ちょっと書きたい事が溜まってまして駆け足で話を進めます。
10月初旬。
花の都パリでは世界中のウマ娘が憧れるレースの頂点が開催される。
凱旋門賞。
普段なら海外にあまり興味の無いセイウンスカイも、この時ばかりは時間を押して生中継を観戦している。
同期でありライバル、そして大切な友人であるエルコンドルパサーが出走していたからだった。
合宿の日々が過ぎ早10月。セイウンスカイは秋の天皇賞へと準備を進めつつも平和な日々を謳歌していた。
そもそも合宿前に起きた古龍大戦が濃すぎたというのもある。去年の合宿は対オストガロアで混乱していたが、今年の合宿は硫黄島で行ったという事以外特筆した出来事は無く古龍達と楽しくふれあいながらいつもより根を詰めたトレーニングを行う事が出来た。
宝塚記念では惨敗に終わったセイウンスカイは秋の天皇賞で挽回を誓っている。あれやこれやと色々な事が起きすぎた古龍大戦であったが続く宝塚記念、思い直せばちゃんと悔しかったのだ。
【モンスターハンター】についても学び、トレーニングにも本腰を入れる。セイウンスカイが過ごす日々は、過去かつて無い程に充実していた。
「エル、大丈夫かなぁ……」
「そこはほら、エルが強いのはここにいるみんなが知ってるじゃん」
「私達に出来るのは信じて見守る事ぐらいよ」
「それは、そうだけど……」
「皆さん、お静かに。そろそろ始まりますよ……」
本来なら時差の関係でとっくのとうに寮の消灯時間なのだが、エルコンドルパサーの活躍を見届けようとグラスワンダーの部屋にツルマルツヨシを除く同期全員が集まっていた。ツルマルツヨシは夜更かしで体調を崩すといけないので欠席である。
「うわ、バルファルクがいる……」
「セイちゃんからするとそんな反応なんだ……」
「いや、だってさ、最近のあいつ色々話せるからって裁判の法廷にまで立ってたんだよ?いやに物分かりが良くてさ……」
「裁判で訴えてたことはとても重要な話よ。自由人だけど地頭は良いから、あれだって必要だと理解しているのでしょうね」
「それでフランス行きへの許可が取れるのもおかしな話ですが……」
バルファルクは裁判に引き続きフランスから自由飛行の許可を貰っていた。正確にはフランスだけでなくEU-ヨーロッパ連合での自由飛行である。
オランダでの裁判で訴えた法の下にドラゴンも平等という概念は、国際社会に大きな論争を巻き起こしていた。この中で普遍的な権利の平等を掲げるEUはバルファルクが領空を飛べるよう歩み寄る姿勢を見せたのだ。ただし、どこへ行くかは事前に届け出は必要だし、GPSで所在が確認できるようにしている。
こうした配慮の姿勢にはEUなりの思惑があった。基本的にドラゴンに関わるあらゆる事件やその功名は日本を中心とした東アジア・太平洋に留まっており、規則を作る側でいたいEUの影響は無い。現状日本だけがドラゴンを独占しているように見えてしまう事もあり、オランダでバルファルクが語った権利と法の概念にEU側から食い込みたかったからだ。現状は纏まりが無いとはいえ、いずれは国連でドラゴンの法と権利が議論の主題になる。ドラゴンを擁する日本に対し、少しでもイニシアチブを取りたいEU側の努力であった。
ちなみに中国・ロシアはバルファルクが語った訴えを批判する声明を出している。あくまでも法は人のための法であり、人外が関与する余地は無いと断言していた。これらについてはいつも通り東側の態度である反日仕草だが、一部ではこれらに追随する国家も見られる。SNSが行き届いた先進各国での人気はあるドラゴンだが、それ以外では依然として人類を脅かす怪物としての印象が強いのだ。
とはいえバルファルクにとってはそんなことはどうでも良く、セイウンスカイの友人であるエルコンドルパサーの様子を見に行くというだけでしかなかった。
「あいつだってレースに興味の無い振りしていつの間にか詳しくなっちゃってるし」
「まぁいつもターフにいるものね。見ている内に目が肥えたんでしょう」
「彼の戦術眼は優れていますよ。こないだはターフの模擬レースを見て、一着どころか五着までの着順をピタリと当ててましたから」
「ほんとにマジで何やってんのあいつ」
「そんなにスゴいバルファルクなら、エルちゃんが勝つって分かってるんじゃないかな!」
「いや……」
スペシャルウィークの楽観的な言葉に口を濁すセイウンスカイ。実のところ、バルファルクがフランスにまで行った動機の一つがそれだった。
「
そう困惑した顔で、セイウンスカイはバルファルクの動機を語っていた。
「ふぅー……」
精神統一。
ゲートの中のエルコンドルパサーは自分でも驚く程に穏やかな心持ちでいた。
遂に迎えた世界の頂点。元より目指していた目標だったが、立ってみれば意外なほどにあっさりしている。
別に興奮が無かった訳ではない。スポーツ紙の取材やテレビのインタビューでは気勢良くいつもの自信溢れた振る舞いで衆人の目を楽しませていた。
平静さに心当たりがあるとするならば、なぜか知らぬところから見に来ていたバルファルクからの言葉が原因だろう。
────モンジュー、あいつが一番強い。今の貴様では良くて二着が関の山だ
フランスにはエルコンドルパサーを応援しに来たと言っておきながら、とうのエルコンドルパサー本人には日本語でこの一言である。レース場に入る前日、パリを散策していたエルコンドルパサーの前に突然現れこれを言ってすぐ飛び去ってしまった。世間ではバルファルクから激励を受けたと言われていたが、エルコンドルパサーはバルファルクの言わんとする意味を誤解する事無く理解していた。
(要するに、「俺の予想を越えてみせろ」って話デショ!最初からそのつもりデス!)
バルファルクの戦術眼は極めて優れている。これはトレセン内では周知の事実であった。今となってはセイウンスカイの知らぬところでウマ娘達にアドバイスするほどだ。バルファルクはそのレースへの見識から、隣人としてだけでなく教官にも近しい位置を築き上げていた。
バルファルクが人気である事の理由の一つに意味の無い言い回しをしない、というものがある。口調こそぶっきらぼうで一見すると粗野にも聞こえる話し方をするが、その実要点を捉えればわざと真実を煙に巻くセイウンスカイと同じ言い方なのだ。その事をセイウンスカイの同期である仲間達はよく知っていた。おそらくは無意識なのだろう。初めて会話が出来た相手がセイウンスカイなのだから、知らずの内にエミュレーションしているのだ。
(お互い雑なように見えて、相思相愛デスよねー)
セイウンスカイが聞けば間違いなく否定するだろう。
とまぁ、そんな事を考えていた矢先。
(嘘、出遅れた!?)
レースは始まっていた。
「何よ、あのスタートダッシュ……」
「私でもほれぼれするスタートだね~」
「エル……頑張って……!」
エルコンドルパサーは出遅れていない。
ただ単純に、注視していたモンジューのスタートがあまりにも優れていたが故にそう見えていただけの事だ。
一瞬焦ったエルコンドルパサーだがすぐに持ち直していた。
「位置取りはまずまずね。けどモンジューが……」
「中継越しでも伝わる気迫だよ。絶対好位置は譲らないぞって……」
王道の走り。
小手先など実力でねじ伏せるその姿勢はまさに欧州最強を名乗るに相応しい。
対するエルコンドルパサーはやや中団に控えている。先行とも差しともつかぬ位置だが、この位置ならモンジューの出方を窺いやすい。他のウマ娘も最有力であるモンジューをマークしているようで、集団は前方を中心に形成されていた。
このレースにダークホースやジョーカーはいない。
だというのに。
「エルちゃん何してるの!?」
「おやおや?これは……」
「いきなり勝負を仕掛けるなんてね」
「エルらしいといえばそうですが……」
第1コーナー、エルコンドルパサーはなんと序盤から集団を追い抜いて先頭を取る大暴走を起こしていた。
(何をしている……?)
モンジューは困惑していた。
エルコンドルパサーが取った行動はかかりですらなくただの暴走にしか見えない。
2400mのロンシャンの芝は日本のそれと比して重いバ場だ。足を取られがちな深い芝はそれだけパワーが必要でスタミナを消費しやすい。少なくとも、こんなところで足を使うようなバ場ではなかった。
(血迷ったか?)
モンジューはレースに出走する他のウマ娘を余す事無く頭に叩き込んでいる。当然エルコンドルパサーについても履修済みだ。
未だ冠を戴かない日本のウマ娘。けれど実力は本物だとエルコンドルパサーも警戒している。少なくとも日本から来ていたといって侮るような真似をモンジューはしなかった。
そしてそれは他のウマ娘も同じだ。だからこそ誰も追従せずに先頭を行くエルコンドルパサーを見送ったのだ。
第2コーナーを曲がって中盤に差し掛かった辺りでエルコンドルパサーと後続の集団の間にはおよそ10バ身もの差が開いていた。
そのまま先頭を維持するエルコンドルパサー。エルコンドルパサーが見せた大暴走に観衆には大きなどよめきが広がっている。果たしてエルコンドルパサーは本当に血迷ったのか、それとも────。
(あの顔は────いや、なぜそうまでに笑えているのだ?)
一瞬振り返ったエルコンドルパサーの表情は、誰よりも楽しげに笑っていた。
『ほう、なんだ、存外にキレる頭じゃないか』
バルファルクはいつも通りの高空でレースを観戦しながら、そう独り言を漏らした。
フランスから来賓席での観戦を提案されていたがバルファルクは断った。自分がいては他の者の気が休まらないだろうと配慮する建前を述べていたが、結局のところ一人の方が気楽だからだ。それにフランスが自分におべっかを使いたがる理由も知っている。生粋の
バルファルクはエルコンドルパサーのレースを見に来た。そうとしか言っていないし、それ以外の理由も無く建前も無い。だというのにバルファルクの一挙一動が人間の政治に影響を与えているところが堪らなく可笑しく見えているのだ。人語が分かるようになってから既に一年以上、セイウンスカイとだけしか会話できないのは不便であるという動機で始めた言語学習だが、思っていた以上に人間側が多様かつ様々な反応にバルファルクは新たな趣味を見つけていた。
『どうやら国際的に日本のウマ娘は弱小らしい。つまり、勝てたらそれは波乱になるということだ。そうなれば
第3コーナーに差し掛かる辺り、スパートのタイミングだが依然として先頭を走るエルコンドルパサーは足を早めたりしなかった。調子はそのままに駆けていくエルコンドルパサーに後続が迫る。ここで一等頭抜けたのはやはりモンジューだ。マークされていながらも、するりと間を躱したはモンジューは恐ろしい勢いでエルコンドルパサーに迫っていく。
10バ身あった差はコーナーの中でどんどんと狭められていく。足を取られるバ場である事に加え、コーナーである事で加速は難しいはずなのだがそこは歴戦のウマ娘であるモンジュー、難無く進む。残り5バ身を切ったところで────。
『そら、駆けてみせろよ。世界の度肝を抜いてやれ』
ピッタリと、それ以上モンジューとエルコンドルパサーの間が縮まらなくなっていた。
「あれってまさか……!」
「にゃははは~。セイちゃん真似されちゃいました~」
「うそ、どうやって?」
「……理屈は分かりませんが、少なくともセイちゃんの真似が刺さっているようですね」
実況は白熱している。
最有力と目されたモンジューが日本のウマ娘の後塵を拝し差しきれないでいるのだ。エルコンドルパサーとモンジューの間は最終直線になっても全く距離が変わらなかった。
異常なほどの正確性で以てエルコンドルパサーはモンジューの走りを把握しきっていた。内ラチに沿うエルコンドルパサーの外からモンジューが差そうとしてもその度に同じだけエルコンドルパサーが前へずれるのだ。
尤もエルコンドルパサーもその走りに苦慮している。原因は不明だが、モンジューが走りが前後する度にそれと足を合わせているのだ。明らかにトレーナーと決めた作戦ではなく、ぶっつけ本番、付け焼き刃とも言っていい暴挙なのは明白だった。
そしてそれこそが、エルコンドルパサーが暴挙を選んだ理由でもある。
(
エルコンドルパサーの脳裏にあったのはセイウンスカイだった。デビューしたての頃、予想外過ぎる戦法でエルコンドルパサーに最初の土を付けた稀代のトリックスター。
エルコンドルパサーのトレーナーは彼女の気風に反してゴリゴリの理論派だ。それを疑う事無く理解していたエルコンドルパサーは理論によって確立された走りを
エルコンドルパサーはここ大一番で、最大の盟友である己のトレーナーを裏切ったのだ。
(モンジューは強い、けど、
単に強いだけでは、レースに勝てない。少なくとも当時強かったエルコンドルパサーはそうやってセイウンスカイに敗北した。
そしてモンジューはどこまでも強いウマ娘だった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
エルコンドルパサーとモンジューが互いに吠える。
互いに消耗し、後は意地のぶつかり合いというところ。
そこには国や名誉などといったつまらない欲は一切無く。
全霊を出し尽くした二人はゴールを越えた先で倒れ伏していた。
二人の様子に見かねた両陣営のトレーナーや関係者が慌てて抱き起こす。それぞれのトレーナーの肩を借る二人だったが、先に声を挙げたのはモンジューだった。
「教えてくれ、どうやって私の位置を把握したんだ?」
それに言葉ではなく人差し指である一点を指すエルコンドルパサー。そこにはごく普通の仕切りである内ラチ。
「フランスURAに伝えて下さい。今度から、塗装屋さんへのお金をケチっちゃ駄目デスよってね」
エルコンドルパサー 2:38:3
モンジュー 2:38:5
エルコンドルパサーの勝利だった。
「内ラチに映る金属面の反射を見て把握してたっていうの!?」
「流石エルだね。モノにして自己流に改造、いや~セイちゃんの立つ瀬が無いな~」
「すごい……ほんとにエルが……エルちゃんが勝っ……!?」
「スペちゃん、お静かに。嬉しい気持ちは分かりますが、皆さん寝てるんですよ?」
華々しいヒーローインタビューではエルコンドルパサーが勝利の秘訣を語っていた。
トレーナーからはエルコンドルパサーらしい王道の作戦を提案されていた。そこに間違いは無い。ただ言えるのは、順当な勝負であればやはりモンジューが勝っていただろうという指摘だった。経験や実力、そして体の仕上がり、もしかしたらどこかしらでモンジューを上回っているかもしれないが、総合力なら間違いなくモンジューであろうというのは誰しもが分かっていた共通認識であった。
初となる日本のウマ娘の凱旋門制覇である。話題がヒートアップするのは翌朝からだろうが、既にSNSでは熱心なレースファンがこの快挙について投稿している。そしてその速度は加速度的に熱を帯びていた。
「エルが帰ってきたら、たっぷりとお祝いしなきゃね」
「そうだよね!ちょうどトウガラシも豊作だし、絶品激辛料理を作らなくっちゃ!」
「全く、イナガミのおかげでいつも豊作でしょう。それより、これで日本のウマ娘は侮れないってなったのよ。これから先、私達が不甲斐ない走りをする訳にはいかなくなった」
「キングちゃんの言う通りですね。恐らくジャパンカップで雪辱を果たしに来るでしょう。秋の天皇賞は、その下見として注目が集まりますよ」
「え~?注目なんて浴びたくないんだけどなぁ~」
「まぁセイちゃんは仕方ない……あれ?バルファルクがインタビューに出てる」
「はぁ?」
インタビューには空から降りてきたバルファルクがエルコンドルパサーを祝っていた。バルファルクの降下は予定に無いが、人とコミニュケーションが取れる話題沸騰のドラゴンである。取材陣も無下に扱う真似はせず、バルファルクにエルコンドルパサーについて語らせていた。
《応援されていたエルコンドルパサーさんの見事な勝利でした!バルファルクさんは楽しめましたか?》
《「『ああ。俺の発破がよく効いたらしい。プライベートな内容のため、なんと言ったかは差し控えるが』」》
《よく言いマスよ。今の私じゃ二着が限界、みたいなことでしたし》
《「『おいおい、わざわざ自分からバラすやつがあるか』」》
「うわー、やっぱりそういうことしてたんだ。これだから、最近のバルファルクは性格悪いんだよね」
「多分、スカイさんの真似よね?」
「真似というか、子供が親の影響を受けるようなものに近いのではないかと……」
「悪企みの素振りがセイちゃんそっくりなんだよね……」
「ん?なになに、私への内緒話ですかー?」
「い、いや~セイちゃんあんまり気にしなくていいよ!?」
「そ、そうね。そんなにおおごとではないから……」
「二人とも、そんなに嘘が得意じゃない癖に。ま、良いけどね。さっさとバルファルクには帰ってもらって────」
《「『今年の凱旋門はこれで終わるが、日本のウマ娘の躍進はここで終わらんぞ。なぁエルコンドルパサー?』」》
《ええ、そうです。だって凱旋門を制覇した、この私に勝ったウマ娘が日本にいるんですから》
「は……?」
嫌な汗がセイウンスカイの頬を伝う。ニンマリとしたバルファルクとエルコンドルパサーの笑顔に、最悪の展開が予想できてしまったからだ。
《「『俺はな、日本の中央トレセンを根城にしている。それだけ多くのウマ娘を見てきている訳だが、だからこそ断言してやろう。────今世界で一番強いのは、日本のウマ娘だと』」》
《皆さんセイちゃん────セイウンスカイを知ってる人、多いデスよね。そうです、ドラゴンと話せるウマ娘、だけどその認識じゃあ、セイちゃんを知ってるなんて言えない。だって私が最初に負けたのはセイちゃんなんですから》
《「『そら、ヨーロッパの冠は取られたぞ。であればどこで雪辱を果たす?あるよなぁ、来月末にデカい日本の国際レースが』」》
「やめろやめろマジでバカほんとにやめろふざけんなようやく落ち着いたのに────」
《「『セイウンスカイ、他ならぬ俺の相棒がおまえ達を迎え撃ってくれるだろう。まさか、ここで逃げ出す腰抜け共はいないよな?』」》
「あいつ、何言ってくれちゃってんのぉぉぉ!?!?!?」
「……御愁傷様です」
「こうなると思ったわ……」
「私達、巻き込まれてるんだけど……」
翌朝、新聞各社の大きな見出しにはエルコンドルパサー凱旋門制覇だけでなく、【セイウンスカイ 迎撃】というタイトルが堂々と踊っていた。
エルが史実と違って凱旋門勝利、からのバルファルク愉悦部の回でした。