STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
「紅莉栖‼」
「え…?」
「紅莉栖……お前、それ…」
「ふむん。参ったわね。見つかっちゃったか…」
紅莉栖は最初に俺が見た時と同じように、開発室の奥に向かって佇んでいた。
暗がりの奥。
さっきまで布をかけられていたそこには、扉の外れた古びた電子レンジが1台。
——電話レンジ(仮)。
かつて俺たちが作り上げた、未来ガジェット8号機。
そして、俺の——否。世界の運命を変えてしまったガジェット。
「どうして……それは、破棄したんじゃなかったのか?」
「ええ。破棄したわ。これは、私が新しく作り直したの。言ってみれば『電話レンジ改』ね。正しくは(仮)が付くんだった?それなら、『電話レンジ(仮)改』になる」
「名前なんてどうだっていい。作り直したって、どうしてそんなことを……」
「過去に、メールを送るためよ」
「っ!」
「メールを送って、世界線を変えるの」
世界線を、変える?
「ううん。あんたにとっては、“戻す”って言った方がいいのかもね。世界線を……」
戻す、だと?
「これ、完成したのはね、実は1か月以上前なの。それからはひたすら、ここに立って、送るべきか送らないでおくべきか、悩み続けてた。それがまさか、あんたの方から来るなんてね……」
「お前、何を……」
「ねえ岡部。あんた、ついさっき別の世界線から来たでしょ?」
「——!」
「それも、β世界線から……違う?」
「………気づいてたのか」
「そうでなきゃ、あんたがあそこに座るはずがないもの」
「座る…?」
「あのソファ。あんたはあの日から、あそこに座ると動悸が抑えられなくなって、取り乱すようになった。まゆりの幻が見えるって言ってね」
「………」
「ま、取り乱してたのは変わらないけど。それでも、自分から座ることは絶対にしなかった。それに…」
「それに…?」
「あんなこと……するはずないし」
「あんな、こと?」
紅莉栖は挙動不審になった。
「っ……だ、だから、その……あんな風に私を抱きしめたりとか……そういう……こと、よ…」
全てが愛おしかった。こうして照れ隠しに頬を赤く染め、視線を逸らす様も。つんと尖らせた唇も。髪の毛の先を弄る仕草も。何もかもが愛しかった。
ここに来て俺は再確認する。
俺は紅莉栖が好きだということを。
「さらに言えば、その世界線の変動は誰か別の人の手によるもので、あんたが好きこのんで変動させたわけじゃない。……当たってる?」
「すべてお見通し、というわけか」
「どれだけあんたのこと見てきたと思ってるのよ」
「え…?」
「あ、いや。違うからな。見て来たって……別にそういう意味じゃなくて……いや、違わなくもない……けど」
「………」
「と、とにかく!」
一呼吸置くと、紅莉栖は逸らしていた視線を真っすぐ俺に向けた。
「あんたがβ世界線から来たってことは、あんたは過去に一度、その世界を選択したってことでしょ?」
本当に敵わない。あの僅かな時間でそこまで理解されてしまうとは。
すべて紅莉栖の言うとおりだ。
それでも、俺は首を縦に振る事が出来なかった。それを認めるという事は、つまり、俺が紅莉栖を——彼女を見殺しにしたと言っているようなものだ。
そんな、真似、今の俺には出来るはずもない。
「……すまない」
これでは認めているのと同じだ。
「謝るなバカ。あんたが自分で決めたことでしょうが。だったら自分の選択に自信を持ちなさい」
悲しむどころか、俺を励ましさえしてくれた。
「それにね、あんたはたぶん間違ってなかった。さっき来たばっかりのあんたは知らないだろうけど、この半年間、あんたはずっと自分を責めてた。そんな素振り、私には決して見せようとしなかったけど」
同じだ。これまでの俺と。β世界線の俺と。
「でも、どうしてあげることも出来なかった。だってあんたの苦しみは私のせいだから…。私を生かすために、あんたは苦しんでたんだから…」
紅莉栖の顔に罪悪感が浮かぶ。
そんな顔をしないでくれ。
この世界線の俺は、お前に生きていてほしくて、笑っていてほしくて、まゆりを見殺しにすることを選んだんだ。
β世界線の俺は、まゆりに生きていてほしくて、笑っていてほしくて、紅莉栖を見殺しにすることを選んだんだ。
その二つを、同時に選ぶことはできないから。
「でもね、それも今日で終わり。終わりにしなきゃいけないのよ」
「紅莉栖…」
「だって、このままじゃ、あんたはずっと罪の意識に苛まれて、最後には押しつぶされちゃう」
「…同じだよ」
「どういうこと?」
「どっちにしても、俺はずっと後悔するんだ。まゆりを救えなかったこと、お前を救えなかったこと。α世界線にいても、β世界線にいても、それは変わらない——」
だったらもう、いっそこのままでも——。
「なんて顔してるのよ。あんたらしくもない!私の好きな鳳凰院凶真さんは、もっと自信に満ちた顔してなきゃ」
鳳凰院凶真、か。ずいぶんと懐かしい名前だ。
「あんたは正しい道を選択したの。まゆりを助けるっていう選択を。それは決して間違ってない」
「でも、俺はお前を……」
「いい?今あんたがここにいるのは、そうね。夢を見ているだけよ」
「夢……?」
「そう、夢の中であんたは私に会った。ただそれだけのこと。どう?そう思えば少しは気も楽でしょ?」
紅莉栖は小さく肩を竦め、そして笑った。
「これだけ脳の研究が進んでいるのに、夢を見るメカニズムって実はまだ、明確にはなっていないのよね。眠っている間に、脳内では記憶の整理が行われている。その過程で発生するのが夢だっていう説もあるけど」
「…………」
「要するに、ここはβ世界線のあんたが迷い込んだ夢の中の世界。あんたの頭の中を整理するために、ね。そしてこれが夢なら、いつかは目を覚まさなきゃならない。そうでしょ?」
「でもっ!これは夢なんかじゃない!現にこうして……」
手を伸ばし、紅莉栖の頬に触れる。
「現にこうして、お前はここにいるじゃないか……っ!」