セリの提案で、僕とレンジアは「来て欲しい所」とやらに向かう事になった。質問しても、その場所が何処かは教えて貰えなかった。サプライズというやつだろうか。セリの「きっと、君なら喜んでくれるはず」の言葉から察するに、僕に何か餞別をくれるのだろう。次のジムで使えるわざマシンとかかな、などと考えていると、セリが「到着!」と声をあげた。
「えっと…ここは?」
外見からでは、その建物がどんな施設なのか判断が付かなかった。これがセリの家と言われればかなりの広さに見えるが、ポケモンジムかと言われるとそれ程の大きさではない。
「中に入ってのお楽しみ!ささ、どぞどぞ!!」
言われるがまま、僕とレンジアはその建物に足を踏み入れた。中に入ると、どんな施設かすぐに分かった。そこには、みずタイプのポケモンを放し飼いできるプールが広がっていた。
「…これ、全部セリさんのポケモンですか?」
「うん、大体はね!ジムトレーナーのポケモンもいるけど、その子達はまた別のプールに入ってもらってるから…」
「わわ、すっごい!!セリさん、私のルリちゃん達、泳がせてあげてもいいですか!?」
「うん、いいよ!お客さん用のプールはあっち!」
ルリリを抱き抱えたレンジアが客用のプールに駆け足で向かう。プールサイドは走っちゃいけないって習わなかったのだろうか。それにしても、この子達みんながセリのポケモンなのだとしたらとんでもない数だ。少なくとも、10匹、20匹なんて話ではない。それこそ、同じ種類のポケモンだけで10匹ずついるくらいの規模だ。
「ふふん…凄い数でしょ?この子達のお世話、結構大変なんだよぉ…」
トホホ…みたいなトーンで話してはいるが、その表情はどこか誇らしげだ。それはそうだ。こんなに多くのポケモンを相手にして、ジムリーダーもこなしている。そこに紛れもない「愛」がないと成り立たない世界だ。
「…みずポケモン、本当に好きなんですね。」
「うん、そりゃね!もちろん、みずポケモンじゃなくてもみんな好きなんだけど…リバタリ生まれ船乗り育ちの性っていうのかなぁ?」
「この子達も、セリさんみたいなトレーナーと過ごせて幸せだと思います。」
「え〜?照れるなぁ…そうだといいけどね!…って、そうそう。ここに来てもらった理由だよね。ちょっとこっちに来て!」
セリに言われるがまま着いていく。ちなみにその間、レンジアは手持ちのポケモン達をプールで遊ばせていて移動している僕達に全然気付かなかった。
「さ、到着!この子なんだけどね…」
セリはプールを覗き込む。倣うように、僕もプールを覗き込んだ。そのプールには、クズモーが1匹だけ入っていた。
「…クズモー?さっき戦わせてた子ですか?」
「ううん、あの子じゃ無いんだ。あの子は2匹目で、初めて捕まえたクズモーは実はこの子なんだけど…この子、めっちゃ気性が荒くてさぁ…私に全然懐いてくれなくって…」
「なるほど…他の子を襲っちゃうから、こっちのプールに?」
「うん、そんな感じ…。…そこで、ハイドくん。どくタイプでポケモンリーグ制覇狙ってるんでしょ?もしこの子を手懐けられるなら、是非連れて行ってあげて欲しいの。この子、多分バトルは相当好きだから。」
正直この話をされた時、無理だろと思った。あの数のみずポケモンを育ててるセリさんが手を焼いているポケモンを、僕なんかが心を通わせられるわけがないと。しかしセリは僕の不安を読み取ったのか、こう続けた。
「どれだけトレーナーが努力しても、懐かない子は懐かない。…でもね、その逆もあるんだよ。何もして無くても心が通じあっちゃう。…どうかな、ハイドくん。この子に外の世界を見せてあげて欲しい。」
セリのその言葉を聞いた時、初めてトレーナーズスクールにニドラン♂を連れて行った時の事を思い出した。
「君達は…絶対にいいパートナーになれるよ。それどころか…ハイドくん。君はきっと、どくタイプのエキスパートにすらなれる。」
ヒドノの言葉だ。どくタイプのエキスパートが放った言葉。僕がこの旅を始めたきっかけ。『何もして無くても心が通じあっちゃう』。そんな運命が本当に存在するなら。
「…セリさん、抱っこさせてくれませんか、その子。」
「…!うん、分かった!ちょっと待っててね…この子私が近づくとめっちゃ暴れるから…」
プールに入っていくセリを上から眺める。彼女の言葉通り、クズモーは離せ、掴むなと暴れまくっている。セリはやっとの思いで片手にクズモーを抱き抱え、息を切らしながらラダーを上ってきた。しかしそれでも、クズモーはセリの顔目掛け、みずでっぽうで抵抗している。
「はぁ…はぁ…わぷっ……あぁ、分かった分かった!ごめんごめん!!すぐ終わるからね!!!」
…本当に僕に懐くのだろうか。やはり不安になってきた。
「はい…よいしょっと…どうぞ…」
セリはへとへとになりながら、僕にクズモーを差し出してきた。驚いた事に、なんとクズモーは僕に抱き抱えられた瞬間にピタッと抵抗するのをやめた。
「はぁ…はぁ……え…?…うぇえええ…!?本当に大人しくなったぁ……!?」
「いや、ほんと…大人しくなりましたね…。」
2人でクズモーの顔を覗き込む。相変わらずムスッとはしているものの、抵抗する気は無さそうだ。
「ぷっ……あはははは!えー?何それ…私には全っ然懐かなかったくせに…。うぁー、なんかめっちゃ悔しい!」
その言葉とは裏腹に、セリは心の底から楽しそうに笑っているように見えた。悔しいというのも本心なのだろうが、それ以上にこの子を手懐け得るトレーナーが現れた事に心から喜びを感じてくれているのだろう。
「ふふっ…よぉし…!やっぱりそのクズモーは君が連れて行ってあげて!その子に見せてあげてよ、ポケモンリーグのてっぺん!」
出会いとは分からないものだ。あの時草むらに入っていなければ、ニドリーノとは出会っていない。あの時ナゾノクサと出会っていなければ、リバタリジムでの勝利は出来ていない。今日この場所で出会ったクズモー。きっとこの出会いも、僕の長い旅における大切な歯車の1つになる。確証は無いが、確信はした。
「…クズモー、これからよろしくね。ここには、ちょっと顔が怖いけど優しいお兄ちゃんも、ちょっと臆病だけどやる時はやるお兄ちゃんもいる。僕達と一緒にポケモンリー…」
言葉の途中で、文字通りの『洗礼』を受けた…やはり心を開いてくれるには相当な時間がかかるかもしれない。
僕のどくタイプ統一の旅に、『レンジアに勝利』、『ヒドノ先生に勝利』に加えて、『水も滴る良いトレーナーになる』という目標が出来た。