今回ちょっと会話文多めです
「あの……タキオンさん……」
「おや、珍しい。君の方から来てくれるとはね。またバルファルクの事で進展があったかな?」
「バルファルクというか、私自身についての相談ですね……」
7月、旧理科準備室。
バルファルクから鱗を受け取り博物館で不思議な体験をしたセイウンスカイは自身の変化に戸惑っていた。
既に同期達五人も危なげなくメイクデビューを果たし、本腰を据えてレースに向かおうかという頃合い。しかしセイウンスカイとそのトレーナーはいつも通りである。二人の相談の元、次走が年末のホープフルステークスに決まったため未だ猶予があるセイウンスカイはトレーニングもそこそこに、バルファルク以外ではごく普通の学園生活を送っているはずだった。
(ガッツリトレーニングしたいわけじゃないから、次走まで期間が空くホープフル狙いでG1しか興味無いですって言ったら本当に通っちゃったよ)
「ほう? 君自身についてとはまた興味深い。バルファルクが君だけに興味を示す根拠とは何なのか……それについてかな?」
「当たらずも遠からず、だと思います。実はちょっと前、出掛けた時におかしな人に遭遇しましてね……」
セイウンスカイは上野で遭遇した赤い男との経緯についてアグネスタキオンに説明した。てっきり大きな反応があるかと考えていたセイウンスカイは予想外に厳めしい顔をするアグネスタキオンに驚く。
「えと……タキオンさん……」
「君も中々剛毅だね。普通なら不審者じゃないか」
「それはまぁ、そうなんですけど……」
「私が気になるのは君の交信能力もそうだが、そんなあからさまに怪しい人物が君に近づけたことだよ」
「え?」
「君は知らないだろうからこの際言っておくと、手の付けようが無いバルファルクと関われるスカイ君は国家の最重要対象なのさ。君自身が負担を感じないよう隠密に徹しているようだがスカイ君には影ながら護衛が付いているんだよ」
「え……そんな……」
「ただの護衛じゃない。例えば君は先月バルファルクから貰った鱗を加工しようとナイスネイチャに紹介された町工場を訪れたそうだね。事前にそれが判明した時点で町工場の従業員やナイスネイチャの交友関係に内偵調査までして不測の事態に備えようとしていただろう」
「…………私の、プライバシー、は」
「無論、最大限配慮されているさ。必要な時に、必要なだけの人員が知れるようにね」
絶句するセイウンスカイ。よく考えてみればそうなのだ。あれだけ話題になっているバルファルクと過ごしていてセイウンスカイが出掛けても、何事も無いというのはおかしい。今はまだいいがこれから先レースに挑んでいく上でメディア出演は避けられなくなってくる。そうするとどうしても不特定多数の目からは逃れられない。既にメイクデビューを済ませている以上、そういった事に根回しが成されているのは自明であった。
セイウンスカイの中に様々な感情が駆け巡る。プライバシー露見への怒り、知らずの内に不特定多数の人間に与える影響、これから先レースに出走して良いのかという疑念。
「私、もう出ない方が────」
「大事なのは」
暗い感情に支配されたセイウンスカイを遮るようにアグネスタキオンの声が響く。
「大事なのは、これら一切において君の落ち度は全く無いということだ」
「え……」
「どうも君は、メンタルが落ち込むと自虐的になりがちだが因果関係を無視しないでくれたまえよ。そもそもの切っ掛けはなんだい?」
「富士山でバルファルクと会ったこと……」
「そう。バルファルクが君に興味を持った。だからトレセンにやってきた。それで多くの人間が対処している。話としてはこれだけさ。前にも説明したが、君はただの被害者なんだよ」
「私は……悪くないんですが?」
「私から言わせて貰えば護衛するにしてもやり方というものがある。知らせずに守るのはそりゃあ、スカイ君の日常を守る上で良いかもしれないが、その日常にバルファルクが入ってきている時点で日常も何も無いだろう?」
「ああ……。そういえばそうだ。あいつが勝手にやってきたんだから」
「そうさ。君はむしろ堂々していれば良いし、何だったらバルファルクとの関係を盾に色々ふっかけたっていいのさ」
「……タキオンさん、やけにそういった裏事情に詳しいんですね。そういうのも研究に必要なんですか?」
「いや、これは実家の影響だよ。私はあまり興味は無いが両親の仕事がそういう政府筋でね。前に文字をバルファルクに教えた時はどうやらうちにクレームが入ったらしい。スカイ君以外の人間をバルファルクに近づけさせるなとね」
「それはそう。っていうか、なぁなぁにしてますけどあいつ未だに私以外の人と交流するつもり無いですからね?」
「ははは。調子が戻ってきたようで何よりだ。要は小難しいことは考えず思うままに過ごせばいいんだよ」
一息つくように砂糖たっぷりの紅茶を飲んだアグネスタキオンはそのまま続ける。
「さて、話が少し脱線したね。で? その男と会ってからどんな変化があったんだい?」
「変化球投げ込まないで下さいよ。話の落差が激しすぎるんです。……実はですね────」
謎の男についてセイウンスカイへのセキュリティが心配になる一方、それはそれとしてやはり変化が気になる様子のアグネスタキオンに、セイウンスカイは呆れたまま最近の自分の様子について話し始めた。
その1:感覚の鋭敏化
ある日の体育の授業でのこと。
(こういうガツガツしたチーム戦、苦手なんだよねー)
この日の授業はサッカーで、クラス内で複数の小規模なチームに別れてプレイしていた。
大概この手の勝負事だと一番先に熱くなるのは決まってキングヘイローである。次点でエルコンドルパサー、それに触発されてスペシャルウィークといったあたりか。グラスワンダーも大人しそうに見えて、ここぞというところの勝負の分かれ目は油断無く狙ってくるためこっちもさして変わらない。ツルマルツヨシは例によって見学である。
セイウンスカイはというと、全くやる気を出さずにボケッと突っ立っていた。勝つべき勝負への努力は怠らないつもりのセイウンスカイだが、授業での体育程どうでもいいものはない。セイウンスカイはコートの端で、それっぽく走りながらボールを追いかけるフリをしていた。
(うわぁ、キングったらあんなに声張り上げて……。公立のサッカー部でもないのによくやるねぇ。で、エルのあれは何? キ○プテン翼の真似かな?)
自身も試合中だというのに並行して行われていた他の試合を遠目に観察しているセイウンスカイ。しかしそんなセイウンスカイの元に、期せずしてボールが飛んでくる。
「セイちゃん! そっちいったよー!」
高く蹴りあげられたボールはセイウンスカイの後頭部へ高く飛んでいく。しかしセイウンスカイは振り返ることもなく。
「はいはーい」
「「「は?」」」
そのまま蹴り返されたボールは軌道が良かったのか相手チームのゴールに吸い込まれていく。あまりの神業にゴールキーパーどころか両チームとも動けず騒然となっていた。
「……ん? 何々? みんなどうしたの?」
「どうしたのって……セイちゃんあれどうやって蹴ったの!?」
問い詰められるまで、セイウンスカイは自分が視界に無いボールの正確な位置を無意識に把握していたことを理解していなかった。
その2:バルファルクの感情探知
またある日の授業中。
ごく普通の授業風景、セイウンスカイは居眠りもせず然りとて集中もせず特段いつもと変わらない気持ちで授業を受けていた。何でもない普通の日常。
しかしセイウンスカイは少々居心地が悪かった。その日の夕方、彼女は以前の喧嘩程ではないにしろバルファルクへの文句を彼の前で盛大に溢していた。
「『あのさぁ、授業中にやたら壁越しに視線向けてくるのは何なの。しかもバカにしたり笑ったり変な感情向けてくるでしょ』」
『いつ頃からか貴様がこちらの感情を理解してくれるようになったのが嬉しくてなぁ。相変わらず言葉を直接交わすことはできないがこれはこれでやりとりがしやすくなった』
「『多分、便利になったなぐらいにしか思ってないんだろうけど、学園のどこにいてもおまえの感情が際限無く流れてくるのはノイズでしかないの。まだ授業中は耐えられるけどダンスの練習中とか頭の中で考えてたリズムがズラされるんだよ? マジでやめてほしい』」
『ダンス……ああ、あれか。そうか、確かにあれの動きに支障が出るのはよろしくないな』
「『……また妙なこと考えてると思うけど、要するに程度ってのを理解してよね? 多少時間はバラつくけど夕方頃にはいつも会ってるんだからそれまで我慢してよ』」
『うむ、分かった。善処しよう』
不思議な事にバルファルクの感情が分かるようになったセイウンスカイ。セイウンスカイはこれを、鋼の龍鱗や渦巻く骨と同じ問いかけの延長線上にあるものだと解釈した。前者2つと違うのは対象となる本人(本龍?)がいるおかげで際限無くその問いかけが感じられることである。
更には感情探知の応用でバルファルクがどこにいるかも、ざっくりだがセイウンスカイは把握できるようになっていた。基本的にバルファルクはトレセンにいるためトレセン外を出ると有効範囲から外れるのか分からなくなるが、それでもバルファルクが獲物を取りに出かけると帰ってくる方向が分かるくらいには探知できるようである。
便利なのか不便なのか、悩むセイウンスカイとは対称的にバルファルクはご満悦であった。
その3:指輪の……
「アッハッハッハッハ!!! いよいよファンタジー染みてきたねぇ! 感覚の鋭敏化はレースに応用出来そうだし、感情探知は鍛えられるなら最速の移動能力を持つバルファルクの把握に便利そうだ。さて、三つ目はどういうものかな?」
「これはですね、語るより直接見て貰った方が早いです。ていうかこれが一番ファンタジーだと思います」
「ほう?」
「バルファルクから貰った鱗……の指輪なんですけどこいつをちょっと意識するとですね……」
セイウンスカイが右手を胸の前に掲げる。中指に付けられた指輪が赤く発光したかと思うと赤い稲妻が、セイウンスカイの中指を覆った。
「おお……おお……!! なんと素晴らしい。これは以前見た鋼の龍鱗と同じエネルギーかい!? しかも飛び散らないよう完全に制御しているとは……!」
「恐らく同じだと思います。あと多分ですけどね、これでもしパンチなんか繰り出したらとんでもない事になる予感がするんですよ」
「その予感は正しいだろうねぇ。何せ無意識下で放たれた鋼の龍鱗でさえあの有り様だったんだ。こんな校舎の壁くらい平気で貫けそうだ」
「で、このエネルギーについてなんですけど私なりに考察しまして」
「いいねぇ、今日のスカイ君は随分と有意義な話をしてくれるじゃないか」
セイウンスカイが改まって思い出す。バルファルクと関わってからのこと、鋼の記憶、蛇龍の記憶。そして自分の特異性。
「改めてですけど……バルファルクも発しているこの赤いエネルギー、これが鍵なんじゃないかと思ってます。私は記憶を読み取ったイメージから、このエネルギーを便宜上《龍属性》と呼ぶことにしました。最近になって自覚した交信能力はいずれもこの《龍属性》を切っ掛けにして起きているものだと思います」
「ほうほう。続けたまえ」
「この《龍属性》ですけど……バルファルクも鋼の龍も、そして大蛇の龍も、姿形や生態・能力は異なっていても本質的には同じように分類される生物だと思うんです。例えばクジラと人間って住む場所や食べる物は全然違うけど、分類としては同じ哺乳類ですよね? この"龍"達もみんな共通して《龍属性》を持ってるんです。敢えて分類を呼ぶなら……みんな古い龍だし【古龍】とか」
「大胆かつ飛躍的な論理だ。素晴らしいねぇ。しかしそれだと君とバルファルクとの間にあるコミニュケーションが説明できないな」
「それについてなんですけど……ちょっと世界の色んな伝承を漁ってみたんです。そしたらそこそこ龍やドラゴンと交流したって伝説がありまして。なので私の親戚筋も調べてみたら、あったんですよ。それっぽい話が」
「まさか……過去に君のように交流した人物が?」
「私のおばあちゃん……私が生まれる前に亡くなってるんですけどおじいちゃんが言うには、良いとこの娘さんを貰ったんだって言ってるんです。その良いとこっていうのが実は神社で、祀ってるのが水の龍神様なんです」
「興味深いね。そこの初代巫女が交流したと?」
「まさにその通りなんです。大昔、荒れ狂う"嵐"を起こして人々を困らせていた神様がいて、嵐を収めるよう頼んだウマ娘がその初代ご先祖様です。人伝だったんで詳しくは調べられませんでしたけど奇跡的に話を聞いてくれた神様とウマ娘の間で仲良くなって、それから水神様として祀られるようになったとか」
「ロマン溢れる話だねぇ。もし伝承が本当だとするなら君のそれはある種の先祖返りなのかもしれないね」
「それで……これはちょっとしたお誘いなんですが、それを調べるために8月の盆休みで実家に帰るのと合わせてその神社に行こうと思ってるんです。もし、タキオンさんがいいなら一緒に調査しませんか?」
「ああ、大変心踊るよ。だけど大変、大っ変残念なことに! 私はそれに行けないんだ!」
「どうしてですか?」
「合宿という名の益の無い拘束に強制参加しなくてはならないんだよ。君はまだジュニアだから合宿の事は考えなくていいんだけどね。全く、こういう時に限って機会が巡り合わない」
「それは……困りましたね。一人だと心細いんで、ある程度事情を知っている人と一緒に行きたかったんですけど」
「それなら適任がいるじゃないか」
「タキオンさん以外に?」
「君のトレーナーだよ。君とバルファルクを直接知っていてなおかつ関係が近しいのは他にいないだろう? スカイ君を担当している事の挨拶回りだと言えば納得するんじゃないか?」
「確かに。その手がありましたね。ちょっとトレーナーさんに聞いてきます」
「お土産をよろしく頼むよ~」
この後セイウンスカイは先程の話をトレーナーに話し二つ返事で了承を得た。自身を取り巻く不思議について進展があったセイウンスカイの機嫌は上々であった。
浮かれていた。調子に乗っていたともいう。
8月。トレーナーと共に準備をし、いよいよ取り返しが付かない段階になってセイウンスカイは気付いた。
(今更だけどこれってトレーナーを実家に紹介するってことだよねぇ!?)
セイウンスカイ、未だ彼女の青春は輝いている。
タキオンの会話文を書こうとすると途中から脳内で某またしても何も知らない人になる問題があるんですよね