本当ならあと2話ほど間章続けるつもりだったのですが先に書きたい欲が出てきてしまいました……ので、続けます
新しい時代/世界
時は遡る。
セイウンスカイがこの世界にやってくる一年前。
「うげっ!?」
「きゃあ!?」
雪原に、二人の悲鳴。
時空を越える
「な、なんだよ。一体何が……」
「ここ、どこ……? 雪……?」
混乱していて当然である。
いつもつるんでいるアグネスタキオン、マンハッタンカフェの二人であれば、こうした異常事態に対する経験があるため冷静に状況を分析できただろうが、その二人と違って両名は至って普通のウマ娘である。レースにおいてはG1に勝ち名乗りを挙げる優駿であっても、今この時は一般人と何ら変わり無かった。
「ダンツ、俺達はとりあえず大丈夫みたいだけどよ……」
「タキオンちゃんとカフェちゃん、それとシュガーライツ博士がいないね……」
二人と共にいたいつもの面子に加え、アグネスタキオンが手伝っていた転移装置の開発者である(開発させられたとも言う)シュガーライツ。ちょうどこの五人が、直前まで一緒にいた五人組なのだ。しかし三人の姿は見えない。
「さっむ……ここってどこなんだ? 山の頂上っぽいけどよ……」
「下りるしかないよね。いきなり下山だなんて……」
「登山なんかした覚えはねーぞ。なんだって一体……」
不意に止まる声。
ウマ娘特有の鋭敏な聴覚が、誰とも知れぬ咆哮を捉えたからだ。
「なぁなぁ、薄々思ってたんだけどよ、ここってもしかして……」
「セイウンスカイさんが行こうとしてた異世界ってやつ? だとしたら……」
気温とは違う寒さが二人の背筋を凍らせる。
一刻も早く、こんな僻地ではなく人里へ向かわなければならない。噂に聞くモンスターが二人を餌食にしてしまいかねないからだ。
二人がいる山の頂上は進行方向が二つあり、謎の咆哮はその片方から聞こえている。であれば、行くべきはその反対側だろう。
およそ人が進むには急な山の斜面を下り降りる。慣れない雪道だが、しかしそこはウマ娘。レースとトレーニングによって鍛えられた体幹は、滑落するような悲劇も無く足を進めていた。
「ふぅ。ここならまだ吹雪いてないし寒さもまだマシだな」
「まずは人里を探さないと……私達、何も持ってないよ」
「だよなぁ。凍死なんてつまんねー死に方したくねぇもん。早く降りて……」
「あれ、何だろ?」
二人が踏み入った雪原は入って右側が崖になっており、その反対は狭い岩盤の隙間から道が続いているような地形だった。位置関係を考えれば、その隙間道の先にはあの咆哮の主がいるはずである。それを避けるように進んだ先に、誰かが野宿でもしたかのような痕が残っていたのだ。
「雪に埋もれてる……随分前の物みたい」
「明らかに人工物だよなこれ。ってことは、人が近くに来てたんじゃねぇか!?」
「今はどうか分からないけど、少なくともここは人が来れる場所ってことだよ。もしかしたら、山の麓に町や村があるかも」
「おっし! そういうことなら、さっさと下ろうぜ! こんなとこ、とっととおさらばして────」
どっどっどっどっど
重く、鳴り響くような低温が彼女達の言葉を止める。
振り返れば、見たことあるような無いような大きな生き物が、群れを成して走っていた。
「なんだあれ!? マンモス……じゃねぇ! 鼻が無い!」
「あれが、異世界のモンスター……?」
長鼻目 奇鼻上科 ポポ科────通称ポポ。
この世界における寒冷地域において、主要な生態系を担う草食モンスターである。地球のゾウに近しい生態をしており、基本的には群れで暮らす。温和な性質で人にも慣れることから荷車の運搬など労働力として重宝される他、肉も美味であり特に舌である"ポポノタン"は寒冷地域の特産品とされる。概ね人類とは家畜のとしての関わりが強いモンスターである。
本来ならその体格故、下手な肉食モンスターは自力ではね除けてしまうポポであるが、しかしポポ達は恐慌し逃げ惑っていた。地響きを立てる逃走に巻き込まれては堪らないと、二人はキャンプ痕に身を隠す。
「おいこれ、やべぇぞ! あいつらが来た方向は……」
「ポッケちゃん、静かに! たぶんもう、
隙間道の奥。
そこからポポとは全く違う足音が聞こえる。
がつがつがつ、まるで触れるもの全てを破壊するかのような勢い。四肢によって地を這うその姿は黄色と青の縞模様に彩られ、白銀のこの世界には不釣り合いなほど目立っていた。
その風貌はまさに獰猛。策も何も無く、ただ強さのままにポポを仕留めに行く。
堂々たる暴力の化身。その正体は────
ジャングルポケットとダンツフレームは何も知らない。あの原始的な飛竜が本来は砂漠などの乾燥地帯に住んでいて、ポポの肉美味しさに苦手な寒冷地域にまでやってくるグルメだということを。
「────」
二人は隙間から覗く光景に圧倒されていた。
ポポの群れの内、逃げる方向を誤り孤立した一頭目掛けてティガレックスが猛進する。ポポも勿論逃げるがティガレックスの方が早かった。飛びかかり、背中に牙を突き立てまずは動きを止める。次は首だ。これ以上抵抗する余地は無いと、いっそ清々しさすら感じさせるほどの手際で息の根を止める。
「すごい……」
何の変哲も無い、命のやり取り。
善悪など無い。
食うか、食われるか。
ここは、それのみで形作られる世界である。
「本当に来ちまったんだな……《モンスターハンター》の世界に……」
「うん……」
自分達が異世界に来てしまったことを、ようやく肌で実感した二人。目の前の狩りは、それだけの衝撃を二人に与えていた。
ティガレックスは獲物の咀嚼に忙しいようで、二人には目もくれなかった。我に返った二人はティガレックスに悟られないよう急ぎ下山しようとする。
しかし────。
「これは驚いた! 転移してすぐに噂のモンスターを見られるとはねぇ! あれは確かティガレックスだったかな? アーサー氏の講義を受けておいて正解だったよ!」
「何をやってるんですかタキオンさん……! 見るからに凶暴でしょう、あれ。どうして騒ぎ立てるんですか……!」
「き、君達! 頼むから私の車椅子は離さないでくれよ! 私の車椅子はこんな不整地を走行するだなんて考えていないんだ!」
「なにやってんだあいつら!?」
ティガレックスが来た隙間道の奥。
そこから意気揚々と出てきたのは二人にとってよく見知った姿である。アグネスタキオンは興奮し、マンハッタンカフェはそれを諌め、シュガーライツは不測の事態に慌てていた。
そしてそれを聞き逃すティガレックスではない。
口元を真っ赤に染め上げたティガレックスは不埒な乱入者を胡乱げな目で見た。ティガレックスとしては今まさに腹を満たしたところで彼女達を捕食するつもりは無い。しかし、ただ単純に目障りでしかなかった。そして飛竜種随一とされる気性の荒さは当然の解答を選択する。
「ギャオオオオオオッ!!!」
「流石の大音量だ! 《轟竜》の異名に違わぬ威容だねぇ!」
「バカ言ってないで逃げますよタキオンさん!」
「う、うわぁぁぁ!」
ティガレックスが飛竜の中で原始的とされる根拠の一つに、あまり飛行が得意ではないことが挙げられる。自力での飛行は難しいため、基本的には高所からの滑空で移動しているのだが、それ故に地上での移動能力は段違いに高い。
シュガーライツを乗せた車椅子を掲げ運ぶアグネスタキオンとマンハッタンカフェと、それを追うティガレックス。このような雪原ではウマ娘として幾ら脚力に優れていても軍配が上がるのはティガレックスの方だ。
「クソッ、仕方ねぇ……!」
「ポッケちゃん、何を……!」
ティガレックスが逃げる三人に追い着こうとしたその間際、横合いからジャングルポケットがティガレックスの横っ面に蹴りを入れる。またも思わぬ闖入者に、ティガレックスは動きを止めた。
「かかってこい、トカゲ野郎! おまえの相手はこの俺だ!」
「ギャァ!」
(やべっ、俺ここで死ぬかも)
ジャングルポケットが隠れていたキャンプ痕から飛び出しティガレックスを止めた、そこまでは良い。しかし、ウマ娘の蹴りを受けてティガレックスは僅かに身じろぎしただけであった。
轟竜のアギトが猛然とジャングルポケットへ牙を剥く。
あわや、大惨事となろうかというその時────
「うおっ、眩しっ!?」
「ギャオ!?」
突如として視界を貫く閃光。
ジャングルポケットもだが、ティガレックスには大きく効いたようで彼女を見失い明後日の方向へ攻撃している。
「こっちだ、ポッケ君!」
「ダンツさんも早く!」
何故目眩ましが光ったのか、ジャングルポケットには分からない。しかし隙が出来たのは事実だ。
急いでダンツフレームと共にアグネスタキオン達へと合流する。
「助かった! 今のは何だったんだ、一体?」
「何って私が作った閃光玉さ。こちらに来てすぐに光蟲を見つけることが出来たからね。不測の事態に備えていたんだよ」
「だからといって自分からその不測の事態を起こすのはどうかしていると思います」
「いやぁ、済まない済まない。流石に気分が高ぶり過ぎた。あれが本物の大型モンスターなんだねぇ」
「……タキオン! 次やったらぶん殴るからな!」
「ね、ねぇ、みんな早く逃げよう? 言い争ってる場合じゃないよ」
「ダンツフレームの言う通り! 私という要介護者がいるのだからね! 早くこの場から逃げさせてくれ!」
いつもの四人に加えてシュガーライツという五人でてんやわんやである。
ティガレックスへの目眩ましが効いている内に、五人は山の中腹である洞窟へと駆け込んだのだった。
「はぁ……はぁ……大変な目に遭ったぜ」
「流石の胆力だポッケ君。絶対強者とも称されるティガレックスの前に堂々立てるとは……」
「タキオン! 元はと言えばおまえのせいじゃんか!」
「まぁまぁ、今はみんな生きて出会えたんだし、それを喜ぼうよ」
洞窟にて。
洞窟は山頂側から入って二手に枝分かれしており、洞窟の中央はぼっかりと大穴が空いている。
その大穴を目前に、五人は改めて状況を確認していた。
「タキオンさん、次にやらかしたらオトモダチに頼みますからね」
「ははは、ティガレックスを相手に何もできなかった君の"お友達"など、相対的に脅威ではな────あぐっ!? 体が、捻れてっ!?」
「……なぁ、ダンツ。前々から思ってたけどカフェも大概じゃね?」
「そういうのはあんまり本人の前で言わない方が良いと思うよ……」
「異世界転移の次はホラーかい? もう何がなんだか……」
マンハッタンカフェのオトモダチの手によりアグネスタキオンが名状し難い物体へと姿を変えられかけているが、旧理科準備室だと割りと当たり前の光景だったりするためシュガーライツ以外はスルーしている。
「つーかよぉ。タキオンを締め上げるのはいいけどまずは下山じゃねぇか? いつまでもこんな寒いとこにいたかないぜ」
「確かに……そう言われるとここ寒いね……」
「寒さに対抗したいのかい? それならトウガラシがあればそれをホットドリンクに……」
「タキオンさん、まだ足りないんです?」
「御託はいいから頼むよ君達。私一人じゃ絶対に生きてられないんだ、こんなとこ……」
「博士のためにも早く山を降りないと……っ!?」
アグネスタキオンの悲鳴も何のその、今更になって震えだした体は文明の温もりを欲している。
一刻も早く下山したいところだが、そんな五人を焦らせるように行く手を阻む者が現れた。
「ギャオッ!」
「ギャッ!」
「ギャギャッ!」
「なんだこいつら。こいつらもモンスターか?」
「確か……鳥竜種のギアノスという種だったかな? 小型の肉食モンスターだねぇ」
「小型!? 私達より大きいよ!?」
ギアノス。
寒冷地に住むランポスの仲間で、かつてはよく似た風貌から白ランポスとも呼ばれていたモンスターである。一体一体はあまり脅威ではないが、それをカバーするように群れでの狩りを主体としており、ボスであるドスギアノスの統率の基であればポポをも獲物とする狡猾なモンスターであった。
この三体のギアノス達にはボスがいない。現在はたまたまティガレックスが雪山を根城としておりボスはそれに殺されてしまったからだ。群れのリーダーを失った彼らの結束は脆く、こうしてティガレックスの目に付かないよう洞窟を主な縄張りにしている。
そんな彼らの最後の楽園とも呼べる場所に奇妙な侵入者が現れたのだ。警戒して当然だろう。
「ふむ……向こうは警戒しているだけだ。一定の距離さえ保てば、襲ってくることはないだろう」
「それほんとか? なんかこっちに近づいてきてないか?」
「この洞窟に長居してほしくないだけなんだろう。私達を追い出したいんだ。彼らとしては、このままさっきのところに私達が戻るのが、ベストのようだねぇ」
「そんなの無理に決まってんじゃん!」
「なら通り抜けるしかない。刺激しないよう横をゆっくり通り過ぎればいい。難しいことではないよ」
アグネスタキオンの言う通り、彼らには襲ってくるような気配は無かった。
ティガレックスのせいで厳しい環境なのだ。余計なことに労力を使いたくない。そういった様子が見て取れる。
「私達の後をついてきてるよ……」
「私達がちゃんと洞窟から出ていってくれるか、それを確実に見たいんだろうねぇ。いやはや、素晴らしい警戒心の高さだ。ティガレックスがいて尚も彼らが生き延びてきた理由が分かるよ」
「おまえってほんと一を聞くと十も喋るのな。今誰もそこまで聞いてねーぞ」
「とはいえ、今ここでは私の知識が重要だろう?」
「だからといって皆さんを危険に晒す真似は認められませんからね」
「分かっているさ。流石に先ほどの行為は冷静さを欠いていた。後で改めて、じっくりと観察する機会を設けるとしよう」
「えぇ……ティガレックスとやらにまた会うつもりなのか……」
五人を追い立てるようにギアノス達はじりじりと詰め寄っていた。それなりの圧が五人に向けられるが、そのおかげで下るべき方向もギアノスから示唆されている。
狭い洞窟の中、車椅子のシュガーライツを運ぶのは難儀したがティガレックスに襲われるよりはマシだろう。洞窟の入り口は広いが内部はかなり入り組んでいるようで、豪快な狩りを得手とするティガレックスが好まない地形なのは明白だった。
道はどんどん狭くなっていく。やがて人一人が通れるかどうかという出口にまで辿り着いた。
「ここが洞窟の終点のようだ。道案内助かったよ、ギアノス諸君」
「ギャッギャッ!」
「ギギャギャッ!」
「ギィ……ギッ?」
「おお……返事してやがる……」
「たぶんさっさと出ていけって、言われてるだけだと思いますが……」
「これ博士の車椅子通れるのかな? ちょっと厳しいような……」
「何から何まで済まない……一度私を下ろして貰って、別々に運んで貰うしかないようだ。工具があれば、解体して運びやすく出来るんだが……」
「無い物ねだりは意味が無いからねぇ。こればかりは仕方ないよ」
車椅子をどうやって出そうかと色々な方向から試してみる。それがギアノスの興味を引いたようで、見慣れぬおかしな物体をしきりに気にする素振りを見せていた。ギアノス達からすれば、このような文明の利器など知るはずがないだろう。
シュガーライツの車椅子で四苦八苦、やっとのことで洞窟を抜け出せた五人。
ここは山の麓に当たるようで、雪はまばらに草原と美しい湖畔が顔を覗かせていた。
「やっと麓だ~! 全くよぉ、いきなり変なところに来ちまって疲れちまったぜ」
「安心するのはまだ早いよポッケ君。洞窟の外、ということはさっきのティガレックスがいてもおかしくないのだからね」
「さっきの場所より結構離れてるだろ。もうだいじょうぶ……」
人は、それをフラグと言う。
「っ!?」
「グギャアアアッ!!!」
空から落下するように降ってきた影。
それは紛れもなく先ほどまで五人を追い回していたあのティガレックスに他ならなかった。
「うそだろ、俺達を追って来たのか!?」
「ふむ……こうなると洞窟に戻るしかないようだが……」
洞窟の出入り口はギアノス達が見張っている。ティガレックスより脅威は劣るとはいえ、強行すれば怪我は免れないだろう。しかし今はその怪我すら承知で戻るしかないとアグネスタキオンの勘は告げていた。
「タキオンさん、さっきの閃光玉は?」
「残念ながら捕まえられた光蟲は一匹だ。道中それとなく探したが他に見つからなくてね……」
「なら仕方ねぇ。俺が前に出るからおまえらはその隙に洞窟へ戻れ。走ればギアノスとかいうのも振り切れるはずだ」
「そういうのはやめてよポッケちゃん! みんなで生きて帰るんだから……!」
「死ぬつもりはねぇよ。さっき見たが、あのトカゲ野郎は早くても小回りは利いちゃいなかった。横に走れば翻弄出来るはずだ」
ジャングルポケットは先ほどの交錯でティガレックスの動きの癖を見抜いていた。ティガレックスは直線的な動きを得意とするが、反面緩やかなカーブは曲がれない。鋭角的なドリフトをかけつつ曲がることは出来るが、それ以上細かい動きは出来ないのだ。
そんな、ジャングルポケットの指摘にアグネスタキオンが光明を見出だした。
「……作戦変更だ。私も前に出よう。ポッケ君と二人で相手をする」
「タキオンさん、何を……!?」
「時間が無いから手短に言うよ。私達が相手をしている間、洞窟ではなく、僅かに開けたあの茂みの奥に向かって走りたまえ」
「タキオンちゃん……!」
「安心したまえ。私の予測が確かなら、
雪山。
地形的特徴からアグネスタキオンはかつて受けた講義の内容とここが合致していることを思い出していた。
(ここはおそらくフラヒヤ山脈……なら、ポッケ村が近いはずだ。誰か一人でも村に辿り着くことができれば、生存確率は上がる)
思案しながらアグネスタキオンはジャングルポケットと共にティガレックスの眼前に躍り出る。
先ほどは学術的興味が勝っていたが、改めて脅威として捉えるとこれほど恐ろしい存在は他に出会ったことがない。鋭く尖った牙に爪、ウマ娘より遥かに大きな図体。どこを取っても攻撃のための進化でしかない姿であった。
ティガレックスは前に出てきた二人どちらを攻めようか決めかねているようで、気性の荒々しさとは裏腹にすぐに動くことはなかった。先ほどの閃光玉を警戒しているのだろう。攻めようとして、また出鼻を挫かれる羽目になるのはティガレックスとしてもごめんだ。
「ちっ……このトカゲ野郎、バカだが能無しじゃねぇな。俺達のことをちゃんと見てやがる」
「ティガレックスは他のモンスターと違って、ろくな縄張りを持たずに徘徊する飛竜でね、その分他のモンスターと戦闘になりやすい特徴だと聞いている。このティガレックスもそれなりの経験をしてきているはずだよ」
「経験の差ってやつか。なら強くて当然だよな」
迷った末に、ティガレックスは右の前足で勢い良く地面を押し退けた。突進ではなく、地形を利用した投合である。
「ふ────」
三つの岩が二人に襲いかかるが距離はある。お互い声も交わさず左右それぞれに散開した。これにより、ティガレックスはどちらを狙えば良いか右往左往することとなる。
「よし、今ので三人は上手く逃げおおせたようだね」
「ってことは、あとは俺らか」
「スタミナ勝負だよポッケ君。菊花賞を思い出したまえ。京都の坂よりはまだマシだろう?」
「……言ってくれるじゃねぇかタキオン……!」
狙いを定めさせてくれない二人に苛立ちが募るティガレックス。牽制の岩投げは意味を成さず、前後を挟むように布陣されているためティガレックスからすると大変不快だった。こんな雑魚、如何様にでも潰してしまえば良いのだ。そう思って愚直な突進を繰り返すが、中々二人を捕まえられないでいる。ジャングルポケットの言う通り、曲がりながら逃げる二人を捕らえられないでいるからだ。
「そらそらどうしたどうした! そんな足じゃ、いつまで経っても俺らに追いつけないぜ!」
「ポッケ君! 君ばかり声を挙げないでくれたまえ! 君に負担が集中してしまうよ!」
「タキオン、おまえだって脚に不安抱えたまんまだろ! それなら俺が相手してる方が良い!」
「……今はそうも言ってられないのだがね!」
「グギャァァァッッッ!!!」
ジャングルポケットの煽りを理解しているはずがないが、事実としてティガレックスはジャングルポケットを狙うようになっていた。ジャングルポケットの大きな声が耳障りで仕方ないのだ。
アグネスタキオンは方針を変え、そこらにある石ころを拾ってティガレックスに投げつける。少しでもティガレックスの気が引ければという策だが焼け石に水だった。最初の内は気にしても、それが脅威でないと分かればティガレックスとて気にしない。
「後は三人が……村に辿り着いてさえくれれば!」
「っ!? タキオン、危ねぇ!」
「ぐっ!?」
僅かにだがティガレックスの尻尾がアグネスタキオンの頭上を掠めた。ティガレックスが意図的に狙った攻撃ではなく、たまたまアグネスタキオンの位置取りが近すぎたせいだ。
しかしそれだけで、アグネスタキオンは額から流血してしまっていた。
「タキオン!?」
「大丈夫、派手に切っただけさ! ……掠めた程度でこれとはね!」
「グギャオッ!」
「てめぇどっち見てやがる! 俺の方を見ろこのやろ!」
血の臭い。
それに反応したティガレックスは標的を変えた。ティガレックス自身の経験として、流血している相手は弱っている者と決まっているからだ。より御しやすい方をターゲットとして狙うのはごく自然的な摂理と言えた。
ジャングルポケットが果敢にもティガレックスに蹴りを入れるが尻尾に弾き飛ばされる。目の前で友人が喰われそうになっている光景に、ジャングルポケットが有らん限りの力で吠えたがティガレックスの興味は引かれない。ジャングルポケットと同じように逃げるアグネスタキオンだったがその脚はかつての皐月賞よりずっと遅かった。
「まずい、万事休すか……!」
「グギャァッッッ!!!」
轟竜のアギトが、今度はアグネスタキオンに牙を剥く。
(なるほど、これが走馬灯というやつかな? 無駄に色んな記憶が思い起こされて悔しいよ)
すわ、惨劇かと身構えたその時────。
「っ!?」
「ギャァオッ!?」
再び炸裂する閃光。
ただし、アグネスタキオンが投げた物ではない。
「全く、おかしな身なりだ車椅子だと、今日は厄日で仕方がねぇ」
アグネスタキオンの後ろ────ベースキャンプのある方向から、やさぐれた男の声が聞こえる。
振り返った先にいたのは一人の男だった。
随所に金属と緑色の鱗を使った装備────リオレイアの素材であろう防具と、それと対になるように担いだ得物は炎のように赤いリオレウスの大剣である。武器も防具もよく見れば、そこかしこに傷や補修された痕が見えていて、長年使い込まれているのは明白だった。
「ティガレックスか。おまえらほんとポポが大好きだよなぁ」
「……! 君は……ハンター……?」
「おう。おまえらのお友達が慌てて村に来たからな。感謝するならお友達にだぞ?」
「ギシャャァァァッッッ!!!」
「うるせぇ。それはもう聞き飽きてんだ。……お嬢さん方、危ないから下がってろよ」
二度目の目眩ましを喰らったティガレックスの視界の復帰は早い。
視界が晴れればそこにいるのはつけ狙っていた雑魚とは違う装いの人間である。しかしティガレックスには攻撃を止める理由が無かった。むしろまた邪魔されたのだと、半身を赤く染め上げ怒りの咆哮を放つ。
だが、男はそれを涼しげな顔で受け流し────。
「隙だらけだ」
「グギャッ!?」
咆哮の終わり際に一閃。
血に逆上せ上がったティガレックスの頭は、おかげで普段よりもずっと柔らかい。噴水のように鮮血が迸る。
そこからは命と命のやり取りだった。
ティガレックスが豪腕を振るい、男を亡き者にせんと迫るがそれを男は紙一重で躱し、すれ違い様に傷を付けていく。大剣を背に納め、必要な時にだけ抜刀し、無駄な動作は一切しない。その様子はある種機械的であると錯覚できるくらいに決まった動作しかしなかった。
「すげぇ……」
ジャングルポケットとアグネスタキオンの二人は、逃げるのすら忘れて一人と一頭が交わす生死の狭間に魅入っていた。ジャングルポケットからすれば、本日二度目の衝撃である。
逃げることは出来ても、敵わないと思っていたモンスターに単身で立ち向かう者がいる。華やかさは欠片も無く、愚直なまでに積み上げられた経験が最適解を行動として起こす。それだけの動き。
これに、感嘆せずいられようか。
(これが、そうだ。
ティガレックスは増えていく傷に劣勢を理解し始める。目障りな小物を苛立ち紛れに潰すつもりが、いつの間にか自身が追い込まれている。そんなつもりは無かったティガレックスは、やっとここで冷静になったようだった。男を前に、脚が進まないでいる。
「頭が冷えたか? 今なら見逃してやる。まだ正式な狩猟許可は出てないもんでね。俺としても、おまえから逃げてくれるんなら楽で助かる。
────さて、死ぬか、逃げるか。おまえはどちらだ?」
「……グゥゥゥ」
「そうかい。ならさっさと帰んな。俺も暇じゃあ無いんでね」
「……!!!」
人の言葉を理解しているはずが無いのだが、しかし態度は雄弁だった。自身の血に濡れた大剣を肩に担ぎ飄々とした姿と、傷に呻き手も足も出ない自分。
屈辱に汚れながらも、ティガレックスは撤退を選択せざるを得なかった。
「……すっげぇ、おっさんめちゃくちゃすっげぇぇぇ!!!」
「うるせぇっての。狩り場で騒ぐんじゃねえって……」
「ポッケ君、ティガレックスに負けない君の声量は時と場を選ぶべきものだよ。他のモンスターを呼びかねないから今は抑えたまえ」
「……お、おう。……すみませんでした」
「分かりゃいいのさ。分かりゃ」
年の頃、三十と少しばかりだろうか。
くたびれた顔つきとは裏腹に、確かな自信を以て鍛えあげられたその振る舞いは否応なしにジャングルポケットの憧憬となる。
「先ほどは助かった。君は……いや貴方は、ポッケ村の専任ハンターかい?」
「ああ。俺はガジル。ガジル・スタンダードだ。ま、積もる話は沢山あるだろうが……まずは村に着いてからだな。そんな薄着じゃ雪山は寒いだろ。早く体を暖めな」
「ガジルさん……! 俺、ハンターになりに来ました……! ご迷惑おかけして申し訳ないっすけど、色々教えて貰えると助かります……!」
「小声で叫ぶとは、ポッケ君も随分器用になったねぇ……」
「分かった分かった。最近そういう奴が多いんだ。少しは手解きしてやるよ」
ガジルの強さに見惚れたジャングルポケットと、呆れるアグネスタキオン。そして慣れた様子のガジル。
新しい世界への扉。
異世界に来てしまった理不尽より、唐突にティガレックスに襲われてしまった不幸より────ずっと雄大な世界への扉が、彼女達を歓迎していたのだった。
自分、2ndG出身です。
だからこう思えるのです。
我が故郷 懐かしきかな ポッケ村
……少し川柳くさくなりましたw
一発ネタの「YAMA育ちのタクトちゃん」が連載できそう。「セイウンスカイとバルファルク」が完結するまで控えるべき?
-
セイウンスカイとバルファルクに集中
-
二作同時連載してほしい