STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
(1)
β世界線、世界線変動率1.064750
世界が歪んでいた。激しい眩暈。普段でも時折目の前がくらくらと揺らぐ時がある。
けれど、それとは違う。頭の中心から捻じれているような感覚。世界そのものが揺らいでいるような感覚。
既視感。
俺は知っている。これは——。
「っ………はぁ……はぁ……」
ようやく目の前の世界が色彩を取り戻す。行き交う人たちの声や車の騒音が、奔流となって一斉に耳に流れ込んでくる。
「あの、オカリンさん……大丈夫ですか?汗、すごいですけど……」
「気分でも悪いんですか?」
「あ……いや……」
カエデにフブキ。ふたりが変わらず目の前にいる。俺の事を心配そうに見ている。ということは、ただの立ち眩みだったのか?
「本当に、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「それじゃ、私たち、行きますね」
「今度のパーティ、楽しみにしてます……」
さようならの言葉を残し、2人は駅方面へと向かっていった。その後ろ姿をぼんやりと眺める。
今のは、何だったんだ?
ただの眩暈……いや、俺には、俺にだけは分かる。
リーディングシュタイナー。それしかない。
つまり、世界線が変わった……。
だが、俺は何もしていない。世界線が変わるのは、何者かが過去を改変した時だけだ。
これまでに俺が認識できた世界線変動は、電話レンジ(仮)でDメールを送った時だけ。しかし、俺は電話レンジ(仮)を破棄した。
俺たち以外に、電話レンジ(仮)と同様の装置が開発された可能性は?
俺はまゆりのことを思い出し、電話を掛けた。
1分くらいコールが続いた後、まゆりはようやく出た。
カバンにケータイを入れていたから気づかなかったらしい。
8時過ぎまでメイクイーンのバイトらしく、終わったらラボで合流することになった。
「まゆりは……無事、か」
俺は胸を撫でおろした。まゆりは死んでいない。つまり、ここはα世界線ではない、ということだ。
さきほどの世界線変動とまゆりは無関係なんだろうか。油断は出来ないが……。
もう一度スマホを確認する。『Amadeus』のアプリは確かにあった。
状況を確かめるには、もう一度あいつと話すべきだ。柳林神社では、一方的に切ってしまった。だが、そんなことも言ってられない。
『なに?言い忘れたことでもあった?』
“紅莉栖”の口調は至って普通だった。
「怒って、ないのか?」
『怒る?どうして?』
「いや、だって……さっき話している途中で切ってしまっただろう?だから……」
『それについては、さっき謝ってもらったから。私は一度許したことをいつまでもグチグチ言う人間じゃない』
「さっき……謝った?」
『ええ。かけ直してきたじゃない』
「かけ直した?俺が?」
『ほんの7分43秒前のことを忘れちゃったの?』
「俺が謝ったのか?お前に?」
『……大丈夫?』
嘘をついているようには見えない。
『なにかあったの?さっきとは別人みたいな顔してるけど』
「いや、平気だ……」
俺にはそんな記憶はない。通話を終わらせ、スマホの電源を切ったことは覚えているが、再びこいつと会話したことなんて覚えていない。
『ずいぶん具合が悪そう。誰か知り合いに連絡するなり、どこかで休むなりした方がいいんじゃない?』
「………」
『……岡部?』
「なあ、“紅莉栖”。ひとつ、訊いてもいいか?さっき、電話した後、俺が何をしようとしていたか分かるか?」
『………レスキネン教授と真帆先輩と、この後待ち合わせでしょう?私について報告する予定じゃない』
それについては俺の記憶と齟齬はないらしい。
「……そうか」
『真帆先輩に、あんたのこと、あらかじめ伝えておきましょうか?』
「本当に、大丈夫だ。心配かけてすまない」
『あんまり無理しないでよ?あんたと最期に話したのが私でした、なんて結果になるのはゴメンだからね』
「ああ。ありがとう」
俺は苦笑しながら通話を終えた。
念のために、ダルにも電話で確認してみた。俺が教授たちとの報告会に向かう途中だったのは間違いないようだった。俺の目が届く範囲では、ほとんど何も変わっていなかった。
あれは気のせいだった。精神的に疲弊していたから、そうだと錯覚しただけだ。そうに違いない。電話レンジ(仮)もない。過去の改変は出来ない。何も問題はない。
「……………」
スマホをポケットにしまおうとして、ふと手が止まる。
「電源……」
柳林神社で、俺は電源を切った。
「入れ直した……のか?」
あれから無我夢中でここまで歩いて来た。風に当たって少しでも気分を和らげようとしていたはずだ。
「どうして、切ったはずの電源が入っている……?」
全身に悪寒が走る。
スマホの電源のオンオフなどささいなことだ。電源が入っているかどうかで、世界線は分岐などしない。
だが——。
「あれはやはり——」
あの世界が、頭の中が歪む感覚。あれは眩暈や立ち眩みなどではなく——。
「リーディングシュタイナーだった……」
恐ろしくなって、俺は考えるのをやめた。