STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
「……どう思う、おじさん?」
「実際にそういう人物がいるのなら、頼んでみてもいいとは思うが……」
まぁ、ハッカーだって充分に裏家業の人だ。そんな奴が身近にいるのだから、もしかするとダルの言うような人物も実在するのかもしれない。
「変な事に巻き込まれなければいんだけど……」
ダルは結構なこともやっているらしい。SERNへのハッキングをわずか20時間でやり遂げるくらいだし、その界隈では重宝される腕前なのだろう。
「お、返信来たお!」
「え、もう来たの⁉」
「うん。今からそっちに向かいますって」
「ず、ずいぶんと話が早い相手だな」
とにかく、その人を待つ事になった。
「お前、ヤバい事には手を出してないだろうな?」
「え?いや、まぁ……大丈夫だお」
と、今度は電話が鳴った。
ルカ子だ。
「もしもし。ルカ子か?」
『あ、岡部さん。すいません。今、大丈夫ですか?』
「ああ。大丈夫だぞ。どうかしたのか?」
『あの、実は……その、僕、岡部さんに相談したい事があって……』
「相談?」
『……今から、お会いしてもらえないでしょうか?』
「今から……電話じゃいいにくいことなのか?」
『はい、少し……』
今からか。こっちはダルと鈴羽に任せてしまってもいいんだろうが……。
「……悪い。これから客が来ることになっているんだ」
ダルの知り合いというその相手が、どんな奴なのか気になる。
『そう、ですか……』
「その後からじゃだめか?」
『その後は、僕も用事があって……』
「そうか……」
『えっと、それじゃあ——』
ルカ子が何かを言おうとしたその時。外の階段を上って来る硬い足音が聞こえてきた。そして、ノックの音。
「はぁい、どうぞ~」
あまりにも早い。
「悪い、ルカ子。お客が来たようだ。後で連絡を——」
そこで俺の言葉は止まってしまった。
「な——」
ドアを開けて入って来た人物。それは。
(——こいつ、また!)
桐生萌郁だった。
声を上げなかった自分を褒めてやりたい。
こいつを見るのはATFのセミナー以来だ。あの時は、真帆への取材をしていた。
『あの、岡部さん?どうしたんですか?岡部さん⁉』
「す、すまん。また連絡する……」
そう言って俺は電話を切った。
「お茶、どうぞ」
「………」
鈴羽に軽く頭を下げる萌郁。俺はその姿に、心臓が締め付けられるような鈍い痛みを感じていた。
(どうしてこいつが………こいつがダルと…?)
「どうしたん、オカリン?」
「いや…」
萌郁は俺の様子に、不思議そうに首を傾げた。
大丈夫。SERNは俺たちに目を付けていない。だから萌郁はまゆりを殺さない。
まゆりを殺さない。まゆりを殺さない。まゆりを殺さない。
何度も何度も言い聞かせて、ようやく泡立った胸のざわめきが収まっていった。
「おじさん、顔色悪いよ。大丈夫?」
「気にしないでくれ。それより……ダル、説明してくれ」
「ああ。この人は桐生氏。編プロのライターさんだお」
「桐生……萌郁です……」
静かに差し出された名刺には『アーク・リライト』という会社の名前が書かれていた。
「なぁ、ダル。お前はどうしてこの人と知り合いに?」
「前にさ、桐生氏の担当している雑誌で、アキバ関係の都市伝説を扱った特集があったんだよね。その時に、ボクのバイトのこと取材したいって申し出があってさ。ボクのバイトってあんまり大きな声で言えないやつっしょ?だから丁重にお断りしたんだけど。ただ、ボクって普段から絶対に足がつかないように注意してるんだよね。それなのに、桐生氏はボクに辿り着いた。それで気になって。で、会ってみたらこの通り。スゲー美人さんだったわけだお。都市伝説を追う美人ライターとか、萌えざるをえないだろ、常考」
それでお近づきになったわけか。美人を前にだらしなくデレデレしているダルに、鈴羽は顔をしかめた。萌郁は、そんな様子を気にすることもなく、相変わらずの無表情で所在なさげにケータイを弄っていた。スマホでもない、ガラケーだ。
「ま、専門ってわけじゃないけど、アキバについてはかなり詳しいみたいだし、結構裏の方の事情も知ってるっぽいから、頼んでみるのもありかなって」
「……人捜し。そう、聞いた」
ダルは一通りの事情を話した。萌郁は黙ってダルの話をものすごい勢いでケータイに打ち込んでいく。
「う、打つスピード、速いね……」
鈴羽が小声で耳打ちしてくる。
「閃光の指圧師(シャイニングフィンガー)は健在、というわけか」
「シャイニング…なに?」
鈴羽は萌郁のことを知らない。未来でも、重要な敵——SERNのラウンダーだとは知らされていないのだろう。つまり、萌郁が俺たちの敵になることはない、ということだ。
ダルが話したことを、ラウンダーとして上に報告している可能性も否定できない。だが、今の会話からタイムマシンに繋がる事はないし、今日こいつがここに来たのは偶然だ。上司であるFB——天王寺に伝える理由がない。
「……つまり、その、椎名かがりという人を捜せばいいの?」
「そういうこと。どうかな?」
「……やってみても、いい」
「マジ?」
「……でも、見つかるかは、分からない」
「もちろん、その場合は仕方ないお」
偶然とはいえ、こうして出会ったんだ。野放しにするよりは、こいつの挙動を見守った方がいいのかもしれない。利用できるなら利用するべきだ。懸念点は、萌郁がかがりの真相に行きついてしまった時だが。指をくわえてただ待っているよりはいいはずだ。
「じゃあ報酬は成功報酬でよろ。その他の必要経費はこっちで持つから請求してくれればいいお。それでおk?」
「問題ない……」
「鈴羽もオカリンもそれでいい?」
「あたしは手伝ってもらえるなら文句ない」
「……俺も、構わない」
「んじゃ、契約成立ってことでひとつ」
それから萌郁は、かがりの当時の服装とか特徴とかを聞いて、ラボを出て行った。