誰が為の木偶人形 作:のんびりSR
「尋!」
僕の姿を認めると、叔父さんは急いで駆け寄ってきた。
「体は大丈夫か、意識ははっきりしているか!?」
身を屈めて僕と目線を合わせ、両手を握って問いかけてくる。
「大丈夫だよ」
僕は困惑してそう返した。僕自身もこの状況に困惑しているからだ。自分がどんなことになっているのか、よく理解していない。だからこそ、「無事で本当に良かった」と大声で叫ぶ叔父さんを前に、おそらく状況にあっていないであろう言葉が浮かんでしまった。
「叔父さん、ここ病院、静かに」
僕が目を覚ました時はすでに朝を迎えていた。地面の冷たい感触から、昨夜何があったのかをすぐに思い出すことができた。僕は
しかし、彼らは──
「動くな!」
「皆さん離れてください!」
「ヒーローの応援を呼べ!」
──こぞって僕が悪者であるかのような対応をした。なぜ? 切られたのは僕で、殺されかけたのも僕──
そこまで思って、思考が停止した。足元を見下ろせば、多くの血だまりができていた。それは僕の腹から出たもの、そして周りを見渡すと、
僕はそのまま警察に連れていかれ、聴取を受けた。説明できることはすべて自分の口で説明し、自分がヴィランではないこと、善良な市民であることを証明するために保護者である叔父さんの名前を話した。小1時間睨みつけられた後、納得したのか、僕は被害者ということになって、病院で検査を受けることとなった。
容疑者のままでは病院も行かせてもらえないのか、傷を直させてくれないのか。腹に風穴をあけられたというのに、と憤慨したが、その実僕は目覚めてから連行されるまで、その傷を腹に抱えた状態でもピンピンしていた。まるで何が起こっているのかわからない。個性を偽って提出したのか、とも詰められたが、そんなものは知らない。僕の個性は生まれてこの方「操作」(直接物を触らず操作できる)であったはずだ。
そんなこんながあって、肉体的にも精神的にももみくちゃにされた上で、あまり好きとは言えない病院で検査を受け終わったところなのである。
「成瀬さん、成瀬尋さん」
診察室から僕の名前を呼ぶ声がした。安堵して疲れ切り、腰掛で足を投げ出すようにしている叔父さんの肩を叩き、ともに診断の結果を聞きに向かう。
「えー、まず体の状態ですがね……。これは見たことないですよ」
医者から告げられたのは、聞きたくない言葉だった。
「見たことないって、そんなに悪いんですか!?」
叔父さんが詰め寄る。
「そういうわけではなくてですね……。まあ、見たほうが早いか」
そういって医者は私に立つように促し、服をめくらせた。ちょっと痛いかもしれないよ、と医者は言い巻かれた包帯を解いていった。そこには、左わき腹から背中へ抜ける傷跡があり、今も少しずつ血液が流れ出ていた。
「致命傷……のはずなんですがね、見ての通りピンピンしているわけですよ。もしそういう個性なら、こんなこともなくはないので悪いとも言えないんですが」
「尋の個性は『操作』ですよ!? 大丈夫なんですか!?」
叔父さんが当然の疑問を挟んだ。医者はこう返す。
「そこの認識に誤りがある可能性があります。さっき簡単な個性診断も一緒にやったんですね。えーっと、尋くん」
「何ですか?」
「どうして傷を治さなかったのですか?」
「……は?」
そのつぶやきは叔父さんのものだった。何を馬鹿なことを、という目で医者を見ている。まったく本当にその通りだ。
「病院に行けなかったら、直しちゃいけないでしょう」
「ねえ叔父さん」
「……は?」
「え」
◆
「思うに、尋くんは生まれて間もない頃から個性が発現していて、今までずっとそれが普通だと思って生活してきたのでしょう」
フリーズした叔父さんを何とか解除した後、医者は語った。
「尋くんの神経系の活動をモニタリングしてみたんですよ。そしたら──」
パチッとパソコンの画面に、何やら画像を映し出した。それはどうやら、僕の神経系の活動状態を色の分布で示すイメージ図のようだった。画像は……真っ黒だった。
「見ての通り、神経系がほぼ活動していないんです。つまり、普通の人がやるように、神経を通じて体に命令して動かしているわけじゃない。個性を介して体を動かしているんです」
僕は疑問符でいっぱいになった。
「ちょっと待ってください。僕の個性は『直接触れずにものを操作できる』ですよ? 自分の体とは関係ないじゃないですか」
「尋くん、君は自分の体の動かし方を普通だと思って今まで生きてきた。誰もが『自分の手足から心臓に至るまで、自分の意志で直接動かしてる』と。自分はたまたま『個性:操作』を持っているから、それが体の外まで拡張されているのだと。でも実際は
僕はしばし、茫然としていた。──が、思い当たることはいくつか思い出された。
「じゃあ、普通は心臓や消化って、本当に"自律的に"働いているってこと……?」
「そうだね」
「無意識で行っている、というわけではなく……?」
「そうだね。学校で習う自律神経の話は、きっと君にとって難解だったことだろうね」
「怪我したときに病院に来るのは、そういう決まりというわけではなく……?」
「まぁ、決まりじゃないけど、普通大きな怪我は病院で治すんだよ。君の目線では、大きな怪我は病院に行った後に
この事実の開示による驚きは、今後の長い人生を鑑みても、最も大きなものだろう。
「尋くんは、自分の体を"思いのまま"に操作することができるのでしょう。驚異的な生命力は其れが所以です」
医者はくるりと叔父さんのほうを向く。
「きっと保護者の方にも思い当たることはあるんじゃないでしょうか。例えば、妙に反射が鈍いとか。熱いものを触れてすぐに手を引っ込める、目の前に異物が来たらすぐに目を閉じる、などの反応です」
「……あ」
どうやら叔父さんにも思い当たることがあるらしかった。
「まだ尋が小さい頃のことです。ヒーターに触れてしまって、軽いやけどをしたことが。そのときも、『熱い!』と叫んでから手を放すまで妙に時間差がありました」
叔父さんはそう言い終えた後、次第に握った手を震わせて、医者に問うた。
「尋はこの先、普通に生きていけるんですよね? 何か特別な治療が必要なのでしょうか」
額に汗を──おそらく冷たいほうを──浮かべながら、縋るように言った。ああ、本当に良い人に拾われたなと、場違いにも実感した。
「ふうむ。正直、生理機能全般を個性に頼り切りな子なんて前例がないから無責任なことは言えませんが」
医者は続ける。
「赤ん坊の時点で覚えるはずの『体の動かし方』を、成熟しきった今覚えなおすよう試みるのは、リスクが高いと、それだけは言えましょう」
叔父さんは僕の肩を抱き寄せた。叔父さんの手の震えや、上がり切った心拍がここまで伝わってくる。対して僕は、そこまで取り乱しもせず、平然と、その手を受け入れることができている。普通の成績、普通の人格、普通の友人関係。普通、普通、普通……。そんな中、「普通と違う」ということが、もしかしたら多少なりともうれしいのかもしれない。とまあ、そんなふうに大人ぶって自己分析をする余裕すらある。
「しばらくは様子見でしょう。このことは私だけの手には負えませんので、いずれより大きな病院でいろいろと調べなければいけないでしょうが、それには時間が必要です。異常があればすぐにここにきて下さい。日程のほどは、後程連絡致します」
成瀬尋とその叔父が診察室の扉を閉めたのを見て、医者の隣に佇んでいた看護師が口を開いた。
「よかったのですか、言わなくて」
どこか胸騒ぎが抑えられないといった様子で、医者のほうをチラチラ見ている。
「……"アレ"は、現段階でも私の勝手な仮説──もっと言えば妄想に過ぎない。そんなものを根拠に、尋くんを傷つけるようなことを言うわけにはいかないよ」
「それは、そうですけど」
看護師は
それでも──
【口腔内細胞の検査結果】
細胞状態: 完全に不活性。細胞小器官等は認められるも、いずれも機能せず。
【脳機能モニタリングの検査結果】
脳機能状態: 被験者の高次の脳機能活動にもかかわらず、非常に低いレベルで維持。
【被験者の身体状況の総評】
被験者はあらゆる観点からみて、死亡しているとみなされる。
「成瀬尋という人格は本当に存在するのか? 生きているのか? そうでないのならば彼は──」
「いったい何なんだ?」
「結論を出すのは早計だよ。自分が人と違うどころか、ヒトと違うなんていう恐怖を、子供に植え付けるなんて、どうかしている」
尋くんは自分の体のことを、無意識のうちに「所有物」であるかのような発言をしていたこと、勘の良い方なら気づいていたかもしれません。
第2話にして早々ではありますが、第1話の伏線の答え合わせ……の一部です。