さて前回はセイちゃんが大変な事になってしまいました。これからどうなるか、心配ですね
────どうしてこうなっちゃったんだろう
ダービー後の一幕。
レース後本来行われるはずのライブ。
しかし今回のライブは中止となってしまった。理由は二着のセイウンスカイが人前に出せる状態ではないからである。龍属性の雷は見えていなかったようだが変化した瞳はどうやったって誤魔化せなかった。
繰り上げで四着のウマ娘を出す案もあったがそれは当該のウマ娘が拒否した。繰り上げで出るようなライブに意味は無いと。クラシックのテーマ曲である【Wining the soul 】はソロでも公演できないことは無いのだがこちらはスペシャルウィークが固辞している。一緒に歌えなければ走った意味が無い、と。
結局のところウマ娘側の強い要望によりライブが行われることはなくなった。実のところライブの中止自体はそう珍しい事ではない。無理な走りで一着になったウマ娘の足が骨折していたり砕けていたりというのは昔からある話なのだ。とはいえクラシックの時にしか走れないダービーでのライブ中止である。世間には大きな波紋が広がっていた。
セイウンスカイは通常の病院ではなく自衛隊の総合病院に搬送されている。セイウンスカイの目の変化が"龍呼びの声"による可能性が高く外部への情報流出を避けたためだ。セイウンスカイの行き先について各メディアには一切知らされておらず容態についても発表されていないためトレセン学園には問い合わせが相次いだ。
レース場でのセイウンスカイの様子から目に異常があったのではという憶測が広がっている。確かに間違いではないのだが、それがキングヘイローの後ろにいたせいで蹴りあげられた泥が当たったなど当て付けのような陰謀論が付いて回るようになっておりSNSを始めとするネット上では炎上染みた騒動に発展していた。
「セイウンスカイさーん、入りますよ」
「あ、はい」
「包帯お取り替えしますね」
病室でのセイウンスカイは目に包帯を巻いて一時的に目を保護する処置が取られている。不思議なことに走っていた時とは違い視界が無いことに不安感は全く無くむしろ周囲への勘が良くなったのか歩いていても障害物にぶつかるようなことは無かった。しかしそれがセイウンスカイに不安とは異なる気持ち悪さを感じさせていた。思えば視界が無くなりパニックになっても内ラチにぶつからずにいられたのは感覚拡張が続いておりそれで無意識に周囲を察知できたためだ。
(私、これからどうなるんだろう)
セイウンスカイは独り、病室で表現しようもない感情に襲われつつ過ごすしかなかった。
「……それで? 彼女の容態については何も続報が入っていないのね」
「はい。あくまでもレース中のアクシデントということになるかと」
「現状じゃ仕方ないわ。……ダービーで勝った彼女に会えるかと思ったのに。運命にはほとほと嫌われているようね」
「……学園には復帰しているようなのでこちらから面会を申し込むことは可能だと思われますが」
「それじゃダメよ。ただでさえ忙しいのに今はトラブルの対処中よ。彼女にはバルファルクの面倒を見てもらってる時点で大きな借りがあるもの。ゴクマジオスも鎮めてくれたのに、負担なんてかけてられないわ。そうね、確か現役のウマ娘は合宿とかいう強化トレーニングを海辺で行うのでしょう? そこで会うことにしましょう」
東京都千代田区、とあるホテルにて。
誰もが一度は聞いたことのある老舗の高級ホテルのスイートルームで、ブリテンから来た少女とそれに仕える騎士は今後の予定について話し合っていた。
急な事態に中々セイウンスカイに会えないでいるが焦りは無い。名目上は数ヶ月間の長期旅行である。常如何なるときも優雅たれ、とは少女の座右の銘であった。
「あの子……前が見えていなかったようだけど泥でも跳ねたのかしら」
「公的にはアクシデントの内容は発表されていません。ですが、タマモクロスが介抱していた点が気になります」
「1月の事件でイナガミに誘拐された子でしょう? 確かあの子も"龍呼びの声"を持つと聞いているわ」
「"龍呼びの声"については未知の部分が多すぎます。これに関しては何とも……」
「……お
……そういえば貴方の部下はどうしてるの?」
「何やら気になる事があるらしくしばらく前から書き置きを残して行方知れずです。行方不明になるのは珍しくないのですが」
「書き置きにはなんて?」
「"海が騒がしい"と、その一言だけ」
「また何か起きなければいいのだけどね……」
セイウンスカイの身を案じつつも冷静に状況を見定める少女。
運命の悪戯か、未だ邂逅には遠く密かにその時を心待ちにしていた。
ダービーの翌週。
セイウンスカイは無事復帰し支障無く学園に通っている。クラスメートら親友達からは心配され何があったか詳細を求められたがセイウンスカイは上手く誤魔化していた。
午後、トレーナー室にて。
チーム【ドラコ】のメンバーが一同に会している。この前のチーム名決めとは違い各々が厳しい顔でこのミーティングに臨んでいた。普段は無表情のネオユニヴァースも硬く口を真一文字に結んでいる。
セイウンスカイは自身に起きた事をアグネスタキオンに任せ詳細を調べてもらっていた。
「それで……結局あれはなんだったんだい? 一晩寝たら治ったと聞いたがあたしはそれで納得しないよ」
「それについては私の方から説明させてくれ。結論から言えば今回のアクシデントの原因は能力の使い過ぎによる"
「使い過ぎぃ? そんなんであんなけったいな事になるんかいな」
「順を追って説明しよう」
アグネスタキオンがトレーナー室を暗くしスクリーンに映像を投影する。そこにはアグネスタキオンが纏めた資料が分かりやすく映されていた。
「まず人間にとっての視覚がどれほど重要なものかというところから説明しなくてはならない。人間には五感といって外界を知覚する感覚が五つある。視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚、この五つだ。そしてこの内視覚こそが人間にとってメインたる知覚になる。ここまでは大した説明はいらないね?」
部屋を見渡し質問が無いことを確認したアグネスタキオンは次の説明に移る。笑える事態ではないのだが自身の知識を存分に振るえる機会はそう無いためアグネスタキオンの口調は知らずの内に調子を上げていた。
「しかしスカイ君には後天的に五感以外の知覚が追加されていた。"龍呼びの声"による感覚拡張、拡張と言ってはいるものの五感いずれの知覚にも該当しないため五感を拡張しているわけではない。重要なのはここで各五感には使っている情報量に差があることだ」
「差っていうのは具体的に言うと……?」
「視覚がおよそ83%から87%、次に聴覚が7%から11%、嗅覚3.5%、触覚1.5%、味覚は1%と視覚が占める割合が最も高く他の五感は著しく下がる。見て分かる通り人間は視覚に頼って生きているわけだが、それは同時に『見る』という動作における脳の情報処理が最も多く行われていることを意味するんだ」
「それが今回のとどう繋がるのかな?」
「例えば画面酔い、なんて経験したことは無いかな? テレビを見ていると激しいフラッシュ等で気持ち悪くなったりするあれだ」
「あー、それなら分かるで。ウチのチビ達とかたまにそうなるねん。テレビから離れろって言う事聞かせてるわな」
「あれは視覚から得た情報量が多すぎて一時的に脳が不調を来しているんだ。ネット上のデータの送信なんかも同じだよ。短文を送るだけなら時間はかからないが画像や多くのPDFを送ろうとすると送信完了までに時間がかかるだろう? 今回のスカイ君も理屈は同じでね」
「あぁ……だんだん分かってきました」
続けようとしたアグネスタキオンを遮りセイウンスカイが声を上げる。友人達の前では誤魔化していたがここにきてその虚勢は見られない。らしくもない気落ちした声音で自虐的に話す。
「パソコンとかと同じでしょ。電源切らずに便利だからって入れっぱにして、それで消耗してるのに気付かないまま壊れたわけです。……ばかみたい」
「壊れたわけではないよ。現に君の目は正常に戻っているじゃないか。脳の処理能力の問題なんだよ。君がスペシャルウィークの位置を把握しようとして感覚拡張に意識を割きすぎたから、脳がこれ以上は視覚情報が負荷になると判断して一時的にシャットアウトしたんだ。実際一晩寝たことで回復しただろう。脳の回復には睡眠が一番だからね」
「タキオン、あんたのそういうとこ一周回って尊敬できるわ……」
感傷的になりがちだったセイウンスカイのセリフをバッサリ切るアグネスタキオン。彼女からすれば次はこうならないよう注意すべき前例となるデータが得られたわけで重大とは考えていなかった。念のため自衛隊の総合病院で検査も行っているがその検査でも特に異常は見られていない。
「……"エボリューション"と"適応"……『セイウンスカイは変化する』……?」
「ネオユニヴァースの懸念点はそこか。まだ不明な点が多い以上いたずらに能力を使うのは推奨されないね」
「ネオユニヴァースさんは何を……?」
「彼女が言いたいのは君の目が変化したことでね。少々ファンタジーな推測だが、君が"古龍"に近づいているかもしれないという話なんだ」
「あの後バルファルクとも話したんや。バルファルクからすればまるで小さな"龍"に見えたって言うてたんよ。龍属性使うのに指輪いらないんやないかって」
「え……」
病院に搬送されてからセイウンスカイはバルファルクと話していない。最初はバルファルクから用事が無いだけと思っていたが実のところバルファルクなりの気遣いであった。"龍呼びの声"が何らかの異変を来している以上その能力の一端でもある自分との会話も自粛した方がいいとバルファルクは自らタマモクロスに進言していた。
「あくまでも推奨されないのは感覚拡張の常時使用だ。必要時にだけ限定して使えば今回のような事にはならないのではないかな」
「バルファルクと話すくらいええと思うなぁ。あいつめちゃくちゃ心配してたで?」
「で、でも……」
セイウンスカイは横目でタマモクロスのトレーナーを伏し目がちに見る。最初に"龍呼びの声"の限界を指摘したのは他ならぬこの老婦人であるからだ。セイウンスカイからすれば自分は言うことを聞かずに調子に乗った悪ガキであり彼女を前にしてはばつが悪かった。
「……はぁ。スカイ、あたしはね、それみたことか、なんて言うつもりはないよ。こんなの後出しでいくらでも言えるじゃないさ。そもそも能力の使用そのものは反対していなかったしね」
「スカイ、これは君一人の問題じゃない。あの時私は君の判断で使っていいと言った。君もそれを信じて能力を使っただろう。なら責任は私にある」
「ち、ちがいます。トレーナーさんの責任なんて……」
「担当しているウマ娘の責任を持つのはトレーナーとして当然の事だよ。君が負けたのは私のせいだ」
────あ、
────そうだ、私
────初めて負けたんだ
セイウンスカイは震える自分の声に我慢できなかった。
トレーナー室から弾けるように飛び出すセイウンスカイ。
「なにやってんだ。あんたのウマ娘だろ、追いかけな!」
突然の暴挙に一同驚きに固まるが即座に反応したタマモクロスのトレーナーがセイウンスカイのトレーナーに檄を飛ばす。同じく飛び出したセイウンスカイのトレーナーが扉も閉めずドタバタと走る音がむなしく廊下からトレーナー室へ響いていた。
「全く、こんなとこで青春しなくたっていいのにねぇ……」
残された四人はセイウンスカイとトレーナーの行く末に各々思い思いに祈るばかりであった。
「スカイ!」
『おい、おまえのトレーナーが呼んでいるぞ』
『……』
『無言なのは困るんだが、前に俺と意志疎通ができなくて困っていたのはどちらの方だ?』
セイウンスカイはあっさり見つかった。バルファルクがいるターフの中央だ。セイウンスカイは校舎から顔を背けるように顔を覆ってバルファルクの体に突っ伏していた。
バルファルクは何があったか聞かなかった。ただセイウンスカイの感情を感じとり好きにさせていただけだ。雨が降る中バルファルクは翼を動かしセイウンスカイに雨が当たらないようにしている。その影にトレーナーも入っていった。
当初はセイウンスカイ以外の人間を警戒していたバルファルクだが今となってはセイウンスカイのトレーナーも長い付き合いである。今更遠ざけるつもりもなく黙って彼らの行く末を見守るつもりでいた。
「スカイ、君は」
「『……なんで、追いかけてきたんですか』」
「君が心配だったから。でもそれ以上に、君が走る姿を見ていたかったからかな」
「『何を言って……』」
「スカイ、私達はさ、最初思っていたよりずっと軽い関係だった。そうだよね? 君のお気に入りの寝床に私が勝手に来たようなものだったんだから」
「『だからなんだっていうんですか』」
「最初は君のことがよく分からなかった。あまりトレーニングにも乗り気じゃないし目標となるレースも無い。どうしてトレセン学園にいるか不思議な子だと思ったよ。でも、君の模擬レースを見て気付いたんだ」
「『……なににですか?』」
トレーナーがセイウンスカイのすぐ後ろに立つ。立派なスーツは雨に濡れ、ブランド品であろう革靴も芝と泥で台無しになっていた。
「君が誰よりもレースを楽しんでいるってこと。あれやこれやと策を考えて、ときには盤外戦術で相手を騙すようなこともする。凄く面白い子だと思ったよ。レースに思いを寄せるウマ娘は多いけど、作戦に楽しみ見出だす子は中々いないと思ったからね」
「『それは……その……そうした方が勝てるからって……』」
「どの作戦が好みかっていうよりは、勝てる作戦が好みってタイプだろ、君は」
「『……』」
「スカイ、顔を見せてほしい」
「『……いやです。ぜったい振り向きま────』」
「悔しかっただろ」
「『……っ!』」
「勝てたはずなんだ。警戒しなきゃいけない二人の内キングヘイローは慣れない逃げで自滅した。だから後はスペシャルウィークだけ。スペシャルウィークのスパートと位置さえ分かっていれば────」
「『分かってるんだよ! そんなこと!』」
怒号と共に振り向いたセイウンスカイの顔は雨とは違う滴に濡れていた。
「『本当なら! 私が勝ってた! 見えなくなっても、焦らず走ってれば見えなくても私が勝ってたんだ!』」
「スカイ……」
「『スペちゃんとしっかり勝負して……それで負けたんならまだ分かるよ。でも全部私のミスじゃん! 調子に乗って能力に溺れて! トレーナーさんの責任なわけないでしょ!』」
「……それでも私に責任があって当然だと思う。君は私のウマ娘なんだ。君の悔しさを、私にも共有してほしい」
「『ひっ……ぐ……。なんでこんなときだけ察しがいいんですかぁ……。こんな顔見られたくなかったのに、朴念仁のくせしてなんなんだよ……』」
力無くトレーナーに前から寄りかかるセイウンスカイ。ポカポカと、トレーナーの胸を叩いているが毛ほどもトレーナーが気にした様子は無い。セイウンスカイの精一杯の八つ当たりにトレーナーは苦笑しつつ答えた。
「ごめん、って言葉じゃ済まないと思う。新人なのは言い訳にならないよ。みんな同じ土俵で勝負してるんだ」
「『謝ってほしいわけじゃないです。ただ私はその……』」
「スカイ、10月の菊花賞どうする?」
「『どうするって……』」
「スカイは悔しい。私も悔しい。ならやることは一つだと思う。君次第ではあるけど」
「『ははっ。なんですかそれ。そんな事言われたらもうやるっきゃないですか。やっぱりトレーナーさんはズルいですね』」
「ちょっとズルいくらいじゃないとこの先やってけないよって教えられたばかりでね。まだまだ学ぶ事は多いさ」
『……どうやら話は纏まりそうだな』
「『あ、バルファルク……』」
バルファルクがセイウンスカイに顔を寄せる。自身の翼で雨から覆う二人をバルファルクはじっと見ていた。
『うむ。やはり
「『は、はぁ!? まだそんな事言ってんの!?』」
『俺からも一つ言わせてくれ。レースについては門外漢だが……セイウンスカイにはいつも楽しんでいてほしいぞ。セイウンスカイのその感情が、俺にとっては一番好ましく感じられるからな』
「『……なんだよバルファルクまで。トレーナーさんもバルファルクも慰めてきて……これじゃ独りで腐ってた私がバカみたいじゃん』」
「彼の言葉は分からないけど……バルファルクなりに励ましてくれようとしてるんだね。トレーナー室に戻ろう、スカイ。さぁ、やることは多いぞ!」
雨の中、両手を広げて元気付けるトレーナー。セイウンスカイはそれがトレーナーの空元気であることぐらい見抜いていたがわざわざ指摘するようなことをしなかった。ただ何となく、面白く見えてしまって苦笑しただけだ。
いつの間にか雨は上がっている。
雲の隙間から日の光が二人を照らす様子をバルファルクは穏やかな心で見守っていた。
太平洋上、とある島国にて。
海岸に一人の男が佇んでいた。
「……断定するにはまだ証拠に乏しい。しかしこれは……」
男────上野でセイウンスカイに助言したあの赤衣の男の前には巨大なマッコウクジラの亡骸が横たわっていた。
よく見ると不思議な亡骸であった。肉のほとんどがないのだ。骨もバラバラでかろうじて頭部と思われる部分で何とか判別できる程度に過ぎない。クジラの死骸が海岸に漂着することは珍しくないが、それらは寿命などで死を迎えたクジラの死骸が海流に乗りたまたま岸に上がるからである。そういったクジラの死骸は亡くなってから然程経っておらず生前の姿を残していることが多い。
このような肉のほとんどが貪られて陸に上がるのは不可思議な事例と言えた。クジラの死骸は多くの生物の苗床となり新たな生態系を生み出すきっかけにもなるのだが、本来そういったクジラの死骸は海底に沈むことがほとんどである。
「短時間でクジラの肉を食べ、そして骨を放り捨てられる存在など限られている」
赤衣の男は身をかがめ骨を撫でるように触れる。骨には明らかに骨折とは違うであろう歪な歯形が残されていた。
「本来なら深海に棲息しているはずだが……もし浅い深度にまで上がってきているのなら……」
立ち上がり赤衣の男は水平線の先を見る。
不気味なほど穏やかな海は嵐の前触れを予感させていた。
今回バルファルクが不思議な行動をしています。ちょっと表現が露骨かもしれません。
それはさておきまた新たなモンスターのフラグですね