今回は裏方の話を入れています。タイトルについては魂の咆哮と思って頂ければ
時は少し進みタマモクロスとバルファルクが邂逅した夜。
「はぁ……」
ある一室で、大柄な男が数人揃ってタメ息をついていた。
ここはトレセン学園に程近いごく普通のアパートの一室である。独り暮らしにはちょうど良い広さのはずであるが、しかし部屋の中にはところ狭しと様々な機器が設置されておりおよそ人が暮らすような内装ではなかった。
「隊長、これどうするんでしょうね」
「どうするって言ってもなぁ。現場の俺達に判断できないだろ。いつも通り、お上に丸投げだ」
「人増えますかねぇ」
「増えるには増えるが、面倒は変わらないだろうよ。聞いた限り、新しい子は兄弟姉妹がかなりいるらしい。そっちに人数割かれるさ」
「そうですかぁ……」
男達────彼らはゴグマジオスとの戦いの折りに戦車での救援を要請した特戦群である。彼らはひそかにトレセン学園内に忍ばせた事務員に扮装する隊員からセイウンスカイとタマモクロスについての報告を聞いていた。
「あのお姫様はなぁ。悪い子じゃないんだけど」
「あの子なりに奮闘している証拠だと思いますけど」
「それで警護対象が増えるのはさすがに想定外なんだよ。そういえば例の赤い衣の男は続報は入ったか?」
「いえ、まだです。公安が調べているようですが依然として手がかりは掴めていません」
「場合によっちゃ、その新しいお嬢さんにそいつが接触する可能性があるんだ。前みたいな失態があれば、こうだぞ」
「ははは、笑えませんね……」
隊長と呼ばれた男が大仰に右手の親指で首を切るジェスチャーをする。
実のところ自衛隊特戦群による警護は事情を知る関係閣僚からもあまり良い目で見られていない。万が一を考えての警護であるのだが、特戦群による警護案を出された総理大臣からも過剰なのではと懸念が上がった程だ。
しかし外交ルートでは、某世界の中央の華やかな国とウオッカの元ネタの国がセイウンスカイを自国に訪問させるよう日本政府に要請し、太平洋を挟んだ自由の国からは水面下でセイウンスカイの警護を駐留する
当然だがセイウンスカイにこんな生々しい政治の話は届いていない。せいぜいSNSを通じた世界の反応くらいである。政府関係者の思惑は一致しないまでも、意思は意図せずして統一されていた。即ち、青春真っ盛りの子供を大人の都合に巻き込んではいけない、と。
「いいか。漫画のセリフを借りる訳じゃないがな、俺達が守るのはあの子の日常だ。そのために
「幸せになるのは彼女だけでいい。
「そういうこった。警護対象が増えることで配置転換も行われるだろう。……気を引き締めろよ」
「はっ」
いつだって割りを食うのは現場の人間だ。古今東西変わらぬ万古不易の鉄則である。特戦群にいて経験長い彼らはそのことをよく分かっていた。
同じ頃、永田町にて。
およそ日本人なら誰もが知る日本政府の中枢機関で二人の人間が日本の行く末を案じていた。
「全く、野党共は俺の揚げ足取りしかできんのか」
「言葉には気をつけてください。ただでさえ例の件でマスコミはイラついてるんです。ネタ一つで炎上しますよ」
「んなことは分かってるさ。俺が燃える分にはどうでもいいんだよ。燃えちゃいけないのが何なのか、分かるだろ」
「……とはいえ
「そうなる前に公表するさ。うちで湧出しましたってね」
「あれがずっと大人しくしてくれるなら、の話ですが」
「あのお嬢ちゃんの話じゃ餌さえ与えれば大人しいって話じゃないか。思考もかなり原始的だとね」
「ですが、生物です。それも極めて強力な。気分一つで簡単に前提は覆るんですよ」
「じゃ、逆に聞くが良い対案が君にはあるのかね?」
「……それは」
「何か前提を勘違いしているな。あれはれっきとした災害だぞ。そして我が国は昔から災害に対して可能な限り備えてきた。津波には防波堤を、地震には耐震工事を、台風には治水を。やることは何も変わらない。あれには硫黄で対処しているんだ。重油を得ることはただの副産物でしかないんだよ」
「差し出がましい真似をしました」
「分かればいいんだよ、分かれば。それに、自国の領土内で重油を得るってのはね、旧帝国時代からの悲願じゃないか」
「……一応申し上げますと取れる量はそこまで多くはないと」
「それも込みだよ。無いのと有るのとでは話が違うんだ。例え少なくても有事の際の備えにどれだけの助けになるか」
「そこまで事態は切迫しているのでしょうか」
「日頃の備えが肝心なのさ。……だからこそ、もう一人の子にも頑張ってもらいたいねえ」
「総理、それは」
「分かっているさ。こちらから強要するような真似は絶対にしないとも。助けてもらえるよう、この国を良くしていく。それが俺の仕事だ。君もよろしく頼むよ、官房長官」
テレビで目にすることが多い彼らだが、彼らの仕事はテレビに映らない事が大半である。現場には現場の苦労があるが、その現場を動かす彼らもそうするだけの苦労は重ねているのだ。
議論は続けられる。彼らが職を辞さない限り本当の休息が訪れることはないだろう。
「『はぁ~。確認やけど、本当にウチの言葉が分かってるんやな?』」
『おうとも。ほらこうすれば分かるだろう』
「『そないに首振らんといてもええねん……』」
「『ふふっ。バルファルクったら私と初めて話しだした頃のことしてるじゃん』」
時は戻りトレセン学園にて。
併走トレーニングが終わった後バルファルクと邂逅したタマモクロスにセイウンスカイとアグネスタキオンは事の経緯を説明していた。
「不思議だな。私も同じ芦毛だが、私は違うんだろう?」
「『バルファルク、こっちのオグリ先輩は聞こえてないんだよね?』」
『うむ。俺が聞こえているのはそちらの小さい方だ』
「『……ウチもバルファルクの言葉は分からんのやけど』」
「初期のスカイ君と同じ状態だろうねぇ。きっかけさえあればスカイ君同様の力に目覚めるさ。それについて是非私の部屋に来て頂ければと……」
「『あーやめやめ。悪いけど今それに付き合う気にはなれんねん』」
タマモクロスは嘆息する。周囲を一度見渡し振り返ってみれば漆黒の巨体がいる。また呆れたように一息吐いてから、複雑な表情をしてセイウンスカイに向き直った。
「『えっと、タマ先輩? すみません、騙すようなやり口で会わせてしまって。都合が悪ければ、その……』」
「『謝らんでもええよ。こっちが勝手にいらんこと考えてるだけやから』」
「『は、はい……』」
「『ただその、龍とかの話はまた今度にしてくれへん? 受け入れる時間が欲しいんや』」
寂しげな表情で語るタマモクロス。
その表情を見てセイウンスカイはひどい罪悪感に襲われた。このところ"龍"に関連する話題が多くセイウンスカイ自身もバルファルクと話せるようになったおかげで麻痺しているがバルファルクに関わる話題はいずれも派手さとそれに伴って注目を集める。気の強いタマモクロスではあるが、将来は家族と慎ましやかに過ごすことを願うタマモクロスにとって、バルファルクとそれに付随する交信能力があると説明されても困惑する他無かった。
「『あんたらに悪気が無いのは分かるんよ。せやけど、ウチも家族とか考えなあかん事が多いねん。急にそないなこと言われても……なぁ』」
そう言ってトボトボと背を向けて校舎に戻るタマモクロス。相方のオグリキャップがその背に優しく触れて彼女のフォローに努める。去り際の彼女は併走中の威勢のよさが嘘のように感じられなくなっていた。
『セイウンスカイ、俺は何かまずい事でもしたのか?』
「『いや、違うよ。悪いのは私。考え無しに先輩を巻き込んだのがいけなかった』」
「スカイ君、君がそう責任を感じることはないさ。君とて能力のルーツをただ追いかけたかっただけだろう?」
「『そうなんですけど……。この分じゃ、自衛隊の人達が護衛してくれてますって話もプレッシャーになりかねませんよね』」
「どうやら彼女は皆が思う以上にデリケートな性格をしているようだからねぇ。しばらくは何もせずそっとしておいた方が無難かな」
結局、セイウンスカイが期待していた事は何も起こらなかった。ただタマモクロスに余計な重圧をかけてしまったことにセイウンスカイはひどく落ち込んでしまう。感情の落差を鋭敏に感じとるバルファルクであったが、話としては人間同士の関係性でしかない以上バルファルクにできることはない。
この後しばらくは互いに気まずいのかタマモクロスとセイウンスカイの間で交流は生まれず、一部では併走により意見が衝突したのではという噂が流れる程だった。この噂の出所はトレセン学園で、タマモクロスがこの"龍"との交信能力を持つことにタマモクロス自身が良い反応をしなかったためそれを掻き消す目的で偽の噂を流布したのだ。一概に嘘とも言いきれないため両者共にこの噂を否定するようなことをしなかった。
更に時は進み11月。
来月にホープフル・ステークスを控えたセイウンスカイはまた上野に行こうとしていた。
セイウンスカイが上野で会ったあの赤い衣の男。セイウンスカイはタマモクロスを介して能力のルーツを調べることが出来なくなったために他に手がかりが無いか、またあの男に会えないかとダメ元で博物館に通うようになったのだ。ただ結果は芳しくない。
それはそれとして、セイウンスカイは展示されている"龍"の遺物の記憶を読み取るのを楽しんでいた。展示品はある一定の期間が過ぎれば別の物が展示される。セイウンスカイの交信能力に応えられる遺物はそう多くはないものの、自分でしか知り得ない古代の世界はタマモクロスの件で落ち込むセイウンスカイの慰めになった。
なおこの事に関してバルファルクはあまり良い顔をしていない。曰く自分が差し置かれているような気になるという。まるで浮気する彼女を咎めるような視線のバルファルクだが無理に止めることは無かった。セイウンスカイからすれば勝手にやってきておいて騒動の種になっているというのに、何という言い種かという話である。
そして今日もまた上野駅に降り立つセイウンスカイだがいつもは一人だというのに今回は同行者がいる。
「すまない。まさかこんな年若い女性に助けられてしまうとは……」
「あははっ。さっきから謝ってばかりですよ、お兄さん」
なんてことはない、ただの道に迷った観光客であった。
セイウンスカイがいつも通り新宿駅で乗り換えようとした時、偶然だがホームの案内板を見て首を傾げるこの青年に遭遇した。片手には案内図らしいパンフレットを開いていたが今一よく分かっていないらしい。親切心で声をかけたところ目的地が同じだということを知り、案内ついでに連れてきた訳である。
「日本の駅は複雑だ。なぜああも迷路のような構造になっているのやら」
「ま~新宿駅に限れば後からどんどん付け足していったからでしょうね」
「君のような少女が把握できているというのに……面目無い」
落ち込む青年を見上げるセイウンスカイは、とんでもない偉丈夫だと思った。体格が良すぎる。身長は明らかに2mを超えており肩幅も大きく見える。顔だけ見れば優男なのだが腕がセイウンスカイの胴体程の太さがあり、およそアスリートか軍人等の体力勝負が求められる職に就いているであろうことは容易に察せられた。優男風な顔立ちも、トレーナーと会う前のセイウンスカイが見れば友達と共に騒げる程の美形っぷりである。
鎧か何かを着させて片膝付けばフィクションの騎士のように見えるだろう。そんな青年があからさまに肩を落として落ち込んでいるのだから、それが面白くてセイウンスカイは仕方なかった。
「ほら、博物館はすぐですよ。どうせだから一緒に回りましょう」
「う、うむ。……おお、あれが有名なシロナガスクジラのオブジェか……」
それからセイウンスカイと青年は共に博物館を観光した。初対面ではあるのだが、青年の実直な性格と口下手だが嘘偽り無く本心を伝える姿勢にセイウンスカイは好感を持った。青年がいる手前いつもの交信能力は使わなかったが、既に博物館の常連となっているセイウンスカイはガイドとして案内することでとても楽しんでいた。
そうして時間一杯使って博物館を回りいよいよ別れようという時になった。
「ところでなんですけど、お兄さんって赤い衣を纏っていて何だか偉そうに喋る人って知りません? 私、実はその人を探してまして」
セイウンスカイはダメ元で青年に謎の赤衣の男を知らないか聞いたのだ。セイウンスカイなりに調べているとはいえ全くの音沙汰無し、ゴクマジオスの件以降パッタリと交信能力についての進展が無かったため下手な鉄砲数撃ちゃ当たるとばかりに博物館で話しかけられる人物には聞いて回っていた。
これまで通りならただ知らない、の一言で済む話である。しかし青年の反応はこれまでと違い絶句する様子であった。
「…………」
「あの? お兄さん?」
「ああ、済まない。ひどく驚いてしまってね。……質問に質問で返すようで悪いのだが、君はもしかしてセイウンスカイという名ではないだろうか」
「え? 確かにそうですけど、あれ? 私名乗りましたっけ?」
「いや、私が一方的に知っていたんだ。何故今まで気付かなかったんだ……」
「一方的にって……」
「赤い衣の男から聞いたんだよ」
「えっ」
今度はセイウンスカイが絶句する番だった。ダメ元で当たった初対面の男が手がかりを知るという。
「その男は私の部下なんだ。……もし彼が君に失礼な事をしていたのなら、彼に代わって謝罪しよう」
そう言って彼は大柄な体格に見合わない謙虚な姿勢で目を伏せたのだった。
さぁ謎の赤衣の男に続く特別出演です