セイちゃんのレースについて今回は色々盛ってみました。あと薄々気付いている方いるかもしれませんが史実再現とはなりません
「『こらアカンなぁ』」
竹林にて。
タブレットで中継を見るタマモクロスは現在行われている皐月賞の模様を見て一言呟いた。
『ん? それはセイウンスカイが負けるということか?』
「『言葉足らずやったな。そういう意味やないねん』」
皐月賞当日のタマモクロスはバルファルクが以前にレースを観戦していたと聞いてわざわざ竹林にタブレットを持ち込んでイナガミにレースを見せて説明していた。ウマ娘がレースを走る意義やレースの種類、そしてセイウンスカイが今走っているクラシックがどういうレースなのかを。
『どういうことだ?』
「『スカイは勝つ。そりゃもう確実に』」
『ならそれで良いのではないか』
「『いや……』」
タマモクロスがタブレットに目を落とす。口振りに反して表情は軽くまるでイタズラが発覚した子供のような誤魔化す笑みを浮かべている。実際そうなのだろう。この時のタマモクロスの心情としては"やりすぎた"の一言に集約される。
「『
一言、困惑しながら天を仰ぐようにタマモクロスはそう呟いた。
(追い付けない……!)
『まさかまさか! 誰が予想し得たでしょうかこの展開!』
(違う……!)
『余裕の走りだ、一体何バ身残してのリードなのか!』
(違うっ!)
『
(あれはスズカさんと同じ走りなんかじゃない!)
『大楽勝だ、セイウンスカイが中山でまず一冠!!! 中山で彼女に勝てる者はいないのか! セイウンスカイの勝利です!!!』
呆然と立ち尽くすのはスペシャルウィークやキングヘイロー。以下他のウマ娘達。
彼女達はどうしてこんなレースになってしまったのかと、レースを始めから思い返していた────。
時は少し遡り発走前。
ゲートの中で待機するスペシャルウィーク。彼女はトレーナーから聞かされたセイウンスカイへの対策を思い返していた。
『今回の台風の目になるのは間違いなくセイウンスカイだ。君も弥生賞を勝って実力を付けてきているけど、あっちはその実力に加えて搦め手を使ってくるからね。いきなり脚質を追い込みに変えてきてもおかしくないよ』
スペシャルウィークは直感でセイウンスカイがそう脚質を変えてくることはないと考えていた。常識的に脚質をコロコロ変えられる才能は無いと考えられるのはもちろんなのだが、セイウンスカイは前からレースを支配したがるだろうと踏んだのだ。そしてその直感はおおよそ間違いではなかった。
キングヘイロー陣営も概ね見解は同じである。スペシャルウィークと違ったのはセイウンスカイをマークするため先行策へと脚質を変えたことだった。前目に付けて徹底してセイウンスカイを潰す作戦だ。中山レース場は最終直線が短い。前に付ける作戦は有効かと思われた。
では勝負の別れ目となったのは何だったのか。
一つは他に逃げウマ娘がいなかったこと。
もう一つは"龍呼びの声"が持つ感覚拡張をセイウンスカイが惜しみ無く使用したことだった。
レースが始まる。
順当な滑り出し。セイウンスカイはごく普通に前に出てレースの先頭に躍り出る。この時点で集団全体に緊張が走った。何の変哲も無い普通の逃げの挙動だからだ。
あのセイウンスカイがこんな凡庸な走りをする訳が無い────。
集団全体がこのような被害妄想にも等しい思考に陥っていたのはセイウンスカイの知るところではない。とはいえこの時点ではまだ混乱までには至らなかった。何せセイウンスカイは先頭にいる。追い込み等後方からならまだ奇襲できるが、先頭にいて何かやらかそうものなら全体に筒抜けとなるのは自明の理である。一挙手一投足、全てのウマ娘がセイウンスカイを注視していた。
変化が起きたのはレース終盤。第3コーナーから第4コーナーの途中である。
序盤は困惑させられたとはいえここまでセイウンスカイに大きな変化はなかった。通常の走りであればここからが勝負どころ、スパートのかけ時である。スペシャルウィーク、キングヘイロー含め全てのウマ娘はこの瞬間セイウンスカイが策ではなく順当に実力で勝負しにきたのだと錯覚した。ここから何かしようが無いとの判断である。
最初に気付いたのは二番手でマークしていたキングヘイローであった。
(なんで……差が縮まらないの!?)
各々がスパートをかけていく。レースで最も荒れる瞬間であるスパート時は好位置を狙って位置取りの入れ替わりが激しい。しかしそんな荒れ模様を気にすること無くセイウンスカイは先頭を走り続けていた。
遅れて他のウマ娘達も異常事態に気付く。セイウンスカイに何かされた。されたけれどもその何かが全く分からない。
だが似たような走りをスペシャルウィークはよく知っていた。憧れの人、大切なルームメイトがするその走り。違っていたのは天然物のサイレンススズカとは異なりそれが計算され尽くした走りだったからであろう。
(偶然じゃない……! セイちゃんは狙ってやったんだ)
(前にいるのに、後ろの人の位置全部把握してスパートを被らせたんだ!)
スペシャルウィークだけがその異常性に気が付いていたが時既に遅く。
挽回などできようはずもなく、セイウンスカイの躍進を黙って見届ける他無かった。
脚質というのは勝ち負けを決める指標になりえない、とセイウンスカイは聞いたことがある。
統計を取ってみれば王道とされる先行が一番勝利数が多いだろう。だからといって全てのウマ娘が先行で走るかと言われればそうではない。作戦、レース場の特徴、何よりウマ娘の気質で脚質というのは変わるものなのだ。
そして逃げという走りで最も有名なのはサイレンススズカであろう。他にも逃げでG1を勝利しているウマ娘はいるが、サイレンススズカのそれは所謂"大逃げ"、単なる逃げとはまた次元の違う領域へと達しているのだ。
(私はスズカさんみたいには走れない)
常識的な判断である。逃げ差しとも称されるサイレンススズカのスパート、道中の大逃げだけでも足を潰しかねないのにそこに加えて差し足など正気の沙汰ではない。だが逃げとしては完成に近いという走りもまた事実であった。常にリードを取り続け、距離を詰ませることなく逃げ続ける逃亡者。
逃げの先達としてセイウンスカイは何度かサイレンススズカのレースをトレーナーと共にリプレイを見ている。当初はその圧倒的な走りに参考にすらなりえないと諦めていたが、"龍呼びの声"として能力を交えればその評価は変わった。
(走ってるみんなのスパートを把握できれば逃げ差しが刺さるんじゃ……?)
アグネスタキオンから指摘されていた感覚拡張の応用。セイウンスカイはゴグマジオスやイナガミの件もあり常日頃からこれを使用し能力の鍛練としていた。その甲斐あってなのか周囲数百mの気配を掴むほどとなっている。距離が離れるごとに精度は落ち大体300mまでが能動的に気配を掴める限界である。
そしてそれだけの広さがあればレースの全容を掴むのに支障は無かった。難しい事はいらない。
サイレンススズカが圧倒的なのは序盤からの凄まじいリードとそれに加えてのスパートである。前者はどうやったって真似できないが、スパートは別だ。ラストスパートならどのウマ娘だってやれる。
セイウンスカイにとって幸運だったのはこのクラシックで彼女以外に逃げウマがいないことだった。逃げウマ娘が重なると先頭争いで無駄なロスが発生しがちになり結果として互いを潰しあってしまうことが多い。もちろんセイウンスカイはその対策を考えていない訳ではないのだが、手間が省けるなら僥倖である。
ウマ娘の走る速度というのは平均して各々変わらない。もちろん身体の仕上がり次第で最高速に変化はあるが、単純な速度だけ見れば例え一位になったウマ娘でも他のウマ娘とは大差無いのだ。違っているのはスパートのタイミングや位置取りといったところだろう。
(じゃあ他の人と同じタイミングで同じだけのスパートすればリードは保たれるってことじゃん)
それがセイウンスカイの下した結論だった。
最後まで諦めずに、しかし2着になったキングヘイローは内心をおくびにも出さずセイウンスカイがやった事をスペシャルウィークに遅れて理解した。だが納得はしていなかった。
(一体いつ私達のスパートを把握したっていうのよ……)
スパートにスパートを被せればいいというセイウンスカイの考えだがだからといって出走している全てのウマ娘のスパートを把握するわけではない。脚質や位置取りでスパートのタイミングは違うのだから当然である。
だからセイウンスカイはずっと目を付けていた。自分と同じだけの実力がある有力バ────即ちスペシャルウィークとキングヘイローの二人である。
キングヘイローが行っていたマーク戦法はその実セイウンスカイが二人をマークしているという全く逆の結果で返されたのだ。
走りきったセイウンスカイは調子を崩すこともなく自然体でいる。決してまぐれではなく狙った走りなのだろう。トレーナーや観客に向かって手を振っている。
翌日の各スポーツ誌の一面にはこんな見出しが躍った。
【ベールを脱いだ怪物】
【芦毛の怪物、再来】
【芦毛の逃亡者】
このセイウンスカイの勝利はただの勝利ではない。これまでの彼女に対する認識が覆った日である。
謎の実力者ではなく討伐すべき
(あー……。これってもしかしていらない注目を集めちゃったかな?)
ウイニングライブも終えて帰途につくセイウンスカイ。
彼女は勝った後のスペシャルウィークとキングヘイローの反応がどうにも悪かったことを気にしていた。
本音を言うと"龍呼びの声"の能力をレースで使うことに抵抗があった。この能力は努力して得られるようなものではなくバルファルクと交流する上で得られた後天的異能である。ただその懸念についてレースの先達であり同じ"龍呼びの声"でもあるタマモクロスに相談したところ驚くべき答えが返ってきた。
────あんた、全力出さずにレースに挑む言うんか?
タマモクロスからすればセイウンスカイの懸念こそ言語道断である。今でこそタマモクロスは優駿の一人に数えられているが、その道のりは決して平坦なものではなかった。彼女のトレーナーと共に嗚咽をあげるような苦難に直面し、これでもかと鍛練に鍛練を重ね自分を苛めぬいて、そうして勝利を得たのがこれまでのタマモクロスのレースだったのだ。
例え後付けだろうが何だろうが持てる全て以てレースに挑むのがタマモクロスからの返答である。
いつものような勝ち気さではなく、まるで冷たい刃物のような鋭さを持つタマモクロスのその言葉にセイウンスカイは自分を恥じた。
(何を弱気になってるんだ。相手はスペちゃんとキングちゃんなんだ、出し惜しみをしていい相手じゃないでしょ)
最もその返答をしたタマモクロスは人知れず竹林で頭を抱えている。タマモクロスからすれば能力を使ってここまで圧倒的な勝利になるとは思わなかったのだ。タマモクロスにとって計算外だったのは"龍呼びの声"としての経験差でセイウンスカイの方がより精度が高い索敵が行えたことと、タマモクロスは唯一逃げの適性を持たなかったために逃げからのレースへの視点がどのようなものか知らなかったことだ。
そしてその事をきっかけにタマモクロスはセイウンスカイに新たな出会いを提供することとなる。
ライブ後を見計らったタマモクロスはセイウンスカイに一つ電話を入れていた。
「もしもし? タマモ先輩どうもです~。…………いえいえ私一人の勝利じゃないですよ。作戦が上手くハマってくれましたから。タマモ先輩もありがとうございます」
「……? はい、はい……。ええっと私から会いに行けばいいんですか? 特に接点無いと思うんですけど……」
「要するに、話を聞きに行けってことですよね? 私なんかが会いに行って大丈夫ですか? いつも忙しそうにしてるじゃないですかあの人」
「話は通してあるって……。分かりましたよ。それじゃ、また学園でよろしくお願いしますね」
電話を切ったセイウンスカイは一つため息をつく。
「生徒会長に会いに行けって……。皇帝様と何を話せばいいんだろう?」
「『スカイのやつ、ちゃんとルドルフと話せたらええんやけどなぁ』」
場所は戻り竹林。
タマモクロスは今回のレースについて感じていた懸念を愚痴混じりにイナガミへ話していた。
『結局のところ何が問題なのだ? 勝つことに過ぎるという概念を用いるのはよく分からないのだが』
「『あー、あんたらの勝ち負けの基準って生存競争やからなぁ。戦ったらどっちかが死ぬかとかそういうのが基準なんやろ? そうじゃないねん』」
『生存競争ではない……か。では何が基準なのだ?』
「『まず見て分かる通り速さ。一番先にゴール行ったやつの勝ちや。これは理屈こねくり回さんでも分かるやろ。もう一つはその勝ち方やねん。一つのレースだけならともかく何度も圧勝すると見てる方がつまらなくなるんや』」
これはセイウンスカイ達より後の時代の話となるが、テイエムオペラオーは一年間無敗を達成するという偉業を成し遂げたことがある。しかし偉業そのものに対する評価は賛否が分かれていた。レースは興行としての側面も持ち合わせている。誰が勝つか最初から分かっているレースなど誰も求めてはいない。抜きん出た圧勝も人を惹き付けるがそれらは一過性の麻薬のようなものだ。それこそ接戦────また更に時代が下るが、例えばダイワスカーレットとウオッカの秋天のようなレースこそ名勝負として謳われるだろう。
「『色んな偉業を打ち立てたウマ娘は探せばぎょうさんおる。その中でもとびきりなのがおってな。それがウチの生徒会長、シンボリルドルフや。皇帝、なんて別名も付いとる』」
『随分と仰々しい二つ名だな。しかしそやつとセイウンスカイが何か関係があるのか?』
「『スカイが今回やった走りは皇帝様とよく似とるんや。走り方やのうて、作戦やな。前からレースを俯瞰して自分の好きに場を作って後は才能で抜き去る。全部あれの走りや』」
『違っているのはその才能が先天的か後天的かというところか。そしてやっている事に違いは無いと』
「『だから話聞きに行け言うたんや。あれウチに教えられる事無いねん。……スカイの才能見くびっとったわ。全力で行けと確かに言うたが、あないな勝ちになるとは思わへんもん』」
『それで何か改善されるのか?』
「『改善とはちと違う。立ち位置の自覚やな。スカイのやった走りはクラシックのまだ未熟なウマ娘がやっていい走りやない。それこそさっき言うた、ルドルフみたいな実力と経験に裏打ちされたシニアからでないと無理なんや。普通あの時期のウマ娘はまだ才能だけで走っとるようなもんなんよ。ベテラントレーナーやシニアのウマ娘はスカイの異常性に気が付いとるはず。……スカイだけやないな、スカイのトレーナーにも話さなアカン。ウチのトレーナーなら色々教えられるやろ』」
そう言ってスカイとはまた別に電話をかけるタマモクロス。
実のところ彼女のトレーナーへの連絡はダメで元々、という意識で連絡している。既にタマモクロスのトレーナーはトレーナー業をタマモクロスを最後に引退していた。
「『ばあちゃん? 久しぶり。……うん、今日の皐月賞見とった? いきなりで悪いんやけど今日一位取った子、ウチが面倒見てた子なんよ。……うん。……うん、そうや。あの走りスカイのトレーナーもまだ分かっとらんねん。ばあちゃんの話聞かせたらなぁ思うて電話かけたんやけど……』」
タマモクロスの元トレーナーは還暦を迎えたご婦人である。還暦前に引退することを考えていたが、小柄な体躯にめげずに挑み続けるタマモクロスに心惹かれ引退前の最後の一仕事として彼女を受け持ったのだ。タマモクロスとしても、家では長女として振る舞い学園ではオグリキャップを含めた周囲のウマ娘は中々突っ込みどころのある連中ばかりである。タマモクロスの元トレーナーは例外的に彼女が『家族』として甘えられる相性を持っていた。
「『うん……。すまんなぁ、もう引退しとるっちゅうに。今度またばあちゃん家に飯持ってくさかい、また会おな』」
『連絡は済んだか?』
「『ああ、ばっちしや。ほんとは老骨に鞭打つ真似したくないんやけど、ウチのばあちゃん凄いベテランなんや。
ばあちゃんもめちゃくちゃ乗り気やったし、スカイもそのトレーナーもここから大きく化けるで』」
ふふん、と微笑みに揺れるタマモクロスを見てイナガミはなんだか鼻持ちならない気分だった。イナガミ自身は絶対に認めないがタマモクロスをこうも喜ばせる存在に嫉妬していたのだ。とはいえそれを顔色に出すことはない。
とりあえず挨拶がてら取れた作物をここから好きに持っていけと、まるで親戚のおじさんのように振る舞うイナガミなのであった。
皐月賞から数日後、上野にて。
年頃の少女に恥も外聞もなく頭を下げる長身巨躯がそこにあった。
「ねぇ。貴方、前回ここに案内されたって言ってたわよね。それでいつも上野にいるって」
「は、はっ。その通りにございます」
「常識的に考えましょうか。今頃クラシックで忙しいのだからそんな暇無いのではなくて?」
「申し訳ございません。平にご容赦を……!」
「……まぁいいわ。仕方ないから今は普通に観光しましょう。貴方の事だからどうせ連絡先も交換していないのでしょう?」
「重ね重ね何たる不備……!」
「怒ってないわよ。未婚の淑女相手に連絡先を聞こうだなんてナンパな真似、イタリア人でもなければ発想すら無いものね。失態だと感じるくらいならせめてここの案内でもなさい。彼女に教えられたのでしょう?」
「はい。僭越ながら務めさせて頂きます」
「次は東京レース場……へぇ、この国のダービーなの。その時に会いに行けばいいわよね」
騎士を従えた少女に未だ待ち人来ず。
しかし邂逅の時は刻一刻と迫っていた。
Q.実力が拮抗している中の一人にチート能力ぶちこんだらどうなりますか
A.そいつが化け物になります
まぁ一応弁明しておくとちゃんとセイちゃん一強にはならないようにするので()