STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
ふたりが買い出しに出て、少し部屋に静寂が訪れる。
と、ちょうどそのタイミングを狙ったように、誰かの携帯の着信音が鳴り響いた。
「ごめんなさい。私だわ」
スマホを取り出した真帆は、画面を確認した後、俺を見た。
「ねえ、岡部さん。今、『Amadeus』にアクセスしてもいいかしら?」
「え?」
「着信、あの子からなの」
「…………」
「それにあの子がこの状況の中に入ったら、どんな反応を示すのか——それもいいサンプルになりそうだし………ダメかしら?」
「それは……」
以前、“紅莉栖”にラボを見せろとせがまれて、久々にラボに足を運んだ時、結局俺は“紅莉栖”にラボを見せなかった。由季さんと鈴羽が鉢合わせてしまってわたわたしていた、というのもある。だが、俺はあまり“紅莉栖”にラボを見せたくなかったんだ。
ここはα世界線じゃない。紅莉栖と過ごしたラボではない。紅莉栖がここにいたという事実は消えてしまっている。“紅莉栖”と紅莉栖は違うと頭では分かっている。だが、ラボを知らない紅莉栖を見るのは避けたかった。俺だけが、置いて行かれた気になってしまうから。
「ねえ、真帆さん真帆さん。あまでうすってなにかな?」
気付けば、“紅莉栖”からの着信は止み、その代わりに全員が俺たちのやりとりに耳を傾けていた。
「………特定に人間の記憶データを内包した人工知能(アーティフィシャル・インテリジェンス)よ」
「あーてぃひしゅる……?」
まゆりの頭から湯気が上るのが見えた。あいつに長い横文字は禁止なんだ。
「AIのことだニャ」
さすがはフェイリス。よく知っている。
「えーあい?」
今度は綯が首を傾げている。
「AIとはエンシェント・インテリジェンス。つまり、古代に失われた大いなる知恵のことなんだニャ!」
「Artificial Intelligenceだってば…」
言い直す真帆の隣でフェイリスがニヤニヤしている。
「なにがちがうの?」
「自分で考えて学習するように作られたプログラムのことだお。でも、特定の人の記憶があるAIってことは……それって誰かの複製(コピー)ってことじゃね?」
ダルもさすがに詳しいな。興味津々といった感じだ。
「果たしてそれがコピーとなり得るのか、それを現在進行形で検証しているところよ」
「それが『Amadeus』ってわけ?驚いた。そんなもん作ってるなんて」
「えっと……るかくん、分かる?」
「ううん。僕にもさっぱり…」
「見て貰えば早いんだけど……」
チラリと俺の顔を窺う。
「俺の映らないところでなら…」
かがりを捜すにはどうすればいいか。その相談をして以来、ずっと話していない。文句を言われるのは必至だ。
「はぁ…わかった」
ため息交じりに、真帆は頷いてくれた。
「え、スマホで起動できるん?」
「本体は大学のサーバーにあるんだけどね。簡易的にアクセスできるようにしたの」
ダルはそのテクノロジーに目を輝かせて画面を覗き込んだ。
やがて真帆のスマホからあの声が——。
『もう、先輩ったらどうして出てくれな——』
「わぁっ!」
「おぉぉぉ、すげー!」
『あれ?先輩じゃ……ない?誰……ですか?」
「お、ボク?橋田至。なんならボクを先輩って呼んでくれてもいいのだぜ。できれば頬を赤く染めながら上目遣いでヨロ』
こいつ、AI相手でも変わらないな。
『ど、どうして私が見ず知らずのあなたを先輩なんて呼ばなければならないんですっ!あなたはいったい——』
“紅莉栖”が分かりやすくテンパっている。
「驚かせて悪かったわね」
『あ、先輩……今の人は…』
「橋田さんと言って、岡部さんのお友達よ。今日はお正月でしょ?それで岡部さんのラボラトリーでお友達とパーティをしてるの」
『ああ、あの冷たい岡部さんですか。先輩もあの人との付き合いはほどほどにしておいた方がいいですよ。じゃないといつか捨てられちゃいますから』
「まぁまぁ」
棘のある……棘しかない言い方。これはかなり怒ってるな…。まぁ、無理もないが。
「というわけで紹介するわ。彼女が私の後輩、牧瀬紅莉栖の記憶と人格を持つAI——『Amadeus』よ」
その瞬間、視界の端で鈴羽がピクリと反応した。
「え?牧瀬紅莉栖……?」
それと同じくして、ダルも反応を見せた。
「それってあの……?」
そう。ふたりは紅莉栖の存在を知っている。彼女に何があったのかも。
「牧瀬紅莉栖さんって、半年くらい前にラジ館で……」
フェイリスが思い出したようにそう言った。
「牧瀬……紅莉栖さん。この人が……」
まゆりも、その名前を聞いて驚いた表情を見せた。
『ああ、もしかして皆さん、オリジナルの私のことをご存じなんですね』
「あ、いや……うん。まぁ…」
ダルが狼狽する。
『心配しなくても大丈夫ですよ。私、オリジナルの自分に何が起きたか知ってますし』
「あ、そう……そう、なん?」
そう言われても、気にするなと言う方が無理だろう。
「ねえ、これってゲーム?」
そんな中、綯だけは事情が分かっていないようだった。だが、今はそれがありがたい。
その一言で、かたまりかけてた場の空気が和らいでくれた。
『ふふ、ゲームじゃないわ。私はAI。あなたと同じように、自分で考えてお話しているの』
「ていうか、本当にAIなのニャ?すごすぎるニャ」
『すごいのは私を作ってくれた真帆先輩です』
皆がスマホの中でくるくると表情を変え、質問に答える“紅莉栖”に釘付けになっている。
そんな中、俺は後悔し始めていた。
ここで“紅莉栖”に話をさせるんじゃなかった。
こうして、ラボの皆に紅莉栖の存在を思い出させるんじゃなかった。
やはり、今すぐにでも“紅莉栖”との通話を切ってもらおう。
「比屋定さ——」
名前を呼ぶ瞬間——。
「あら?」
真帆が不思議そうな声をあげた。
「どしたん?」
「『Amadeus』が、いきなり消えてしまったの」
「アプリが落ちたんじゃね?ま、そういうことだってあるっしょ」
「そうなんだけど、再起動してもサーバーに繋がらないのよ」
「サーバーのデータ更新とかは?」
「そんな話、聞いてないわ」
「ここのネット回線は落ちてないみたいニャけど」
自らのスマホでウェブに繋げて確認しながらフェイリスが言った。
「おかしいわね。今までこんなこと無かったのに……。ねえ、岡部さん。あなたの方でも試してもらえない?」
理由は分からないが、通信が途絶えた。俺はそのことに安堵感を覚え、断る言い訳を考えだす。
「いや、俺は……」