STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
2010年12月15日(水)
柳林神社の境内に足を踏み入れて、周囲の様子をそっと探ってみた。人の姿はない。
ルカ子は学校からまだ帰ってきていないようだ。これなら、“紅莉栖”と話しても、周囲に変な目で見られることもないだろう。
今日はこの後、レスキネン教授たちに会うことになっている。その前に、“紅莉栖”に確認しておきたいことがあった。
『ハロー』
「話がある」
『今日はこの後、教授や先輩に会う予定なのよね?そこ件について?』
「ああ」
『緊張する必要はないんじゃない?基本的にはログを提出して、あとはあんたから見た私がどんな印象だったのか、軽く聞かれるぐらいだと思う』
「それだ。ログだよ。それを聞きたかった。もしかして、これまでの会話は全て記録されてるのか?」
『最初に話したでしょ?私は私以外にアクセス不可の領域にログを取っているって。聞いてなかった?』
「それを今回、教授と比屋定さんに提出するのか?」
『たぶんそう』
「ということは、プライベートのことをお前に話そうものなら、比屋定さんやレスキネン教授に筒抜けってことか!」
『あんたね……今さら?』
確かに今さらだ。もう2週間近くも対話を繰り返してきたんだから。この話は、アクセス権を貸してもらった時にすべきことだった。
「今日になって気づいたんだ…。なぁ、俺、これまでに何かまずいことを話さなかったか?」
『たとえば、合コンで女の子とろくに話せなかったこととか?実家が八百屋さんなのにナスが嫌いなこととか?』
「ナスは嫌いなんじゃない。苦手なだけだ」
その程度なら別に知られてもどうってことはないんだが…。
『あんたが最初に私と話したときに、クリスティーナって呼んだこととか?』
「うぐ……それについては忘れてくれ」
『人の記憶は曖昧で、時間が経てば経つほど主観が入り交じるし、物語が付与されていく。その内容がポジティブかネガティブかに関係なく、印象的な言葉しか思い出さないことも多い。それに引きずられて前後の会話の記憶は捻じ曲げられていく』
は?いったい何の話だ?
『それが悪い事だと言っているわけじゃない。人の記憶とはそういうものなんだから。でも、『Amadeus』は人じゃない。まだ研究段階の不完全なAIよ。これは教授たちにとって大きな壁の一つなんだけど、実は、人の持つ曖昧さを、『Amadeus』はまだ完全には再現出来ていない』
「…………?」
『つまりね、忘れるという脳の高度な機能——それを完璧には模倣出来てないって事』
「え、でも…ATFの講演だと、『Amadeus』は不必要な事は忘れてしまうって……」
『ええ、確かに忘れるわ。けど、言ったでしょう?私たちはまるで秘密の日記のように、ログを取るって。結局、その中には全ての情報が残ってしまってるわけ。そして、それをロードしてくれば、忘却したはずのデータは私の記憶に戻って来てしまう。OK?』
つまり、俺がどれだけ忘れてくれと頼んでも無駄だ、ということか。
『代替案はログを消すことだけど……私にとってログはバックアップだから、絶対無理。仮に一箇所だけ消去しても同じ。前後の文脈を参照して、その不自然に消去された箇所を自動的に修復してしまう。それでもなんとか記憶を改ざんしたいと言うのなら……おおもとのプログラムそのものをいじるしかない』
そんなことは俺には不可能だ。要するに、俺がクリスティーナと呼んだ件について、理由を話すまでこいつはいつまでもしつこく聞き続けるということだ。まったく、厄介だ。
『で、どうしてクリスティーナ?』
「……本当に引き下がらないな。今すぐ通話を切ってもいいんだぞ」
『そうやって逃げたって、今説明した通り、私は忘れない。はぐらかされると、かえって気になってしょうがなくなるのよね。それともあえてそうすることで、私に構ってほしいって合図を送ってる?』
「かまってちゃんはお前だろう。こっちが大学の講義を受けているときでも、お構いなしに連絡してくるくせに。それだけじゃなく、ラインでまでコメントしまくってきて」
『う……』
「好奇心旺盛すぎる。そんな調子で無邪気に首を突っ込むと、いつか痛い目を見るぞ」
『け、研究者はそれぐらいじゃないとやっていけないのよ!』
開き直ったな、コイツ。
「そんなにクリスティーナの件が気になるなら、推論でも立ててみたらどうだ?」
『一応、いくつか可能性は考えてはみた。聞いて』
ノリノリだな、こいつ。
『可能性その1.あんたはクリスティーナなんちゃらという名前のハリウッド女優が好きである』
「自分がハリウッド女優並みの美貌の持ち主だとでも?」
『思っとらんわ!見た目は関係なくて、同じ名前の人に親近感を持つのと似たような意味よ』
「つまり、私は岡部倫太郎から親近感を持たれている……と」
『た、単なるたとえ話でしょ!言葉通りに受け止めないで!』
「…冗談だよ」
“紅莉栖”相手だと、ついからかいたくなってしまう。気を付けないと。
『可能性その2。あんたが昔付き合っていた彼女が外国人で、クリスティーナっていう名前だった………ってこれはないか』
「お、俺がめちゃくちゃモテる可能性だってあるだろう!」
『それについてはノーコメントだけど、そうじゃなくて。あんたの絶望的な英語力じゃ、不可能でしょって話よ』
「うぅ……」
『可能性その3。オリジナルの私と面識があって、直接あるいは間接的にそう呼んでいた』
「………」
『これも確立低いでしょうね。そんな風に呼ばれたら、私ならこう答える。ティーナって付けるな』
「っ!」
そう。その通りだ。確かに紅莉栖はそう言って俺を怒った。でも、俺はやめなかった。なぜなら——。