STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~   作:明治アル蜜柑

6 / 303
(2)

そのとき、エレベーターの扉が開いて、中から女が一人降りてきた。

 

 

「なっ………萌郁…」

 

 

聞こえない程度の声量でよかった。

叫びだしたくなるのを必死で抑えた俺を褒めてやりたい。

 

桐生萌郁。お前はこの世界線でもSERNのラウンダーなのか?SERNの指示か?それともたまたまここにいるのか?

 

いや、大丈夫だ。落ち着いている。俺は落ち着いている。

ここはβ世界線。萌郁はまゆりを殺さない。

 

 

「………?」

 

 

目が合った。相変わらず何を考えているのか分からない。

 

俺は必死に目を逸らす。萌郁は少し首を傾げたが、すぐに比屋定真帆のそばへと寄って行った。

 

 

「あぁ、えっと…雑誌社の方でしたね?」

 

「お約束通り、取材を…」

 

萌郁の声はぼそぼそと聴きとりづらい。

 

「レスキネン教授はまだなんです。少しお待たせしてしまいますけど…」

 

「はい」

 

「それまで私でよければシステムの概要でも…」

 

「お願いします…」

 

 

そこまで話すと、二人は連れ立ってスタッフルームへと消えていった。

 

 

 

俺はポケットから精神安定剤を取り出し、あらかじめ買っておいたミネラルウォーターと一緒に流し込む。効き目が表れて来るまで15分程度。その間が結構辛い。俺はパイプ椅子にぐったりと腰を下ろす。

 

セミナーのパンフレットに目が行く。

 

『疑似科学の系譜と中鉢論文』

 

井崎がセミナーで配布するパンフレットだ。イヤでも目についてしまうタイトル。

 

中鉢論文。

 

中鉢がロシアで発表したそれは、表の世界ではまったく相手にされなかった。このパンフレットでも、トンデモ科学として取り上げられている。中鉢本人はロシアでも冷遇されていて、ロシアの研究施設で軟禁状態にあるのだとか。本人は好待遇だと勘違いしているらしく、滑稽な話だ。

 

だが、本物の中身は恐ろしいほど完璧だ。それが他国に流出することを恐れたロシア対外情報庁は徹底的に情報管理体制を敷いているらしい。

 

にもかかわらず、水面下では論文をめぐる情報戦が始まっている。

…考えても仕方がない。俺は目を閉じた。

 

 

 

数時間後。

 

コンペは順調に進んでいる。井崎の発表が終わると、学生たちはすぐに帰ってしまったが、俺は一度戻ってからまたここへ足を運んだ。ヴィクコンの講演を聴いておきたかったからだ。時間に余裕をもって会場へ向かおうとすると、スタッフルームから比屋定真帆がやって来るのが見えた。

 

やたらと背の高い外国人の男性と一緒にいる。あの人がアレクシス・レスキネン教授だろうか。アメリカ人の名前ではない気がする。紅莉栖と同じ他国からの移住者か、その末裔なのかもしれない。

 

聞くつもりはなかったが、二人の話声が聞こえた。英語だったのであまり聞き取れなかったが。

 

聞き取れたのは『紅莉栖の家が火事』『牧瀬夫人は無事』『強盗』『警察が捜査中止』『なぜFBIが来た?』『奇妙だ』といったところだ。

 

気になって仕方がないが、講演の時間が来た。

 

 

 

会場内は熱気に包まれていた。ヴィクコンは近年、『サイエンス誌』に何度も論文が掲載されている。単位目的の学生でなく、専門家が多く来ているのだろう。そこには先ほど見た萌郁の姿もあった。

 

 

なんとか席を見つけ、腰を下ろしたのと同じタイミングで壇上にレスキネン教授が現れた。

 

 

割れるような拍手と歓声。だが、それは徐々に教授の隣に立っている小さな白衣の少女に向けられていった。比屋定真帆。彼女を見る観衆の目は少し怪訝なものに変わった。だが彼女もそんな反応に慣れているのだろう。ときに気にした様子もない。

 

 

「Ladies and gentlemen……」

 

「みなさん。本日は私のセミナーに集まってくださって感謝します」

 

教授が英語で話し出したのに追従して、比屋定真帆が同時通訳を展開する。

 

「ヴィクトルコンドリア大学、脳科学研究所のアレクシス・レスキネンです。専門は、脳信号処理システムおよび、人工知能理論になります」

 

よどみのない通訳。彼女への疑り深い視線も次第に和らいでいった。

 

「では、さっそくですが私たちの最先端研究の一端をご紹介します」

 

 

*****

 

 

デモンストレーションを行うらしい。その起動までの間に、研究の概要が説明される。

 

『側頭葉に蓄積された記憶に関する神経パルス信号の解析』

 

俺は息を呑んだ。

俺はそのタイトルをよく知っている。

 

紅莉栖。

 

彼女が書き上げた論文のタイトル。

 

人の記憶をつかさどる神経パルスのパターンをすべて解析し、記憶そのものをデジタルデータ化することに成功した。かつてα世界線において、タイムリープマシンを作るのにも、この技術が使われた。

忘れることなどできないテーマだ。

 

 

その後もいろいろな説明が展開された。

医療分野への応用。記憶障害や認知症、アルツハイマーなど。記憶のバックアップデータを取り、必要な時に書き戻す。到底実現不可能に思える技術を紹介していた。

 

聴衆のなかには、いや、その多くがこの説明に懐疑的で否定的だった。それに対して俺はイライラするのを抑えられなかった。この研究には紅莉栖が関わっていたんだ。その実証性を一番よく知っているのは俺だ。それを頭ごなしに否定する輩を許せなかった。

 

 

だから叫んでしまった。

 

「異議ありっ!」

 

どこの裁判だと言わんばかりの言葉で。

 

「やってみもしないで、なにが分かるっていうんだ?最初は無理だと思われてた技術なんて、この世にいくらでもあるじゃないか。でも、それを克服した研究者がいたからこそ、今があるんだろう?ただ批判するだけじゃなにも生まれない!」

 

「あなた…」

 

 

壇上で比屋定真帆が俺を見て呆然としている。

レスキネン教授の方は、目が合った俺に、ニーッと白い歯を見せてきた。

 

「Awesome! He`s really something!」

 

そう言って嬉しそうに拍手をくれた。

 

恥ずかしんだが…?

 

「すばらしい。彼はなかなか大したヤツだ…ですって」

 

英語が理解できていない俺に、比屋定真帆が通訳してくれた。

 

「ただし、科学者たるもの常に冷静でなければいけない。大声で怒鳴っていいのは、実験が成功したときの、“We did it!”…それだけでじゅうぶん、だそうですよ」

 

「…す、すみません」

 

自分では冷静なつもりでいたが、やはり頭に血が上っていたらしい。半年前から何も成長していない。

 

「えー、では、そろそろ次に。でも、その前に勇敢な彼に拍手をお願いします。彼のような挑戦者こそが科学を進歩させ、あっと驚くような理論を作り上げるのです。彼ならきっと、第三のアインシュタインになれるかも知れませんね。ちなみに、第二のアインシュタインは、ここにいるちょっと小うるさい私の助手——って、変なこと言うのはやめてください教授!」

 

やれやれ…。まぁ、うまく助け船を出してもらえたな。

 

 

*****

 

 

そこからは驚愕の連続だった。

 

『Amadeus』

 

人の記憶をデータ化し、それをもとに動作させたAI。

 

3Dモデルが用意され、画面に映し出されたもうひとりの比屋定真帆。これだけだと中の人がいそうなものだが、そうではなかった。

 

自ら考え、話す。

質問に答え、言いたくないことには答えない。そして能動的にウソをついた。

 

まるでそこに本物の人間がいるような感覚。一連の受け答えを、このセミナー用にプログラムした可能性もある。だが、これがほんとうに自ら考えて動いているのならば…。

 

 

中には反発する者もいた。『Amadeus』に人間と同様の魂を宿すことができるのではないか、という言葉に反応したのだ。命とは神が造りたもうたもの。それを人間の手で作り出そうとするのは傲慢だと。

 

だが、それ以上にこの研究は聴衆の心を惹きつけた。それほどまでに画期的だったのだ。

 

魂、という言葉が印象に残っている。

 

もし、『Amadeus』が人間と呼べるほどの存在であるならば、リーディングシュタイナーを発動することだって出来るのではないか。そう、思ったからだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。