STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
彼は仲間たちの顔を、ひとりひとり、記憶にしっかりと刻みつけるように見つめていった。
ここで岡部の出発を見守っているのは、『ワルキューレ』の創設メンバーにして、前身の未来ガジェット研究所に所属していたラボメンたちである。
橋田至。
秋葉留未穂。またの名をフェイリス・ニャンニャン。
漆原るか。
比屋定真帆。
そして、少し後ろの方で控えめに静かにたたずんでいるのは、橋田由紀。
その由紀の背後に隠れるようにして、まだ7歳の橋田鈴羽が顔を覗かせている。
「みんな。今日まで、俺みたいな男によくついてきてくれた。だが、“神の摂理”を相手にした戦いは、まだ続く。次は、2036年だな。それまで、よろしく頼む。『ワルキューレ』の健闘を祈る」
岡部の、その別離とはなむけの言葉を耳にして−−−
「………っ」
真帆は、涙がこぼれそうになるのを、必死でこらえた。ここで泣いてはいけない。岡部倫太郎を、希望を持って送り出すのだと、ずっと前から決めていたのだから。
「よし、そろそろ逃げた人質を捕まえに行くか」
「鈴羽の事もよろしくな」
「任せろ。こいつに載せてある、カー・ブラックホールのトレーサーがあれば、きっとうまく行くさ」
それは、このC193型にしか搭載されていない特別な装置だ。ある特定の座標で、カー・ブラックホールが作り出した時空の歪みの“連続”を、最大七千万年前の過去から未来に至るまでトレース出来る。
いわば“タイムマシンの軌跡を追跡するレーダー”だ。別のタイムマシンを追いかけるそのデバイスは、今回のために特別に設計された。むろん、その目的は一つだ。
2011年の七夕の日に時空の彼方へ旅立った、椎名まゆりと阿万音鈴羽を見つけ出す事。まゆりと鈴羽が乗ったC204型は、バッテリーが切れた事で、正常な時空間転移ができなくなっていると推測された。そこで、C193型で彼女たちを見つけ出した後、積んである予備のバッテリーを渡し、この時代に帰還させる。……可能ならば、岡部もともに帰還する。
それが達成出来れば、この計画は100%のミッション完遂となる。
おそらくそれを完璧にやり遂げるのは、この試作機レベルのマシンではかなりの困難をともなうだろう。岡部も、それは分かっているはずだ。
自分自身を犠牲にして、まゆりと鈴羽だけでもこの時代に帰す−−−。
もとよりそのつもりだろう。
「じゃあ、行くよ」
「おう」
「ま、待ってっ!待ってくださいっ!」
と、『未来ガジェット研究所』のラボメンとしては最後に加入した人物−−−椎名かがりがフロアに駆け込んできた。
「かがり。姿が見えないと思ったら、どこへ行ってたの?」
「はぁはぁはぁ…………ごめんなさい。これを取って来たんです。…オカリンさん。持って行ってください。お守り」
そう言ってかがりは−−−ずいぶんと古ぼけた、緑のうーぱキーホルダーを岡部に手渡した。
「いいのか?君の大切な宝物だろう?」
「はい。だからこそです。絶対に返してください。………ママと一緒に」
「……分かった。必ず返すよ−−−必ずな」
岡部は、そのキーボルダーを受け取ると、全員と固い握手を交わしていった。最後に、真帆の前にやって来る。
「………元気で」
「君もな、クリス。いや……真帆」
「………。ねぇ?」
「うん?」
「シュタインズゲートは、実在すると思う?まゆりさんが死ぬ事なく……そして、紅莉栖も犠牲にならない、そんな狭間の世界線が、本当にあると思う?」
「……………。あるさ。絶対に」
岡部倫太郎は。鳳凰院凶真は。微笑みとともに、そう返してきた。
その笑みが、ひどく、寂しそうで。そんな顔を見せられてしまったら、真帆はもう、涙をこらえる事が出来なかった。
「………っ」
「泣くなよ…」
「な、泣いてないわよつ。ぐすっ」
真帆は一度だけ、岡部とそっとハグを交わした。執念に生きたこの人の温もりを、決して忘れないと、心に誓って。
「行ってらっしゃい……」
岡部は、かすかにうなずくと。
「よし!全員、下がれ!これよりオペレーションを開始する。なお、作戦名は−−−」
「『彦星作戦(オペレーション・アルタイル)』とする!」
自分だけでなくみんなの事も鼓舞するようにそう宣言し、FG−C193型タイムマシンのコクピットに乗り込んだ。
真帆たちは、タイムマシン起動のシーケンスをせわしなく開始する。実証実験を兼ねている以上、タイムマシンのデータは詳細に記録しておく必要がある。
唸るような音が、マシン全体を包み込んだ。騒音や振動が大きく、建物そのものがわずかに揺れる。
だが、真帆が見る限り、計測しているデータに異常はない。
マシンの分厚いハッチが、ゆっくりゆっくり閉じていく。やがて鋭い気密音が響き、真帆たちと岡部との間に、永遠の隔絶の時が訪れた。
「……うまく…行くわよね…」
「大丈夫…凶真は必ずやり遂げるニャ」
「その通りです。不可能を可能にする人ですから」
「ああ。それでこそ僕たちのオカリンなわけでね」
「オカリンさん……」
ハッチの閉じたマシンは、その全身に虹のような霧をまとい始めた。と同時に、エンジンの音は耳をつんざくばかりとなり、フロア内の誰の声も聞こえなくなる。
「オカリンっ!」
至が、我慢できずという様子で叫んだ。
「お前の死が確定してるとか、んな事、どうでもいい!やっぱ、此処へ戻って来い!」
「みんなずっと待ってるからっ!私も、待ってるからっ!絶対に帰って来なさいっ!」
真帆たちが喉をからす中、マシンはゆらゆらとその姿形を失っていき−−−−。
そして。
遠い日の、あの約束通り。
ふたりの“織姫”たちを追いかけて。
目もくらむような閃光を発したかと思うと、2025年から、此処ではない何処かの時代へと、跳躍して−−−−消えた。
宇宙に始まりはあるが終わりはない。無限。
星にもまた、始まりがあるが、自らの力を持って滅び行く。有限。
英知を持つ者こそ最も愚かであることは、歴史からも読み取れる。
海に生ける魚は陸の世界を知らない。彼らが英知を持てばそれもまた滅びゆく。
人間が光の速さを超えるのは、魚たちが陸で生活を始めるよりも滑稽。
これは、そんな神からの最後通告に抗った者たちによる
執念のエピグラフ