ムフェト二回目です。書いている内に書きたいこと増える現象に名前を付けたいですね
また今回よりアプリウマ娘の育成期間を基にした章分けを行いました
「『王様の子供……』」
セイウンスカイの前でうっすらと輝く脈動がある。
かすかだが、しかし確かな鼓動をセイウンスカイは感じていた。
『少しそれの説明をしておこう。余は他の多くの生物と異なり性別の概念を持たぬ。そちらで言う無性生殖が行えるのだ。性自認としてはオスなのだが』
「『失礼なの分かってて言いますけどますます化物じみてますね』」
『はっはっは。トレヴにも同じことを言われたな。貴殿も中々に気が強い。……それはさておき、本来であれば余も卵を成長させなければならぬのだが、先ほどの事情でそれはできぬ』
「『先ほどの事情?』」
『言ったであろう、ここは余しか生存せぬ不毛の地だと。卵を成長させるのに周囲の地脈から"生体エネルギー"を引き抜き与えれば余とほとんど変わらない大きさにまで成長させられる。しかしそれをしてしまえばどうなるか』
「『なるほど、つまりはこれ以上地脈から"生体エネルギー"を奪いたくない、でもこの子は成長させたいってことなんですね』」
『そういうことだ。少し繭を押し退けてみよ。胎動する卵が受け取れるはずだ』
言われた通りセイウンスカイが繭の中に手を入れ中心を掻き分ける。そこにはまるで青い水晶がそのまま卵の形で薄く光を発していた。
『本来ならトレヴにこれを任せるつもりであったのだが、その話をした頃には寿命が持たないと言われてな。言った通り奴は少し前に亡くなった。……余からすれば、人間の寿命など儚いというのに、ついそれを忘れていたよ』
「『それくらい、夢のような日々だったってことでしょう。王様から伝わってきますよ、懐かしい気持ち。経歴もあるかと思いますけど、今まで会った古龍の中じゃ王様が一番人間臭いです。他の古龍はそんなつまらない悩みしませんから』」
『……褒められているのか、それとも貶められているのか、そんな分かりづらい言い回しすらトレヴにそっくりだ。これを言うとブリテン人は皮肉があってなんぼのものとトレヴは笑っていたが』
「『もちろん褒めてますよ。人間の一生をここまで気にかけてくれる古龍なんて私には想像できません。私と一番付き合いがある古龍はバルファルクですけど、あいつのそんなしおらしい態度見たことがないですからね』」
卵を抱えて茶目っ気たっぷりに笑うセイウンスカイ。そんなセイウンスカイの様子を、赤龍はいつかの日々を思い出しその頃と変わらぬ瞳で彼女を見ていた。
本来なら赤龍と変わらない大きさにまで成長させられるとのことだが、今抱えている卵の大きさはちょうどセイウンスカイが両手で腹に抱えられる程度の大きさだ。ウマ娘はともかく人間が抱えるには重いだろうなとセイウンスカイは的外れなことを考えていた。
『貴殿もそうだな、その龍に振り回されているのだろうし同じくらい振り回しているのだろうよ』
「『振り回されてるのはそうですけど私が振り回してたことあったかな。戦いになった時に無茶言ったくらい……?』」
『そのような貴殿の元であれば我が子も健やかに育つであろう。とはいえ、このまま生まれる訳ではない』
「『待ってたら孵化しないんですか?』」
『実はな、もう既に体は整っておる。生まれるくらいは己の意思でいつでもできるのだ。しかしこやつにはその気が無い』
「『えーっと……?』」
『要するに、気分次第で生まれたいかどうかをこれは決めておる。余が言うのも何だが、生まれる前から中々に気難しいぞ、こやつ』
「『えぇ……』」
古龍の卵であるという事だけでも大変なものだが、いつ生まれるかすら分からないという。セイウンスカイは"龍呼びの声"としての力で卵を探ったが何も得られない。何となく感情らしきものは窺えるのだが、あまりにも掴みようがない感覚に判然としないでいるのだ。
『いくら"龍呼び"と言えど流石に生まれる前の赤子までは探れんよ。まだ思考すらあるかどうかというところ。ただ最低限周りの様子は分かるといったところか』
「『この子、もしかすると私の一生かけても生まれないんじゃ……』」
『その可能性も有り得る。全て判断するのはこやつ自身だ。だからこそ貴殿に頼みたい。こんな洞穴ではなく、外で多くのものに触れさせる方がよっぽど健全よ』
「『胎教みたいなものかぁ。分かりました、責任持って預からせて頂きます』」
『少し雑に扱っても構わんぞ。それなりの力を込めて作った殻だ。人の手で壊せるものではない』
それを聞いてセイウンスカイは安堵した。何せ帰りの道は幾つもの崖が連なる起伏激しい立地である。卵を入れる手提げ袋も無い。かなり手荒な帰り道になるだろうと考えていたセイウンスカイは試しに地面に置いてみた。卵とは言うが覆う殻は恐らく生体エネルギーを基に作られている。まるで鉱石と鉱石を刷り合わせたかのような音が洞窟に響いた。
『卵についてはこれで良かろう。さてもう一つ、貴殿に授けるものがある。……そうだな、あれで良いか』
「『授けるものって……うわ!?』」
赤龍が手近な結晶に火を吹き掛ける。突然の熱風にセイウンスカイはたじろいだが赤龍はそれに構わず言葉を続けた。
『セイウンスカイ、この"生体エネルギー"の結晶に触れてみよ。なに、火傷の心配はいい』
「『こ、こうですか。……ほんとだ、暖かいだけで熱くない』」
『そのまま己の武器を念じよ。避けられぬ戦いが訪れた時、何を振るえば良いか、何を守りたいか、何のために戦うかを────』
火を吹き掛けられた結晶はより明るさを増して輝いておりそこから命の灯火とも言うような暖かさが漏れている、赤龍の言葉に従って手を当てたセイウンスカイはこれまでの戦いの記憶を思い出していた。
────一つ目、ゴグマジオスとの戦い。
(ルーツを辿ってユクモ村に行き着いた。ゴグマジオスが村を襲おうとしてたから、守ったんだ)
────二つ目、イナガミとの戦い。
(タマモ先輩が誘拐されたから探しに行ったんだ。勘違いからの戦いだったけど、タマモ先輩を守ろうとした意思は本物だった)
────三つ目、オストガロアとの戦い。
(謎の古龍に教えて貰ってシャーロットと会った切っ掛けにもなった。とても強かったけど、最後はみんなで打ち勝った)
多くの想いが相克する。
最初は己の記憶だけを追っていたセイウンスカイであったが気付けば明らかにセイウンスカイのものではない記憶も混ざり始めていた。
(これは……王様の記憶?)
場面は古い戦いの記憶だった。
対峙するのは白い龍。アルビノなのだろうか、徹底して純白である姿はそれだけに赤い瞳をより際立たせていた。
白い龍が何かを吠えかける。どうやら赤龍と言葉を交わしているようだが、くぐもった声になっていて聞き取れない。分かるのはお互いが敵対しているという事だけだ。
話は決裂したのか白い龍が一際強く天に向かって吠えた。それに呼応してなのか、空からは黒い稲妻が幾つも降り注ぎ地面へ破壊痕を作り上げる。少なくない数が赤龍にも降り注いだが、赤龍はそれをものともせず、小さな滴のような光を放って一面を白く染め上げた。
場面が変わる。
荒々しい先ほどの記憶とは違い、どこか小高い丘の上で一人の人間と話に花を咲かせていた。
目を見張るような美少年であった。化粧をせずとも女物の服を着せればそれだけで性別を誤魔化せるような紅顔である。どうも彼は、その見た目の割に人を食ったような性格をしていて赤龍をたびたび困らせているようだった
────やぁ、ドライグ。調子はどうだい?ごめんね、人間のいざこざに巻き込まれるなんてつまらないだろう?
────ドライグが何かって?やだなぁ君の名前だよ。……え、元々君に名前があるの?それは悪いことをしたね。もう既に君の名はドライグであると広めているんだ。今さら取り消せないよ
────ムフェト・ジーヴァ……聞いたことがない。いや聞いたことがないっていうのは僕の知るいずれの言語にも当てはまらないという意味さ。そうか、親からその名を受け継いだんだね。なら君と僕だけの秘密って訳だ
────人間はどうして争うのかって?そりゃ色々あるよ。でもまぁ直近で言えば領土とか主権争いかな。全くサクソン人め、コーンウォールの猪さえ来れば追い出してやるからな
────君はこれから人間よりずっと長く生きるんだろう?ならこれから先のブリテンを見守っていてくれないかな。僕が見ればいいって……いやいや無理だから。君と比べれば人間の命なんて一瞬なんだよ?
『全く、無茶を言う』
現実の赤龍が一言呟く。
それだけで舞台は見知った洞窟になっていた。
一人の老人が今のセイウンスカイと同じように赤龍と話している。少年の頃の面影は欠片も無いが、その屈託ない顔は変わらない。あの日と変わらない口調で老人は赤龍と話している。
────ムフェト、僕はもうダメかもしれない……。ん?寿命ではないよ。いやぁ困ったことに僕は大層モテてね。うん、ちょっと女性関係というか痴情の縺れというか……
────いやいや、こんなこと君に話しても仕方ないな。まぁ僕の方も色々あってね、多分だけどこれが最後に話す機会になる。だからまぁ、あれだ、何か言いたいことがあるなら今の内に……
────無い!?特に無いだって!?……いやでもそうだよね、僕もちょっと人とは違うとこあるけどそもそも君は人外だしね、そこらへんの価値観は一致しないか
────なら君に言伝を頼むとしよう。誰にだって?それはもちろん未来の"龍呼び"にさ。君が"祖龍"と呼ぶ白い龍は退けたけど、人間に龍の相手はまだ無理だしね。もし遠い未来、人間が龍に対抗できるようになったとしても、対話を止める理由にはならないよ
────この記憶を覗く君、もしこの力のことで悩んでいるのならそれは杞憂だと言っておこう。何せ話す相手がただ増えただけなのだからね!振り回されて困るくらいなら同じくらい振り回してやれば良いのさ!そうでもしなきゃ苦労と楽しみが釣り合わない!
────人生老いてみれば意外と短いものだ。やりたいことはやれる内にやるべきだよ。そしてきっと、君にはそれを助ける仲間達がいる。人でも龍でも、決して君を独りにはさせないさ
────長話やめろって……ああそうだな。では魔術師らしく最後に予言を残しておこう。僕らのルーツは異世界にある。僕はついぞ行けなかったんだけどね!未来の同志達、僕の代わりに後はよろしく頼んだよ!
「『後はよろしくってなんて投げ槍な……』」
セイウンスカイの視界が晴れた時、手には一張の弓が握られていた。
不思議な形状の弓だった。弓であることは辛うじて分かるのだが、どちらかというと赤龍の手足を模したかような印象である。なお矢筒はない。セイウンスカイはこれがアマツマガツチの弓と同じように龍属性を込めて放つものだと本能的に理解していた。
『最初は卵以外渡すつもりは無かったのだがな。だが貴殿はこの先大いなる戦いに挑むつもりだろう?なら武器があるに越したことはない』
「『ありがとうございます。確かにこれがあるなら心強いです』」
『ちなみに持ち運びも楽にしておいた。ほれ、少し小さくなるように念じてみよ』
「『えっと、こうかな……うわぁ、小さな石みたいになっちゃった』」
『今の人間は武器一つ持ち歩くだけでも余人に憚るのだろう?単に強いだけでなく利便性も無くてはな』
セイウンスカイの手の平には先ほどまで弓だった石がある。どうやらそれは生体エネルギーの欠片のようなもので、セイウンスカイの意思次第でいくらでも形を変えられるようだった。これであればアクセサリーに加工してより携帯しやすくなるはずだ。
「『ほんと、何から何までありがとうございます。返せるものなんて何も無いのに……』」
『いやいや、礼を言うのはこちらの方だ。どうしても何か返したいというのなら、常に壮健であってほしい。願わくば、末長く、な』
「『重ね重ねありがとうございます。だいたい私の聞きたいことは聞けたんですけど王様の方から何かありますか?』」
『無い。……いつもこうなのだ。別れの時に気の利いた言葉が思い付かぬ。これはまぁ、ある種の
「『分かりました。なら、次は私がお土産になる話を持ってきます。王様が話してくれた以上にもっと返せるものを話せるように。だから────』」
「『
『
『また会う日まで、か……良い言葉だ。曖昧な約束とも言えるし会えることを祝福する祈りとも言える』
セイウンスカイが去った後、赤龍は一人物思いに耽っていた。
『だが済まぬな、セイウンスカイ。余は貴殿に嘘をついた。もう二度と、会うことは叶わぬ』
赤龍はしっかりと四肢を踏み込み久方ぶりに己の能力を行使する。これこそが彼が決めたけじめであり、そしてセイウンスカイを送り出す門出の祝いであった。
周囲の結晶が明滅する。今までは自身が生きるために引き寄せた生体エネルギーであったが、それを全く逆方向へ転写していた。逆方向、つまりは遍く全てに分け与えるために。
赤龍による最期の能力はシャーロットと合流したセイウンスカイの元にも轟いていた。何せそれまで洞窟を照らしていた周囲の結晶が急速に光を失いつつあるのである。赤龍との思い出話を報告する前に、二人は崩れ始める洞窟から急いで逃げなくてはならなかった。
『済まぬな。最期に駆け足をさせてしまった。許せよ、余に心残りは無い。長く生き過ぎたのだ』
『確か人間は死後の世界があると信じていたな』
『あの世。そこに行けば、マーリンやトレヴ達にまた会えるだろうか』
「はぁ……はぁ……はぁ」
「王様、まさか……」
二人が洞窟から脱出した時、周囲は一変していた。
まるで地上の楽園とも呼べる様子だった。季節外れにあらゆる花が咲き誇っている。それを求めてか昆虫達も飛び回り、それを狙う鳥などの捕食者、更にはそれすらも狙う猛禽類など生態系が形作られていた。寒かったはずの気候も今はすっかり温暖になっている。
十中八九、赤龍による影響だった。
「ねぇ、セイウンスカイ、何があったの?トラブルは無かったのよね?」
「うん、王様はずっと優しかったよ。だけどこれは……」
セイウンスカイだけが分かっていた。
気配が無い。雄大だったはずの威厳がどこにも感じられない。振り返った先の洞窟も完全に崩れていてもう二度と行く事は叶わなかった。
「セイウンスカイ、貴方泣いているの……?」
「え……」
永劫の離別。
知らず、セイウンスカイは涙を流していた。
この日、一頭の古龍が悠久の命に自ら幕を下ろしたのだった。
次回予告しておくと春まで時間飛びます