STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
「それで、相談というのは、この人についてなんですけど」
「その前に、名前を教えてもらってもいいかな?いつまでもこの人、じゃ話しにくいだろ?」
「…………」
俺の言葉に、目の前の女性の顔が曇った。何か気に障ることを言ったのだろうか?
「実は、相談というのはそのことなんです。あの、この人が誰なのかを……その、知るには……どうしたらいいでしょうか?」
すぐにその言葉の意味を理解する事は出来なかった。
「……待ってくれルカ子。それはどういう?」
「…記憶喪失、なんだそうです」
「記憶……喪失?」
「はい……」
「それじゃあ、名前も?」
「はい……」
「どこの誰かも?」
「はい……」
「どうして…」
「わかりません。私、何も覚えていなくて…」
当たり前だ。それが分からないから記憶喪失なんだ。
「でも、どうして俺に?」
「岡部さんなら、記憶を取り戻すいい方法を知っているんじゃないかと思って。ほら、岡部さん、よく人間の脳とか記憶とか、すごく難しい話をたくさんしてたから」
「なんでもいいんです!私が自分の事を取り戻せる方法があれば!」
「ま、待ってくれ……確かにそういう話はしていたが、それはただ興味があるだけで、専門的なことはなにも……」
脳の機能や構造についてはある程度知っている。記憶喪失がどういうものなのか、それも分かる。けれど、だからと言って、記憶を取り戻す方法を知っているかと言われると、それはまた別の話だ。
最先端の医療をもってしても、どうこう出来るものでもないだろう。それこそ、『Amadeus』のように記憶をどこかに記録しておければ別だが。
「そう、ですか…」
俺の返答に、女性は見るからにガックリと肩を落とした。
「だったら、なにか身元を調べることは出来ないでしょうか?カナさん、本当に辛そうで…」
「カナさん?」
「仮の名前だからカナ、と。るかさんのお父さんが……。名前がないと不便だからって」
「ず、随分安直だな……」
いいのか、それで?
「いつまでも名乗る名前でないのだから、それくらいほうがいいと…」
なるほど。深いのかどうなのかイマイチよく分からない気もするが……。
「岡部さん、なんとかならないでしょうか。せめて名前だけでも分かれば……」
「なんとか力になってはやりたいが……、やっぱり、興信所なんかに頼んだ方がいいんじゃないのか?」
「興信所……探偵さんみたいなものですか?」
「ああ。でも、それだって、なにか手掛かりのようなものがないと厳しいだろう。財布とか、カバンとか、持ってなかったのか?」
「そういったものは何も……」
「何も?別に大したものじゃなくてもいい。ひとつくらいありそうなものだけど…」
「…ひとつだけ。ただ、これが手掛かりになるのかどうかは」
カナはゆっくりとした動作で、ハンカチを1枚、大事そうに取り出した。そこに包まれているものが、そのただひとつ持っていた物なんだろう。
「見せてもらっても?」
「はい……」
「あれぇ?もしかしてお客さんかなぁ?」
カナがハンカチを開くのとほぼ同時に、玄関からまゆりの柔らかい声が聞こえた。買い物から戻って来たらしい。
「……………」
まゆりの後ろには鈴羽もいた。
珍しい組み合わせだな。ここに来る途中で一緒になったのか。
「あ、まゆりちゃん」
「あ~、るかくん」
「るかにいさん、そちらの人は?」
「ええと、うちに泊まっているお客さんで……」
「…………」
カナがペコリと頭を下げる。
「わぁ~!」
と、まゆりがなぜか嬉しそうな声をあげて、カナの手にあるハンカチの中を覗き込んだ。
「それ、うーぱですよね?」
「あ……」
確かに、カナの手のひらの上、広げられた白いハンカチの中には、色あせたうーぱのキーホルダーが乗っていた。
「好きなんですか?まゆしぃもね、うーぱのこと、大好きなのです」
「…………」
「もしかして、手掛かりというのはそれか?」
古びたうーぱのキーホルダー。こんなものが手掛かりになるのだろうか。
「でも、このうーぱ、いつ頃のものかなぁ。ずいぶん古いみたいだけど……」
言われてみればそうだ。うーぱは『雷ねっと翔』というアニメのマスコットキャラクターだ。その製品がこの世に出始めたのは、せいぜいここ数年のことだろう。
しかし、目の前のうーぱは、かなり年季の入ったもののように見える。
「これ、元々は緑色だったんじゃないかなぁ。だってこれ、“森の妖精さん”バージョンだもん」
「森の妖精さん?」
「うん。この前やってた映画に出てきたんだ。ほら、まゆしぃも持ってるんだけど、ここのところのデザインがちょっとだけ違うの」
と、指で示されたが、俺にはさっぱり違いが分からない。
「このキーホルダーね。なかなか売ってなくて、ずっと探してたんだ。そしたらこの前、るかくんが見つけて買ってきてくれたの。ね?」
「うん。たまたまお店を覗いたら、売ってたから」
「しかし妙だな。この前の映画のグッズなら、発売してすぐのはずだ。こんなに古くは……ん?」
「っ……」
その時になってはじめて、カナさんの顔がひどく青ざめていることに気付いた。
「…はぁ……はぁ……はぁ」
「だ、大丈夫ですか、カナさん?」
「具合が悪いのか?」
「だいじょう……ぶ……」
「あっ!」
立ち上がろうとしてふらついたカナを、ルカ子が慌てて支える。
「そうだ、何か冷たいものを……」
冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取りに行こうとしたところで、愕然とした顔でカナを見つめている鈴羽に気付いた。
「鈴羽……?」
「……う、そ…?」
「え?」
驚いたことに、カナだけじゃなくて鈴羽もまた、身体を小刻みに震えさせていた。
「うそ……それ……そのうーぱ」
「どうしたんだ、鈴羽?」
「あたしは、知ってる。そのうーぱ……それ……」
「え、鈴羽…さん?」
「お、おい、鈴羽!」
カナがよろめく足で、鈴羽に向かってふらふらと2歩3歩と歩み寄っていく。
まさか——。
いや、そんなはずは——。
でも——。
「っ……もしかして、お前……」
「はあ……はぁ、はぁ……」
「かが……り?」
な——!
「……お前はかがり⁉椎名かがりなのか⁉」
「——!」
その言葉に、カナは大きく目を見開くと——。
「っ…………」
ゆっくりとその場にくずおれた。