セイウンスカイの元へ古龍もウマ娘も集まりますね
「いやぁ、随分と大所帯になってきたねぇ。ところで私達にはチーム名があるのかい?」
「チーム名、ですか……?」
4月下旬。
皐月賞での衝撃的な勝利からセイウンスカイ達には目まぐるしい日々が続いていた。
シンボリルドルフからのありがたい薫陶とタマモクロスのトレーナーからの指導によりセイウンスカイ陣営は大きな変容を遂げることとなる。
まずはネオユニヴァースの加入。トレーナー室を追い出され途方に暮れていたセイウンスカイのトレーナーが偶然アグネスタキオンと遭遇し事情を聞いたアグネスタキオンがネオユニヴァースを紹介したのである。アグネスタキオンとネオユニヴァースはクラスメイトで、既にトウィンクルシリーズを走っているアグネスタキオンとは違いネオユニヴァースはトレーナーすら付いていなかったためにこれ幸いとアグネスタキオンから推薦したのだ。
「私も一通り自分のプランは終えたからねぇ。移籍は無理だが出向は可能だよ」
そして流れるようにアグネスタキオンもやってきた。正確にはセイウンスカイのトレーナーの下へ移籍ではなく出向という扱いである。出向は移籍とは異なり、トレーナーが病気やケガ等やむにやまれぬ事情で担当ウマ娘の育成ができなくなった場合、信頼できる他のトレーナーへ一時的に担当をお願いするシステムだ。
今回アグネスタキオンはバルファルクからなる一連の事情でセイウンスカイと親しくなっているのと、アグネスタキオンのトレーナーが他のウマ娘の育成に着手するため手を離れても問題無いとのことで出向する理由には十分だった。アグネスタキオンはトゥインクルシリーズを一通り走っておりドリームトロフィーリーグへの移行が秒読みである。本人としてはさっさと引退して研究に専念したいためこの出向は渡りに船だった。
何故か挨拶に来たアグネスタキオンのトレーナーが突如として虹色に輝きだすハプニングもあったがそれらはご愛嬌である(アグネスタキオン曰く実験を繰り返した結果のくしゃみのようなものらしい)。二人の関係は一時的に離れることになっても変わらないらしく、無邪気にモルモット兼トレーナーへ甘えるアグネスタキオンを見たセイウンスカイは言い知れない敗北感に襲われたという。
そしてタマモクロスのトレーナーが事実上復帰したことによりセイウンスカイのトレーナーを筆頭とするチームがスタートすることとなった。
メインにセイウンスカイのトレーナーを据え、その補佐をタマモクロスのトレーナーが務める形になる。所属するウマ娘はセイウンスカイ・ネオユニヴァース・タマモクロス・出向アグネスタキオンの四名だ。
異色の四名である。ネオユニヴァースはまだデビューしておらず、タマモクロスは既に引退、アグネスタキオンもトウィンクルシリーズを走る予定は無い。実質セイウンスカイのみが現役ウマ娘であった。
「チーム名か……」
「ああ、確かそんなのも必要だったね」
ある日の昼下がり。
トレーナー室に集まる二名のトレーナーと四人のウマ娘達。
正式にチームとしてスタートするためには多くの手続きが必要だがチーム名の明記は避けて通れないだろう。トレーナーだけで決めるわけにもいかずこうしてミーティングを開いている。
「下手な名前は付けられない……ですよね。要するに看板なわけですから」
「あたしとしちゃあ、その辺は適当でいいと思うけどねぇ。おかしくなけりゃ、いいんじゃないさ」
「私も彼女の意見に同意見だよ。これに時間を費やす意味は無いからね」
「言うても中々難しいで。角が立たず、それでいてええ感じに覚えてもらわないかんのやろ?」
「あのー。ネオユニヴァース……さんは何か希望とかってあります……?」
「……」
目を閉じ心在らずといった表情のネオユニヴァース。顔もどこか上を向いており何か別の事に意識を飛ばしているようだ。
ネオユニヴァース、様々な意味でアグネスタキオンとはまた違った問題児であった。コミニュケーションがほとんど取れず話せても難解な単語を一言二言。こちらが頑張ってそれを解読しようにも気付いたらどこかに消えており、そうだと思えば突然現れる神出鬼没っぷり。
セイウンスカイとしては非常にやり辛かった。学年で見れば先輩なのだがアスリートとしてはセイウンスカイの方が先輩である。トレセン学園では実際にトウィンクルシリーズを走る時期と学年は比例しないために度々こういった逆転現象が起きる。別に先輩扱いするしないで揉めることは無いのだが今まで絡みが無かった相手のため単純にどう対応していいのか分からないのだ。
「スカイ君、今の彼女はある種のトランス状態さ。少し待てば良い案を出してくれるかもしれないよ」
「解読お願いしますタキオンさん……。私達じゃ何言ってるのか分からないんで……」
「別に表現が独特なだけで彼女はそう難しく話していないよ。君はもう少し語彙力を高めたまえ」
「いや初見で"アファーマティブ"なんぞ言われて分かるか。悪い子やないのは分かるけど、語彙力の問題やあらへんやろ!」
「……"アファーマティブ"……難解? ……"コミニュケーション"……調整が必要」
トランス状態(?)から戻ってきたネオユニヴァースがタマモクロスからの指摘に耳を下げている。口調に変化は無いが、その抑揚の無い話し方よりも仕草の方がより分かりやすく彼女の感情を表していた。
「ひひひ。ウマ娘達に活気があるのは良い事だよ。主役はあんた達なんだ。どうせならあんた達で話し合って決めな」
「おやおや。私達に任せていいのかい? クラシックを走っているスカイ君こそが一番に名前を決める権利を持つと思うがね」
「えっ、私ですか」
「ウチもタキオンと同意見や。ここの筆頭ウマ娘を張るのはスカイやろ。ウチらに任せるんならスカイが適任や」
「その皐月賞バやあんたらが揃いも揃って負けた相手がそこの電波ちゃんなんじゃないかい?」
思わず顔を背け気まずい顔をするネオユニヴァース以外の三人。
実はこの四人が集まる際に一先ずセイウンスカイのトレーニングがてら模擬レースでもしようという話になった。距離は2400、ダービーを想定してのレースである。
逃げセイウンスカイ、先行アグネスタキオン、差しネオユニヴァース、追い込みタマモクロスと綺麗に脚質が別れたこのレース、当初ピークは過ぎているものの一応現役のアグネスタキオンが本命に思われたが勝ったのはなんとネオユニヴァースであった。第3コーナーから第4コーナーでタマモクロスが前方に進出し、最終直線でネオユニヴァース以外の三人が横一線に並んだかと思えば壁になっていた三人の間をまるでワープでもしたかのように後ろからするりと抜け出しゴール前で僅かに交わしたのである。
模擬レースでそこまで本気ではなかったことやたった四人で通常のレース展開にならなかったことなど擁護できるところは多い。しかしレースの世界というのは完全な結果主義だ。まだデビュー前のウマ娘にベテランウマ娘や現役皐月賞バが敗北したのは言い訳のしようがない失態であった。
「油断は……してたなぁ。まさかあんな綺麗に交わされると思わないじゃないですか」
「私もしてやられたよ。同じ差しのカフェやポッケ君と競ってきたけれど、データには無い走り方をされたね……」
「……あないな足運び、見たことあらへん。あれがトレーニング積んだっちゅうんならまだ分からんことも無いんやけど、あれホンマにデビューしとらんの……?」
三人にまさかの勝ちを収めたネオユニヴァースだがその独特な性格に変わりはなくその後も不思議な言動と行動を続けている。
ネオユニヴァースはまだ加入して大した時間は経っておらずトレーニングもほとんど行っていない。タマモクロスが差しでも走れるためタマモクロスとそのトレーナーがトレーニングメニューを考案しているが、あまりにも独自性の強い走りにベテラントレーナーと言えどもその理解は難航していた。
やはり問題になるのはそのコミニュケーション能力である。物静かではあるのだが、しかし人と関係を持つことには臆病にならずむしろ積極性を持っている。今のところアグネスタキオンが彼女の翻訳係をしているが、トレーナーら二人の本音としてはどうしても彼女自身からトレーニングの方向性等を聞き出したかった。
「模擬レースで勝った記念に、ということでネオユニヴァースさんに決めて頂いてもいいんですけど……」
「……"スフィーラ"。ネオユニヴァースは『チーム名を決める』、をするよ」
「おや、乗り気なようだよ」
「……セイウンスカイ……未知の"波長"。……『空へのきざはし』を観測。……"テーマ"は"ステラ"……」
「な、なんや。何を言っとるんや。何か書いとる……?」
いつの間にかネオユニヴァースは画用紙を取り出しておりそこに何か書いている。しかしネオユニヴァースが記したのは文字ではなく大小様々な15の点であった。四つの不規則に配置された点には最も大きな点がありそれらを繋げば歪な四角形が完成する。その右下へ伸びるように点があったかと思えば左下にもくねくねと曲がるように点が書かれており一見しただけでは何なのかまるで分からない。それを自信満々に、声も無くどこか嬉しそうにネオユニヴァースは掲げている。どうやら渾身の力作であるらしい。
タマモクロスは軽く頭を抱えながら努めて冷静にその"作品"にツッコんだ。
「なぁ……それなんやの。点の集まりにしか見えへんのやけど」
「……"説明"……。"綺羅星"は"骨格"を織り成し……輝きは"身体"を形成する……」
「なるほど、なるほど。実にネオユニヴァースらしい案だ。チーム名の命名法則が星に由来する以上それ以外有り得ないのかもね」
「……星?」
「トレセンじゃあ伝統的にチーム名を星から取ることが多いんだ。"シリウス"や"カノープス"、あの皇帝様がいるのは"リギル"だったかい? ウマ娘が活躍する様子を星の輝きに例えたんだそうだよ。随分とロマンチックな事さね」
「……ん? ってことは、タキオンさんはこれが何なのか分かったんですか?」
「星座ならより詳しい人物がこの学園にいるが、この程度ならネット検索で十分情報が手に入るよ。ネオユニヴァース、せっかくだからちゃんと宣言してやるといい。スカイ君から着想を得たのだろう?」
こくり、とゆっくり頷くネオユニヴァース。画用紙に描かれた点を結ぶとそこからは凄い速さで絵を描いていく。やがて出来た絵は古めかしいヨーロッパ絵画のような作風で一種の生物と思われる姿が浮かび上がっていた。
「"Draco"……。名前は"ドラコ"だよ。ネオユニヴァースは『おすすめ』するよ」
「ドラコ……そっか、ドラゴンか。ドラゴン座なんてあるんですね……」
「ウチらにぴったりやないか。てかこれ以外あらへんやろ! めちゃくちゃセンスあるやん!」
「どうやら話は纏まったようだね。こちとら組んだメニューを試したくて仕方ないんだ。ほら若僧、あんたの仕事だよ」
「すぐ行きます。すぐ行きますって!」
書類で頭をはたかれこき使われるセイウンスカイのトレーナー。タマモクロスのトレーナーが来てからというもの、ひたすら議論しダメ出しされ続け駆けずり回っているようだが不思議とその顔は充実感に溢れていた。
そんな自身のトレーナーの姿にセイウンスカイも心が熱くなる。他ならぬセイウンスカイのために努力を重ねようとしてくれているのだ。セイウンスカイばかり安穏としてられない。
シンボリルドルフから不穏な予測をされていたセイウンスカイはそれを吹き飛ばす意味も込めて声を張り上げる。
「よしっ。皆さん、正式にチーム名も決まりましたので、改めてよろしくお願いしますっ! ……これリーダー私になるんですよね?」
「スカイ以外誰がおるんや。ウチらご意見番みたいなもんやで」
「しっかりしたまえよスカイ君。リーダーならもう少ししゃきっと締めたまえ」
「無茶言わないでくださいよタキオンさん。これでも頑張ったんですって」
和気あいあいと三人の声がトレーナー室に響く。姦しいというにはあまりにも個性に溢れた面子だ。ネオユニヴァースも話こそしてはいないが、自身の案が受け入れられたことに大きな喜びを感じているようだ。耳や尻尾が大きく揺れている。
そんな四人の様子を見て満足気に頷くのはタマモクロスのトレーナーだ。四人で話し合うよう仕向けたのは言っていた通りの意味もあるが、それ以上にチーム内で仲良くできるかどうかの試金石でもある。特にネオユニヴァースとのコミニュケーションで不和が発生するか、トレーナーなりに心配していたのだ。同じチーム内で仲が険悪になってしまうと他のメンバーにもその不和が伝播し結果としてレースにも影響が出てしまう。
過去の苦い経験から単純なトレーニングよりもこちらの方をタマモクロスのトレーナーは重視していたがその心配は杞憂に終わった。これでトレーニングに専念できると、人知れず安堵の息を漏らす。
こうして正式に発足されたチーム【ドラコ】は、やがてトレセン学園にて名だたる名チームの一つとして数えられるようになり他のチームには無い特殊性も含めて話題を集めるようになる。その未来の一歩をセイウンスカイ達は確かに歩みだしていた。
「"観測"……"異常"? ……これは『分からない』……」
ネオユニヴァースがこのチームに入るにあたって誰もが見落としていた点が一つある。
加入の動機だ。本来であればトレーナーとウマ娘同士が相互に話し合い目指すレースや方針等を擦り合わせて納得が行けば契約が結ばれる。しかしネオユニヴァースはアグネスタキオンからの紹介を流れるままに受け、セイウンスカイのトレーナーも一人見つけられればそれで良いとろくに話もしなかったのだ。
ネオユニヴァースが目指す先、クラシック路線なのかはたまた別のレースを目指すのか。
しかしネオユニヴァースの加入の動機はレースとは全く違った理由であった。
夜、屋上に登り両手を天に掲げ何かと交信するネオユニヴァース。顔色は優れない。どうやら何か異常があったらしい。
「"観測地点"……"漂流"……ネオユニヴァースは『迷っている』……?」
ネオユニヴァースは屋上からターフを見下ろす。そこには、今となってはすっかり日常の風景となったバルファルクが鼻提灯を見事に膨らませて寝ていた。
バルファルクがやってきて既に一年以上。初めて見る者は誰であれ驚くが、今さらターフでのトレーニングで必要以上に恐れる者はいない。セイウンスカイがバルファルクと話せるようになったことは伏せられているが、コミニュケーション可能であることは内外に知られているため気になるなら彼女を通して要望を伝えればいいということになっていた。フラッシュさえ焚かなければ写真撮影も可能であったりと、当初恐れられていたよりも近しい存在になったおかげで半ばトレセン学園のマスコット的な存在と化している。非公式ではあるがバルファルクのぱかプチもある程だ。
「"干渉"……『わたしじゃない』……? "異種生命体"……『別次元からの観測』……?」
そんなバルファルクを見てネオユニヴァースは全く違う認識を抱いているようだ。正確にはバルファルクを通した別次元への観測だろうか。
「……『わたしはネオユニヴァース』……。あなたを『見ている』よ。……あなたも『見ている』の……?」
「……『天をつらぬく角』?」
────深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ────
ネオユニヴァースが観測した視界には、煌めく黒がじっとこちらを覗く姿が映し出されていた。
特に他意は無い煌黒槍アルトラスのテキスト
煌黒龍の巨角を模した龍槍。
不可解な形状は異界への扉を開く鍵だとも言われている。(原文ママ)