STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~   作:明治アル蜜柑

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ATF終了後の懇親会に潜り込めたのは、井崎の口利きのおかげだった。ドレスコードのしっかりとしたパーティだからと、フォーマルスーツに着替えてくるよう言われ、俺は一度実家に戻って着替えてきたほどだ。

 

俺に目をかけてくれているのだと思っていたのだが、第一線の研究員の紹介もほどほどに、井崎は自分の売り込みに行ってしまった。一番の目当てであるレスキネン教授も、名だたる研究者たちに囲まれていて、一学生の俺が話しかけられる雰囲気ではない。

 

俺はただひたすら料理を口に運ぶしかできず、気づけば腹も限界まで膨れていた。

 

 

「やっぱり、こういうのには向かないな……」

「やっぱり、こういうのには向かないわ……」

 

 

女性の声が重なった。声の主を振り返ると目が合った。

 

「あら、あなた…」

 

なんで中学生が?と思ったのも一瞬のこと。彼女が比屋定真帆だと分かった。彼女は壇上に上がった時と同じ格好———つまり白衣——をしている。

 

こんな場所まで白衣とは、昔の俺みたいだ。

 

「ええっと…あなたは……」

 

彼女は明らかに浮いている。

 

「なんで白衣…なんです?」

 

思わず聞いてしまった。

 

「ちゃ、ちゃんと持ってきているはずだったのよ!」

 

しっかり忘れた、というわけか。だから隅っこで縮こまっていたのだろう。

 

「あなたは受付の…」

 

「岡部倫太郎です。東京電機大学の学生で、井崎ゼミで勉強しています」

 

急遽こしらえた名刺を渡すと、彼女も無造作につかみ出した名刺の束から一枚を俺の手に置いた。

 

「いいわ。無理に丁寧に話さなくても」

 

そう言ってもらえると助かる。

 

「珍しい名前でしょう?私」

 

「え、ああ。誰も読めないとか言ってたっけ?」

 

名刺をよく見ると、ふりがながやたらと大きく印刷してあった。

 

「沖縄ではよくある名字なんだけどね」

 

「沖縄出身なのか?」

 

「曾祖父と曾祖母がね、移民なのよ。私はアメリカ生まれのアメリカ育ち。祖父母から両親に至るまで日本人だから、DNAは生粋のジャパニーズよ」

 

「へぇ……」

 

沈黙が広がる。

 

「…………」

「…………」

 

基本的に俺は会話が下手くそだ。鳳凰院凶真モードであればまだ話せていたが、それだって会話が成立していたわけではない。一方的にまくし立てていただけだ。

普通の大学生……いや、普通の会話なんて分からない。

 

培うべき時に必要なものを身に着けなかったことを今になって後悔している。まぁ後の祭りだが。

 

「今日はすまなかったな…」

 

「えっと…何が?」

 

「いや、ほら。セミナーの途中で邪魔をしてしまって…」

 

「ああ。あれね。気にすることないわ。あなたがそうしなかったら、私が同じことをしていたでしょうから。許せないのよ。ああいうの。ま、科学者としての発言ではないけれど」

 

よっぽど腹に据えかねていたらしい。ちょうど歩いてきたボーイからカクテルを奪い取ると、ヤケ酒のように勢いよく飲み干した。

 

「ふー」

 

顔色が変わる様子もない。アルコールには強いのかもしれない。

 

比屋定真帆は自己嫌悪に陥っているようだった。頭ごなしの否定を毛嫌いしつつも、自分の研究に問題があることには変わりない、と。

 

胸を張って自分の研究、と言えるほどの立場なのだ。俺なんかとはキャリアが違う。まだまだ比べる段階でもないのだろうが、比べてしまうのが人間の性というものだろう。

 

「解決しなければならない問題が山積みなのよ。たとえば、記憶データを脳に書き戻すことができても、それを脳が利用できなければ何の意味もない。記憶があっても思い出せない状態…つまり記憶喪失の脳と同じ状態になってしまうわ」

 

その言葉を聞いて俺は思い出す。タイムリープマシンを作っているときに紅莉栖が俺にしてくれた講釈とか推論を。

 

「えっと…確か、人間が記憶にアクセスしようとするときは、前頭葉から側頭葉へ信号が行くんだったよな?」

 

「ええ。トップダウン記憶検索信号ね」

 

「それで———」

 

おぼろげな記憶を引っ張り出しながら、また比屋定真帆が捕捉してくれながら紅莉栖の理論を無我夢中で語った。

 

「——で、最後に側頭葉に記憶を書き戻す過程で、ええと…一緒にコピーした疑似パルスを前頭葉の方に送り込めば、記憶検索信号はちゃんと働く…と思う」

 

「………あなた、それを自分で導き出したの?」

 

「え、あ…いや…」

 

彼女は俺が渡した名刺を見直した。

 

「脳科学専攻じゃないわね。ということは誰かに?それとも論文で?ううん。それはないわ。まだ論文にはまとめられてなかったはず」

 

「…なにかおかしいことを言ったか、俺?」

 

「そうじゃなくて、私の後輩がね、まったく同じ理論を提唱していたことがあるのよ。どのスタッフも懐疑的だったけど、彼女だけは絶対に証明できるって言い張っていたわ」

 

もしかして、それは…。

 

「結局、実証実験に進む前に、彼女はいなくなっちゃったんだけど…」

 

—言うべきか?

ここで紅莉栖と自分の関係を話してしまっていいのか?

 

この世界線では、俺と紅莉栖とはほぼなんの接点もないんだぞ?

 

「どうしたの…?」

 

俺は腹を決めた。自分の夢を追いかけるには話すしかない。

 

「実はこの理論…紅莉栖からレクチャーされた」

 

「え…今、なんて?」

 

「牧瀬紅莉栖が、教えてくれたんだよ」

 

「紅莉栖が…あなたに?……いつ、どうして?」

 

「彼女がこっちに留学してたときだ。友達になって、こういう話をよくした」

 

もちろんウソだ。それはα世界線での話なんだから。

 

「……そうだったの。あの紅莉栖が。…ありがとう。感謝するわ」

 

その言葉に驚いた。まさかそう返されるとは思っていなかったから。

 

「彼女と友達になってくれてありがとう。日本に来てたったひとりで——」

 

彼女は言い淀んだ。

 

「たったひとりで勉強していても、つまらなかったと思うから…」

 

「口喧嘩ばっかりだったけどな」

 

「ふ…あの子らしいわね。絶対に負けを認めなかったでしょう?」

 

「あぁ。屁理屈ばかりこねていたよ」

 

「ふふ…」

 

「ロボトミー手術してあんたの前頭葉を掻き出してやるぞ、とかよく言われたし」

 

「そんなこと……紅莉栖なら、言いそうね」

 

「だろ?ちゃんと後輩の教育をしておいてほしかった」

 

「その点に関しては認めるわ。陳謝します」

 

ここまでの会話の中で、見せたことのない笑顔を見せてくれた。

だが——。

 

「………っ!」

笑ったと思えば、突然泣き出した。

 

「ど、どうした?」

 

慌てつつもなんとかハンカチを差し出す。

 

「え、え?」

 

彼女は自分で泣いていることに戸惑っているようだった。

 

何かが彼女のスイッチを押してしまったのだろうか?

 

「ご、ごめんなさい」

 

ハンカチは受け取らず、自分のポケットから取り出したティッシュで涙を拭った。

 

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