「もういいかい」「まーだだよ」
草むらには入るなって言われていた。野生のポケモンに襲われたら危ないからって。トレーナーズスクールに入学したての、ポケモン1匹連れていない子供相手なら、どんな親でもそう言うと思う。
「もういいかい」「まーだだよ」
そんな親の忠告を無視して、僕達は草むらで隠れんぼをしていた。6歳の子供なんて、そんなものだ。いざとなったら逃げればいいし、コラッタの1匹や2匹なら自分で何とか出来ると思っていた。
「もういいかい」「もういいよ」
今日は僕が隠れる側で、彼女が鬼だ。この前僕が鬼だった時に良い隠れ場所を見つけたんだ。ここなら絶対見つからないはず。
遠くから彼女が草むらを掻き分ける音が聞こえる。絶対に見つからないという自信からか、思わず笑い声が漏れてしまいそうになったのを必死に押し殺した。
彼女には何事でも常にいつも一歩先を行かれている。かけっこや隠れんぼで勝てた事は無いし、背もあいつの方が大きい。ポケモンだって、父親が研究してるからって、3匹もポケモンを連れてて…僕は貰えてないのに。ずるい。
だから、今日は。今日こそは絶対に勝つ。見つかってなんかやるもんか!
一方的な闘志を滾らせていると、鼻に一滴の雫が落ちてきた。…雨だ。しかし、ここで「雨が降ってきたから」なんて理由でのこのこと出て行く訳には行かない。あいつの「みーつけた!今回も私の勝ちだったね」などと勝ち誇る顔が目に浮かぶ。あぁクソ、想像しただけで悔しくなってきた。意地でもここを動かないぞ。
ひとりで勝手にムカムカしてると、ふと草むらが揺れる音がした。…もう近くまで来ているのか?バレないように、1ミリも動かず、呼吸すらもしないように耐えた。しかし、草を掻き分ける音は近付いてくる一方だ。それどころか、どんどん早くなってきている。まるで、この場所に向かって一直線に走って来ているみたいに。
…逃げよう、と腰を上げようとした時にはもう遅かった。目の前に現れたのは、怒りを顕にしたニドラン♂だった。どうやらこの場所は、コイツのナワバリだったようだ。
手持ちのポケモンもいない僕が野生のポケモンに襲われた時に出来る行動はただ一つ。"命乞い"。
「――――た…助け…っ…!」
逃げようとしても、退路が絶たれている。そもそも、腰が抜けて動けない。無防備な子供が野性のどくポケモンに勝てる訳がない。この時、人生で最大の後悔を味わった。こんなことなら、草むらになんて入るんじゃ――――
「オタちゃん、でんこうせっか!」
草むらの向こうから、聞き馴染みのあるヒーローの声がした。
「ハイド、大丈夫!?ここは私に任せて、早く逃げて!」
悔しいけど、この時ばかりは本気で格好良いと思ってしまった。僕は震える足に鞭を打って、彼女を背に泥濘の中を駆けていった。僕の頭の中はもう、この場から逃げる事しか考えていなかった。格好悪い、情けない、そんな事も考える余裕すらも無かった。
必死で走っているうちに草むらを抜けた。呼吸が段々落ち着いてくると同時に、ようやく自分がやった事の重大さを少しずつ理解した。
親からあれだけ入るなと言われた草むらに入って、案の定野生ポケモンに襲われて、友達の少女を置き去りにして1人で逃げてきた。
血の気が引いた。それでも僕は、雨の中ただ立ち尽くすことしか出来なかった。
「おーい!ハイドー!!」
僕を呼ぶ声がした。さっき僕を助けてくれたヒーローの声が。
「…レンジア…僕…僕……」
「…はは、何泣きそうな顔してるの!私は大丈夫!ほら、怪我だってしてないでしょ?」
「…だって、僕…君を置いて…」
「だから、大丈夫だって!私にはポケモンがいるから!…それに、ほら…ジャーン!さっきの子、連れてきちゃった!」
自慢気にモンスターボールを見せつける彼女。さっき僕を襲ったニドラン♂を捕まえてきたのだ。それだけで驚いたが、更に僕を驚かせる事になったのは、その後の言葉だ。
「…ねぇ、ハイド。この子、君が連れて帰るのはどう?」
滅多なこと言わないでくれ、と思った。君を置いて逃げるような情けなくて臆病な僕だぞ。そんな僕が、僕を襲ったポケモンを連れて帰れるわけない、と言おうとしたが、彼女はこう続けた。
「この子のおうち、ハイドが隠れてた場所じゃない?仲直りした方がいいと思うの。」
「…そ、そうだけど…。」
「それに、またポケモンに襲われたら危ないでしょ?この子が一緒ならきっと大丈夫だよ!」
「うーん…でも…」
やっぱり怖いという僕に、彼女は大丈夫大丈夫と根拠の無い励ましで無理やりモンスターボールを持たせた。
「ほら、仲直り仲直り!」
「…う、うん…出てきて、ニドラン。」
流れに押されてモンスターボールを投げる。彼は威勢よく飛び出て来るや否や、僕を睨みつけた。そりゃそうだ、彼目線では僕は家を荒らした奴なんだから。
「え、えっと…さっきはごめん…。」
彼の目線と合わせ、僕なりの精一杯の謝罪をする。撫でようとして、手を差し伸べる。
「…痛ったぁ…!?」
噛まれた。思いっきり噛まれた。どくポケモンに。死ぬかもしれない……。
「あーあー…!もう、気が立ってる子に手出したら噛まれるでしょ!」
「さ、先に言ってよぉ…!!」
そんなこんなで、格好悪いトレーナーと気の荒いポケモンの生活が始まったのであった。
ちなみにこの後、帰宅してこっぴどく叱られたのは言うまでもない。