さて予告した通り特別出演の回です。
「……ここでいいだろう。君は何か飲むかい? せっかくだ、奢らせてほしい」
「えーと、じゃあココアで」
「了解した。少し待っていてくれ」
上野駅にあるとあるカフェにて。
その日限りの連れ合いでしかなかったはずの二人はやや緊張を孕んで話し合うこととなった。
青年の衝撃的なカミングアウトからセイウンスカイはどうしても詳細を知りたいと願い青年はそれを快諾した。
青年が戻ってくるまでの間、セイウンスカイは感覚を意識して切り替え周囲を鋭敏に観察する。普段であれば気付かないが明らかに気配が違う者が数人いる。恐らく特戦群であろう人員が数人、他の客に混ざってこちらに意識を向けていた。
(自衛隊さん、すみません。ちょっと待っててもらえますか)
セイウンスカイは祈るように手を合わせて一息吐く。赤衣の男の一件から自身の周囲の警戒が厳戒態勢であることは察しが付いている。新宿駅で案内した時から青年に対して警戒の目は向けられていただろうがここまで露骨なのは理解あるセイウンスカイといえど辟易するしか無かった。
「おや。もしかして、今感覚を広げていたのか?」
「……やっぱり、"これ"、分かるんですね」
「分かるというよりは君の仕草に見覚えがあったんだ。流石に全てを把握している訳ではないよ。どちらかというとまだ調べている最中、といったところだろう。尤も興味を持っているのは私ではなく我が
戻ってきた青年からココアを受け取りその茶色の水面に視線を落とすセイウンスカイ。青年は抹茶ラテを頼んでいてごく普通にその味を楽しんでいた。特徴はあるものの、赤衣の男と違って何の変哲も無い普通の人間にしか見えない。とてもではないが、セイウンスカイが求める情報について知っているとは思えなかった。
あまり長居しても寮の門限に差し障る。セイウンスカイは早速本題に切り込んだ。
「確認なんですけど……あの赤い衣の人と知り合いなんですよね」
「そうだ。やつは私の部下でね。私は常日頃主と共にいることが多い。離れられない私に代わって幾つか仕事を頼んでいるんだ。少々、享楽家であることを除けば優秀な部下だよ」
「その仕事っていうのは……」
「君が察している通り、"龍"に関する事だよ」
「……私のこういう能力も、その一端だったりしますか?」
「ふむ……確かにそうだが、君は何を知りたい? 私とて全てを知る訳ではない」
「貴方達の事や、この力の由来ですかね」
「分かった。なるべく冗長にならないように説明しよう」
青年は語る。
詳しい身分や所属等は明かすことはできないが昔から"龍"について調べている集団にいること。もっと多くの"龍"が過去にいたこと。多くは滅んでいるがまだ生き残っている個体もいること。それらを監視し場合によっては対処する必要があること。
一つ一つはセイウンスカイにとってある程度予想できた内容であり特別驚く事は無かった。セイウンスカイの中で考えていた仮説の裏付けが取れたようなものである。
だが残念ながら交信能力については確信に至れなかった。
「最後に、君のその力だが……実は分かっていない事の方が多い。大まかな概要は君自身が知っているだろうから省くとして、我々も追っているんだ。君達"龍呼びの声"をね」
「"龍呼びの声"……それがこの力の名前ですか?」
「あくまでも便宜上そう名付けているだけに過ぎない。どうしてか法則性無く時折彼らと話せる者が生まれることがある。話せるのはもちろんそうだが、顕著なのは彼らが持つ"龍"としてのエネルギーに耐性を持ち、そしてそれを受容することだ」
「耐性? 受容?」
「君はバルファルクで散々見ているだろうが、あの赤いエネルギーは基本的に他者に対して有害だ。ある種の熱を持っているようで放たれれば周囲を焼くし、濃度によっては曝された生物を体の内側から蝕むようなことすらある。だが君はバルファルクと触れていてそのような事があったか?」
ハッとしてセイウンスカイは思い返す。鋼の龍鱗に触れた際の騒動。アグネスタキオンから龍属性エネルギーが周囲に飛び散っていたと聞いていたがそれを止めたアグネスタキオンは手の平に軽い火傷を負っていたのに対し、鱗を握っていたセイウンスカイには傷一つ無かった。
「例え同じ"龍"でも生体エネルギーである以上は他者と反発し合う性質を持つ。"龍"にとって他の"龍"の生体エネルギーは毒にしかならない」
「だけど私は平気……」
「単に平気なだけじゃない。君は先ほど感覚を広げて周囲を探ったな?」
「私、その生体エネルギーの事を"龍属性"って呼んでるんですけどそれも関係あるんですか?」
「"龍属性"か。言い得て妙だな。今後は私もそう呼ぶことにしよう。……その"龍属性"だが、耐性がある人間はそれを受け取り"龍"達と同じように規模は遥かに小さいながらも使用できるようになる。ただ単独では使用出来ず"龍"達の助け……例えば君が今付けているバルファルクの鱗等、"龍"の身体の一部を持つことで使用可能になるんだ。感覚拡張も、"龍"が他の"龍"を探知できる能力が大元だろう」
「なるほど……。ちなみに肝心の起源については……」
「さっぱりだ。本当にいつの間にかいる、といった感じでね。我が主曰く、過去に徹底的に迫害され記録の大部分を抹消されたからではないか、という話があったがこれも憶測の域を出ないな」
「迫害……ですか」
「天災を起こし場合によっては大量の死者が出かねない
そう言いながら残った一杯を酒でも飲むかのように呷る青年。あくまでも自然体でいる青年はこの一杯を最後にするようだ。いそいそと帰り支度をしている。時計を見れば、寮の門限に帰れるかどうか、ギリギリというところまで来ていた。
「あの、最後の質問なんですけど」
「うむ?」
「私の仕草に見覚えがあるって言ってましたよね。私以外にも同じ力を持つ人が他にいるんですか?」
「ああ。確かにそれは君にとって気になるところだろう。残念ながら答えは"いた"、が正しい」
「いた……? もういない……?」
「10年程前だったか。高齢でね、老衰で亡くなっているんだ。以来私達の界隈で"龍呼びの声"を持つ者はいなかった。君が久しぶりの登場だったんだ」
「その人はどこに住んでいたんですか? 同じ力ってことは、私と同じように……その……相棒たる"龍"がいるってことですよね?」
「ふむ、そうだな……」
青年は勿体付けるように黙り込む。もしかしたらバルファルクやゴクマジオス以外に話せる龍が増えるかもしれない。
「多くは語らないでおこう。恐らく彼はまだ傷心中だ。故に、行くのはもう少し後の方がいい」
去り際にただ一言。
そう締めくくって去っていった。
12月。
あれからは特に進展は無く、ごく普通の時々バルファルクな日々をセイウンスカイは過ごした。タマモクロスとの微妙な間柄もそのままだ。
12月下旬、年末年始を控えたセイウンスカイは予定通りホープフルステークスに出走する。
しかしトレーナーはセイウンスカイと共に頭を悩ませていた。
「エルコンドルパサー……」
「うわぁ、ここでかち合うかー」
枠番が発表された際、表示された名前の中に親しい友人の名前が載っていたからである。トレーナーとセイウンスカイは、同期五人と当たるのは早くても来年のクラシック期だと想定していたためホープフルステークスでのエルコンドルパサーは想定外であった。
「いやぁ~。いつかは勝負するもんだとは思ってましたけど、思ったより早かったですねぇ」
「そうだね……。彼女は確か、王道の先行で走るようだけどスカイにとってはどうだい?」
「多分まともに勝負すると負けますね。末脚の爆発力で言ったらスペちゃんが凄いんですけど、王道を王道のまま走り抜けるのはそれ相応の実力が必要になりますから」
「あの手この手で勝ちを拾うのがスカイだからね。下手な小細工じゃ潰される訳だ」
「トレーナーさん、一つ策があるんですけど」
「何か思い付いたのかい?」
「小細工がダメなら、大細工ですよ」
イタズラ小僧のように不敵に笑うセイウンスカイ。
トレーナーはそれを見て、ホープフルステークスでの勝利を確信した。
ホープフルステークス当日。
クリスマスが終わりいよいよ年の瀬を迎える頃のホープフルステークスは年末でも屈指の有マ記念に並ぶ大レースである。主にシニアが活躍する有マ記念と、これから先時代を作るであろうジュニア最後の大レースとあってやはり人々の注目度は高い。
直近で話題なのはエルコンドルパサーVSセイウンスカイである。エルコンドルパサーはデビュー前から内外にその頭角が知られており持ち前の快活さもあって一番人気に推されていた。反対にセイウンスカイは実力のほとんどを隠していることもあってミステリアスさが感じられており、文字通りのダークホースとして二番人気に推されている。
そんな注目のレースをレース場に向かうことなくトレセン学園でタブレットで観戦する一人と一頭がいる。
「おやおや。二人とも中々の仕上がりだねぇ。他のウマ娘には悪いけど、実質この二人の一騎討ちじゃないか」
『なぜ俺がこいつと見なければならないんだ……』
ターフ中央、バルファルクが根城にしているその縄張りでアグネスタキオンはバルファルクにレースの生中継を見せていた。
今回バルファルクはレース場へ向かっていない。前回のレースの口さがない態度のせいでタブレットで見るようにセイウンスカイに言われたからだ。アグネスタキオンもセイウンスカイからのお願いを快諾してバルファルクの元にいる。
『ダンスの音楽とやらがそんなに大事なのか? 聞いたところで俺には理解できないのだが』
「バルファルク、言葉は通じなくても私には分かるよ。どうせ理解できないものを聞いたところで意味は無いとねぇ」
前回のレースではライブの音楽が届かないところから観戦し結果的にセイウンスカイを怒らせる羽目になっていたバルファルク。未だ自分の発言に疑義があるとは思っていないバルファルクだが、それはそれとしてセイウンスカイを怒らせたくないバルファルクは大人しく彼女の言付けを守っていた。
「さぁゲートインだ。どのようなレースになるのかな」
『どうせセイウンスカイが勝つだろうに』
生中継で映るセイウンスカイとエルコンドルパサーの顔に焦りや不調といった表情は無く、どちらも最高のコンディションでこのレースを迎えているのが分かる。
全ウマ娘がゲートに入り後はスタートを待つだけ。一瞬静かになるが直後にゲートが開く。
飛び出した先で先頭にいたのはセイウンスカイではなくエルコンドルパサーであった。
────セイウンスカイには気を付けろ
出走が決まり枠番が発表された後にエルコンドルパサーがよく聞いたのはこの言葉である。口酸っぱく自身のトレーナーからセイウンスカイの不透明さを説明された彼女はそこまで深刻に捉えることなくレースに臨んでいた。
────手が分からないなら全力で勝負するだけデース!
セイウンスカイの脚質が逃げとも限らない、と言われている。デビュー前の模擬戦では相手を騙す形で、デビュー戦ではフィジカルそのままに圧勝したが、トレーナーに言わせれば逃げは誰でもできる走りだそうだ。例え本来の脚質が別にあっても平均的な実力が他のウマ娘より大きく上回っていれば誰もが逃げで勝てるのだと。
ならば自分はどうか。
エルコンドルパサーは世代最強を自負しているしそれに見合うだけの実力を付けてきた。日本国内のレースはもちろんだが目指すは欧州の頂、彼の凱旋門である。それに比べればホープフルステークスなどはただの通過点に過ぎない。
セイウンスカイが難敵なのはエルコンドルパサーとて理解している。しかしこんなところで躓いている暇は無いのだとエルコンドルパサーは自身に言い聞かせた。
セイウンスカイの脅威は昼行灯を気取りながらも正体は巧妙な策士であることだ。反対にエルコンドルパサーにそんな能力は無い。あるのは純朴とも言えるその走りだけ。
真っ向から策ごと潰してやると意気込んだエルコンドルパサーであったが事実としては初手で躓く羽目となった。
『スタートしました! 先頭、最初に立ち上がったのは、エルコンドルパサー! セイウンスカイではなくエルコンドルパサーです! セイウンスカイは二番手に付いています!』
『今日のセイウンスカイは逃げではないんですねぇ。このレースは荒れますよ!』
状況を伝える実況が響いた時、出走しているセイウンスカイを除いた全ウマ娘は困惑に陥った。彼女達もセイウンスカイが脚質を変えてくる可能性をトレーナーに言及されていたが、ここまで露骨とは思わなかったからだ。
どうやら先行策で先を行くエルコンドルパサーをマークしているらしい。
(ふざけんな。
出走ウマ娘の一人の内、短気なウマ娘が外側からセイウンスカイの横についてくる。セイウンスカイとエルコンドルパサーは内ラチ側を走っており後続も続いているためこれでセイウンスカイを包囲した形だ。少しは焦ったかと、短気なウマ娘が横目でセイウンスカイを見れば、少しも焦燥はなくそれどころか包囲網を一瞥することも無く前だけを見て走っていた。これが癪に触れたのかこの後短気なウマ娘は無謀な加速を繰り返しかかってしまいスタミナを消耗することとなる。
一方のエルコンドルパサーは困惑しつつも自分の走りをすることに執心した。焦ってここで逃げようとは思わない。どうせセイウンスカイが後ろでマークしているだろう。それならそれで良い。セイウンスカイが後ろから抜け出す頃には差を大きく開けられるはずだ。そう思ってレースを進めたがまたも中盤でセイウンスカイに驚かされることとなる。
かなり早い段階でセイウンスカイの横にいたウマ娘は脱落した。それを見計らってセイウンスカイは横に逸れる。
エルコンドルパサーが気付いた時には遅かった。第3コーナーより前の直線でセイウンスカイとエルコンドルパサーは横に並んでいた。
(ロングスパート!?)
本来先行策で行う走りではない。どちらかといえばこれは追い込みの走りである。エルコンドルパサーの外からじわじわと加速しつつ追い抜こうとする。ここでエルコンドルパサーは前に出るかペースを保つか迷ってしまった。加速しつつリードを保たれれば勝機は無いし、かといってここで前に出ようと無理に走れば終盤のスタミナが無くなってしまう。
(かかったね)
迷った末の中途半端な加速こそセイウンスカイの策だった。僅かに開いたリードが第3コーナーから第4コーナーの間で更に広がっていく。
「ま、け、る、かぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
それでもと猛然と追い上げるエルコンドルパサー。最後の直線から驚異的な末脚を見せ開いていた差を縮めようとする。
遮二無二走りながらもゴールを通過したエルコンドルパサーはどっと芝生の上に倒れ込む。途中から周囲の状況が分からずに暴走とも言える走りをした彼女にしばらく立つ気力は無かった。
「エル、お疲れ」
「……はぁ、はぁ、セイちゃん」
そんな彼女に手を差し出すセイウンスカイ。相応に汗をかいていたが大きな呼吸の乱れは泰然自若としている。
「セイちゃん、私は強かったデスか?」
「うん。まだたった二戦目だけど……今まで一緒に走った相手の中で一番強かったよ」
セイウンスカイ 2:00:8
エルコンドルパサー 2:01:0
セイウンスカイの勝利だった。
『ほう。勝ったじゃないか。一時はどうなるかと思ったが』
「エルコンドルパサー君を上手く使ったねぇ。しかもあの走り、タマモクロスとの併走で学んだ走りじゃないか。まだまだ甘いとはいえ、先行で追い込みの走りを再現するとは奇策を通り越した大道芸だよ。一回限りの作戦だねぇ」
簡素な感想を述べるバルファルクと冷静にレースの内容を分析するアグネスタキオン。流石にアグネスタキオンから見ても普通の走りではなかったらしい。
中継では仲良く手を繋ぐ二人の姿が見える。エルコンドルパサーとて悔しくない訳がないはずだが、勝者を称えるスポーツマンシップは当然持ち合わせている。互いに抱き合い健闘を称えあっていた。
「さて、この後はライブだ。頼むからまともな感想を彼女に話してくれたまえよ?」
『……なんて言えばセイウンスカイは納得してくれるんだろうなぁ』
若干死んだ目をしつつライブについてどう誤魔化そうか考えるバルファルク。
言葉も何も分からないのにあまりにも仕草が人間臭く見えたアグネスタキオンはいつもの哄笑とは違い暖かい目でそれを見ていた。
中山から帰ってきたセイウンスカイとエルコンドルパサーを出迎えたのは同期達親友のウマ娘だった。スペシャルウィークが二人の健闘に大騒ぎし、冷静なキングヘイローがそれを諌め、ツルマルツヨシは一緒に騒ごうとして咳き込み、それを見たグラスワンダーはツルマルツヨシを介抱している。
いつも通りの親友達に揃って顔を見合わせ笑い合う二人。これから先より多くのレースで親友達と衝突するだろう。互いが互いに勝って負ける群雄割拠の戦国時代のように。
それでも友情は崩れない。それだけは確かなのだと、確かな思いを胸に抱く。
そう、みんな仲間でライバルなのだ。
(いやぁ~。ギリギリ勝てたけど危なかった~。後400mゴールが遠かったら差されてたよ~)
充実したレースの余韻に浸りその日を終えたセイウンスカイ。何かを忘れているはずだが、それすらも忘れて就寝する。
翌朝、彼女を起こしたのは鳥の囀りでもなければ朝日でもなかった。
『……おい、セイウンスカイ。起きろ。いつまで寝ているつもりだ』
「『……寝かせてよ~。昨日のレースで疲れてるんだって……!?』」
慌てて飛び起きたセイウンスカイ。まだ同居人のサクラローレルは寝ており朝日が窓辺から差す時間帯でもない。
いや、朝日が窓から入ってこないのは物理的な障害があったからであった。
『おまえ、ライブの感想聞きたがってた癖に俺の事忘れてたなぁ……』
『あ! そういえばそうだった!』
セイウンスカイ、充実したレースに気を取られバルファルクを忘れているのであった。
最近アークナイツの統合戦略にハマってます。無限に時間が溶ける……
感想お待ちしています。