セイウンスカイとバルファルク   作:エドレア

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懐かしきかなユクモ村


湯けむりが曇る村

 

 

 

 

 

(なんでさぁ! なんでこんなことになるの!)

「スカイどうしたの? そんなに唸って。車酔いでもした?」

「いや大丈夫です。全然そんなんじゃないです」

 

 8月。

 セイウンスカイの実家から車で2時間といったところ。

 セイウンスカイとトレーナーは実家への挨拶も早々にある場所へ来ていた。

 

「ほら着いたよ。湯けむりが曇る村────湯曇(ユクモ)村だってさ。ゆっくりできそうなところだね」

 

(どうしていきなり二人で温泉旅行になるんだよぉ!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セイウンスカイは行く直前まで、極めて個人的な精神的ハードルを考慮せずにトレーナーを実家に誘った。当日になって改めてトレーナーの都合を聞けば、元々都内在住でお盆に実家へ帰るという風習が無いから、むしろ都合が良いとのことである。地味にスパダリな(まだダーリンですらないが)トレーナーについてこの時ばかりはハイソなその出自を呪った。

 当日になって家族と会わせて見ればそれはもう見るからに過剰な歓迎の嵐である。元々一人っ子のセイウンスカイは親戚からやたら甘やかされることが多いのだが、その娘が男を連れてきたとあって軽い祭りのような様相を呈していた。

 

(娘をよろしくお願いします、じゃないんだよ。絶対"よろしく"の意味が違うじゃん!)

 

 セイウンスカイはトレーナーに惚れている。これは事実である。しかし奥手かつ考え込む癖があるセイウンスカイに、最速で親に紹介する某金剛石のような強かさは持ち合わせていなかった。せいぜいトレーニングしながらたまのスキンシップで距離を縮められたらなぁ、といった具合である。

 朴念仁なのか分かっているのか、トレーナーも絶妙にどちらとも付かない台詞で返答するのでセイウンスカイの情緒はめちゃくちゃである。明らかに狼狽しているセイウンスカイの様子を見て、彼女の母親が先にセイウンスカイを連れ出す助け船を出さなければどうなっていたか分からない。尤も母親からも「あんな良い男、しっかり捕まえておきなさいよ」と釘を刺されているので、セイウンスカイにもはや退路など有りはしなかった。

 

 さて、ここまで搔き乱されたセイウンスカイの情緒であったが別にこれが目的な訳ではない。本題はアグネスタキオンと話した通り別の事にある。セイウンスカイは久しぶりに会った祖父に例の神社についてより詳細を求めた。

 しかしこれがいけなかった。実はというと、セイウンスカイはバルファルクに関わるこれまでの経緯を祖父含めて家族の誰にも話していない。話したところで特に何かある訳でもなし、そもそもセイウンスカイがトレセンに入って以降の話であるので無関係であるからだ。なので祖父はこう解釈した。────トレーナーと二人きりで逢瀬を重ねたいのだと。

 例の神社がある村は元々湯治で栄えていたらしい。あれよあれよという間に勘違いの元進んだ根回しは、トレーナーが車を借り受けセイウンスカイをエスコートするところまで進んでしまった。

 

 

 

 

 

「来年の今頃は、菊花賞に向けて合宿でトレーニングしてるはずだからね。スカイと一緒にゆっくりできる時間ができて良かったよ」

「あぁ……そうですねぇ。良かったですねぇ」

(そういうことをさらっと言わない! 好きになっちゃうじゃん! もう好きだけど!)

「今更だけどスカイは私とでいいの?」

「……あー、一番は私の交信能力を調べることですからね。もしかしたらご先祖様由来なのかもしれないし。そこらへん含めて大人で立場があって、私とバルファルクのことを知ってる人って限られるんてす。……本当にそれだけですよ? 親戚から色々言われたかもしれませんけど全部無視してくださいね?」

「良い人達だったね。こんなポッと出の男にスカイを任せてくれるなんて、身が締まる思いだよ」

(トレーナーとして発言してるよね? そうだよね? 調子乗りたくないんですよ私)

「ほ、ほら早く行きましょう。おじいちゃんが旅館の人に連絡してるみたいですから」

「そうだね。あんまり待たせるのは良くないな」

 

 山中に隠れ潜むように佇むユクモ村は、村の出入口まで車で行けるもののその中は徒歩のみというかなり傾斜が激しい立地にあった。近くには廃坑があり、最盛期には湯治客と炭鉱で随分栄えたらしい。やがて石炭が採れなくなるとそれに従って急速に活気を落としていった。現在は細々と、知る人ぞ知る秘湯がある村として湯治客を癒している。

 

「……厳密に言うと、ユクモ村自体はもう地名として、存在しないそうです。今から30年くらい前に他の市町区村と合併しちゃってるそうなので」

「でも、ここの人達は何年もそれでやってきたわけだよね」

 

 村の中央にある長い階段を登る。かつては観光客で賑わっていただろう軒先が階段沿いに連なるが、いずれもシャッターが下ろされているか廃屋となっていて昼間だというのに薄気味悪さをセイウンスカイに感じさせていた。実際ここで営業出来ている店舗はこの先の階段を登った先にある旅館ただ一軒のみらしい。

 

 長い階段を登りきるとかなり大きな和風の建物が二人を出迎えた。寂れた村の旅館ということでセイウンスカイはもう少し規模が小さい旅館を想像していたが、そこだけまるで最盛期の姿を切り取ったようにその姿を保っている。

 

 その旅館の入り口に着物を着たおそらく女将であろう女性が二人を待っていた。

 

「ようこそいらっしゃいました。セイウンスカイ様とそのトレーナー様でいらっしゃいますね。祖父君より案内を承っております」

「これはどうもご丁寧に。しばらく、厄介になります」

「ええと、よろしくお願いします」

 

 挨拶も早々に旅館の中へ。

 通された部屋で荷物を片付け一息ついた二人はこの後どうするか話し合う。

 

「さて、どうしましょうか。本当は村で色々聞き込みしたかったんですけど、この旅館以外人はいなさそうですし」

「ならさっきの女将さんに聞いてみるのはどうだい? 神社の位置くらい教えてくれると思うよ」

「それしかないですよね」

 

 

 

 

 

「神社……でございますか」

「すみません。私達、それが目当てで来てまして。お心当たりありませんか」

「確かにお話されるような神社には心当たりがあります。しかし、大変申し上げ辛いのですが行くのはお薦めできません」

「え? どうしてですか?」

「もう誰もいないからです。石炭が枯れて以降、この村は繁栄を閉ざして既に50年余り……。村が寂れていくに従って皆が都会を目指しました。お話の神社もまたそういった時の流れに呑まれてしまったのです」

「なるほど……。確かに、手入れされてない神社って下手に近づくと良くない事が起こると聞いたことがありますね」

「付け加えますと、神社がある場所はここから見えます村の外れ、山道で頂上へ向かう中腹にあります。神社を含め、山道もここ数十年は人の手が入っていませんから、傾斜もあって通行には危険が伴うのです」

「……だってさ。スカイ、どうする?」

「うーん。……その神社を管理してた人って家族含めてもうこの村にはいないんですか? 関係者でも何でもいいのでお話が聞きたいんです」

「承知致しました。私共の方で該当する方がいらっしゃらないか確認させていただきます」

「何から何まですみません」

「……失礼を承知で伺いたいのですがその神社について探される理由というのは……?」

「あー、私です。実は私、そこの神社の遠い親戚でして。気になったんで探してみようかなって」

「そうでございましたか。でしたら、もし該当される方がいらっしゃいましたらそちらも合わせてお伝えしますね」

「よろしくお願いしますー」

 

 ユクモ村について早々に目論見が途絶えそうな気配にセイウンスカイは心の中で軽く毒づく。

 

(おじいちゃんさぁ、あそこの温泉はあれに効くとか、どこの店のあれが美味しいとか熱く語ってくれたけど80年くらい前の記憶で語られるのは流石に困るよ)

 

 在りし日の青春、といったところだろう。セイウンスカイの祖父はこのユクモ村で神社の娘である当時の祖母と出会ったそうだ。馴れ初めも含めて、活気のあった頃の記憶ばかり残るのは仕方がない、とセイウンスカイは己を納得させた。

 

 

 

 

 

(あれ……? あの人達……)

 

 仕方がないのでトレーナーと別れ適当に館内を彷徨いていたセイウンスカイは他の客を見つける。家族旅行だろうか、中年の男女複数人にセイウンスカイより年上だろう若者も何人かいる。親戚同士で集まっての旅行に見えるだろう。

 

(違う。あの人達きっと……護衛の人達だ)

 

 セイウンスカイは最近になって得た感覚の鋭敏化で目敏く一人の男性を見つける。服装や髪色、顔付きのみならず体型すら違っているようだがセイウンスカイには見覚えのある男性であった。セイウンスカイが趣味とする釣り、たまにポイントが被って同じ釣り人同士仲良くなることがあるのだが彼はバルファルクと関わって以降仲良くなった釣り仲間の一人だとセイウンスカイは確信していた。その他の人間も、よくよく見ればどこか顔に見覚えがある。

 こうした寂れた田舎だと人に紛れての護衛が難しいのだろう。

 

(護衛対象の私に気付かれちゃいけないって指令が下ってるはずだから、話しかけちゃまずいよね……)

 

 セイウンスカイとしては護衛だけでなく優れた諜報能力を持つ彼らなら神社の事も調べられるのではと一種の淡い期待があった。とはいえ頼り方というのが分からない。どうせ女将との会話で神社目当てで来ているのは知っているはずだから、本当に危険なら先んじて何か調べているだろう。

 

 結局、やれる事が無くなったセイウンスカイはトレーナーと共に女将からの連絡を待ちつつ普通に過ごす他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セイウンスカイら二人が旅館の料理に舌鼓を打ち、温泉で旅の疲れを癒した翌日、女将から連絡があった。どうやら該当人物が見つかったらしい。

 通された客間で二人は該当の人物と対面する。年頃はもう90を越えるだろうか。ユクモ村とは別の地区に住む男性で普段は農業をしつつ兼業で猟師(ハンター)もやっているらしい。若い頃はこのユクモ村で炭鉱夫として働いており現在では数少ない当時の情景を知る人物とのことだった。

 互いに自己紹介を済ませセイウンスカイが気になっていたことを質問する前に、男性はしげしげとセイウンスカイを関心するように見ていた。

 

「あの……私に、何か?」

「ああお嬢さん。気を悪くしたならごめんなさいね。……ははぁ。血は争えんというがここまで似とるとはなぁ」

「似てる? 誰にです?」

「あんたのばあさんさ。あの神社のウマ娘は代々芦毛の家系でね。元々ウマ娘は美人が多いがあんたのばあさんは当時のユクモ村のアイドルだったんだよ。あんたのじいさんはよくやった方さ」

「へぇ……」

「それで、その神社の話か。確か神社に行きたいんだってな」

「その……神社が建立されるきっかけになったご先祖様の詳しい話が知りたいんです。あと出来れば、伝承に由来する遺物か何かあればと」

「なるほどなぁ。遺物ってのは分からんが話なら分かる。これを今のカミさんに言うと怒られるんだが、昔は儂もあんたのばあさん目当てに神社に通った口でね。つってもそんな複雑な話じゃない。あるウマ娘が天に近いであろう山から嵐への恨み言を叫んだら、嵐を起こしてる神様が降りてきてな。ウマ娘はそれに矢を射ったんだと」

「えぇ……。なんていうか、恐れ知らずですね」

「ま、神様が矢の一本でどうにかなるわけじゃない。ただその恐れ知らずの度胸を神様が面白く思ったみたいで、それで話を聞く気になった神様がウマ娘がいるこの地に居着いたって話だ」

「私のご先祖様って随分と凄いことしてたんですね……」

「神社に行きたいなら儂が案内してやれるよ。この辺クマが出るからな。素人さんが歩くにはちと厳しい。なるべく平坦な道を選ぶから、遠回りにはなるけどな」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「良かったじゃないか、スカイ」

 

 ようやく話に進展が見られたことにセイウンスカイは安堵する。家族一同とトレーナーの態度に振り回された甲斐があったと胸を撫で下ろした。

 万が一のために一度猟銃を取りに戻る男性。出発は男性が戻ってからになる。

 セイウンスカイは男性が発つ前に最後に気になっていたことを質問した。

 

「そういえばなんですけど、神社で祀ってる神様って何て言う名前の神様なんですか?」

「あーなんだったかなぁ。みんなして水神様水神様って呼んでたからなぁ。確かちゃんとした名前があったと思うんだが……」

「あ、いいですよ。そんな無理して思い出さなくても」

「いや、思い出したぞ。そうだ、神様の名前は確か……」

 

 

 

 

「アマツマガツチって名前だったな」

 

 

 

 

 




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