。
「えへへ……気づかなかった、でしょう?」
「君は………どうしてっ!」
成りすましていたのか?椎名かがりが、阿万音由季に……。
「オカリンおじさん!かがりはっ⁉」
鈴羽の心配そうな声に俺は叫んだ。
「来るなっ!」
俺は咄嗟に走り寄って来ようとしている鈴羽を制止した。
頭はまだ混乱していて、とても受け入れることなど出来ていない。
だが、この事実を、鈴羽に知らせるわけにはいかない。
「こっちは任せろ!お前はまゆりを頼む!まゆりの傷は大丈夫なのか⁉確認してくれ!」
一瞬、いぶかるような表情をしつつも、俺の言葉に従ってくれた。鈴羽はまゆりのところへ戻り、傷の様子を調べ始める。一方のまゆりは、数多の死体を前にして、再び顔を覆っていた。
「大丈夫!まゆねえさんの傷は深くない!」
その声に、俺はホッとした。
「よかった……。ママ……無事……だったんだ………よかった……」
俺の胸の中で、かがりが安堵したようにつぶやく。
そして、その目をゆっくり閉じた。呼吸がだんだんと弱まっていく。
「しっかりしろ!君は、君はなんで……⁉」
「大丈夫……心配しないで……。私、こうなんても、痛くも苦しくもないから……。いつも、神様の声が聞こえるの。“君は痛くならないよ、苦しくならないよ”って。だから、ぜんぜん……ゴホッゴホッ!」
かがりは口から血を吐き出した。もう限界だ。
「はぁっ、はぁっ……お、岡部さん……には、伝えて、おくね……。本物は、何も知らないです……」
「っ!」
「3年前から、ヨーロッパに留学中……だから……。“教授”が私を秋葉原へ送り込むために……、裏で手を回して……。本物は……本当に、何も……知らない………」
「“教授”、だって?」
それって、まさか……。
「……この世界線では……本当は、来年なんですよ……橋田さんと本物が出会うのは」
かがりは、再びかすかに目を開いて……タイムマシンの方を……まゆりと鈴羽の方を見た。
「大丈夫……きっと本物も、橋田さんの事、好きになります……。私と、同じように……」
恥ずかしそうに、嬉しそうにかがりはそう言った。
「ふふ……言っちゃった。誰にも内緒……ですよ?」
今度こそ、本当にまなこを閉じて、一度だけビクリと痙攣をすると、その身体から力がスーッと抜けていった。
「あ……ぁ……」
命が、俺の手の中で、消えていく。
訊きたい事は山ほどあった。
彼女がなぜ、阿万音由季として俺たちの前に現れたのか。
分からないことだらけだった。なのに、椎名かがりの命は、この瞬間に尽きてしまった。