STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
「このα世界線には希望は残されていない」
「希望?」
「まゆりを救える可能性、と言うべきね」
「まゆりの死が、α世界線における収束だから、か?」
「いや。たぶんだけど、まゆりの死は収束じゃないはずよ」
「ど、どういうことだ?」
「あんたの話を聞く限りじゃ、8月13日から8月17日のタイミングで、あんたがまゆりの死を認識する事が必要条件だった、ということになるはず」
「死を認識する事?」
それはまゆりが死ぬ事に他ならないんじゃないのか?
「SERNにまゆりが連れ去られて、不完全なタイムマシンで過去に送られゲル化した写真を見せられたと言ったでしょ?それってつまり、そのタイミングではまゆりは死んでいなかったってことになる。SERNはフランスにあるんだから、そこに連れて行くまでにもっと時間がかかってる。つまり、その瞬間にまゆりが死ななければいけない理由はないの」
「それは……確かにそうだが」
だが、何もしていなくても心臓麻痺で死んだこともあった。それだと説明が付かなくなるんじゃないか?
「例えば、今からその瞬間にDメールを送って、まゆりの死を偽装させたとするでしょ?SERNを出し抜くことさえできれば、まゆりの生存は確保できるはずよ」
「っ……!」
「でも、それを実行するのは岡部では無理」
「…どういうことだ?」
「岡部はまゆりの死を観測してしまっているからよ。岡部以外の人間がまゆりの死を偽装することになる。岡部が観測した、椎名まゆりが死ぬ、というのは間違いで、実は岡部はまゆりが死んでいると勘違いしていた、という結果を作るの。そのためには、岡部以外の人間が死の偽装をしなければならない」
「お、俺かどうかは別にどうだっていい。だが、そうすればまゆりは救えるのか⁉」
まゆりを救えるのなら、このα世界線で構わない。未来でディストピアが形成されようが知った事ではない。
「落ち着きなさい。α世界線に希望はないと言った。じゃあ橋田にまゆりの死の偽装をさせたとする。それを見た岡部はどうする?」
「俺……は」
「結局同じよね。まゆりが死んでいると思い込むんだから、あんたはそれまでと同じようにタイムリープをする。結果、まゆりの死の偽装はなかったことになる。つまり、死の偽装をしても無駄、ということになる」
「…………」
「別の理由でまゆりが死んでしまうのも、あんたと橋田がまゆりの死をきっかけに、タイムマシンを作ることになるからよ。実際にまゆりが死んだかどうかは関係ない。“まゆりが死んだ”という情報を得なければ、あんたたちはタイムマシンを作ろうなんて思わない。阿万音さんが未来からやって来ることもない。あんたがタイムトラベラーの阿万音さんを観測したことによって、因果が円環状に閉じてしまったのよ」
そう簡単にはいかない。分かっていたことだ。
「α世界線では、まゆりを救えないんだな…」
「……それともう一つ。タイムマシンの性能の違いよ。α世界線のタイムマシンは不完全だった」
「…α世界線のものは、過去にしか跳べなかった」
だから鈴羽はIBN5100をラボに届けるために、1975年から孤独な人生を余儀なくされた。
「タイムリープでは大きな変動を起こせない。でも、タイムマシンがあれば、過去を大きく変えられる。でも、それも元の時代に戻ってくることが前提よ」
「β世界線のタイムマシンなら、未来方向にも跳べる……」
「橋田が2036年まで生きている、というのが大きいのね。α世界線では2034年に橋田は殺されてしまうみたいだし。その2年の差がタイムマシンの性能を大きく変えてしまったんでしょうね」
双方向に時間跳躍が可能なタイムマシンがある事。それが命運を分ける。紅莉栖の言い分は分かった。
だが——。
「それでも俺は、お前を救えなかった…」
完璧な性能のタイムマシンに乗って向かった紅莉栖の救出も、無残な結果に終わった。
「それは方法が間違っているだけよ。私にも、どうすればいいのかは分からない。でも、α世界線よりは可能性が残されている。それだけは間違いない」
方法を突き詰めさえすれば、紅莉栖を救える可能性が残されている?
………今の俺には到底信じられない話だ。
まゆりのときと同じように、世界が、運命が紅莉栖を殺そうとしているようにしか思えない。どんな方法を選んでも、紅莉栖は死ぬ。俺がナイフで刺さなかったとしても、ラジ館から連れ出そうとすれば紅莉栖はたちまち転倒でもして、頭をぶつけて死ぬだろう。
死に方はどうでもいい。死という結果にのみ収束する。
俺は紅莉栖の言葉を、受け止められなかった。
「でも、安心したわ。あんたが真帆先輩と知り合っているのなら、大丈夫」
「大丈夫…って?」
「真帆先輩は天才よ。あの人なら、絶対にあんたの力になってくれる。だから、先輩には全てを打ち明けて、協力を仰ぎなさい」
牧瀬紅莉栖をして、天才と言わしめる真帆。俺だってあの人には一目を置いている。だが、彼女に全てを打ち明ける気には到底なれない。
信じてもらえるとも思えないし、なにより。彼女を巻き込むべきではないと思ってしまったからだ。
彼女は紅莉栖の死を悼んでいた。俺のように精神安定剤に頼るほどではないのだろうが、誰にも見せていないところで、悲しみを受け止めきれず、泣いたりしているはずだ。
紅莉栖を救えるなどという希望をちらつかせて、絶望の淵に落としてしまうのは気が引けた。
「ねえ、岡部。何度も言うように、あんたは私のことは忘れて生きるべきよ。でも、β世界線に戻ったからと言って、あんたは幸せにはなれなかった。あんたが望んだ平穏な暮らしなんて、待ってなかった。まゆりだって、きっとそんなあんたを見ていられない」
「…………」
まゆりには、ずいぶんと気を遣わせてしまっている。あいつは絶対に口にしないが、俺にだって分かっている。未来で戦争が起こると分かっているんだ。平穏な生活なんて、望むべくもない。それも分かっている。
だが——。
「私なんかのことを、忘れない…忘れられないって言ってくれるなら——。こんな私を、好きだって……そう言ってくれるなら——」
一拍置いて、紅莉栖は言った。
「あんたはシュタインズゲートを目指すべきよ。まゆりも私も死なない、夢のような世界線を目指すべきなのよ」
「シュタインズ、ゲートを……」
「しっかりしなさい。岡部倫太郎!私が好きになった人は、一度失敗したからって、その程度で全部を投げ出して、諦めるような弱い男じゃないわよ!」
「っ……!」
その言い方は…卑怯だ。
「岡部。私はあんたが好きよ。独善的で傲岸不遜な厨二病だけど、それでも……。パパのことで悩んでる私のために、あんたは手を差し伸べてくれた。そんなあんたが好きなの!そんな優しいあんただから、好きになったのよ!」
そんなことを言われてしまったら、もう…。
「もう一度言うわ。あんたはシュタインズゲートを目指しなさい!私がいなくても、まゆりがいて、橋田がいて、阿万音さんがいて、漆原さんがいて、フェイリスさんがいて………真帆先輩がいる。未来ガジェット研究所のラボメンがいれば、絶対に辿り着ける。だから……っ!」
この世界には留まれないじゃないか…。
「紅莉栖……」
まだ、決心はついていない。
シュタインズゲートを目指すなんて、口にするだけの覚悟もない。
でも、これ以上この世界線にはいられない。
「ありがとう。俺は……β世界線に戻るよ」
大好きな人を、犠牲にする世界をもう一度選ぶ。
「気をつけなさい。『Amadeus』を凍結させることで、あんたがさっきまでいた世界線とはきっと変わってる。真帆先輩との出会い方も違ってるかもしれない」
『Amadeus』を凍結させるのなら、ATFでのセミナーがなくなる可能性が高い。もしかしたら、俺は真帆とは出会わなくなるかもしれない。だが、アトラクタフィールド理論では、起こるべき事象は必ず起こる。β世界線で、俺と彼女が出会うことが決まっているのだとしたら——。
「ああ。比屋定さんとコンタクトを取ってみるよ。お前の尊敬する先輩だ。頼らせてもらうさ」
電話レンジ(仮)改は、雷鳴のような大きな破裂音を発しはじめる。長い長いカウントダウン。その間も、紅莉栖はずっと背を向けたまま。
俺はそんな彼女の背中をただ、じっと眺めていた。激しさを増す雷鳴。減少するデジタル表示。そして——訪れる音。
「岡部。頑張れ。私の大好きな人」
振り返った紅莉栖は、めいっぱいの笑顔を浮かべて。
あの時、聞けなかった言葉の続きを——。