STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
「ねえねえ、今誰かと話していなかった~?」
見られていたのか⁉
それが“紅莉栖”であるとバレるのもまずいが、単純に、スマホの画面に映る女と話しているという構図がまずい。
「え、ああ……いや……」
「どうしたの?」
「あ、い、今のは大学のゼミの友達だ」
「そっか~。今日も遊びに行くの?」
「いや、今日は別に予定はないぞ。まゆりはこれからバイトか?」
「ううん。ラボで由季さんとお料理の特訓するんだ~」
「ラボ……」
タイミングがいいのか悪いのか。
「そうだ。オカリンも久しぶりに一緒に行かない?由季さんの手料理も食べられるよ。それとね、まゆしぃも頑張って作る予定なのです!」
「ま、まゆりがっ⁉」
ラボに顔を出しづらいと言う前に、まゆりの手料理とはなかなかハードルが高い。こいつは電子レンジでゆで卵を作ろうとするようなやつだ。ケーキを焼こうとして黒焦げ。高い位置から振り下ろすように包丁で野菜を叩き切る。
「うん?」
「あ、いや……」
まだ料理はちゃんと練習していないから下手なだけ、というこいつ自身の認識が最もマズイ。上手い下手のレベルではなく、台所に立つべきではない人間なのだ。あの屈強な鈴羽が、一度まゆりの料理を食って倒れたらしい。
「りょ、料理はともかく、ラボには行くよ…」
紅莉栖との約束もある。あいつにラボを見せるかどうかはまた考えるとして、とりあえず顔を出しておこう。
「えっへへ~」
「ずいぶん嬉しそうだな」
ラボの前。まゆりはそこまで来ると嬉しそうに笑った。
「うん。嬉しいよ~」
まゆりはずっとニコニコしている。それとは対照的に、俺はラボを前にして、胃液が逆流してきそうなほど緊張してしまっている。鈴羽とはあまり顔を合わせたくない。
「ん?おお、岡部じゃねえか」
「あ…」
1階のブラウン管工房のドアが開き、のっそりと現れたのは、店主でこのビルのオーナーでもある天王寺裕吾だった。
「店長さん、トゥットゥルー♪」
「おう嬢ちゃん。元気そうだな」
「ふわ~、Tシャツ1枚で寒くないですか?」
「へへ。鍛えてるからな」
かつて俺がラボに住み着いていた頃は、勝手にミスターブラウンというあだ名を付けて呼んでいたものだ。こうして顔を合わせるのはずいぶん久しぶりだった。
「岡部、その様子じゃ、ちゃんと大学生やってるみたいじゃねえか」
「どうも…」
あの頃はどうかしてたと思う。厨二病とか、この人の裏の顔とか、そういう事情を抜きにしても、部屋を間借りさせてもらっている人に対する態度ではなかった。……あの時は怖いもの知らずだったな。
「そういえば、家賃ってどうしてるんだっけ?」
ふと思い出して、あえてまゆりに訊いてみた。以前は俺が天王寺に直接渡していたのだが。
「えっとね~」
「橋田がちゃんと振り込んでくれてるから安心しな」
「そう…ですか」
「おう」
「…………」
この男は、この世界線でもラウンダー……なんだろうな。本人に直接確かめる事はできないが、おそらく間違いない。α世界線に分岐したのは7月28日のこと。
この男がSERNのラウンダーになるのは、ずっとそれ以前からの因果であるはずだ。この世界線では俺たちが目を付けられることはないはずだが、警戒せざるを得ない。SERNの情報収集能力を甘く見てはいけないのだ。
俺が距離を置くようになったのもそのため。少なくとも、以前のような交流は俺の方から避けていた。
「じゃあな、あんま暴れんなよ」
天王寺は俺が黙り込んだのを見て、店に引っ込んでいった。
「大丈夫?やっぱりやめとく?」
「…いや、行くよ」
まゆりにこれ以上心配をかけるわけにもいかない。俺は覚悟を決めて一歩を踏み出した。