トレーナーズスクールは嫌いだ。嫌いなクラスメイト、嫌いな教師、嫌いな姉と同じ空間にいなければならないなんて、耐えられない。
「それでは…今日はポケモンのタイプについて学んで行きましょう!皆さん、好きなタイプはありますか?」
「僕かくとう!」「俺ほのお!」「私エスパー!」
がやがやと。本当に耳障り。早く帰りたい。
「うんうん、皆さんにもそれぞれ好きなものがあるように、ポケモン達にも様々なタイプ、組み合わせがあります。それじゃあ改めて、1人ずつ順番に聞いていきましょう!皆の好きなタイプは何かな?」
「………。」
「なるほど…!それじゃあ次…ドドナさん?好きなタイプはありますか?」
「…フェアリー…です…。」
私が口を開くと、教室中が笑いに包まれる。
「フェアリー!?あははは!似合わなーい!!」「お前みたいなブスがフェアリーなんて!!」
もう、慣れている。下唇を噛もうが、服の裾を掴もうが、この現状が変わらないことも知っている。先生が助けてくれないことも、全部。
「ハイハイ、静かに!それじゃあ次…ズイナさん、好きなタイプは?」
「はい!私、むしタイプが大好きです!!」
「むしかぁ、バタフリーとか綺麗だもんね!!」「ハッサムもかっこいいよね!!」「ズイナちゃん、いつもむしタイプ好きって言ってるもんね〜。」
…好きなタイプがなんだ。好きなポケモンがなんだ。全部どうでもいい。生きる上でポケモンなんて必要ない。授業中は毎日毎日こんなことを考えて時間を潰している。早く終わりのチャイム、鳴らないかな。
「それじゃあ、今日の授業はここまで。ありがとうございました。」
「「「ありがとうございました!」」」
やっと授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。今日のスクールはこれで終わり。こんな所に居られない。早く帰らないと……
「ドドちゃん!授業終わったね!帰ろ!!」
「……なに。1人にしてくれる?」
「えー?寂しいこと言わないでよ、どうせ同じ家に帰るのに!」
「…そうね。だからよ。家でも学校でも、あなたは私と一緒。だからこの時間くらい、1人にさせてくれないかしら。」
「…もぉ。今日の授業のこと、まだ引きずってるの?ドドちゃんがフェアリーポケモン好きだからって、何も変じゃ…」
「…じゃあなんでいつも見てるだけで助けてくれないのかしら。」
「…それは…。」
「結局あなたも、自分が可愛いだけ。人気者でいたいだけ。綺麗事ばっかり吐いて、結局私が辛い思いしてる時に助けてくれないじゃない。」
「…ごめんなさい…。」
「別に謝る必要は無いわよ。怖いもんね、いじめられるのって。良いと思うわよ、臆病な所もむしタイプにお似合いだと思うわ。」
「……。」
「…分かった?あなたみたいな皆の人気者は、私なんかと一緒にいない方がいいの。それじゃ。」
たった一人の姉に恨み言を吐き捨てて教室を出る。言い過ぎたとは思っていない。少なくとも、私が言われてきた言葉に比べたら。
『1人になりたい』。これを思った時、私がいつも行き着く所がある。スクールから少し寄り道した、『タモの沼道』だ。通学路から少し外れたそこには、人気の少ない小道がある。じめじめとした湿気が、何故か心地良い。
ふと、沼に目をやる。ほのぼの過ごす、ウパーの群れ。のんびり過ごす、ヒポポタス。外敵の少ないこの沼道には、マイペースなじめんタイプのポケモンが沢山いる。この子達を見ていると、心が安らぐのだ。
「…ふふっ…。良いわね、あなた達は…自由気ままで。見てるとこっちまで癒されてくるわ。」
私に気づいた沼の中のポケモン達が、不思議そうに私の顔を見て近づいてきた。その警戒心の無さが逆に心配だ。
「…今日ね、学校で嫌なことがあったの。みんなで私を笑って、その八つ当たりをお姉ちゃんにしちゃって…なんて、あなた達に言っても分からないか。ごめんなさいね。」
沼の中にいるウパーの群れに目線を合わせるように、しゃがみこんで話しかけてみた。こんなことをこの子達に言っても何も変わらないって私が一番分かってたけど、この子達になら吐き出してもいいかななんて思った、その時だった。ふと、背中を何かが蹴りつける感覚と共に、体が宙に浮いた。何も理解が追いつかないまま、私の体は泥の中に浸かっていた。
「ほら、やっぱドドナじゃん!」「いつもどこにいるか分からなくて気味悪かったけど、こんな所にいたんだな!」
聞き馴染みのあるあの声。教室でよく聞いたあの声だった。振り返って睨みつけてやろうかと思ったけど、そんな気力もなかった。「やっと見つけたこの場所も奪われてしまう。」そんな思考で、頭がいっぱいだった。
泥から顔を上げると、沼に住むポケモンに囲まれていた。この子達に敵意は無く、心配して近づいてきてくれている。それは直ぐにわかった。
「…あはは、かっこ悪いとこ見せちゃったわね。でも、こっちの方があなたたちの顔が良く見れる。今日はもう少しだけ、あなた達のお家にお邪魔してもいいかしら?」
きっと、歓迎してくれているのだろう。ヒポポタスは砂を吹き上げ、マッギョはその身を跳ねさせている。
よかった。まだこの場所は、私だけの……
「…ドドちゃん。」
…今度はもっと、聞き馴染みのある声。教室でも、家でも、どこでも聞こえるあの声。やっと私は自分の居場所を見つけたの。…邪魔しないでよ、ズイナ。
「…ごめんね、全部聞いてた。さっきの子達がドドちゃんの後をつけようとしてたの。ドドちゃんを蹴って沼に落とそうって言ってたの。全部聞いてた…のに、私……また動けなかった…。」
…なんであなたがそんな顔してんのよ。
「…ごめん…私…また何も出来なくて。お姉ちゃん失格だね。」
「…あぁ、もう。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ、まどろっこしいわね。」
「…私、喧嘩とかバトルとか強くないから今まで見てるだけだった。でも、やっぱりドドちゃんがつらい思いしてるのは私も嫌。双子だもん。…だから…」
「…だから、何よ。」
ズイナは覚悟を決めたように、私の顔を見た。そのまま数歩下がって、助走をつけて…。…待って、何してるのこいつ。
「あぁあああっ…!!」
「うわぁあ!?急に何してんのよ…!?」
「っ…あはは、ドロドロだ…絶対お母さんに怒られるね。…ドドちゃん。これからは私が守る。ドドちゃんより強くなって、ドドちゃんのそばにいて、ドドちゃんをいじめるやつは許さない。私はお姉ちゃんだから!」
「…そんなこと言いにきたの?別に家とかでも良かったじゃない。」
「あはは…私なりの覚悟だと思って?これからもっと、ドドちゃんと一緒にいるぞって!」
「…そ。勝手にしなさい。」
「あ!今ドドちゃん笑った!!」
そりゃ笑う。皆の人気者が、将来モデルになるって言ってる女が、私の為に泥だらけになっているんだから。
「…私を守るために強く、ね。それじゃあまずは、私よりポケモンバトル強くならなきゃだめじゃない?私に1回も勝ったことないんだから。」
「う…それはそう……。」
「…まぁ、そもそもあなたが私を守る必要ないくらいに私も強くなってやるわよ。…ジムリーダーくらいにはね。」
「じ…ジムリーダー…!?そんなとこ目指してるの…!?」
「まぁね。私だってやられっぱなしじゃ無いわよ。そもそもいじめられることが無いくらいには強くなる。とりあえず、今日私を蹴った奴らは許さない。」
「…うぅ…ドドちゃんがジムリーダーになるなら、私はドドちゃんよりも上のジムに行かなきゃならなくなっちゃう…」
「あら…また逃げ腰?夢を見るのは自由じゃない。目指してみなさいよ、むしタイプでイデアル最強のジムリーダー。」
「…そうだね。…ドドちゃんは…やっぱりフェアリー?」
「…いいえ?私はこの子達と。」
なんの事だか分からないと言った顔で私の顔を見るズイナ。
その横で、なんの事だか分からないと言った顔で私の顔を見るじめんポケモン達。
「…ふふっ…分からない?あなた達よ、あなた達。」
こうして、私はじめんタイプのジムリーダーを目指す事になった。私の居場所を作ってくれたこの子達に恩返し…にはなってないか。ここから無理やり連れ出しちゃう事になるんだし。それでも、私はこの子達と一緒に戦いたい。そう思った。
ちなみにズイナはと言うと、「イデアルでモデルになる」「イデアル最強のむしタイプジムリーダーになる」という、それはそれは大変そうな2つの目標を作ってしまった。私は自分の目標を「ジムリーダーになる」としか言っていないのに、この女はわざわざ「最強」なんてハードルまで付けた。まぁ唆したのは私だが、心配はしていない。双子だから分かるが、この女はやると決めたらやる女だ。バトルこそ私に勝ったことは無いが、それは勝とうとしてなかっただけ。本気で勝ちを狙えば、私の事なんてすぐに超える。
私は最強なんて目指さなくていい。ズイナに負けてもいい。
ただ、自分の居場所で自分の満足出来るように生きられれば、それで。
たとえ泥水を啜っても、それがその時の私の幸せなら、それで。
ちなみにこれを2人で誓った次の日、バトルの実践授業で私達双子がクラスで無双した(特に私を蹴りあげたやつはコテンパンにした)ことは、言うまでもない。
【後日談】
『イデすす。』のインタビューがやっと終わった。こういうのは向いてないのに…記事とか表紙とか、面倒なのよ。こういうのは全部ズイナの仕事でしょ。ジムリーダーってこんな事までしなきゃいけないの?
「えっと…この度はインタビューにお付き合い頂き、ありがとうございました。」
担当者、タヒチとかいう男。途中からあからさまに気まずそうに質問をしてくるもんだから、このインタビューを続ける理由がわからなかった。私にも彼にも、プラスになっていないんじゃないかって。
「ドドナさん…今からする質問は、記事にしません。ですが、個人的に気になったのでどうしても…。『特段期待してない』というのは、どういう…?ドドナさんのことを知っている方なら、こんなこと言う人じゃないって分かると思いますが…。」
「…そのまま書いていいわよ。私が吐いた言葉だから。」
「…は、はぁ…。」
「…だって、誰か一匹を特別扱いなんて出来るわけないじゃない。みんなそれぞれに特別な思い出があるの。」
「…それはつまり…『全員に期待してる』という…?」
「…そういうのガラじゃないから。さっきも言ったわよね、私が吐いた言葉をそのまま使って。」
軽く構想していたドドナの過去編が、気付けば今までのどの回よりも文字数が多くなっていました。
イデアル地方のマップを投稿しました。
ハイドの足跡を辿る際にご活用ください。
なお、まだハイドが訪れていない都市も描かれております。
ご了承ください。
【挿絵表示】