誰が為の木偶人形 作:のんびりSR
強靭でもない。
崇高でもない。
何かを成したいわけでもない。
そんな少年は、わけもなく思い抱くのです。
「
僕、
人と違うことといえば、両親がいないことくらい。僕が4歳くらいの頃、両親の間に何か大きな揉め事があって刃傷沙汰となり離婚、父は家庭そのものに嫌気がさしたのか失踪し、父を刺した母は刑務所の中だと聞かされた。今は親戚に引き取られて生活をしている。だが、僕はこのことについて感傷的になってもいなければ、トラウマも抱えていない。──いや、トラウマはあったのかもしれない。現に僕は当時の記憶をほとんど持っておらず、それが単なる健忘でないのならば、それはきっと精神的なプレッシャーによる"記憶消去"現象なのだろう。どちらにせよ、今の僕という人格はまったくもって平凡なのである。
だからこそ、最近悩んでいることがある。それは──
「またヒーローの特集か?」
僕がソファに座ってテレビを見ていると、ちょうど仕事から帰ってきた叔父が声をかけてきた。
「おかえり。そうだよ、オールマイトの」
──ヒーローになることへの安易な願望である。
わかっている。ヒーローになることができるのはほんの一握りの人間だ。まず個性に恵まれている必要がある。強い個性を持っていなければ、この超常社会の治安維持など務まるはずがない。加えて勤勉であること、肉体的な才能があること, etc.
周りの友人たちはもう現実に気がつき始めている。自分ではヒーローにはなれない、身の丈に合った道を探そう、と。しかし、僕は、分不相応にもいまだに夢を見続けているのである。
──そして、その悩みさえも、きっと星の数ほどいる中学生の3割くらいは抱えている悩みなのだろう。悩みすら、平凡なのだろうということそれ自体に、また苦悩している。
「ちょっと部屋行ってくるよ」
番組が終わり、次の歌番組の開始時刻が予告されたところで、僕はソファを立った。
「……おう、がんばってな」
叔父さんは優しい。僕がこうして叶わぬ夢に無意味な努力をしているところを、複雑に思いながらも、ただそっと、見守ってくれているのだ。
日課というかなんというか、習慣になってしまった筋トレを終えた僕はふうと息をつき、自室の鏡の前に立った。
暗くなった部屋に月明かりが差し込む。その明かりを利用して、鏡の自分をのぞき込む。そこにいたのは、男子中学生の健康的な上裸体だ。決して筋骨隆々でも、しなやかでもない。かれこれ3年は続けていても、学校の水泳の授業で「お前、よく見ると筋肉あるなあ」と言われる程度の成長ぶり。根本的に練習方法がよくないのと、筋肉がつきづらい体質なのだろう。中学生にもなって夢を見ていると知られるのが恥ずかしく、まじめに誰かにコーチを頼むということも、それなりの施設へ通うこともしてこなかった代償だ。
まぁ、それをしていたとて、ガタイのいい運動音痴が出来上がるのがオチではあると思うけれども。
「……喉、乾いたな」
飲み物を取りに1階に降りると、もう電気は暗くなっていて、叔父さんは就寝したようだった。テーブルを見ると100円玉3枚と置手紙、そしてタオルがあり、
【俺は先に寝るから、これでスポーツドリンクでも買いなさい】
僕はタオルで髪をぬぐって、簡単な防寒をした後、ありがたく硬貨を頂戴し、家を出てコンビニへ向かった。
コンビニへ向かう途中、街灯の明かりの届かない裏路地の前を通らなければいけない。いつもは明るい時間帯のため、平然と通り過ぎるのだが。
今回ばかりは、それがよくなかったのだろう。
「オイ、そこのガキ」
背中をひやりと突き刺す声が聞こえる。
「なっ、なん……」
「金、持ってんのか」
振り返ってみると、そこには金に染めた髪を逆立たせた、いかにも不良という男がいた。後ろの路地裏に視線をやると、仲間らしき男たちがニタニタと笑ってこちらを見ている。
怯えて、喉が震える。声がうまく出ない。助けを呼べない。
硬直している間に、男はしびれを切らしたのか、ポケットに突っ込んでいた右手を僕の首の前に突き出した。
「ぎっ!?」
途端、のどに刺激──痛みが走った。続いて、金属の冷たさを感じた。
刺されている!
跳ぶように後ずさると、男の右手の指は銀色の刃へと変化していて、そこに僕から出たであろう血液が付着していた。それを認識して、遅れながら、ようやく事態が思ったより悪い方向へ進んでいることを理解した。──身に迫る、死の危険である。
僕は後ろを向いて走り出した。後ろから複数人の駆ける音が聞こえる。追ってきている。何とか撒かなければ。
暗い夜道を出歩く人はほとんどおらず、いたとしても凶悪な個性を持った
これ以上この体を傷つけられたくないという恐怖心が意識を支配する。がむしゃらに走って、曲がって、また走った。
だが、ここでも悪手を踏んでしまったのだ。裏路地は、奴らのホームだということを失念していた。
「わざわざ袋のネズミになるとはねぇ」
馬鹿にするように、刃に変形させた右手をこちらに向けてくる。さらに続々と、腕から火を出す、髪の毛から放電するなどしながら仲間も包囲してきた。
「お前さぁ、ムカつくからぁ。もう金とかどうでもいいや」
気が付くと男の体が目の前にあった。僕は驚愕して、男の顔を見上げ、肩、腹、と見下げていく。
……あれ、脚は?
男のそれがあるはずの位置に、見当たらない。どこに? その疑問の答えは、激烈な痛みが答えを教えてくれた。
「ああああああぁぁぁああ!」
男の右脚が、ふくらはぎから足先までにかけてが強靭な刃と化し、僕の体の腹を貫いていた。
薄れゆく意識の中、僕は場違いにも、こんなことを思っていた。
──あぁ、ヒーローになりたい。
◆
なんだか周りが騒がしい。けれど視界は真っ暗だ。眠ってしまったのか? いつからだろう。うまく思い出せない。
身をよじって、体を起こそうとする。
「──い、──あい──きてる──」
叔父さんが起こしてくれているのだろうか。僕の生活リズムに関してはあまり口を出さない叔父さんにしては珍しい。
「いぁ、おきぅよ……」
呂律が回っていない、まだ寝ぼけている。目を覚まさなければ。そうして僕は両手をついて体を起こし、目を開けた。
そこには。
血に塗れた裏路地と、そこに横たわる不良たち。取り囲む複数人の警官と、悲鳴を上げる通行禁止テープ向こうの野次馬たちだった。
尋の語り(地の文)や行動に違和感を抱いたなら、あなたは勘の鋭い人間です。