STEINS; GATE ~抗い続けた者たちの執念のエピグラフ~ 作:明治アル蜜柑
2011年1月4日(火)
「それじゃあ、はじめるわよ。いい?」
「う、うん……」
この日も真帆はラボにやって来た。かがりの記憶について検証するためだ。かがりも自らそれに付き合うと申し出た。
それから真帆はいくつか質問をした。ヴィクトルコンドリア大学構内の写真を見せると、そこに映っている人の名前を言い当てた。だが、研究所内でかなり有名らしい人の名前は分からなかった。
以前、真帆と紅莉栖がふたりで見に行った、20年以上前の映画の名前も言い当てた。そして極めつけが、紅莉栖が最も大切にしているものを言い当てた。それは父に買ってもらったイルカのぬいぐるみ。真帆が紅莉栖の母親に電話で確かめたことらしい。もちろん知っている人は誰もいない。
思い出せることと思い出せないことが混在していたが、質問を終えると真帆はソファに座り込み、悔しそうに歯噛みした。
「悔しいけど、あなたの仮説を……否定できない」
「そうか…」
かがりを見ると、額に汗がにじんでいる。記憶を思い出そうとすることは、彼女にとって負担が大きいようだ。
「あの、私……どうなっちゃうのかな?」
「…………」
俺には答えられなかった。そもそもどうしてこんなことになったのか。
可能性があるとするならば——。
「かがりさん。付き合わせて悪かったわね。ゆっくり休んで」
真帆は真剣な表情のまま立ち上がった。
「帰るのか…?」
「ええ…。自分なりに、まだ検証できることは残っていそうだから……」
それじゃあ、と言い残して、真帆は振り返りもせずに扉から出て行った。
2011年1月6日(木)
「ごめんなさい。オカリンさんにはいろいろ迷惑かけちゃって」
「別に、迷惑だなんて思ってないぞ?それに、俺なんかよりも、ルカ子やまゆりの方が色々と気を配ってくれているはずだ」
実際、ふたりはかがりの面倒をよく見てくれていた。まゆりはママとして慕われている。かがりの方が年上になっているのに、だ。
「そんな。僕なんて、ただ話し相手になるくらいで…」
「まゆしぃこそ、何の役に立ってあげられなくて、ごめんね?」
「ううん!そんなことないよ。るかくんはすごく良くしてくれてるし、ママはいてくれるだけで嬉しいし」
そう呼ばれてまゆりは少しくすぐったそうに身をよじった。
ルカ子もルカ子で、頼られていることが嬉しそうだ。このβ世界線に来てから、ルカ子には事情を話していなかった。一度巻き込んでしまえば、もう後戻りはできなくなる。だから遠ざけていたのだ。だが、ルカ子は自分が遠ざけられていることに気付いていた。この状況を良しとはしていないが、臆せずルカ子にも頼るべきなのかもしれない。
「ねえ、ママ?」
「なぁに?」
「ぎゅってして、いい?」
「ぎゅ?」
「子供のころに、ママがよくやってくれたみたいに。ぎゅってしてもいい?」
「ふええ~?わわ~、照れちゃうなぁ~」
「…だめ?」
「ううん。いいよ?」
はにかみながらも頷いたまゆりに、かがりは顔を輝かせ抱き着いた。
「かがりちゃん。いい子いい子~♪」
「えへへ~」
まゆりも深くは聞いてはこないが、かがりの身に起きていることをなんとなく感じているはずだ。今はこうしてやることが良いと分かっているんだろう。
「ママ…」
まゆりの方が年下なのに、こうしていると母娘に見えてくるから不思議だ。
「ありがと、ママ…」
まゆりのおかげでかがりはとても安定している。今なら、話しても大丈夫だろう。
「それで、かがり。調子はどうだ?」
「調子…調子、かぁ…。なんだかよく分からない、かな」
「というと?」
「ふとした瞬間に、思い出すことがあるんだけど、それが自分のものなのか、紅莉栖さんのものなのか、わかんないの。難しい数式とか、実験とか……理解は出来てないんだけど、知ってる、みたいな」
この時代に来てからのことは覚えていない。その穴を埋めるように、紅莉栖の記憶が蘇ってきているのだろう。
「んとね。この前もね、パパのことを思い出したの。子供の頃、パパに褒められた時の記憶。それを思い出して、なんだかすごく嬉しかったんだけどね……。でも、私、赤ちゃんの頃に両親死んじゃったし、それからはまゆりママに育ててもらったから、パパなんて知らないんだよね。だけど、自分が経験したことじゃないのに、褒められて嬉しいっていう感情は確かにあって……。そう考えてると、頭の中がごちゃーってなっちゃって……」
かがりは頭を抱えるようにして顔をしかめた。
最初に出会った時は、彼女のその、紅莉栖にそっくりな風貌に驚いたものだ。けれど、こうして話していると、椎名かがりという女性は、紅莉栖とはずいぶん違っている。
よく動く表情といい、少しオーバー気味なリアクションといい、どちらかというとまゆりに近い。見た目こそ違うが、まゆりと重なって見えることが多い。
「その、紅莉栖の記憶はよく出てくるのか?」
「うん……前に比べると、頻繁になったかも」
「そうか…」
かがりよりも、まゆりが不安そうな顔をしている。
「ねえオカリン。かがりちゃん、どうなっちゃうのかな?」
「…本来なら、ちゃんとした専門機関で検査してもらうのが一番いいんだろうが」
かがりは立場が立場だけに、そう簡単にはいかないだろう。
「あんまり、検査はしたくないなぁ。子供の頃もね、検査ばっかりしてたから」
「そうなのか?」
「うん。PTSDを治すためだって言って」
検査、という言葉にひっかりを覚えた。PTSDの治療。そして、鈴羽が言っていた、かがりが聞こえるという“神様の声”の存在。
(やはり、そのときに何かをされた…のか?そもそも、どうして1998年で鈴羽の元を去ったんだ?)
鈴羽の話では、かがりは自分からタイムマシンを飛び出していった、とのことだ。今でこそ、フェイリスがラジ館の屋上を借り上げてくれているため、発見される心配はないが、1998年ではそれもできない。長時間、同じ時代に滞在することは難しいだろう。2000年問題を解決した後、鈴羽はかがりを置いてすぐに立ち去ったはずだ。
(神様の、声……か)
それは一旦置いておくとして、日に日に紅莉栖の記憶を思い出すことが増えている。このまま紅莉栖の記憶の流入が大きくなったら、彼女はどうなるんだろうか。
牧瀬紅莉栖の記憶を持つ、椎名かがりになるのだろうか。それとも、牧瀬紅莉栖になってしまうのだろうか。
記憶だけが人格を作るわけではない。けれども、完全に切り離されているものでもないのだ。紅莉栖の記憶を有したかがりが、どんな存在になるのか。今の時点では誰にも分からない。
二つの記憶を共有する、なんていう事自体、おそらく今までに類を見ない現象なのだろうから。