セイウンスカイとバルファルク   作:エドレア

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新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞご愛読の程よろしくお願いします。

現実ではイギリスの一部であるアイルランドですがウマ娘の世界では独立しているため今回独自の解釈を交えています。予めご了承ください。


シニア編
伝説の赤龍


 

 

 

 

 

 

 新年、1月1日元日。

 

 アイルランド北部、ジャイアント・コーズウェイにて。

 

 セイウンスカイは寒空の下、特徴的な六角形の地面が連なる海岸線で佇んでいた。

 

 

 

 

 

 有馬マ記念の後セイウンスカイはすぐに英国への旅路に着いていた。冬休みいっぱいは英国にいるつもりなのだ。

 実は夏の一件の後にシャーロットから訪英の誘いがあった。しかし学生の身であるからして、長期間の海外旅行は日程として難しい。クラシックレースに出走している事もそれに拍車をかけた。故に直近で最も都合良く行ける日程が年末年始の間だったのだ。

 セイウンスカイの家族には事情を説明済みである。何でも騎士がセイウンスカイの知らぬ内に度々挨拶に訪れていたようで、セイウンスカイが連絡した頃にはお土産を催促される始末であった。

 

「さっむ」

「新年早々から申し訳ないわ。普段はここまで寒くはないのだけど」

「いや……新年一発目に会いたいって言ったのは私だしそこはいいよ」

 

 英国に降り立ったセイウンスカイを出迎えたのは当然シャーロットだった。招待したホストである彼女の自宅に招かれたセイウンスカイだが、夏の別荘とは比べものにならない大豪邸に思わず目を点にしていた。ザ・お嬢様であるシャーロットの自宅にはもうフィクションでしかお目にかかれないようなメイド・バトラー達も務めており、その恭しさに英語ができずとも気後れして仕方なかった。

 冬休みの間はシャーロットの自宅で過ごし、彼女の案内に沿って英国旅行を満喫するつもりだ。その代価とばかりにセイウンスカイは"赤い龍"との対話を求められたのだ。

 

「にしても面白い形の海岸だね。これ全部溶岩だったんでしょ」

「そうよ。火山活動で活発になった地下のマグマが特殊な冷え方をする事でこの形になるの。あまりにも綺麗な六角形だからか、巨人がここを作ったんだっていう伝説が出来てそれが【ジャイアント・コーズウェイ】という名の由来になったの。中々ロマンある話でしょう」

 

 ジャイアント・コーズウェイはその地質的な特性と独自の生態系を持つ事から世界遺産の一つとして認められている。年間を通して観光客も多くアイルランドを代表する観光地の一つでもあるのだ。とはいえ今は時期が時期。周囲には観光客の姿は無いが今回に限ってはその方が都合が良かった。

 

 二人が海岸線を歩くと少し高くなった崖の下に暗い空間が見えるような場所に辿り着いた。そこは海から内陸に向かって洞窟が穴を覗かせており、危険な地形なのか入り口には何重もの鎖が伸びて人の出入りを封鎖していた。

 

「ここで良いんだよね」

「ええそうよ。ちょっと待ってて、ここは開くのに時間がかかるの」

「そういえば騎士さんはどうしたの?」

「残念だけど彼はここに入る許可が下りなかったの。ジャイアント・コーズウェイならともかく、ここは今から会いにいく存在の事もあって管理が非常に厳しいのよ」

 

 実は今回の訪問についてアイルランド政府も便宜を図っている。当然ながらファインモーションの伝だ。歴史的な事情故に、仲が良いとは決して言えない二か国だが今回に限っては恙無くセイウンスカイの訪問を成功させる事で方針は一致していた。セイウンスカイがこれから出会う"王"は両国の歴史において国家成立のアイデンティティーにも関わる存在なのだ。不手際などあってはならなかった。

 

 鎖を解きようやく通行できる。険しい岩場を降りていくと、海から流れ込む海水が川のように流れている地形があった。洞窟は緩やかに内陸側へ傾いているようで、奥に進むと木製の古めかしい小さな舟が岩場に係留されて二人を待っていた。

 

「ここからはこの舟で行くわ。大丈夫、漕ぎ手は私がやるから」

「えっ、悪いよ漕ぐくらい。こういう力仕事はウマ娘の仕事だって」

「いいから座ってなさいな。貴方はゲストなんだもの。ここで貴方を手伝わせてはホストにあるまじき失態よ」

「うーん、そういうものなんだ……」

 

 川を下る。

 入り口は暗かったが不思議な事に奥へ進むと逆に明かるくなっていた。人工の光がある訳ではない。奥へ進むに従って岩場の隙間から淡い光を放つ水晶のようなものがそこかしこに点在しているのだ。幻想的な光景だがここでは写真撮影の一切が禁止されている事を思い出しセイウンスカイ慌てて見惚れていた己の心情を叱咤した。

 

(まるでカロンの冥界下りみたいだ……っとそんなこと考えてる場合じゃなかった)

 

 道中ここまで無言である。厳かな雰囲気にセイウンスカイもシャーロットも口を開けないでいる。

 セイウンスカイは彼の王に出会った際に何を話せばいいか考えていた。シャーロットから"龍呼びの声"であったという祖父の話を聞いてほしいと頼まれているが、話はそれだけで終わらないだろう。コロンビアで起きた地盤沈下の件もある。騎士を通じて赤衣の男から得られた話ではマム・タロト以上の強大な龍がいたかもしれないとの報告を受けているのだ。

 

(それに……私だって"この力(龍呼びの声)"の事、聞いてみたいしね)

 

 ちらりと漕ぎ手を担うシャーロットを見る。その表情はいつになく真剣だ。

 セイウンスカイはゴグマジオスと出会った切っ掛けとなるあの神社を思い出した。思えばあの事件も自身に眠る"龍呼びの声"のルーツを辿り探した事が始まりだ。あの時の老人も今のシャーロットと同じように神妙な表情で案内してくれていたのを覚えている。

 バルファルク・ゴグマジオス・イナガミ・ナバルデウス、そしてオストガロア。今に至るまで少なくない数の古龍と出会ってきた。その意味をセイウンスカイは探している。

 ルーツを辿るという目標はなぜ彼らと話せるのかという事よりも、なぜ自分がこの能力を持ったのか、そしてその意味は何なのかという事に変わっていた。

 

 

 

 

 

 どれほど川を下っただろうか。

 数分とも言えるし数時間のようだった気もする。

 時間の感覚が曖昧なまま舟は終着点へと辿り着いた。川の右端には相変わらず柱状節理と水晶のようなものが連なっているが、そこにぽっかり穴が空いている。

 

「私はここまでよ。ここから先はスカイ一人で進む事になるわ」

「えっ、シャーロットは行かないの?」

「私はただの案内人よ。それに……気難しい方だと聞いているの。二人の話を理解できない私がいても邪魔なだけだわ」

「っ……。そっか、分かったよ」

 

 セイウンスカイはシャーロットの瞳の奥に僅かながら羨望の色が差している事に気付いてしまった。いや、羨んで当然なのだ。長年ドラゴンについて追ってきた一族だというのに、肝心の孫娘にはそれが発現せず、極東の何も知らないウマ娘がその力を持っている。それでも友と呼んでくれているシャーロットの意地とも言うべき覚悟をセイウンスカイは理解した。

 シャーロットは物心付く前に両親を亡くしている。シャーロットの両親もまた一族の生業に従いドラゴンを追っていたが、ある時行方不明のまま帰って来なかったのだ。まだ幼いシャーロットに家柄の重圧など耐えれるはずもなく祖父が家業の代行していたが、それも寿命により亡くしている。騎士や赤衣の男がいたため天涯孤独の身とまではいかないが、幼少期に家族を亡くすその壮絶さはセイウンスカイの想像を絶しているだろう。

 

 そんな彼女の縋るような視線を受けてセイウンスカイは奥に進んだ。先ほど光を放っていた水晶のような物は無いようで持ってきた懐中電灯を頼りに進む。舗装など一切されていないために途中進むのに難儀したがそれでも幾つもの崖を登り下りして何とか最奥に辿り着いた。

 

「ここが……」

 

 最奥はこれまでの道と同様暗かった。懐中電灯が無ければ一寸先まで闇という次第、しかしセイウンスカイには分かっていた。ここに確かな気配を放つ古龍がいるのだと。

 

 洞窟が揺れる。

 一度光が瞬いたかと思えば次の瞬間には洞窟全体が照らされていた。中央に居座る圧倒的な存在が輝きを放ちそれが全てを照らしているのだ。

 

「『こ、これが……』」

 

 セイウンスカイが生唾を飲み込む。

 "龍呼びの声"として感じられる気配としては史上最も濃密な気配だ。なるほど、これなら確かに"王"を名乗るに相応しい威厳だろう。

 

『待ちわびたぞ……若き"龍呼び"よ……』

 

 赤い鱗。

 一対の翼に四肢を持つ巨体。

 冠のようにそびえる大角。

 その全てがドラゴンとしか呼べない風貌である。

 いるだけで場を支配する存在がセイウンスカイを見下ろしていた。

 

「『貴方が……ムフェト・ジーヴァ……』」

『通り名のドライグではなく余の真名を呼ぶか。中々大それた事をする』

「『え、えっと、不敬、でしたか……?』」

『そう慌てるな。まさか会いに来ただけの小娘に目くじらを立てるような真似はせぬ。良い、楽にせよ。この老骨めの話であればいくらでも聞かせてやろう』

 

 赤龍────ムフェト・ジーヴァは滾る威厳とは裏腹に穏やかな瞳でセイウンスカイの来訪を歓迎していた。

 

 

 

 

 

『さて、何から話したものか。生憎と歳ばかり食ってしまってな。若き身空で爺の長話は堪えるであろう。そう言えば名は何と申す?』

「『セイウンスカイって言います。……あの、幾つかお聞きしたい事があるのですが私から質問してもいいでしょうか?』」

『構わん。むしろその方が良いな。無駄に話をせずに済む。さて何が聞きたい?』

「『さっき待ちわびたって言ってましたよね。私が来ている事を分かってたんですか?』」

『そうだな。"龍呼び"の気配は独特だ。貴殿がこの地に踏み入った、その瞬間から感じていた。余はこの地の地脈で密接に繋がっていてな、大概この地域であれば掴めぬ存在などおらぬのだ』

「『へぇー……。じゃあ外で待ってるシャーロットも……?』」

『おお、あやつか。確か先代の孫であったな。奴と違って"龍呼び"には目覚めなかったようだがそこは仕方あるまい。あればかりは運であるからな』

「『奴っていうのはシャーロットのお祖父さんの事ですよね。どんな関係だったんですか?』」

『ふむ、その質問は少し困った。トレヴとの関係は一言で言い表せぬ。奴は余と関わった歴代の"龍呼び"の中で最も長く、そして善く生きた』

 

 シャーロットが求めていた話題である。シャーロットの祖父はセイウンスカイと同じ"龍呼びの声"に目覚めていたがその力を使って今のセイウンスカイのように広く知れ渡るような活動を行わなかった。

 トレヴ────トラヴィス・アーサーが若かりし頃、20世紀前半の世界は大国同士が覇を唱える戦争の真っ只中である。アーサー家は龍を含めた生物の調査を本業としていたが、国際情勢が荒れる世界で生物の調査を行うのは難しいところがあった。折りしもバトル・オブ・ブリテン、第二次世界大戦では当時のナチスドイツからの攻撃で英国本土が災禍に見舞われた事もある。その後の英国は勝利こそしたものの、英国が立ち直るまでの道のりは筆舌に尽くしがたい苦難に溢れていた。そんな中でシャーロットの祖父は政府の高官として人生の大半を国家再建に捧げ、家業である生物調査を満足に行えていなかった。

 

『あの時代の人類というものは、何かしかの欲が肥大していたのだろうな。余にはその何かしかを理解する事ができなんだ。日に日にやつれていくトレヴの様子にかける言葉が無くてな。今でもどう声をかければ良かったのかと、自問自答する事はある』

「『……』」

『おっと、済まぬな。随分湿っぽい話を聞かせてしまった。いかん、つい話が脱線しがちになるのも余の悪いところだ。こんな話はつまらぬであろう』

「『あ、そ、そうじゃなくて!?聞き入ってたというか、今なんか凄いなって思ってて!……その、今まで会った古龍ってあんまり人間の歴史とかに興味無いやつらばっかりだったから、こうして言われるのは新鮮だなって思ってたんです』」

『それはそやつらが正しい。我ら龍というのは他の生き物と比べて少々思考が高等なだけだ。生き物としてやる事は変わらぬ。食べて、寝て、そして子孫を産み増やす。これにしか関心が無くて当然なのだ。とはいえ、貴殿の反応を見るとどうやらそれだけではないようだが』

「『あはは。そうですね、みんな個性溢れる古龍です。バルファルクは自由人だし、イナガミは農業好きだし、ナバル君はまだ幼いし、オストガロアは調子に乗ってたし。今王様が言った中で一番近いのはゴグマジオスかなぁ。でもあいつも結構甘えん坊だったかも』」

『ほうほう。龍に甘えさせるとは。中々どうして剛毅な事ではないか』

「『お褒め頂きありがとうございます。……そうだな、今話してくれましたけど、王様と先代さんの関係、私なら一言で言えますよ』」

『ほう?』

 

 セイウンスカイの言葉に興味深く視線を下げる赤龍。本来ならそれだけでも卒倒しかねない威圧感があるのだが、セイウンスカイはそれに対して自信満々に答えた。

 

「『私とバルファルクの関係がまさにそうなんですけど、【相棒】、この一言に尽きると思いますよ。自分がこれまで行ってきたこと、逆に相手がしてきたこと、直接関係無くたって好き勝手に言い合える関係、なんじゃないですかね』」

『ははぁ。なるほど、【相棒】か。そうか、そうだったな。トレヴと余は対等であった』

「『ここに来る前にシャーロットのお祖父さんは赤龍様に仕えてたんだって聞きました。でも話を聞いてみたら仕えてるっていうのがしっくり来なかったんです。もしかしてなんですけど、若い頃のトレヴさんってかなり尖った性格してませんでした?』」

『はっはっは!トレヴが余に仕えるとは死んでもあり得ん!貴殿の言う通り初めて出会った頃のトレヴは恐れ知らずでな、会って開口一番"息が長いだけの赤トカゲ"と罵ったのだ!これまで余に対して畏まる者はいても罵倒する者はおらなんだ。面白くて愉快な男であったよ』

 

 当時を懐かしみ爆笑する赤龍。シャーロットこそが聞けば卒倒する内容である。しかしセイウンスカイにとっては得心する話であった。そもそも野生の存在である古龍にとって地位やそれを基とする支配被支配関係など興味無いに等しい。知識として仕える臣下という概念は分かっていても、それを実際に当て嵌める事はしないだろうとセイウンスカイは分かっていた。

 

(ご先祖様もそうだけど、"龍呼びの声"って気が強いのがデフォなのかな。私は違うと思うけど)

 

 この場にタマモクロスがいれば間違いなくツッコミが入るであろうセイウンスカイの内心はさておき。

 和やかになった雰囲気でセイウンスカイは11月に起きたコロンビアの事件について何か知っている事は無いか尋ねた。

 

『ふむ、あれか。マム・タロトなる龍は知らぬが地殻変動を起こしたであろう奴なら心当たりがある』

「『ち、地殻変動?地盤沈下じゃなくて?』」

『名は知らぬ。奴の動きを考えればそもそも人間にこれまで発見されていない可能性の方が高い。奴は地中深くを潜り地脈から地脈を通じて移動する。その過程で地殻変動を起こすのだ。地盤沈下などその余波でしかない』

「『うそ……単独で地殻変動を……?なんでそんなことを……』」

『先に言っておくと余は奴の動きを感知していた。共に地脈へ深く根付く者同士、どこまで離れていても地脈を通じて気配は悟れる。奴が地脈を移動する理由は、それを糧として生きているからだ。言い換えるなら余と奴にとって地脈とは餌である』

「『地脈が餌?』」

『流石にこれは知らぬか。生物が生きる上で必要な"エネルギー"があるだろう。それは食う食われるの変化を通じて様々な生物に宿るが、最終的には全て地に還る。トレヴはそれを"生体エネルギー"と呼んでいたが、その流れが集まる場所が地脈なのだ』

「『生き物はみんな死んだら地に還る……』」

『そうだ。本来であればそれら"生体エネルギー"は普通に摂取できぬ。何らかの形、例えば草木などを媒介としなければそれらを得る事はできん。また、ここにあるような結晶として物体化もできるがこれでは濃度が高過ぎて逆に毒となる。"生体エネルギー"の循環、それこそが世界を形作るのだ』

「『結晶って、え?まさかこれ全部!?』」

 

 セイウンスカイが周囲を見渡す。

 赤龍が発する熱に呼応して光る結晶だがこれらは赤龍がここに集めて来た生体エネルギーの結晶である。この特殊な結晶はその独自性もあって鉱石には数えられておらず、持ち出しも禁じられているのだ。

 

『余と奴は例外的に"生体エネルギー"をエネルギーのまま直接摂取できる。故に我らには通常の生物が行う食事や排泄といった生理的行動が必要無いのだ』

「『うわぁ……それってもう生物であることすら越えてるんじゃ……』」

『とはいっても余のそれは口ばかりだ。ここ数百年……いや千は超えているか?余は既に"生体エネルギー"の摂取をやめている。そう遠くない内に、余もまたそうした命の循環に消えていくであろう』

「『どうしてですか?それをしないと死んじゃうんじゃ……』」

『ここそのものが答えだ』

 

 赤龍の住み家であるこの洞窟には他の一切の生物が生息していない。動物はもちろん植物、こうした暗がりを好むキノコ等の菌類ですらもだ。それは自然にそうなったのではなく赤龍自身が手にかけた改変の果てであった。

 

『ここは余が作りあげた余にとってのみ生存しうる世界だ。もし余が他の生き物と同じように自身の領域を広げてしまえば世界はどうなると思う?』

「『そ、それは……』」

『世界とは上手く出来ている。もしかすれば版図を広げんとする余を討つ者が現れるかもしれんが、そこに至るまでに世界が負う被害はどれほどのものか、余ですら想像できん。余は自分の命に()()()をつけたいのだ』

 

 神話にすら名を残す赤龍はそれだけ人間との関わりが深い。シャーロットの祖父だけでなく、幾人もの"龍呼びの声"と赤龍は関係を深めてきた。完全生物である赤龍にとって本来であれば人間を含めた他の生き物のなど考慮の内にない。だがそうした人間との関わりが、赤龍に寿命という決断を持たせたのだ。

 

『だが奴は違う。地脈に干渉し思うがままに生きる奴が他の生き物に頓着することなど決して無いだろう。セイウンスカイ、貴殿はこれまで他の龍と敵対したことはあるか?』

「『あります。三回ほどですけど……』」

『そやつらは殺したか?』

「『殺してないです。色々事情はありましたがみんな話を聞いてくれたので……』」

『人間には他者の殺害を忌避する倫理観があるのは知っている。しかし心せよ。本来生きるとは痛みを伴う行為であることを。もし奴と敵対すれば────生き残るのはどちらか片方のみという事だ』

「『っ……!』」

 

 厳粛に事実を告げる赤龍。それはセイウンスカイも予感していた事だった。むしろ今までの運が良すぎたのだ。オストガロアとの戦いでも当初は討伐が視野に入っていたはずである。そしてコロンビアの事件では多数の人間がマム・タロトに殺害されていた。

 セイウンスカイが討伐を忌避するのは赤龍が指摘した通り一般的な倫理観から来るものでありセイウンスカイ本人のエゴでもあった。ただしそれはあくまでもセイウンスカイという人間の都合だ。そして強大な古龍にとって人間の都合などどうでも良いのである。

 

 思わず張り詰めた表情となるセイウンスカイ。その瞳はいつかと同じ縦長である。

 セイウンスカイは予感していた。恐らく次、これまで経験した事の無い史上最大規模の戦いが近い内に起きると。そしてその理由は、何でもなくただ在り来たりな生存競争なのでしかないのだという事をセイウンスカイは理解していた。

 

『そう険しい顔をするな。そこまで分かっているなら十分だとも』

「『すみません、つい……』」

『貴殿の"龍呼び"は練度が高いな。上手さならトレヴと並ぶかそれ以上か。鍛練にでも励んでいるのか?』

「『はい、一回暴発しちゃった事がありまして……』」

『良いことだ。そんな貴殿を見込んで頼みたい事がある』

「『頼みたい事ですか?』」

『うむ。余の後ろにあるものが見えるか』

 

 言われた通り赤龍の後方を覗き込むセイウンスカイ。だだっ広く荒れ果てた岩場と生体エネルギーの結晶ばかりの空間だが、壁に一つへばりついた水色の繭のようなものがあった。

 

「『見えました。なんか糸……?繭みたいなものが……』」

『繭で合っている。あの中には余の子が入っているのだ』

「『へっ?聞き間違えたかもしれませんけど、王様の子供……?』」

『聞き間違いなどではない。余は己の命にけじめをつけたいと言ったがただで死なぬ。余とて生き物の端くれ。己の子孫を残すことくらいある。貴殿に頼みたいのは、その小さな卵を余の代わりに引き取ってもらえないかという事だ』

「『え……えぇ!?』」

 

 近寄ればセイウンスカイよりも小さな繭。

 その中には光と共に脈動する影がある。

 セイウンスカイは赤龍からの前代未聞の頼みに固まってしまっていた。

 

 

 

 

 




本来なら一話にするつもりでしたが長くなり過ぎたので分割します。
なんか書いていくと書きたい話が増えるんですよね
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