さてしばらくは平和ですね。しばらくは、ね……
「さぁ、もう一本!」
「「「「「でぇりゃぁぁぁぁ!!!」」」」」
雲一つ無い青空の下。
炎天下の砂浜ではウマ娘達とそれを指導するトレーナーらの声が熱く響いている。
《騎士を従える少女》とのお茶会後、民宿に戻ったセイウンスカイ。彼女のおかげで襲いくる龍の詳細が分かったためそれをアグネスタキオンに伝え間接的に政府への警戒を促すことに成功した。
とはいえ事態が大きく変わったわけではない。翌日からセイウンスカイのトレーナーの方針の通り、鍛練の日々が続いている。
「砂浜ダッシュきっつ……。思ったより足取られるねぇ」
「でもでも!着実に強くなってる感じがするよ!」
「この程度でへばっているようじゃダメよ。今度こそ、今度こそ勝つんだから……!」
セイウンスカイのトレーナーはスペシャルウィークとキングヘイローのトレーナーに話を通して合宿期間中共にトレーニングができるよう要請した。普通なら敵対する陣営同士、トレーニングで顔を合わせることは無いのだがそれを彼女達が共にクラシック路線を進む仲間でありライバルであるからと説得している。
ウマ娘のトレーニングは一人で行うよりも仲間となる他のウマ娘と共に行った方がより高い効果が得られる、というのは昔からの定説だ。単純に仲が良いだけならじゃれ合いになるかもしれないが、同じ道を進むライバルであるなら競争意識も固まってくる。三人のトレーナーは各々のウマ娘のことを第一に考え共にトレーニングをする方針で調整していた。
「セイちゃん達みんな頑張ってマスね~。私達も混ざりますヨ!」
「エル~。その前に溜まった補習を片付けないといけませんよ~」
「グラァス!何て事言うんですかぁ!」
「いや、そこは真面目にやろうよエルちゃん……。私も手伝うからね?」
そしてこの事を聞きつけたエルコンドルパサーとグラスワンダー、そしてツルマルツヨシのトレーナーらも参戦した。どうせ同期達親友で固まるならいっそのこと全員参加の方がより纏まって効率良くトレーニングできるのではないか、ということで彼女らも日程を調整しつつ集まれるときには全員集まっている。
不穏な初日に頭を悩ませるセイウンスカイであったがあれ以来特にトラブルなどは無く、充実したトレーニングの日々を送っていた。
さて昼食を挟み午後である。
砂浜には六人のウマ娘がバルファルクと対峙していた。
「えっ、バルファルクの……翼?にロープが巻き付いてるけどこれって……」
「『そう!バルファルクと一緒にやるトレーニング、まずは綱引きだよ!』」
「えぇっ!?バルファルクと綱引き!」
「スゴいデススゴいデス!テンション上がってきマシタ!」
『おい。きゃんきゃん騒ぐのはいいが早くしろよ。こっちとしては例のイカもどきが来ないか警戒したいのだからな』
「『ごめんごめん。それじゃ、みんな始めていこっか』」
バルファルクの槍翼の先端、爪のような尖った箇所にくるりと親綱が2本巻き付いておりそれがバルファルクのやや手前で一つの親綱と結ばれている。
砂浜に簡単な線を引きウマ娘達とバルファルクの間で力勝負が始まった。
「ぐぬぬぬぬぬ……」
「なんて、力なの……」
「砂浜で足を取られて……ふんばりが……!」
『どうした、貴様らはこの程度か?』
「『ちょ、バルファルク、煽らないでよ!君の声私にしか聞こえないんだからね!』」
「え、バルファルクって煽るの……?」
激しい攻防、とはならなかった。
流石にバルファルクの方が圧倒的である。今はまだバルファルクが手加減しているだけでその気になればいつでも引き抜けた。
だが────。
「ふぁいと!!!いっぱああああああつ!!!!!!」
エルコンドルパサーが雄叫びを挙げふんばりの利かない砂地にがっちりと足を振り下ろす。
「日本一に、なるんだからぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
それに触発されたのか根性を見せるのはスペシャルウィーク。腕ではなく腰に、体幹と重心を意識しより力がかかるよう体勢を修正していく。
「次に勝つのは……このキングなのよ……!」
闘志を滾らせるのはキングヘイローに他ならない。不屈の意思は彼女の辞書に諦めという言葉を削除させていた。
「ええっと、みんなと走れるように頑張るよ!」
意外や意外、ここで叫んだのはツルマルツヨシ。病弱な体を押してまでレースに参加する熱意は誰にも負けてはいない。
「さぁどうしますか、セイちゃん」
「『どうするって?』」
「みんなレースに挑む意思が強いんです。セイちゃんはどうですか」
「『自分を棚にあげないでよ、グラスちゃん!君だって勝負ごとには手を抜かないくせに……!』」
最後方で引っ張るセイウンスカイとグラスワンダー。
グラスワンダーは静かに問いかける。何のために走るのかを。
「『だぁぁぁもう、こちとら熱血な展開は好みじゃないんだけど!ふんばらないと、いけないんだよねぇぇぇ!!!』」
『ほう珍しい事するな、セイウンスカイ』
「『だから茶化さないでよバルファルク!』」
「……私も負けてはいられませんよ」
全員がより一層の気合いを込めて綱を引いた時、意外な変化が表れた。
『む?んん?もしや……俺が引っ張られているのか?』
「もうひとふんばり、デェース!!!ちょっとずつこっちに引っ張られてきてマスよ!」
最前方で綱を引いていたエルコンドルパサーが歓喜の声を挙げる。砂浜でふんばりが利かないのはバルファルクも同じだ。引く力さえあればズルズルと引き寄せられる。
「『その意気やスカイ!根性見せたれー!』」
「ほうほう。バルファルクとの綱引きか……。どんな変化が起きたのか、身体データをじっくり見させてもらうよ」
「"張力"と"応力"……"シナジー"は互いに作用し合う……?」
外野から応援するタマモクロスと観察するアグネスタキオン・ネオユニヴァースの声が届いている。
異色のトレーニングはやはり人目を引くようで遠目から他の一般人や別口の合宿ウマ娘からも注目を集めていた。
意外な奮闘を見せる六人のウマ娘達。
しかしそれもこれまでであった。
『さて、こんなところか』
バルファルクが一度力を込めて引っ張るだけで弾けるように綱があっという間に線を越えてしまった。
予期せぬ力に吹っ飛ぶ六人。とはいえ砂浜ということで痛みも無く怪我も無い。
流石に全力を使い果たしたのだろう。各々が仰向けだったりうつ伏せで砂浜に伸びていた。
「あぁ~あともう少しだと思ったんだけどなぁ~」
「もうちょっと、もうちょっとデシた!」
「もう一回よ!何度だって諦めないわ!」
「ツルちゃん、お体の調子は如何ですか?」
「ありがとうグラスちゃん。ぜんっぜん平気!まだまだやれるよ!」
「『……えーとみんなまだまだやる気なので……まだ付き合ってくれるかな』」
『……全く、活気ばかりが目立つな、貴様らは。ま、いいだろう。それでセイウンスカイが強くなるならな』
「『よーし、みんな。まだ付き合ってくれるそうだからどんどん引っ張ろうか!トレーナーさん達もいいですよね!』」
離れたところからOKのジェスチャーが見える。
しばらくの間、砂浜にはウマ娘達の熱い掛け声で気温とは違う熱さが響いていた。
トレーニングのつもりなのは勿論なのだが見ていてとても楽しい綱引きになるのは誤算だった。
この後、他に合宿を行っているトレーナーやウマ娘からも綱引きをさせてもらえないかとの連絡が絶えなかったのは完全な余談である。
さて休憩を挟み次のトレーニングである。
綱引きもそうだがバルファルクに協力してもらうトレーニングはまだまだ後が控えていた。
「ひゃっほーう!!!風が最高、気持ち良いデェーッス!!!」
『楽しむのはいいが、せいぜい振り落とされるなよ』
ウェイクサーフィンとカイトサーフィンの複合、といったところだろうか。
エルコンドルパサーは今、バルファルクが引っ張る親綱を掴んでサーフボードで跳躍していた。
「あのエルコンドルパサーって娘は……六人の中で運動神経がピカ一だね。初めてでここまで動けるとは思わなかったよ」
「そう言って頂けるとは恐縮です」
タマモクロスのトレーナーが冷静にエルコンドルパサーを観察している。
一見遊んでいるだけのようにも見えるがこれもれっきとしたトレーニングである。タマモクロスのトレーナーは足腰と体幹こそを合宿で重点的に鍛えるべし、と集まったトレーナーらに講義していた。
「クラシック最後の菊花賞、第3コーナーの坂があるのは分かってるね?だけどそれだけじゃあない。菊の京都はあまり天気に恵まれたことが無いんだ」
菊花賞は今まで中距離、マイルを走ってきたウマ娘が初めて走る長距離3000mである。持久力も重要だがそれだけの長丁場に耐えられる体作りも重要なのだ。
「長距離重バ場、かつ坂にも対応しなきゃいけない。ウマ娘にかかる負担は想像以上だよ。ここで足腰を鍛えるのはレースに対応するのは勿論、怪我を防ぐためさ。勝つために走るのは大前提だけどね、ここを走りきれたら大抵のレースじゃ怪我をしなくなるよ」
菊花賞は最も強いウマ娘が勝つと言われている。この"強い"というのは比喩でも何でもなく身体能力の強さを指しているのだ。そして菊花賞で勝ったウマ娘というのはその後も安定した成績を残すことが多い。特に一部の名門────春の盾を目指すメジロ一門などはこの菊花賞を登竜門として設定しているほどだ。
ベテランのトレーナーの講義に暑い中メモを取る若手トレーナー達。レースに対する熱量は担当するウマ娘達に負けず劣らず熱いものを抱いていた。
「他に負荷がかかるトレーニングはあるけどねぇ、一番はウマ娘達が楽しめることさ。楽しめるトレーニングこそウマ娘達の糧になるからね」
海では次に挑戦しようとしたツルマルツヨシが急な発進に思わず手を離して落水し、慌てた仲間達が救出している様子が見て取れた。
そうして目一杯バルファルクと遊びながらトレーニングを楽しんだ夜。
その日のトレーニングで良かったところ、悪かったところをトレーナーらとお互い意見を出し合いながらミーティングを行い夕食を挟んだ頃だった。
何でもないテレビのニュース。しかしセイウンスカイは耳敏く気になる事が聞こえていた。
《……今年のリムパック、環太平洋合同演習ですが参加国と艦艇数は過去最多となります》
《今年のテーマは"クラーケン討伐作戦"とされており、かつてハワイであった伝説を基にした作戦だそうです。未確認巨大生物への対処を盛り込んでおりユーモアが評価されている一方、諸外国からは現実性の無い演習に批判の声が相次いでいます》
「うわ……」
現実性どころか文字通り水面下に迫っている危機だというのはセイウンスカイを含めて何人知っているのだろうか。
バルファルクは周辺海域の警戒飛行を続けており今のところ目ぼしい何かを見つけていない。バルファルクを哨戒機として考えると非常に優秀で高度1万m以上から海中を泳ぐイルカの群れを視認できるほどである。
セイウンスカイからの急報に海上自衛隊も警戒を行っているが今年はリムパックに参加するにあたりそちらの方に艦艇が流れていた。
あの少女とのお茶会以降アグネスタキオンが絡む政府筋でも動きがあったようだが特に話は無い。むしろアグネスタキオンからはいつも通り過ごしてくれればいいという話をセイウンスカイは聞いている。
(ほんとにこのまま……笑い話で済めばいいな……)
そうしてしばらくはトレーニングに終始する日々が続いた。午前中は各々のトレーニングに、午後はバルファルクとの合同トレーニング。あまりにも独特なバルファルクとのトレーニングに六人以外の参加者も相次ぎいつの間にか大規模な合同トレーニングと化しているほどだ。あまつさえベテランの代表格であるタマモクロスのトレーナーが合宿に応じた講義も行うためウマ娘、トレーナー双方への強化合宿は例年を越えた盛況を見せていた。
その間は何も事件は無かったがセイウンスカイとバルファルクはこれが平和などではなく嵐の前の静けさであることを感じとっていた。頭ではこのままでいてほしいと願っていたが、現実はそう甘くない。
8月。
合宿期間も折り返しとなったある日、ウマ娘達がトレーニングを行っている海岸には朝からある物体が漂着していた。見つけたのは朝早くに見回っているタマモクロスだ。
「これ……まさかへし折られた角やないか……?」
まるで白い木の幹にも見えるそれは"龍呼びの声"としての力を持つタマモクロスならそれに龍属性が込められていることが容易に判別できてしまった。そして手を触れ角の持ち主が誰なのか理解する。
脅威はすぐそこに。
タマモクロスは嵐の到来を告げるために民宿へ駆けて行った。
どうでもいいけど米軍が映画に全力協力して普段ならやらない(やれない)火力を展開している描写好きです。石器時代に戻してやるぜ!