STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
では具体的な偽装方法について話そう。
一度目の救出の際、最初の俺は紅莉栖が死んでいるのを目撃した。だが、死とは曖昧なものだ。
あの時の俺は紅莉栖の体を調べたわけでもない。ダルに宛てて送ったメールにも紅莉栖が死んだとは書かなかったくらいだ。
死んだと書くことでそれが確定してしまうような気がしたからだ。
屁理屈に聞こえるかもしれないが、これが結構重要なのだ。
最初の俺が見たのは、“血まみれで倒れている紅莉栖”であり、それ以上でも以下でもない。厳密には紅莉栖の死を観測したわけではないのだ。そこに付け入る隙がある。
2010年7月28日。その時点で確定していることは、血まみれで倒れている紅莉栖と、それを観測した岡部倫太郎。それだけだ。
これは確定した事象であり、変えてはならないものだ。だから一度目の救出には失敗してもらう必要がある。一度失敗し、絶望したからこそ2025年現在の俺がいる。
もうじきに俺たちは2010年7月28日と8月21日へとムービーメールを送ることになるが、それを送ることが可能なのは、一度目の救出に失敗したからなのだ。
過去の俺は辛いだろうが、失敗するという過程は必要なのだ。
まだ俺がこの世界線に移動する前の話になるが、この世界線の俺は一度目の救出に失敗した後、まゆりのビンタによって絶望せず、鳳凰院凶真を魂に宿したままだった。二度目の救出に赴くために絶対に必要になる鳳凰院凶真の魂。それがあっても、ムービーメールは見れなかった。
それは何故か。
その時点で見ることが可能だった場合、それはすでにシュタインズゲートが観測可能ということになるからだ。
現在の世界線は1.130205。シュタインズゲートのダイバージェンスはかつて鈴羽に聞いた通り、1.048596。
世界線を変動させるということは、その世界線では本来起こりえない行動をとったということになる。ムービーメールを見るということ自体が本来規定されていない行動なのだ。だからこの世界線の俺は見れなかった。だが、見れなかった俺が改めてDメールを送ることで、ほんの僅かだけ世界線が変動し、見ることが可能な世界線へと移ることになる。
これは以前真帆と話した、玉突き世界線変動という考え方に基づくものだ。
Dメールは不安定な過去改変だ。メールの送り主が直接過去を改変することができない。過去を改変するには、メールを受け取った者がその内容に従って行動を変えなければならない。つまり、過去にメールを送ることで一次的な世界線変動が起こり、受信者がそれに伴って行動することで二次的な変動が起こる。
技術的な問題はクリアしている。だから俺たちがムービーメールを送れば、過去の俺は無事にムービーを見ることができるはずなのだ。
一度目の救出に失敗することでこの世界線における確定事項を踏襲。変えてはならないラインを超えた上で、二度目の救出に臨む。これにより確定した過去を変えることなく結果を変えることができる。
やることは単純だ。紅莉栖を気絶させ、中鉢を追い払い、血糊か何かで流血を再現し、その上に紅莉栖を寝かせる。あの時のラボにはサイリウムセーバーがあるはずだ。あの中にある血糊を使えば、紅莉栖が死んでいるように見せられるだろう。
死の偽装をした後、最初の俺は血まみれで倒れている紅莉栖を観測し、ダルにメールを送ることでα世界線へと移動する。その時点では死んでいると思い込んでいる。だが、α世界線から戻って来た時、死んでいたはずの紅莉栖が生きていることになる。
ここで観測結果に矛盾が生じる。
観測とは結局のところ観測者による解釈でしかない。どんな事象もそれをどう解釈するかによって受け取り方は異なるのだ。最初の俺は紅莉栖が死んでいると解釈したものの、実際には死んでいなかった。
そういう含みを持たせることで紅莉栖の生存を確保できる。
死の偽装をした後は、8月21日に中鉢がロシアに亡命するまでなんとか紅莉栖の生存を確保しなければならない。だが、その日まで生存を確保できたなら、論文は燃え、ロシアに中鉢論文が渡らなくなる。
論文がこの世から消えてしまえば、紅莉栖が死ぬ必要がなくなる。
そうしてシュタインズゲートを観測することができる。
と、こんな手順だ。
「解は出た…」
論理の破綻はおそらくない。
全員が納得できる形の答えになっているはずだ。
「ええ。でも……」
皆が言い淀む。
言いたいことはわかっている。
未来から一切の干渉を受けない狭間の世界線。第三次世界大戦が起こらず、紅莉栖も死なない。そんな夢のような世界線。
理屈の上では断言できる。この方法でそこにたどり着けると。
全ての問題をクリアし、ほんの僅かなミスさえも見過ごしていない。だが。
「シュタインズゲートは、本当に存在しているのかしら…」
行き着く先はそこだ。
誰も観測したことのない未知。
机上の空論かもしれない。
前提が間違っているかもしれない。
紅莉栖の死がβ世界線の収束で、避けられないものかもしれない。
かもしれない。かもしれない。かもしれない。かもしれない。
一度疑いだしたらもう止まらない。不安と恐怖につきまとわれる。
「それは……」
あのダルさえもが口を噤んでしまう。
真帆も不安を隠せていない。
どれほど固い意志も、光の見えない暗闇の中では緩んでしまう。
この14年の歳月が、全て無駄に終わってしまうのではないかという恐怖。
だが。
「あるさ」
だからこそ、俺はそう言おう。
「オカリン…」
根拠のない自信から、意味のない慰めからそう言うのではない。
「あらゆる世界の摂理はただの数式だ。世界を支配する神がいたとして、その神が数式をもって世界を構築している以上、俺たちに『解』を導けない道理はない」
かつて真帆が俺にくれた言葉だ。
何回、何十回、何百回挑んで、全てが失敗に終わったとしても、何千回も、何万回も、何億回も挑戦すればいい。
そうすれば、必ずそこに解法は見つかる。
「岡部さん…」
俺たちの導き出した解が必ず正しいというわけではない。だが。
「何度だって挑戦してやればいい。俺たちにはタイムマシンがある。何度だってやり直せるんだ」
鳳凰院凶真が死なない限り。ダルが、真帆が…皆んながいる限り。俺たちは何度だって立ち上がる。
世界に挑み続ける。だから…
「おうふ。まだタイムマシンが完成していない件について…」
「やかましい!格好良くキメたんだ!野暮なツッコミは控えろバカモノ!」
約束の日まであと半年もない。
だが、俺たちは必ず望んだ地平にたどり着いてみせる。