午前8:00。ホテルのベッドで目を覚ます。窓ガラス越しにむしポケモンの鳴き声と草刈り機の音が聞こえてくる。まさに『田舎』という感じだ。さて、今日は予定通りタモジムのジムバトルに出場しようと思う。今日のエントリー締切は午前9:45まで。ホテルで軽い昼食を済ませたら、そのままジムに直行だ。リバタリやエルドラのように広い街では余裕を持って行動しなければならなかったが、ここはそんなに大きい町ではないのでゆったり動こうと思う。
午前9:00。朝食を済ませ、トレーナーズホテルを後にした。このままジムに…と思ったのだが、どうやら街の様子が騒がしい。人が流れる方向から察するに、タモジムの周りに人が集まっていっている。…いや、集まりすぎている。僕は昨日タモジムに来たばかりだが、それでもこの人数が異常であることは分かる。
無事にエントリー出来るのだろうか…なんて不安になりつつも、人の波を掻き分けてタモジムに向かう。
やっとの思いでジムが見える位置まで辿り着いた。…なにやら、エントランスで2人の女性が言い争いをしている。そして、僕はその2人を知っている。タモジム・ジムリーダーのドドナと、昨日僕がホテルですれ違った女性だ。
「きゃー!!見て、やっぱりホンモノのズイナ様よ!」
「トップモデルのズイナ様がなぜこんな所に…!?」
野次馬が黄色い歓声を上げている。…なるほど、どうやらドドナと言い争いしている彼女の名は「ズイナ」というモデルらしい。この人集りは全て、彼女を一目見ようとやってきたタモの住民だったのか。…ズイナ…。イデアルではトップモデルのようだが…僕はピンと来なかった。レンジアならきっと知っていたのだろう。というより、2人を止めに入った方が良いのだろうか。言い争いというか、ドドナが一方的に癇癪を起こしているようにも見える。なんにせよ、僕は野次馬じゃなく真っ当にタモジムにエントリーするジムチャレンジャーなのだから、エントランスまでこの人波をもう少しばかり掻き分けていかなければならない。時刻は9:30。…急がないと、少しやばい。
彼女達の声が聞こえる位置までやってこれた。これだけもみくちゃにされたのだ、少しくらい耳を欹てても罰は当たるまい。
「だからぁ…折角の休みだからドドちゃんに会いに来たの。それがなんでダメなのよ?」
「あっ…ぁ、あんたねぇ…じっ…自分の影響力ってもんを理解しなさいよ…!見てみなさい、この人集り…!」
「仕方ないじゃない、いくらプライベートだって言ってもファンサービスはしないと。」
「はっ…け、結構な心意気ね…!さ…流石はトップモデルと言った所かしら…。…で…でもね、ゎ…私みたいな日陰女はこんなに人が集まってるの見ると気分悪くなんのよ…!」
「えぇ〜?もう…ドドちゃんもジムリーダーなんだし、もう少し人慣れした方がいいんじゃないの?」
「おっ…ぉ…大きなお世話よ…!!」
「はいはい…。…で!最近は良いむしポケモンちゃんは来てたりするのかしら?」
「こっ…この女は…ッ…!!」
トップモデルのズイナがプライベートでタモシティに来た。
ズイナを一目見ようとタモシティ中から人が集まった。
ドドナはそれが色々と気に食わなくて、口論に。
…と言ったところだろうか。とにかく、ここは何とかして2人を止めてエントリーしないと。
「…あ、あのっ…!すみません、僕タモジムバトルの午前の部にエントリーしたい者ですがっ…!!」
「…ぁ、あぁ…挑戦者…?こんなジムに2日連続でチャレンジャーなんて、珍しいこともあるものね…」
「あら、ごめんなさい。邪魔だったわよね…。…って、あら…?もしかして君、昨日ホテルで…?」
「な、なっ…!?あっ…ぁ、あんた何して…!?」
「おばか、すれ違っただけよ。そうやすやすとスキャンダルなんて起こすわけないでしょ。それより、エントリーしないとでしょ?とりあえず中に入りましょ?」
「だ、誰のせいで…。…ぃ、いや、こんな所で口論してる私も悪かったわね…。…謝っておくわ、チャレンジャー。」
「あぁ、いえ…。それより、今日はよろしくお願いしますね、ドドナさん!」
僕はドドナとズイナと一緒に、タモジムの中に入った。時間は少しオーバーしてしまったが、お詫びということで無事エントリーする事が出来た。
「…ねぇ、ドドちゃん。今日の試合、私も観戦してっていいかしら。あ、普通の観戦席はまた人でごった返しちゃいそうだから、関係者席でお願いね。」
「…かっ…勝手にしなさいよ。」
「はーい、勝手にするわ。…それじゃあ、えっと…」
「あ…ハイドです。」
「ハイドくんね!応援してるよ、頑張って!」
ズイナはモデルの100点満点の笑顔で僕を鼓舞し、バックヤードに入っていく。実はこれ、相当なレア体験なんじゃないか。次レンジアにマウント取られたらこの話でカウンターしてやろう。
「…はぁ、本当にあの女は…。」
「…えっと…ズイナさんとはどういうご関係なんですか?」
「…見て分からないかしら。…いや、分からないわよね。私みたいな芋女がイデアルのトップモデル様の双子の妹なんて。言っても信じる人なんていないわよ。別に信じて欲しい訳でもないけど。」
…否定は出来なかった。だって、あの笑顔をするズイナと、『イデすす』に載っていたドドナが双子だなんて。確かに、言われてもわかるわけがない。
「…仲良く無いんですか?ズイナさんはドドナさんに会いに来たって言ってましたけど…。」
「…はぁ…ほんっと嫌なことを聞くわね、チャレンジャー。いや、ハイドって言ったわね、覚えておくわ。…いい?仲は悪くない…はず。あの女の事を嫌な奴だなんて思ったことは一度もないわ。」
「じゃあなんでそんなに…」
「そんなにイライラしているのかって?…1つは私の性格。根暗で卑屈な私にはこういう言葉しか吐けないの。…もう1つは…完全な嫉妬よ。赤ちゃんの時から隣にいたから分かるけど、アイツは顔だけじゃない、内面まで裏表がない完璧な女なの。あんな姉と比べられて何年も過ごした結果、こんな捻くれ者の出来上がりってわけ。」
言葉が出なかった。隣にいつも勝てない相手がいる。その気持ちはよく分かる。しかし、ドドナの場合はそれが家族で、地方を代表とするトップモデルだ。僕なんかとは比べ物じゃないくらいの劣等感に溺れて育ってきたのだろう。僕がその背景を推測するのも烏滸がましい話だ。
「…はぁ…子供にこんな話するなんて大人気ないのは分かってるわ。」
「…あの…すみません…。」
「…別に謝ることじゃないわ。話して何とかなる話でもないし、こんな話慣れてる。…まぁ、今日はアイツと戦うわけじゃない。今は目の前にいる相手だけに集中しなさいよ。」
「…えぇ、もちろんです!」
根暗で卑屈なんて言っていたが、ドドナはドドナで僕の事を気にかけてくれている。…確かに、悪い人では…ないのかも…?…それと、一つ気になったことがある。
「…ドドナさん、『今日はアイツと戦う訳じゃない』って言うのは…?」
「…?…いや、そのままの意味だけど。いずれアイツとは戦うことになるけど、今日の相手は私でしょってこと。」
「…僕、ズイナさんとも戦うんですか?」
「…は?…ぁ…あんた…ジムチャレンジャーよね?」
「は、はい、一応…リバタリジムでもバッジは貰いました…けど…。」
「…流石に知ってると思うけど…念の為言っておくわよ?ズイナはカナンシティのジムリーダー。8番目の…最後のジムバッジを握ってんのはあの女よ。」