STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
「感触だって、脳が感じさせている機能のひとつよ」
すっ、と後ろに一歩。紅莉栖の姿が遠のき、手のひらの感触がするりと逃げた。
「だいたい、ここにいてもあんたは幸せにはなれない。ずっと後悔の念を拭うことは出来ないの。そしてそれは私も同じ……」
「β世界線でも変わらない。俺はずっと、お前を助けられなかったことを悔やみながら生きてきた…」
「だけど、まゆりはずっと幸せでいられるでしょう?」
「まゆり、は…」
あいつは何も知らない。俺がそう望んだからだ。
まゆりは何も知らないまま、笑顔でいてほしい。
だが、その願いもいつまでも続かない。
世界は戦火に包まれる。まゆりの娘だというかがりがこの時代へやって来ている。そんな未来が、幸せであるはずがない。
「あんたはまゆりに笑っていてほしい。そう願ってる。私も同じ。…同じなの」
せっかく、またこうして会えたというのに。こうして、生きているというのに。
「ああもうっ!」
苛立ちを隠そうともせず、紅莉栖が詰め寄って来る。
「いい加減にしなさい岡部倫太郎!一度出した結論でしょうが。あんたはここにいちゃいけないの。帰らなきゃいけない。夢から、覚めなきゃいけないのよ」
「っ!」
「だってもう……もう、そうやって苦しむあんたを見ていたくないから…」
「紅莉栖……」
「さあ、これ以上は時間の無駄よ。私はやるから…」
きっぱり言い放つと、紅莉栖は俺に背を向けた。
その背中にあるのは強固な意思。決意だ。
あいつは、誰も知らないところで、誰にも知られることなく。自分がいない世界へ向かうことを決めていたんだ。
いくつもの葛藤があったはずだ。それでも、紅莉栖は決めたんだ。
そんな覚悟の上の選択だというのなら——。
俺にはもう、止めることなど出来ない。
「ねえ、岡部。夢から覚める前に、ひとつ約束して」
約束…。
「……β世界線に行ったら、私のことは忘れなさい」
それはあの日と、全く逆の願いだった。
あの日——俺がβ世界線を選ぶと、そう決めた時。紅莉栖は言った。
私を忘れないで、と。
それなのに、今、紅莉栖が口にした願いは、それとは逆のことだった。
「忘れるなんて……そんなこと、出来るわけないだろう」
こいつはいつだってそうだ。いつだって自分よりも他人のことを気にかけて。自分を犠牲にして。
その願いだって、俺の事を思ってなんだ。
本当は忘れられたくないくせに。人一倍寂しがり屋のくせに。
「言ったでしょう?これは夢よ。夢は普通、起きたら忘れるもんでしょ」
頑固で真っすぐで、決して忘れられるはずもない。
どんな覚悟で選んだ尊い答えだとしても、俺はそれを受け入れることなんて……。
「俺はお前を忘れることなんて出来ない!出来ないんだ!俺はお前を——好きな女を見殺しにした最低の男だ!だけど…でも……っ!それでも、俺はお前を失いたくないんだよ!お前に生きていてほしいんだよっ!ただ、それだけなんだよ……」
情けない叫びだ。好きな女に縋り付いて、泣きついて。
「はぁ……。こんな理系人間が、感情に訴えて説得しようなんて甘かったか」
「……なに、を?」
「私は科学者よ。だから科学者らしく、感情ではなく理屈であんたを説得してあげる。いつぞやあんたの悩みを聞いてやったときみたいにね。さぁ、全てを話しなさい。私が解を導いてあげる」
「紅莉栖……」
紅莉栖は白衣を翻して、大げさに腕を組んでみせた。かつての俺を彷彿とさせるポーズ。既に死んでしまった鳳凰院凶真のようだ。
「まずはこっちの事情を全部話す。現時点で分かってることをね」
それから紅莉栖は、俺に有無を言わせず語りだした。