「ふぁぁぁ……」
(あいつのことばっかり考えて、全然眠れなかった……。トレーナーさんの部屋で昼寝しようかな……)
バルファルクとのコミニュケーションが一歩進んだ日から翌日。
セイウンスカイはバルファルクについて悩み、思考の坩堝に嵌まった挙げ句寝不足に陥っていた。
寝不足はレースのみならず、健康に関わる全ての大敵である。流石のセイウンスカイも、こんな不調はいつもの友人達にも隠せない。スペシャルウィークを始めとする五人の友人達は心配していたが、当のセイウンスカイは「あいつがなかなか言うこと聞いてくれなくてね~」と明後日の方向へ誤魔化していた。
(いや、本当にどうしよう、これ。やっぱり言語学に詳しい先生とかに相談する? 多分いつもの学者さん達に相談すれば紹介してくれると思うけど……。けど、あいつが分かりたいのって、人類の言葉とかじゃなくて、私の言葉、なんだよね。でも私一人じゃ答え出せないよ~)
午前中、授業で居眠りする振りをしながらバルファルクの言語能力について考えるセイウンスカイ。だが思考の袋小路に嵌まっていて有効な考えは思い付かない。
そんなことをしている内に時刻は午後を過ぎていた。
(ダメだ。全然思考が纏まらない。こういう時は、がっつり昼寝してリセットするに限るよね)
悶々とバルファルクについて抱えていたセイウンスカイはリフレッシュのつもりでトレーナー室へ向かおうとしていた。彼女にとってトレーナー室とは詰まるところお昼寝ポイントである。似た者同士なのか、セイウンスカイのトレーナーは彼女の振る舞いを締め付ける真似はせず、自由気ままに過ごさせていた。
トレーナー室前へ着いたセイウンスカイはドアを手にかけ────。
(門限少し前くらいならあいつとも話せる機会あるでしょ。夕方まで寝ちゃおーっと)
ガラッ。
「やぁ! 君が噂の天彗龍に見初められたセイウンスカイだね! 是非とも君にご協力願いたくて────」
ピシャッ。
(今なんか変な人いた気がするなぁ。眠気で夢でも見てるのかなぁ)
ガララッ。
「おやおや。いきなり閉じるだなんて失礼な。人の話は最後までしっかり聞くものだよ」
「……ここ、うちのトレーナー室なんですけど。何でいるんですか、タキオン先輩」
アグネスタキオン。
個性豊かなウマ娘が集うトレセン学園で、奇人変人の筆頭に上げられるトレセンきっての問題児。研究にかこつけて授業やレースをサボるのは当たり前。何なら実験と称し他のウマ娘を巻き込むような真似すら行うため学園側から要注意ウマ娘として警戒されるほどの破天荒っぷりを持つ。
「何でも何も、ピッキングくらいさほど珍しい技能じゃないだろう。そんなことより、私も天彗龍バルファルクには並々ならぬ興味を持っていてねぇ。だが私一人では近づいたところで吹き飛ばされてしまうんだ。聞けば外の学者連中は君と共に検体を採取しているそうだし、私にも同じ真似をさせてもらえないかと思ってね」
「……はぁ。どっから突っ込んだらいいのかなこれ。とりあえずピッキングは素直に犯罪なんでやめてくれませんかね」
「そんな些細なことを気にする暇なんて無いさ。立ち話もなんだし、早く入りたまえよ」
「ここ貴方の部屋じゃないのに何で部屋の主みたいに振る舞ってるんですか……」
横暴や傲慢を通り越したアグネスタキオンの振る舞いに怒る気力も無く、力無くソファーに腰かけるセイウンスカイ。適当にあしらってさっさと寝たいのだが、アグネスタキオンというノイズがそれを妨げる。
「どうやらお疲れ気味なようだねぇ。そんな君にはこいつを一杯」
「飲むわけ無いじゃないですか。お願いだから寝かせてくださいよ。昼寝しに私はここに来たんですよ」
「なるほど、寝不足か。原因はバルファルクかい? 最近は大人しくしているように見えるが……何か進展でも?」
(……頼むから黙っててくれないかなぁ。進展はあったけど、話す訳無いじゃん)
「おーい、狸寝入りかい? 私の前で昼寝とは良い度胸だ。なら寝ている君にあんなことやこんなことを……」
「マジで出ていってくれませんか。協力する義理無いですし、あいつだって
「……ほう?」
セイウンスカイの前で何かに気付いたアグネスタキオン。それまでの喧しさが嘘のように潜まりひとしきり腕を組んで考えた後、完全に寝かけていたセイウンスカイに質問した。
「スカイ君、一つ質問なんだが」
「………………協力しないって言いましたよね」
「ああ。寝不足の君に無理強いするような真似はしないさ。質問に一つ答えてくれれば今日はそれで引き下がろう」
「何ですか、質問って」
「
「……!」
セイウンスカイの眠気が一気に覚醒する。無理矢理にでも寝たがっていたセイウンスカイは、眠気に冷静さを欠き他人に言うつもりが無かったバルファルクとのコミュニケーションについて失言したことにようやく思い至った。
「敢えて君の口振りを補完するなら……バルファルクがスカイ君以外と話す気にならない、ということだよね? 確かにバルファルクはこのトレセンに来て以来、君以外に興味の対象を移した覚えは無いね。それならバルファルクから君に対して何らかのアプローチがあって当然だ。ただ、
「……一人でよくそんな長々と話せますね。喉乾かないんですか」
「いやぁ、乾くとも。紅茶がここにあれば尚良かったのだが今は置いておこう。君の反応からして私の話がそう間違っているとは思えないが、さてどうかな?」
「はぁ……」
得意気にセイウンスカイの前で胸を張るアグネスタキオン。セイウンスカイより豊満な双丘が妙に目について煩わしい。
セイウンスカイは何度か逡巡したが、意を決して口を開く。
「これ絶対に他の人には秘密してもらいたんですけどね────」
セイウンスカイとバルファルクの話に目を輝かせるアグネスタキオン。アグネスタキオンは自身が持つ膨大な知見からセイウンスカイの悩みを科学的に考察する。そしてその結果をセイウンスカイにバルファルクへぶつけるよう要請するのであった。
「本当にこれ上手くいくのかなぁ……」
同じ週の休日。
セイウンスカイは朝からバルファルクの元へ訪れていた。
本来ならセイウンスカイの休日は惰眠を貪るか釣りに出かけるか友人達と遊びに行くくらいの予定しかない。バルファルクが来てから学者に付き添う予定も追加されたが、一月に一つ二つあるくらいでさして影響は無かった。
『珍しいな。貴様が朝からこちらに来るとは。それに……貴様が持つヒラヒラしたそれはなんだ?』
「『あぁ、やっぱこれ気になるよね。これはね、文字っていうのを勉強するための紙の集まり────ひらがなドリルだよ』」
セイウンスカイはアグネスタキオンの話を思い出す。言語と鳴き声、それを区別する境界線が何なのかを。
『まず前提として、音声で互いにコミュニケーションを取り合う生物はさして珍しくない。イルカやクジラは優れた聴覚で数km離れた仲間の位置が確認できるし、鳥類であれば警戒や求愛に独特な鳴き声を出す。犬や猫等の愛玩動物であれば、飼い主の気を引くために可愛らしい姿を見せるだろうね』
『音声を用いて他者と関わりを持つという行為において、生物の鳴き声と人類の言語に違いは無い。最も大きな差は音声そのものではなくそれを視覚的に示す識別表示……つまり文字だよ』
『現代においても、文字を持たない少数民族がいるが、文字の有無がどのような優位性を形成するのか詳しい説明はいらないだろう? 最初は洞窟の壁画から、徐々に絵を簡易的に省略し、やがてそれぞれの地域で独自に発展させた結果、絵は記号となり文字となった。文字というのは人類が今まで紡いできた発明の中で最古の一つとされている。そして文字から始まる各国・地域から成る独自性が、現代では文化、ひいては文明の下地となっているんだよ』
『君はバルファルクに言語能力があると言ったね。だが私にとって興味深いのは、音声によらずして、バルファルクが君の意図を理解している点だ。君はバルファルクに対して話す際、当然喋っている通りの意味を伝えるために話している訳だが別にスカイ君以外の人間が全く違う言語を話している訳ではない。にも関わらずバルファルクが他の人間が話す様子へ興味を持つことは無かった』
『これは極論になるが、本質的にバルファルクは音声を聞き取る必要すら無いのかもしれない。私達人類にとって、会話は普遍的なコミュニケーションだから勘違いしたかもしれないが君が言語能力だと思っているそれを、バルファルクは言語とも言えない全く違った何かで認識しているかもしれないんだ。だからこそ調べてほしい』
『調べてほしいのは二点。一つは文字に対する認識があるのかということ。これは比較的簡単だ。未就学児が最初のお勉強で使うひらがなドリルでも見せて、君が口頭で教えればいい。バルファルクの知能がどの程度か分からないが、君の考えじゃそこまで幼くないんだろう? もし認識能力があるなら文字の習得にそこまで時間はかからないはずだし、無いなら最初の【あ】ですら出来ないはずだから、はっきりしやすい。まぁ、私の予想ではまず無理だろう。今まで独りでいた生物が他者のための文字を得るなんて、カエルが鷹を生むようなことだからね。もし出来たらノーベル賞どころでは収まらないよ』
『二つ目。これはかなり難しい。言葉を使わないやり取り、所謂テレパシーというやつだね。これが可能なのかどうか。いやぁ、この手のオカルトチックな技能は大抵眉唾物であることがほとんどで、それ以外じゃ偶然の産物でしかないから私としても
(あの人話始めると長いんだよなぁ……。カフェ先輩は平気なのかな)
「『えっと……。まずこれが何なのか分からないと思うけど、私達人間って喋るだけじゃなくて、特定の場所とか物にこう、書くっていう動作をするんだ。するとそこに決まった形の物が残るから伝えたい人みんながその形の意味を知ってれば、話さなくても言いたいことが伝わるでしょ? これはそれを……えっと、分かるようにするためのものなんだよ。……この説明で通じてるかなぁ』」
『何が言いたいんだ?』
「『首を傾げてる……。よ、要するに、これは文字っていう物なんだけど、これを君が分かるようにしたい。君はほら、私の言ってることが分かるかもしれないけど私は君の考えが分からないでしょ。これを勉強して文字が使えるようになったら私も君のことが分かるようになるんだよ』」
『……』
バルファルクは無言でセイウンスカイが持つそれを観察する。何やら薄っぺらいヒラヒラしたものが集まっていて、見かけだけではバルファルクにとって何なのか判別しようがなかった。セイウンスカイの説明を聞いてもほとんど分かっていない。今バルファルクがセイウンスカイの説明を聞いて分かったのは、『ベンキョウ』をすればセイウンスカイにバルファルクの『言葉』が伝えられるという点くらいである。
「『とりあえずやってみよう。まず最初に、これは【あ】だよ、【あ】。こうやって書くんだ。……頼むから無視しないでね?』」
セイウンスカイがバルファルクに書き方や読みを教えている間、バルファルクは全くと言っていいほど反応しなかった。最初こそ何とか張り切って教えていたセイウンスカイだが、全く様子が変わることの無いバルファルクの態度に、最後の【ん】を教える頃には涙目になっていた。
(タキオン先輩、予想通りバルファルクに文字を認識する能力は無いです……反応無しです……)
最後の【ん】を教えきったところで、白く燃え尽き芝生で仰向けになるセイウンスカイ。見渡せばあの日富士山で見た抜けるような青空が広がっている。そうして、横合いから同じ色を持つ瞳が、どうしたものかと困惑気味にセイウンスカイを見下ろしていた。
(こうして見ると、やっぱ表情とかあるよね。何やってんだこいつ? って顔だし)
「『まぁ、分かったよ。無理に文字を覚えてなんて言わない。生き物みんなね、出来ないことはどんなに頑張ってもできないものがあるの。私達は君みたいに空を飛べないけど、君が文字覚えようっていうのはつまりそういうことなんだよ』」
『やけにやさぐれたな。そんなに文字とやらが大事なのか。できないことを一々考えるのは無駄にしかならんぞ』
「『バカだなこいつって思ってません? 原因おまえだからね。お・ま・え! ……はぁ。これで後試すのはテレパシーだけどそんなのどうやって確かめればいいんだよー。黙って念でも送ればいいのかな?』」
『落ち込んだり昂ったり忙しないやつだ。それで? その、てれぱしーとやらが何かあるのか?』
仰向けのまま黙って目を閉じるセイウンスカイ。そこから何か適当な、タイが美味しいだの、ネコちゃんが可愛いだの何とか思い浮かべてみる。
(ん~何か出ろ~何か出てみろ~)
『おい、いつまでそうやっているつもりだ。貴様が俺に話さなければ分かりようがないんだが?』
「『……ちょっと!? 頭を突かないでよ! こっちは真剣なのに。いや、この様子じゃ念みたいなのは成功してないよね。君どうやって私の言葉を認識してるの?』」
『それが分かったら苦労せんわ』
「『えぇっと、私の言葉と他の人じゃ違うんだよね? ……まず富士山で会った時はスペちゃん達と話してて、ウマ娘とか女の子とか、年齢とかは一緒だったからそういうのは関係が無い。で、学者さんは男の人で年齢もずっと上だけどそういうのも関係が無い。違いってなんだろ。みんなおんなじヒトだと思うんだけどな~』
『貴様が……いや【セイウンスカイ】だからだろう。貴様が言っていたじゃないか。みんな違う生き物なんだと。まぁセイウンスカイと他の二足共がどう違うかなぞ俺にも分からんが』
この後一人と一頭で延々と考えていたが結局答えを得ることは無く、セイウンスカイにとっては無為な週末を過ごすこととなってしまった。
翌週。
セイウンスカイとしては珍しく早起きして学園へ向かっていた。理由はアグネスタキオンに実験の結果を伝えるためである。下手にトレーナー室へまた無断侵入されたら堪らないと、先んじて話すつもりであった。
先にターフを根城とするバルファルクを見にグラウンドを訪れるセイウンスカイ。しかしいつもと様子がおかしい。ウマ娘の中には朝練や趣味も兼ねて早朝に走りに出かける者が多くいるがそれらが皆一様に集まりバルファルクがいるであろう方を見ている。ただならぬ様子に一瞬駆け寄ろうとしたが、それより早く横合いから伸びた手がセイウンスカイを掴んでいた。
「スカイ君! まさか本当にやってくれるとはねぇ!」
「タキオン先輩!? 一体何なんですかこの騒ぎ!?」
「百聞は一見に如かずと言うじゃないか。見たまえよ、君が成した実験結果を!」
アグネスタキオンはセイウンスカイを引っ張り人混みの中を進んでいく。そうして、一番先頭に躍り出たかと思うと勢いのままセイウンスカイを投げるかのように前方へ手を離した。
せいうんすかい
「………………………………はぁ?」
ターフの中央にひらがなで【せいうんすかい】の名前が芝生を抉るように書かれている。一つだけではない。下手くそな字が、まるで子供がノートに文字を練習するかのように規則的正しく並べられているのだ。そしてその数は今も増え続けている。下手人たるバルファルクは今も繰り返し芝生を槍翼で抉っていた。
「『ちょ、おまえ、なにやってんのぉ!?」』
『お? 来たか、セイウンスカイ。ほら見ろ。貴様の名前とやらを覚えてやったぞ』
慌ててバルファルクに駆け寄るセイウンスカイ。慌てる彼女を尻目にバルファルクは得意気に鼻を鳴らしていた。
「『何で今さら字を覚えてるの!? 私が教えた時何もしなかったじゃん!』」
『あれは俺なりに集中していたんだ。苦労したぞ。貴様が勝手に俺が分かっていないと決めつけて、あれ以降文字とやらを教えてくれなかったじゃないか。おかげで思い出せたのは貴様の名前くらいだ、セイウンスカイ』
「『私の名前が分かったのはもういいから……これ以上芝生を抉らないでぇ!?』」
『貴様が分かるようにしたいと言っていたではないか。ここ以外のどこに書いたら良いんだ?』
「『分かった、分かったから! 文字の練習したいのは分かったからちょっと待っててくれるかな!?』」
セイウンスカイが携帯を取り出し学園長やトレーナー、バルファルク絡みで付き合いのある学者等へと連絡している。
(二足共は何をするにも色々連絡とやらをしなくてはならんのか。ずいぶんと焦っているな。そんなに俺が文字を覚えたことがおかしいか。……ん?)
セイウンスカイの後方に近づく影。セイウンスカイは各所関係先の連絡に忙しく気付いていない。バルファルクは彼女を守るように槍翼を展開し、いつでも動けるよう臨戦態勢を整えた。
バルファルクはあくまでセイウンスカイに対してのみ興味の対象としているだけでその他の人間に対しては以前と全く評価は変わっていない。他の人間がバルファルクに接近するのは未だ危険が伴うのだが、そんな様子を一切気にすることなく近づく影────アグネスタキオンはセイウンスカイに話しかける。
「スカイ君。色々と連絡に忙しいのは分かるが後方を気にしておくれ。あともう少しで私がバルファルクに殺されそうだ」
「『はい……はい……よろしくお願いし……何やってるんですかタキオン先輩!? 危ないから近づかないでくださいよ!』」
「君が一言伝えればいい。私が敵ではないということをね。それと文字を教えるよう提案したのも私だと言うことを伝えてくれ」
「『はぁ……? えっと、この人はアグネスタキオンさん。ちょっと変な人だけど、凄く頭が良くて、君に文字を教えるよう私に奨めてくれたのはこの人なんだ』」
『……それが何だと言う。俺はそいつを覚える気にはならんぞ。他の二足共と大して変わらん』
「続いて通訳してくれたまえ。文字無くして、人間と関わることは不可能だと」
「『………………って言ってるよ。君からしたら他の人間に興味は無いかもしれないけど、正直言ってることは間違いじゃないと思うよ。文字が無いと、私達人間はスゴく不便なんだ』」
『何が言いたい』
セイウンスカイとしてはあまり見ないバルファルクの表情であった。明らかに苛ついてる目だ。セイウンスカイ以外の他の人間が気にくわないバルファルクにとって槍翼はおろか、首を伸ばせば噛みつくことができる距離にまで他人を近づけたことは無い。セイウンスカイさえ近くにいなければとっくの昔に槍翼で弾いていたところだ。
そんなバルファルクの様子にアグネスタキオンは恐れるどころか更に笑み深め、より大胆なアプローチを実行した。
「『わっ!? た、タキオン先輩、急に何をするんですか!?』」
「何をするって抱きついて、可愛がっているだけだろう。可愛い後輩は、愛でてやりたいものだからねぇ」
『貴様セイウンスカイに何をしている……! 即刻セイウンスカイから離れろ……!』
「『タキオン先輩、早く離れてください……! なんかバルファルクからヤバいオーラみたいなのがバチバチいってます……!』」
「素晴らしい。予想通りかつ、私が最も望んでいた反応だ。……さて、また通訳を頼むよ。こう伝えておくれ。文字が分からない限り、人間の都合でいくらでも君とセイウンスカイは引き離せると、ね」
「『え……?』」
「バルファルク、君なりに色々考えてトレセン学園に来ているのは分かるよ。けどそれは全て君の都合でしかないだろう? 今はまだ決定的な不和が無いから何とかなっているが、これ以上スカイ君に不利益をもたらしたらどうする? 君とっては彼女しかいないんだろうが、別にスカイ君からしたらおかしな
「『……………………ってタキオン先輩は言ってます。……この伝え方で大丈夫なんですかタキオン先輩』」
「大丈夫さ。バルファルクは君に執着しているみたいだからねぇ。文字が無ければただの動物と変わらない。そして人間には動物の都合を人間以上に優先する理由が無い。ただの動物から脱却したければいち早く文字を覚えることさ。文字だけでも会話は成り立つからね。会話が出来る相手を動物扱いするのは難しいんだ。……おっと、今のも通訳しておくれよ」
『……甚だ不本意だが言わんとすることは分かった。……良いだろう。文字をもっと早く覚えてやるから、さっさと出ていけ』
「おおっと、そろそろバルファルクの怒りが頂点に達しそうだ。この辺りで失礼することにするよ」
バルファルクから怒りの篭った視線もなんのその、アグネスタキオンは踵を返して学園へ帰っていく。それに合わせるかのように、ちょうど良くチャイムが鳴った。始業時間である。
「『あ、やば。これ完全に遅刻じゃん。ひらがなドリル渡しておくから暇な時にこれで練習しといてね。読むだけだよ。それじゃあ、また後で!』」
慌ててセイウンスカイが学園へ駆け出していく背中を見送るバルファルク。さっきまで彼女がいた場所にはひらがなドリルが残されている。
(文字というのは書かなくては覚えづらいのではなかったのか? とりあえず【あ行】から始めてやろう。【い】と【う】は覚えたから【あ】からだな)
この後セイウンスカイがバルファルクにアグネスタキオンを交えて文字を教える様子が話題となり世界中の言語学者が慌てふためく事態となったのだが、それはセイウンスカイとバルファルクにとって知らぬ話である。