誰が為の木偶人形   作:のんびりSR

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 少年Nは言葉を手に入れ、
 篩の底で叫びだした。
 決して貴公子には、相成れずとも。
 疑似的鬘能を演じていた。

 少年Nは身体を手に入れ、
 命に従い走り出した。
 未だ修道女は、顧みぬ。
 所詮は木偶人形です。


鬘能

 自室に置かれた勉強机の上で、僕は参考書を広げ、ノートと向き合い、方程式とにらみ合っていた。集中するということは非常に難しい。"非活性"であるはずの僕の脳も、なんだか熱を持っているように感じられる。窓から差し込む明るい日差しが体を余計に熱くし、光沢のあるフローリングに反射して僕の視界を焦がしてしまいそうだ。

 あの1件の後、より正確には僕が自分の特異性をはっきりと認識した後、無謀なヒーローへの憧憬はどんどん増大していった。自分はある意味で特別なのだと、自分は他とは違うのだと、そう認識して、誇大妄想に浸るようになった……というわけではない。そう思いたい。自分は幼稚な夢を抱きこそすれど、自惚れ屋ではなかったはずである。

 それは、そう、変化したのは僕じゃない。変化したのは、僕も知らない僕の中のナニカだ。

 なんと表現すればよいか。自分を正しく認識したおかげか、この憧憬──"英雄願望"とでも呼べよう──が、なんとなく僕自身の望むものではないような気がしてならないのだ。換言すれば、どこか「ヒーローにならなければ」という義務感のようなものが、憧れに変換されて僕に認識されている。僕は、(愚かにも)自分の意志でヒーローを目指しているように見えて、実際は僕の意思とは無関係な要素が介在しているのではないか、と思う。

 例えば、過去の記憶。僕の人生の原点からおよそ4年間の記憶の欠落は、やはり健忘ではないのかもしれない。だとしたら、僕が今まで非凡な過去と分離して考えてきた"現在の人格"は、実は過去とは全く無関係ではないということになる。平凡である自分が、非凡な何かに突き動かされている。それは、すべてが僕自身の中で完結していることでありながら、とても分不相応で、良い結果を招くものではないという予感のようなものが、常に働くようになった。

 僕は悩み、自問自答した。ヒーローになるのを諦め、今度こそ平凡な人生を歩むか? 平凡でしかない自分を突き動かす"非凡さ"に呑まれ、身の丈に合わない綱渡りをするのか?

 僕は後者を選んだ。多分、前者が一番良い選択なのだろう。だが、とても不安に駆られる生き方だとも思った。("体質"も考慮すれば)僕はこれから70年は生きるだろう。ヒーローの夢を諦めたとしても、その70年の間ずっと、人生の10分の1にも満たない記憶の空白に、じりじりと心の戸を叩かれ続けるのではないか、という不安。

 ならいっそ、ヒーローになるためにがむしゃらに努力してみるのはどうだろうか。少なくともそうしている間は、僕の意志と行為、その目的は、"英雄願望"と共存できる。そして、万が一にもそれを達成した暁には、その衝動は消え失せ、過去との決別ができるのではないか。

 そんなこんなの葛藤があって、今に至る。子供の妄言じゃない。本気でヒーローを目指すことにしたのだ。

 "英雄願望"は今も増大を続けている。もっと、もっと高みを目指せと言ってくる。僕に命じてくる。僕は一段、また一段と目標を高くすることを余儀なくされ、気が付いたら日本最高峰のヒーロー養成学校「雄英高校」に挑戦することとなった。

 幸い、やるべきことははっきりしている。勉学だ。

 今まで僕は肉体的な向上を主としてきた(達成できていたかはともかく)。だが、僕の個性「操作」の正体を知った今、そのような努力は無意味だと気付いた。この15年と少しの時間、僕は片時も個性の使用をやめたことはなかった。眠るときでさえ、走るときでさえ、話すときでさえ、すべては個性によってなされてきた。「自分の体への干渉」に関しては、一般的に個性に課されるような制限──疲労やめまい、吐き気など──をすべて無視して、非常に高いレベルで実行することができる。僕には強靭な肉体も、優れた運動神経も必要ないのだ。

 とすれば、なすべきは知識を脳死(本当の意味で)で詰め込むことなのだ。

 僕は何度目かもわからないシャー芯の交換を行い、机に向かい続けた。

 

 

 事件から5日が経った。僕は叔父さんに連れられて、都内の大学病院へと来ていた。曰く、世界中の専門家を集めるのに時間を要してしまったらしい。──いやいや、むしろその規模の招集を5日以内に済ませられたことに驚きだ。

 その病院を見て、僕は思わず感嘆の声を漏らした。そこは一般的な病院とは程遠いほどの土地と設備を持っていた。どんな個性に対しても十分な検査が行えるようにと、さまざまな自然環境が用意されたブースや、市街地を模したブースがきれいに区分けされ、重厚な存在感を放っていた。

 ぼーっと眺めていると、ぞろぞろと白衣の集団が僕に向かって隊列をなし、歩いてきた。医療ドラマでよくあるアレである。*1

「君が成瀬尋くんだね?」

 先頭を歩いていた西洋っぽい顔つきの医者が、流暢な日本語であいさつしてきた。少し驚いたが、はいそうですと答える。

「長くなるから、トイレは先に行っておくといい。それと、お父様」

「叔父です」

「失礼、叔父様は検査に同行することはできませんので、お待ちいただくことになります。外で時間をつぶされてもかまいませんが、7時前にはここにいてください」

 そして、僕は長い長い身体検査に臨んだ。

 

 

 

 愛する息子を見送った育ての父、成瀬(もり)は、待合場の腰掛にどかんと腰を掛けた。その目には疲れが浮かんでいる。死人同然の体で生きている尋に対する心配──が7割。残る3割は別の心配事だった。

『僕、ヒーローになるよ。本気で。ならなきゃいけないんだ』

 事件が起きてから、尋はずっと何かを考えこんでいるようだった。それがくだらない何かではないということは、守でなくとも誰の目からも明らかだった。そして翌日、非常に真剣な──悪い言い方をすれば、「キマッた」目をして、尋はそう言ったのだ。

 その目は、守に良くない記憶を思い起こさせた。尋の両親──守の兄とその嫁のことについてである。

 彼らが離婚するきっかけとなった事件。その日、守は兄から一本の電話を受け取った。携帯の向こうでは、荒々しい息遣いに時々鳴る大きな物音がしており、異常な事態だとすぐにわかった。

『どうして……! どうしてわからないの!? 我が子なのよ!?』

 守が言葉を発しようとしたその時、兄嫁の怒号が耳を劈いた。目に涙を浮かべ、大口を開けて怒鳴り散らす様が容易に想像できた。

『守……、たの、む。刺され……』

 ごとん、と何かが落ちる音がし、その先の言葉が紡がれることはなかった。

 守は急いで警察と救急車を呼び、自分も兄夫婦の自宅へ車を飛ばした。そこで見たのは……

『尋! 尋を返して!』

 警察に取り押さえられながらも泣き叫び、暴れる母親と。

『……』

 床にうつぶせに倒れ、血を流している父親の姿と。

『かあ……さん? とうさん?』

 光を失った瞳で立ち尽くす、齢4歳の子供の佇まいだった。

 なぜ刃傷沙汰に及ぶようなことが起こってしまったのか。「わからないの」という言葉の意図とは何なのか。尋に何があったのか。守は何も知らない。ただ、事の惨状だけを記憶するのみである。

 だから、彼は彼のできる限りのことをした。

『尋……! 大丈夫、大丈夫だ』

 毎日抱きしめ、言い聞かせた。

『俺と尋は家族だ』

 幸せな家庭を演出した。

『もう大丈夫だ、俺がいる』

 子供のヒーローとなった。

 

 

 

「これは……想定以上だな」

「肉体の操作に関してはまさに天井なしだ」

 医者・研究者の方々の声が後ろのほうでまばらに聞こえてきた。その言葉の指し示すのは、僕の足元に広がるガラクタの山だ。

"全力で壊してみろ"というのが、個性の検査の第一段階だった。やわらかい木材でできたブロックから、徐々に硬度を上げて、石、コンクリート、鉄筋、そして宇宙開発でも用いられる数種の合金。自分の個性を試すいい機会だと思って、張り切ってやってみた結果──

 個性で加速させた殴りや蹴りで木っ端みじんとなった素材たちが、僕を爆心地として汚い円形に広がっているのだ。

「その手は痛くないのかい?」

 一人が、僕の右手を指さして言った。拳は紫色に変色し、大きなあざとなっている。

「痛かったですけど、痛みは消せますし、ちょっとすれば直せるので平気です。素手じゃなくて棒か何か使えばよかった……

「『操作』が干渉できるのは主に運動に関してのみ。耐久性能は普通の人体と変わらないようだね」

「分子レベルでの精密性があれば、あるいは……」

 さすがインテリ。後の会話は何を言ってるかさっぱりな考察になっていた。

 

「なんか……意識がぼーっと……」

「ここまでかな。えーっと、人間の操作限度は210 kgか。平均的な体重の人なら3人まで、と。物質のほうの許容量(キャパ)は70 kgだから、人間のほうが操作効率がいいのか」

「対人干渉のほうが高効率なのは割と珍しいですね」

「本人の慣れも影響しているはず。なんたって15年も人体を操ってきたんだから」

 

「本当になんともないのかい?」

「えぇ、何も。何かしてるんですか?」

「皮膚のある生物に猛烈なかゆみを引き起こす個性を試してるんだけど……」

「先に言ってください! 効かないっぽいですけど!」

 

「このコインを見つめてね。催眠をかけるから」

「だんだん好奇心満たし始めてませんか、お医者さん」

 

 ──────

 ────

 ──

 

「こちら、個性診断の詳細です。尋くんは個性の扱いに大変長けており、使い方も面白──幅広く、何ができて何ができないかもおおよそわかっているようです。断言はできませんが、ある日突然体を動かせなくなる、というようなことはないと思うので、安心してください」

 ちょっとマッドなところが見えかかっていて心配だったが、叔父さんと僕が一番心配してる部分を開口一番に否定してくれた。根はきっと患者に親身ないい人なのだろう。

「それでも、尋くんにとって個性は生死に直結する問題です。常日頃個性を使いすぎず、使わなさすぎず、疲弊が起きづらい生活をしてください。いくら15年欠かさず使ってきたといえど、外の物体に対して激しく使えば、自分の体に対してもノーリスクで使用できるとは限りませんから──」

 

 

 

 個性のちょうどよい使用の継続時間と、練習内容、このような症状が出てきたら個性の使用を控えるというボーダーを事細かに教えてもらった後、僕たちは帰路についた。

 叔父さんの顔を横目で見てみると、とりあえずは安心したようだった。けれど、すべての不安はぬぐえていないようだった。本当に、本当の父親のように僕を思ってくれているのだ。

「叔父さん」

「何だ?」

「僕、ヒーローになるよ」

「……おう」

「やっぱり、あんまりよく思ってない?」

「……いや、そうじゃないんだ。尋が本当にそれで納得してるなら、俺は応援したい」

 ──ああ、よく見てくれている。僕がヒーローの道を選ぶ理由が、仕方ないようなものだということを、薄々感じているのか。

「約束するよ、後悔しないって」

 

 

 

「──ああ」

 

 

 

「──そうしてくれ」

*1
現実では搬送の邪魔になるなどの理由で、廊下に広がって歩くことはないらしい。




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ただ、筆者、考え込む癖がありまして。1つ返信を返すのに結構時間がかかると思います。
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