さていよいよダービーです。セイちゃんは果たして勝てるでしょうか
あと今回から古龍との会話とレースの実況で括弧変えます。古龍との会話が『』
実況が《》です。今回は使う場面が混ざってしまったため今回からこのような区分けでいきます
五月下旬。
東京レース場 芝 2400 曇 バ場不良
チーム発足からなるゴタゴタに巻き込まれつつも時は過ぎいよいよダービーの開幕である。
今年は梅雨入りが早いのか昨日まで長雨が続いていた。レース当日になって雨は止んだが1日程度でバ場が回復することはなく、水分を多く含んだ重バ場での開催となる。
チーム【ドラコ】はセイウンスカイのダービーを優先してトレーニングを行っており、彼女の体調も万全、可能な限り仕上げられるところは全て行ってレースに臨んでいる。
レース直前、控え室ではセイウンスカイのトレーナーと二人で最後の調整を行っていた。
「蹄鉄良し……っと。凄いですよねーあのおばあちゃん、シューズや蹄鉄まで細かく指定して持ってこれるなんて。どういうコネあるんですかね」
「本人は昔取った杵柄とか言ってたね。トレーナーをやる上で蹄鉄やシューズについては確かに学ぶけど、あんな名前を聞いても分からない老舗メーカーとのコネは年の功だと思うよ」
セイウンスカイの足回りは一新されている。重バ場が予想されたためタマモクロスのトレーナーからはトレーニングも必要だが足回りも揃えるべしとの指導があった。
もちろん重バ場に適応するためのトレーニングは行っている。ただ道具で楽できるならそれに越した事は無いという話だ。もちろん新品のままだとシューズが硬く履き慣れないためレースで使うシューズをそのままトレーニングで使っている。
「正直言うと不安なんですよね。ネオユニヴァースさんには一回も勝てなかったし」
「あれはなんか……そういう才能だから難しく考える必要は無いんじゃないかな」
ダービーを想定した模擬レースも当然行っており前と同じメンバーで模擬レースを行っているがなぜかネオユニヴァースだけが勝利し続けるという摩訶不思議な現象が起きていた。試しに他の距離を走らせるとネオユニヴァースだけが勝つわけではなく四人の間で勝利の結果がバラつくためネオユニヴァースだけが特別強いわけではないらしい。
これに関してネオユニヴァースに意見を求めたが相変わらず分かりづらい話し方であった。アグネスタキオンによる解読ではダービーは『負けられない』らしい。スペシャルウィークのようなダービーへの思い入れがネオユニヴァースにはあるのだろうか。
しかしこれはこれで功を奏した。何せライバルであるスペシャルウィークとキングヘイローの脚質は双方共に差しである。ネオユニヴァースを仮想敵として想定するには少々不思議な走り方をするが位置取りなどは概ね共通している。皐月賞のようにキングヘイローが脚質を変えてくる可能性はあるが、その程度であればセイウンスカイ陣営にとって予測の範囲内である。むしろキングヘイローよりもスペシャルウィークの方がセイウンスカイにとって"怖かった"。
「そういえば"龍呼びの声"は……」
「そう難しく考えることは無いんじゃないかな。使うかどうかはスカイの判断でいいよ」
「……そういってもらえると助かります。しっかりこれで勝ってきますので」
セイウンスカイの育成方針で困ったのは"龍呼びの声"についてである。セイウンスカイとタマモクロス、両名が"龍"と関わりある以上タマモクロスのトレーナーにも話さないわけにはいかずその使用については議論された。
基本的にレースでの使用に疑義は無い。しかしタマモクロスのトレーナーはその能力の使用限界について指摘した。走り続けていればいずれは疲れて足を止めるのに、能力だけいつまでも使用できるというのは理屈として合わない、と。今のところ感知できる範囲の上限が限界だとセイウンスカイは思っているが、それをタマモクロスのトレーナーは疑念に思っていた。
「おばあちゃんの言いたい事って、要するにこの能力で疲れたらどうなるの? ってことだと思うんですよ。今まで考えもしなかった盲点ですけど」
「走りに例えると感知範囲の上限が最高速度のようなものだと思うよ。そして体力が尽きれば疲れて走れない。スカイはその力を使ってて疲れたことある?」
「無いんですよね。今だってその辺に軽く感覚を飛ばしてますし。疲れたら使えなくなるだけなんじゃないんですかね」
「……あの人が気にしているのはそういうことじゃない。使用限界が来た際のデメリット、例えばケガのことじゃないかな。無理して走ってしまえば足も靭帯の損傷や骨折だって有りうるからね」
「あるんですかねこれ。毒蛇が自分の毒で死なないのと同じじゃないですか? バルファルクはビュンビュン飛んでますし」
「正直未知の部分が多いからね。タキオンが言ってた通り検証を進めた方が良さそうだ。……そろそろ良い時間かな」
「みたいですねぇ。ではでは、今日もサクッと走ってきますから、そこそこ期待しててくださいよ?」
「ああ。信じてるよ、スカイ」
最後のトレーナーのセリフに顔を赤くしたのはご愛嬌だ。
久しぶりに二人きりで話せたことに密かなガッツポーズを掲げたセイウンスカイは最高の調子でターフへと向かっていった。
《一生に一度の晴れ舞台、日本ダービー。どんよりとした空の下、18人の優駿達が東京レース場に集います》
《二番人気、キングヘイロー。前走皐月賞ではセイウンスカイに最後まで食らいつき二着の好走を見せました》
《彼女のガッツには期待したいですねぇ。パワーに優れた走りをしますからこのバ場でも良い走りをすると思いますよ》
《三番人気、スペシャルウィーク。前走皐月賞では三着という結果。雪辱を果たします》
《セイウンスカイの逃げ差しに最初に気付いたのは彼女です。優れた観察眼で勝機を捉えてくれると思いますよ》
《一番人気、セイウンスカイ! 前走皐月賞の覇者、《最も速いウマ娘》です! 衝撃的な逃げ差しはまたしても炸裂するのでしょうか!》
《大本命といっても過言ではありません。無敗のままクラシックを制覇できるか期待されますよ》
(さてさて。みんな私のこと見てるねぇ。そんなに見たって何も出やしませんけど)
出る杭は打たれる。そんな視線をセイウンスカイはひしひしと感じていた。
これまでとは異なる重バ場左回りのレースである。難所となる坂やカーブの形だって違う。トレーニングで予習しているとはいえ実際に走るとなれば何が起こるか分からないつもりでセイウンスカイはレースに臨んでいる。
このような視線に晒されていて今さらゲートが苦手など気にしていられない。無意識の内にスムーズなゲート入りをセイウンスカイは行っていた。
《各ウマ娘、ゲートイン完了。……スタートしました!》
《先頭を飛び出していったのは……キングヘイロー、キングヘイローです! 前走セイウンスカイをマークしていたキングヘイローがここで逃げを打ちます!》
《驚きましたねぇ。前走ではセイウンスカイを前残りさせてしまったが故の作戦でしょうが、果たしてこれは彼女の脚質に合っているでしょうか》
(お、キングったら私の前に出るつもり? 思い切りの良さはキングの長所だよね~。じゃあスペちゃんは……)
《三番人気、スペシャルウィークはここにいた。中団でペースを崩さず足を溜めています》
(スペちゃんは正攻法でやってくるんだ。真っ当な走りだね)
《先頭争いになるかと思われましたがセイウンスカイ、キングヘイローにハナを譲りました。セイウンスカイは現在二番手に付いています。どうでしょうこの展開?》
《先頭争いで消耗することを避けましたね。去年のホープフルステークスのようにキングヘイローをマークするつもりでしょう》
《さぁ、第2コーナーを回って中盤です。集団はやや塊になって形成されています。それほど縦長ではありません》
(実況さん、悪いけど私のマークはキングちゃん一人に限らないんだよね)
セイウンスカイは振り向かず鋭敏になった感覚で後方の気配を捉えるが少し振り向いて一瞥した。実のところキングヘイローを捉えながら後方のスペシャルウィークまで意識するのは精神的疲労が大きい。例えるなら左右それぞれの手で別の相手とじゃんけんしてるようなものだろうか。
前走皐月賞とは違いセイウンスカイの前後にマークしなくてはいけない相手がいるのは能力の仕様上負荷が大きかった。できるだけ感覚を飛ばす方向を一方向に限定したいのだ。
(キングはこの際いいや。目の前にいるし、こっちからプレッシャーを与えれば勝手に崩れるでしょ)
《セイウンスカイ、じわじわとキングヘイローを外から詰めています。キングヘイロー、これは苦しいか》
《走りづらそうにしていますね。逃げならもう少し前に出るべきですが》
セイウンスカイはキングヘイローに対する感覚拡張を切った。わざわざ感覚拡張まで使って目の前の相手を探り続けるのは割に合わない。外から並ぶか並ばないかというギリギリのペースでキングヘイローを追いたてる。時折振り向くキングヘイローの表情は焦燥に満ちていた。
(キングはこれでよし。そろそろラストスパートだ……!)
《大ケヤキを越え、4コーナーへ!》
《ここからが勝負どころ!》
《セイウンスカイ、早くも先頭に躍り出た! キングヘイロー、もう足は残っていないか!》
(キングはスパートが遅れてる……、ならスペちゃんは……)
《最終コーナー、最初に立ち上がったのはセイウンスカイ! しかし猛烈な勢いでスペシャルウィークが追い上げる!》
《ゴールまで残り600m! 勝負はまだ分かりません!》
(スペちゃんの位置は……?)
────あれ
────どうして目の前が真っ暗なの?
セイウンスカイの異常事態に最初に気付いたのはヒトでもウマ娘でもなく上空から観戦していたバルファルクであった。
(どういうことだ。なぜあんなにも強大な龍属性が曝露している?)
バルファルクから見るセイウンスカイは龍属性と思われる赤い雷が彼女の視界を塞ぐように頭から明滅する様子が見てとれた。一緒に走っている他のウマ娘達には見えていないようでセイウンスカイの異常に気付いた様子はない。
だが同じ"龍呼びの声"であるタマモクロスからは見えていたようだ。焦った思念が伝わってくる。
『バルファルク! スカイのあれ見えとるか!』
『見えている……が、なんだあれは。あのような状態を俺は知らんぞ』
『スカイの様子もおかしいんや! あれ多分前が見えとらんねん! あの速度のままもし内ラチにでも当たったら大惨事や!』
『……いや、それは杞憂のようだぞ』
『なんやて?』
《キングヘイロー、足届かず叶わない! そしてその外から、外から! スペシャルウィークが来たぁ!》
《残り200! スペシャルウィークかセイウンスカイか! いやスペシャルウィークがあっという間に、並ばない並ばない! あっという間に交わした!》
《セイウンスカイ追走! 外からはガーリースマイル、シャレミーリズム! インコースからはシャバランケ!》
《夢を掴んだスペシャルウィィィクッッッ!!!》
《日本ダービー、栄光を手にしたのはスペシャルウィークです!!! 今! 高々と! 右手を突き上げて……おっとこれはどうしたんでしょうか。スペシャルウィークがすかさずセイウンスカイを抱き止めています》
《アクシデントでしょうか。キングヘイローも心配そうにかけよっていますね。資料によるとこの三人はクラスメートでトレセンでも大変仲の良い親友だそうで────》
『タマモクロス、おまえは今どこにいる。イナガミの竹林か?』
『レース場や。今目の前であんたと同じもん見とる。他のチームメンバーも一緒におるで』
『早く行ってセイウンスカイを介抱してくれ。でないと俺が我慢の限界でレース場に降り立ちそうだ』
『……分かった、ウチが見てくる。あんたは大人しくしててな!』
『何故だか胸騒ぎがするんだ。頼んだぞ……』
「セイちゃん、大丈夫!? 私達のこと見えてる!?」
「スカイさん、しっかりなさい!」
ゴール直後。
セイウンスカイは片手で目を覆い俯いていた。
スペシャルウィークが止めていなければゴールが分からず走り続けていただろう。視界の消失にパニックになりながらも、ゴールしたスペシャルウィークの声で我に返り何とか冷静さを取り戻すことができていた。それでもスペシャルウィーク達の言葉に頷くくらいの反応しかできなかった。
「スカイ、無事か!」
「タマモクロス先輩!」
「それウチの後輩や。こっちはウチらで面倒見るさかい、あんたらは自分のトレーナーのとこ早よ戻りな」
「で、でもセイちゃんが……!」
「スペシャルウィーク、あんたが心配するのはこの後のライブの振り付けや。勝者は勝者らしくしとき。こんなのレースの世界じゃ珍しくもあらへんよ。早よ行った行った」
「……スペシャルウィークさん、ここはタマモクロス先輩に従いましょう。後で事情をお聞かせください」
「わ、分かりました……」
柵を越え観客席から駆けつけたタマモクロス。内心慌ててはいるのだが、ベテランとしての意地かそれをおくびにも出さず二人を諭していた。
キングヘイローに連れられてレース場を後にするスペシャルウィーク。勝ったのはいいもののお世辞にもその表情は勝者の物とは思えない。普段ならキングヘイローがここで発破をかけるところだがキングヘイローも心配が勝っているのだろう。名残惜しそうに振り返りつつも彼女もレース場を後にする。
「……ほら、行ったで。もう目を隠さなくてもええんやないか。今なら遠くて誰も見えとらんよ」
「………………ありがとうございます、タマモ先輩。視界が戻ってきたんですけど、今私の目ってどうなってますか……?」
「スカイ……あんた……」
ゆっくりとセイウンスカイが両目を覆っていた手を放す。
それを見たタマモクロスは思わず息を飲んでしまった。
「なんか……ちょっと……違うんです。これは……これはヒトの視界じゃない。目に入ってくる全部が理解できるんです。制服の縫い目から芝の一本一本まで……私の目は……一体……」
青空のような瞳をしていたはずのセイウンスカイの目は黒く濁り、瞳孔は赤くまるで爬虫類のような縦長の形に変化していた。
前回書いてて思ったんですけどバルファルクのぱかプチあったらマジでほしいですね