STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
「はぁ………はぁ………はぁ………」
その場にナイフを落とし、腹の傷を見る。
「まだ、足りない……」
隣で横たわる紅莉栖を見て、俺はそう呟いた。
確定した過去。
“血まみれで倒れている牧瀬紅莉栖と、それを目撃した岡部倫太郎”。
足りていないのは血の量。紅莉栖が倒れている床は、まだ綺麗だ。
「っ……」
傷口に向けて、右手の指を伸ばす。そして、勢いよく突き立てる——。
「あああああああああああああ—————!」
本気で気絶しそうだ………。それでも傷口を押し広げるのはやめない。
ドクドクと血が溢れ出し、床を汚していく。そして——。
「ぐああああぁぁぁぁぁああああ!」
叫ぶことも、やめない。
あの日、俺がもう一度8階に上ってきたのは、悲鳴のような叫び声を聞いたからだ。
前回は、紅莉栖を刺し殺してしまった俺の悲痛な叫び。
だが、今回は紅莉栖を殺さずに済んだ。
まだ足りていない。俺の絶叫が。
「がはっ、はぁっ、はぁっ、ぐっ、かはっ………」
倒れこみそうになって、床を見る。
そこはまさに血の海。
「ふふ……これでいい…」
コツコツコツ、と足音が響く。
「オカリンおじさん!」
駆け寄ってきた鈴羽を見て、俺は安堵した。
「そ、その傷……!なにやってんの⁉なにやってんのよ⁉」
俺の身体を支え、泣き出しそうな顔で俺を見つめる。
「バカ、よりによってこんな……失敗するなんて……!」
「フ、フフ………」
「おじさん……?」
「何を勘違いしている、鈴羽……。この床を見て、気づかないのか?」
「床……?」
「フ、フフ……じゅうぶんな、出血量だ。そう、思うだろう?」
「あ……!血溜まりが……!」
“最初の俺”を騙すための。世界を騙すための。
舞台は整った。
「でも、これじゃおじさんが死んじゃうよ……!」
「クク、死ぬわけ、ないだろうが……。俺を、誰だと思っている?狂気のマッドサイエンティスト……鳳凰院凶真、だぞ」
「おじさん……」
紅莉栖の代わりに俺が刺される。
床に俺の血によって血溜まりを作る。
世界が“収束”するなら、俺は“死なない”ことが確定しているんだ。
世界は俺の死をまだ望んでいない。俺が死ぬのは2025年。それが、このβ世界線での確定事項。
俺は、それに賭けた。
シュタインズゲートに到達したら、そこは未知の世界線であり、あらゆる未来が未確定となる。もちろん、俺が“死なない”ことも含めてだ。
まゆりが死んでしまうかもしれない。紅莉栖が死んでしまうかもしれない。
SERNがタイムマシンを作ってしまうかもしれない。第三次世界大戦が起るかもしれない。
だが、そんなことが、何も起こらないかもしれない。
だから、未知。
「これで、いいさ……」
紅莉栖は目を覚まさない。意識を失ったまま、ぴくりとも動かない。けれど、ちゃんと息はしていた。
「痛かったか……?すまなかった。だが、お前を……救うためだったんだ。たとえ……あの3週間の日々は………戻らなくても、お前に……生きていてほしかったから……」
鈴羽に支えられて、屋上へと向かう。
紅莉栖と再び会う事は、きっともうないだろう。
紅莉栖は、ラボメンにはならない未来を歩む。
俺は、紅莉栖とともにタイムリープマシンを作らない未来を歩む。
けれど、こうして助ける事が出来て、よかった。
「……さよなら」
しばらく、ここで気を失っていてくれ。でないと、“最初の俺”を騙すことが出来ないから。
「少し、待ってくれ」
昇降口へ向かおうとする鈴羽を制止する。
「ちょっとだけ、待ってくれないか?」
「そ、そんなこと、している場合じゃないよ。おじさん……このままじゃ……」
「頼む……」
俺の表情に何かを感じ取ったのか、鈴羽は頷いてくれた。
廊下の角から、“最初の俺”がやって来るのを見守る。
「おい……誰か、いるのか?」
不安そうに倉庫辺りを見回している。
「頑張れよ。これから始まるのは、人生で一番長く、一番大切な3週間だ」
お前が、α世界線でまゆりを救い、紅莉栖を救えなかったことに絶望して、このβ世界線へと帰ってきた時——。
運命石の扉(シュタインズゲート)のドアが開く。
俺は一足先に未来へ帰らせてもらおう。
そして、15年後の俺よ。
お前のおかげで、俺は紅莉栖を救えたよ。
俺だけじゃない。ダルも、まゆりも、フェイリスも、ルカ子も。そしてまだ見ぬ誰かも。
お前たちの想いは、俺がしっかりと引き継いだ。
ありがとう。
「作戦完了。これより帰還する……」
タイムマシンのハッチが閉じる。
「おじさん……無茶しすぎだよ。バカにもほどがある!」
タイムマシンの機器が動き出す。
「バカとは、失礼だな……。すべて、計画通り……だろ……クク……ク」
「喋らないで。すぐに戻るから。8月21日に戻るから。なんとかGには耐えてね。ああ、クソっ!せめて応急手当てが出来たらよかったんだけど……。これにはそんなの載せてないんだよぉ……」
身体が押しつぶされるような圧迫感。傷が疼き、うめき声が出そうになるのを、俺は唇を噛んで堪えた。タイムマシンが動き出したらしい。
「ねえ、おじさん。この先にはさ、きっとシュタインズゲートが待ってる。あたしもおじさんも、誰も知らない世界が待ってる。おじさんは生きていて、牧瀬紅莉栖も生きていて、まゆねえさんも生きていて、あたしが2010年にタイムトラベルして来ることもなくて……。第三次世界大戦が起きるかどうかは分かんない世界線だけど、SERNのディストピアが構築されるかどうか分かんない世界線だけど……」
「未来にはさ、希望が満ちてるって信じられるような世界が待ってるよ。そこに到達したら、きっとあたしは消える。一緒にシュタインズゲートに辿り着いたことをお祝いすることは出来ないはずだから。ここでお礼を言っておくよ。ありがとう、おじさん。死なないで、生きて」
「すず……は。こっちこそ……礼を、言う……」
鈴羽は溢れる涙を拭きながら、ゆっくりと頷いた。
「それで、最後にさ……この名前だけは覚えておいて」
「……な、まえ?」
「かがり。2026年になったら、この世界のどこかで生まれてくるはずの、女の子」
「かがり……?そ、れは……」
マシン内部が光に包まれる。
鈴羽の存在が薄れていく。
世界線が、変動しようとしているのだ。
「もう、時間だね。オカリンおじさん……」
「すず……は」
「きっと、7年後に……会おうね」