また遅れぎみとなりました。やりたいこと、やらなきゃいけないことが増える増える……
あ、最近ハンマーにハマリました
奇特な女だった。
────あのねぇ! 痛いんだったら我慢するんじゃなくて痛いって言うの! 痛みは訴えなきゃ分からないものなんだよ!
龍を相手に疑わずに口を聞き、あろうことか叱りつける。
────えっ、夫さんとお子さんを亡くしたの? それなら私達と一緒だね。ここは私達みたいに家族を亡くした人の集まりなんだよ
バカ正直に同情し、遠慮無しにずけずけと心の内に入ってくる。
────ここはね、戦争から逃げてきた人達の場所なんだ。確かに君は人間じゃないけど、逃げてきたのは同じでしょ? 一緒に暮らそうよ
人の領域であるはずの場所に、あっさりと私を受け入れて。
────私も家族はいないんだ。父さんと母さんと、あと弟がいたんだけど、みんな死んじゃった。どうして、私だけ生きてるんだろうね……
アヤ国は世界最古と謳われる不朽の国だが、千年前とそれ以後で大きな変化がある。千年前の動乱の折に、アヤ国は鎖国を選択した訳だがその理由はさして珍しくもなかった。
(ナルハタタヒメを……受け入れた?)
ナルハタタヒメを焼くセイウンスカイの脳裏に、膨大な記憶の奔流が流れ込んで来る。
千年前のアヤ国は、絶えず戦争が行われる大陸から逃げてきた難民を積極的に保護していた。アヤ国は古代から続く神秘的な国家としての権威はあるが、大国ではない。島国として当然の事ながら国土も狭く、資源にも恵まれないため旺盛な外交で地位を築き上げていたのだ。現在とは真逆の方針である。
優れた人材を外交によって自国に招き、国内への発展へ尽力する。難民の保護もそうした外交政策の一環だった。
(彼女が……この世界の"龍呼びの声"……)
偶然か必然か、そうして保護した難民の中に古龍と言葉を交わせる者がいた。流れ着いたナルハタタヒメに恐れず治療を施した彼女はナルハタタヒメもまた戦争の被害者だと訴えた。当初は懐疑的な意見もあったが、彼女の前で大人しくしているナルハタタヒメを見て人々もまた落ち着きつつあった。
身も蓋もない話をすれば、手負いとはいえ古龍をどうにかできる力をアヤ国が持っていなかった、というのもある。また、度重なる戦火に人々も疲弊していた。命からがら安住の地を見つけたのに、そこで古龍と争っても仕方ないからだ。
阿奈────曰く、
(古龍を味方にできれば他のモンスターから被害を受けなくて済む。考えたね)
残念ながら彼女の一族は戦乱の最中に散逸してしまっており、他のセージニアスについての手掛かりは無い。
記憶の中で阿奈は人々がナルハタタヒメを恐れないよう積極的に連れ出し公衆の面前で語らってみせた。無闇に引き離す方が人々の恐怖を煽ってしまうと考えていたからだ。共に生きるのならば、互いへの理解は必須である。阿奈の尽力のおかげで傷を負ったナルハタタヒメは次第に人々へ受け入れられるようになった。
『阿奈かぁ……』
『どうした? そんな物憂げに』
『■■■■■……おヒメちゃん、今なんて言ったか分かる?』
『────』
『わかんないよね。ほんとは私、阿奈って名前じゃないんだ。こっちだと発音しづらいから、そこそこ音が近そうな通称を名乗ってるの』
『なんだ、今のは』
『なんだって言われても……』
『
『えー? 里じゃこれで通ってたんだけどなー』
『里?』
『言ってなかったっけ。私達セージニアスは君みたいな龍と一緒に暮らしてたんだ。まぁ里が襲撃されてそれどころじゃなくなったけど……』
『待て、龍と共に暮らしていて……襲撃を受けるだと?』
『……私達が龍と話せるのが気にくわない人達がいたんだ。私達はただの友達だって言うのに、龍を従わせろってね。断ったらみんな殺されちゃった』
『人間は、そこまで強大であったか?』
『火だよ。あいつら里に火を放ったんだ。■■■■■……あ、これも通じないや。私達の里はイヴェールっていう
『バカな。我ら龍の力はそのように単純ではない。氷を司るのならば、より強大な冷風で火を凍てつかせることぐらいできるだろう』
『普通の火じゃなかった。なんだろう……油かな……なんだかドロっとしてて、水をかけても消えない火だった』
『……済まぬ、嫌な記憶を思い出させた』
(水をかけても消えない火……まさか液体燃料? そうだとしたら、火炎放射器で人を焼いたっていうの……?)
阿奈から断片的に語られる虐殺の記憶についてセイウンスカイは戦慄した。
過去地球にもそのような記録はある。第二次世界大戦では硫黄島の地下トンネルに籠城する旧日本軍に対し、米軍がこれを用いて効率的に殺傷していた。英国では戦車に搭載し、塹壕に潜伏する敵兵を文字通り炙り出すために。
そのような光景がこの世界でもあったのだ。
『私達の里は私だけを残して滅んだけど、セージニアスの里は他にもあるからね。落ち着いたらここを出て、他の里を巡ってみたいんだ』
『やめておけ。襲撃されたのがおまえたちだけという保証が無い』
『そんなこと分かってるよ。でも、もしかしたら無事かもしれないじゃん』
『……気にはなっていたが、その
『そうだよ。セージニアスも対外的な通称。えっと、■■■■■■■って言うんだけど……』
『全く分からん。何を話して……いや、
『普通に話してるだけなんだけどなぁ』
(ぜんっぜん普通じゃないよ!?)
この記憶はナルハタタヒメの記憶を通して見ている光景だ。ナルハタタヒメの主観視点しか無いため、ナルハタタヒメが分からないなら記憶を覗いても分からない。
セイウンスカイは自身のルーツに新たな事実が判明した一方で、新たに浮上した謎に歯軋りを隠せなかった。
古龍と対話し、その厄災を鎮める阿奈。彼女はいつしか、その神秘性から民衆の広い信仰を集めていた。彼女の噂を聞きつけアヤ国が保護を進めるよりも先に大陸から人がこぞって集まるようになる。
東の果てに古龍が座する楽園がある、という風聞がいつしか知れ渡るようになった。
これに困ったのはアヤ国である。確かにアヤ国は難民の保護政策を進めていたが、元より狭い国土、限界はある。風聞が広まり過ぎてアヤ国では管理できない程に難民が押し寄せしまえば元も子もない。
アヤ国は管理がパンクしないよう、一部難民を大陸に戻す計画を発表した。
記憶が遷移する。
どこか高い塔の上だろうか。
塔の最上階で、宙に浮くナルハタタヒメと共に地上を見下ろす阿奈。保護された当初よりずっと雅な服を纏っているが、その表情は暗い。
『なんだあれは。人間が集まって行進しているが……』
『デモって言うんだって。あの人達はアヤ国から出ていくよう言われた人達だよ。大陸は危険だから帰りたくないって訴えてるの』
『それはそうだろうが、ならば阿奈は?』
『……おヒメちゃんがいるから、ずっとここにいろって』
『なんだそれは!? いつか出ていくつもりではなかったのか!?』
『アヤ国の人達は頭がいいけど……モンスターに対抗できる力は無いんだ。君にここを守っていてほしいみたい』
『それは……確かに私も安住の地を求めたが……!』
アヤ国が発表した難民の帰還計画、それには大きな問題があった。アヤ国に残れる者とそうでない者、それを独自に審査し勝手に区別を付けていたのである。
アヤ国にとって有用な人材には残ってもらい、そうでない者には出ていってもらう。大陸に戻された後も公的な支援を行うとしているが、戦火蔓延る大陸で受けられる支援など高が知れている。
明らかな差別政策に難民は怒っていたが、それとは別に分断すら生んでいた。残れる者には家族も含めた相応の待遇が約束されており、自らアヤ国へ臣従する者もいたからだ。なまじ
結果としてアヤ国の難民グループは急激に治安が悪化し、それを口実とばかりにアヤ国の憲兵が捕まえ大陸に追放する負の循環が仕組まれてしまっていた。
『阿奈……おまえは、これで良いのか?』
『良くは無いよ……でも、私じゃ何もできない』
『私がおまえを連れ出してやっても……』
『それはダメ。せっかく仲良くなれたんだから。それにね、アヤ国の人達だってそんなにおかしなこと言ってないんだよ。おヒメちゃんだってここが嫌いな訳じゃないでしょう?』
『ここでおまえと共に見る桜は格別だが……』
ナルハタタヒメからすれば、正直に言って他の人間の事などどうでもいい。ただ阿奈のおかげでアヤ国を縄張りにできるのもまた事実だった。追い出されるつもりは毛頭無いし、何ならアヤ国と争ってしまえるのだが、それでは阿奈の立場に支障を来す。
阿奈は当初の願いよりも、アヤ国に身を捧げるつもりでいたのだ。
『私はここの人達を見捨てられない。だから……ここの人と結婚するよ』
『人間の
『だって、私はよそものだし。おヒメちゃんと話せる力が無かったら今頃私も送り返されてるよ』
『……おまえはその番を気に入っているのか? そうは見えないが』
『ううん、全然分からない。名前くらいしか知らないし、会ったこともないよ』
『……人間のことがますます分からなくなった』
『政略結婚って言ってね、恋愛とかじゃなくて、政治的な都合で決まった結婚なんだ。相手はアヤ国の皇族だったかな。竜人族と人間の婚姻なんて、珍しいけど……』
『私を百竜などと呼ぶ奴等か。……気に食わん』
ナルハタタヒメがアヤ国に受け入れられた理由の一つに、龍を崇め奉る風習がアヤ国にあった。神話が起源とされているアヤ国にあって、実際に古龍が居着いてくれるというのは良い意味でアヤ国人のアイデンティティーを刺激してくれるのだ。
そのため、アヤ国にとって阿奈は龍と人を繋ぐ大事な巫女としてアヤ国に取り込まれる事が決定されていた。
(ああ、ナルハタタヒメがいれば間接的に難民を助けることにも繋がる。皇族の立場を利用して保護の継続を訴えたいんだ)
阿奈とて無償のつもりで結婚する訳ではない。
唯一無二の古龍との対話、それを出汁にアヤ国での立場を固め難民の保護政策に意見を述べられるようにするつもりであった。
しかし、大陸からの戦火は確実にアヤ国へと忍び寄っていた。
場面が変わる。
高塔であることは変わらない。しかし、先ほどの記憶でデモ隊が行進していた場所を、火が覆っていた。
(これは……)
『百竜様! どうかお助けを!』
悲鳴と共にナルハタタヒメに助けを求める声。
どうやら大陸からの襲撃があったようだった。人々は逃げ惑い、火から逃れようと無秩序に散っていく。
(あれは……!)
記憶の向こう。
彼方に見える火の影にはナルハタタヒメとは違う姿。
歪な姿であった。継ぎ接ぎだらけではあるが、火を吐く際に口元から機械的な中身が見えている。その姿は────。
『フハハハ。かつての大戦より再現した竜機兵。これで世界の全てを……ぐはぁぁぁっ!?』
『なんだその酷いナニかは。遅いだけの木偶の坊でしかないわ』
竜機兵を再現したと思われる兵器────それに跨がり哄笑を挙げていた兵がいたが、性能を本物より大幅に劣るようでナルハタタヒメの雷撃により一撃で爆散していた。
『この程度ならばまた容易い。しかし……』
アヤ国は敵勢勢力に襲われたようだった。
増え続ける難民の中にスパイがいたらしい。そうした手引きによって竜機兵もどきはアヤ国に上陸した。
難民によって混乱が続くアヤ国では事前の対処が全く出来ずに城下町が焼かれてしまっていた。
ナルハタタヒメにとって幸いな事に阿奈は避難出来ていたが、阿奈がこれを幸いと捉える事は無く。
もう限界だろう。
アヤ国で排外主義が蔓延るのも、当然の帰結でしかなかった。
『オオオオオオッッッ!!!』
「『うぐっ!』」
バゼルギウスとは遥かに格が違う。暴れ続けるナルハタタヒメにしがみ続けるのは至難の技である。縦横無尽に体を振り回すナルハタタヒメによって地面に叩きつけられたセイウンスカイだったが、しかし効果は覿面だった。
『おのれ……まさかまた焼かれるとは……!』
「『はぁ……はぁ……どうよ、私の龍属性は』」
ナルハタタヒメの体には幾つもの古傷があり、それらから赤い光が内側から漏れていた。莫大な龍属性を注ぎ込んだセイウンスカイにより、手を離れて尚もナルハタタヒメの体を焼いているのだ。
最早ナルハタタヒメに継戦能力は無かった。
セイウンスカイの前にナルハタタヒメが大きな音を立てて落下する。
浮遊能力すらも維持できなくなったナルハタタヒメは無様に地べたを這いずる事しか出来ない。それでもナルハタタヒメの意思は毛ほども衰えず。
『まだ、まだだ……!』
「『……もう終わりだよ』」
『終わってなるものか! 私にはもう、阿奈が残したこの国しかないというのに!』
「『終わってるんだよ。もうとっくの昔にね』」
ナルハタタヒメはアヤ国に執着している。
アヤ国に害をもたらした争乱の後、アヤ国では急速に難民の排除が進んだ。以前ならまだうっすらとした嫌悪感で済んでいた話だが、実際に被害が起こってしまっては話が別である。
阿奈は境遇を共にした難民を守れなかった。
「『君はこの国を守りたいんじゃない。ただ記憶の中の思い出しか君に残っていないんだ』」
『それがなんだと言う! それしか私にはないのだ……!』
「『阿奈さんには悪いけど、やっぱり君は討ち取るよ』」
右手に再び龍雷を灯すセイウンスカイ。
ゆっくりとセイウンスカイはナルハタタヒメに近付いていく。
『何故だ、何故だ、何故だ! 幾億もの時を超えて、何故戦火は再びやってくる!? 我らが一体何をしたと言うのか!』
「『っ……!』」
震える右手をセイウンスカイは止められない。
ナルハタタヒメの慟哭はセイウンスカイに響いていたものの、ハンターとしてやるべき事は分かっている。ここで見逃しても、後で西シュレイド王家から正式な討伐依頼が発注されるだろう。早いか遅いかの違いでしかない。
言葉が通じる相手を、これから殺すのだ。
「『阿奈さんは失意に沈んだ。家族も故郷も失ってそれでもと再起して、でも守りたいものを守れなくて……』」
『そうだ! そうやって阿奈は飼い殺しにされた! 夢だった旅も、望郷の念すらも自ら諦めた!』
「『だから、復讐として
『この国を滅ぼすのは阿奈の意に反する。ならせめて、私への信仰に溺れさせ、依存させてしまえばいい。これからも、永劫にずっと……!』
「『……』」
ナルハタタヒメはアヤ国への害意を認めている。
討伐する理由には事欠かない。
それ故に、セイウンスカイは自分の気持ちを押し殺し────。
『殺したくないなら、別にそのままで良いのではないか?』
第三者の声。
人ではないその声はナルハタタヒメのものではない。
セイウンスカイがゆっくりと振り返る。
「ごめんなぁ。お嬢ちゃんに重いモン背負わせちまったな」
そこには赤いクジラのような飛行船から降り立つ"我らの団"団長と────
『まさか"私"を焼いた龍が人間とは思わなかった。強大だとばかり思っていたが、弱さもあったのだな』
団長と共に、二体のシャガルマガラがゆっくりと降りてきていた。
「『団長さん……』」
「セイウンスカイ、おまえさんの葛藤を分かってやれてなかった。口が通じるんだ、おまえさんからしてみれば、人と変わらないよな」
「『……大丈夫、です。これは、ハンターとしてやらなきゃいけない……』」
「セイウンスカイ」
団長は優しく、しかし確かな声で。
「ハンターしてるやつは、そんな顔しないんだよ」
そっと、セイウンスカイの涙を拭ってやっていた。
「なぁ、ナルハタタヒメはどんなやつだった?」
「かの、じょ、は」
平静を保とうとしたのに、気付けば声が震えている。
セイウンスカイなりに覚悟したつもりだった。
自分一人の感情で決めていいはずが無い。躊躇ってしまえば、多くの人に被害をもたらしかねない。ハンターとして、モンスターを狩猟するのは当然の事だ。
全てが、言い訳にしか聞こえない。
本当に討伐するつもりなら、わざわざ話さなくても良かったのだ。何しろそれが普通である。
それでもセイウンスカイは話してしまった。余計にも過去すら覗いてしまっていて。
「ああ、皆まで言わなくても分かる。悪い奴じゃなかったんだろ」
「『でも、それは、ハンターとして関係無いはずです』」
「確かにそうだ。生きるか死ぬかの世界で善悪なんてものは何も関係無い」
「『なら……』」
「だが、おまえさんがこの世界に来た目的は、それじゃないだろ」
ナルハタタヒメは彼らをじっと見ている。
言葉は分からずとも、この話の行く末に自身の生死が決まるのだ。
ナルハタタヒメからすれば、セイウンスカイは嫌いになりきれない敵だった。
もっと違う出会い方があれば、友になれていただろう。しかしそれはたらればの話でしかない。
阿奈以来となる"龍呼びの声"であったが、思い出はあくまで阿奈とのものだけだ。それを無遠慮に見られて良い気分はしない。
それでも、嫌いになりきれなかったのは。
『セイウンスカイとやらは、お人好しが過ぎる』
『そうだろうな。殺せたはずの"私"を殺せなかったのだから』
二体のシャガルマガラが嘆息する。
彼らは黒い外套のような布で自身の体を覆っていた。遠目から見ればゴア・マガラのようにも見えなくはない。これは団長が少しでも鱗粉の拡散を防ごうと被せた物だ。シャガルマガラも、これが自分達がこれから先
『おまえたちは?』
『やはり縄張りの主にすら知られていなかったのか』
『仕方ない。消耗している上に、意図的に気配を隠しているのだ。察するのは酷だろう』
『……口振りからして、随分前からいたようだな』
二体のシャガルマガラはどうしてもナルハタタヒメに聞きたい事があった。
『先達に聞きたいことがある』
『先達?』
『
『おまえら……』
『貴殿はもう長くない。ここを逃れ別の場所で地脈を握れるなら話は別だろうがその余力も無いだろう。"私"はここで貴殿に取って代わるつもりだ』
『……死、か』
『その前に人間と共に生きられるコツでも聞ければと思うのだが』
『そんなもの、あったらこんなことになっていない。せいぜい苦労するんだな』
セイウンスカイの龍属性に焼かれたナルハタタヒメは地脈との繋がりを失ってしまっていた。元より千年前に死んでいたであろう命である。これまで地脈を握り続けたのは死の恐怖から来る延命措置でしかなく、それが剥奪された今ナルハタタヒメの余命はいくばくの猶予も無かった。
とどめを刺す以前に、セイウンスカイはナルハタタヒメを致命傷に追い込んでいたのだ。今あるのは辛うじて吹き上がる命の残り火というものだろう。
セイウンスカイは悲しくて仕方がなかった。
「『思い出を、知ってしまったんです。彼女の……』」
「そうか……そうだよなぁ。ずっと人と暮らしてきたなら思い出だってあるもんなぁ」
「『私は……元の世界でバルファルクと一緒にいました。バルファルクだけじゃない、他にも人と共に生きた古龍がいて……彼らみんなが、思い思いに大切な人達を案じていたんです』」
「……人を思う古龍、か。それは、得難い存在だな」
『セイウンスカイ、人を思う古龍とは如何なる存在なのだ?』
シャガルマガラが初めてセイウンスカイに声をかける。
思えばこの旅は彼らを追うために始まった旅だ。知らぬところで因縁を結び、顔も見せずに殺し合って、そうして訪れた果てがこの国だ。
「『君達は……』」
『人を思う古龍、不思議なものだ。"私"は先ほど人間に庇われた。紫炎を纏う虎に成す術なく、殺されるところで子供達が声を挙げてくれた』
『危うく子供達も殺されかけたが、強い人間のおかげで助かった。彼らのおかげで"私"は生きている。人を思う龍と、龍を思う人、どちらがより特異なのだろう』
「『タマゴが先か、ニワトリ……じゃなかった。フワフワクイナが先かって話かな。君達はどうしたいの?』」
『ここで人と共に生きたい。そこの龍が、今までそうしてきたように』
もう、シャガルマガラは孤独に怯えなくていい。
ナルハタタヒメを見て彼らは理解した。生物として異なっていても、言葉は通じなくても、心は確かに通わせられる。
そう信じられるだけの愛を、彼らは既に受け取っているのだ。
「セイウンスカイ、シャガルマガラ達のことは心配いらないさ。こう言っちゃなんだが、こいつらに関しちゃ第一人者でいるつもりだからな」
「『……はい、彼らのことはお任せします』」
セイウンスカイはナルハタタヒメに向き直る。後は彼女のことだけだ。
『なんの……つもりか……』
「『……私は、その気になれば貴方を助けられると思う。傷を癒して、それでどこか遠くに……』」
『は、は、は。施しを、受けろと。よりにもよって、貴様の』
「『……っ』」
『親切に答えてやろう。いらぬわ、阿保。誇りも保てぬ生存など生き恥を晒すようではないか。敵の施しを受けておめおめと晒す面の皮など持ち合わせてはおらぬ』
死に瀕してなおもその気骨は精悍である。
それを前に、一度は目をそらしたセイウンスカイだったが二度と、その視線を外す事はせず。
『私はこれから死ぬ。阿奈との思い出を持つ者はおまえだけになる』
『忘れるな』
『本当の死とは、忘れられることである』
それが、最期の言葉だった。
難産でした。
次回で一区切りつけます。
一発ネタの「YAMA育ちのタクトちゃん」が連載できそう。「セイウンスカイとバルファルク」が完結するまで控えるべき?
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セイウンスカイとバルファルクに集中
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二作同時連載してほしい