嗚呼、今日も幻想を夢見て 作:G.G.メルセデス
赤い、赤い花が咲き、辺り一帯が染まっていく。
そこら中に散らばる嘗て形を成していた生命。
「どうして、どうしてこんなことを!!」
必死な叫びが鼓膜を震わせる。だが、それはただ煩わしいだけだ。
だが、最後ということもあるので答えておこう。
「理由は簡単だ」
そう、これはただただ──
「──お前達の選択だろう?」
◇
ヤハウェが生み出した生命、人間。いやまだ『 』が含まれていないため
彼らは異常なほど急速な発展を遂げていった。
生み出した家畜や植物といった生命の中で頂点に立ち、我が物顔で地球で跋扈している。ニンゲンは個人の力では家畜などには遠く及ばなない。特にドラゴンなどといった存在に対しては手も足も出ないだろう。
では、何故頂点に立つことが出来たのか
答えは簡単、団結力だ。個ではなく、種として集まることにより力を補う。単純だが他の生命が出来ていないことを鑑みるに、相当難しいことなのだろう。
そして、発展によってニンゲンの強みとなったのが科学力も特筆すべき点だろう。ニンゲンに許された他とは一線を画す頭脳は、この地球を制するには足るものであり、現在ではドラゴンを簡単に殺す事のできる武器が開発されている。
ヤハウェが期待を寄せている人間とは違うニンゲンでありながらも、この世界を制している。
だが、そんなニンゲンにも天敵というものが存在する。
天敵とはなんなのか。ドラゴンにとっては己の炎を防がれ、殺されてしまうニンゲンだろう。私にとっては能力が真反対であるヤハウェだろう。
では、ニンゲンにとっての天敵とは己の長所を潰す相手なのか、己と反対の能力を持っている相手なのか。
それは、否である
己の長所を潰す相手はニンゲンにとってニンゲンであり、反対の能力を持っているのもニンゲンだ。だが、ニンゲンの天敵にニンゲンはならない。
何故ならそれは、ニンゲンの栄華が集団となることによって生まれていると知っているからだ。
故にニンゲン内で争うことはなく、集まることで一つの生命として完成する。ニンゲンに役職を作り、齟齬が生まれないようにしているのがいい例だろう。
では、天敵とは一体なんなのか
答えは簡単、
妖怪とは即ちニンゲンの恐怖から生まれた存在である。ニンゲンが謎や根源的に抱く感情が具現化した存在、それが妖怪なのだ。
つまり、ニンゲンの恐怖の感情が具現化した存在である妖怪は、ニンゲンにとって恐怖の対象となり、更に存在でありながら物理などに対しては強いため殺し方が確立されていないため、手を出す事もできないのである。
だが、それだけならばニンゲンにとってやりようは幾らかある。例えば脳の周波を弄ることによって恐怖心というものを無くす、感情の在り方を変えるというものだ。
妖怪とはニンゲンが抱く幻想の現れであり、その存在が否定されてしまえばその存在も消えてしまう。
物理方面ではなく、精神方面からの攻撃が妖怪にとっては致命傷となり得るのである。まあ勿論不死身ではないので、物理攻撃の仕方によっては簡単に妖怪を殺すことも出来るが。
だが、妖怪にもイレギュラーというものは存在する。
例えば私だ。私も『 』が具現化した存在ということもあり、一応妖怪であると思っている。だが私は私に恐怖を抱かれなくとも消滅することはなく、物理でも絶対に消滅することはない。いや、
他にはニンゲンが抱く根源的恐怖が具現化した妖怪は非常に強力である。最近では闇が具現化した妖怪が暴れている。流石に私とは違い弱体化をすることはあるが、それでも強力なことには変わりがない。
さて、一つのテスト期間は終わりを迎えている。ニンゲンと妖怪の在り方というのはチェックが出来た。
本来の試験官である天使たちは見せることは出来ない。ならば私が出向くしかないだろう。
さあ、選択はどうするのか。見させてもらおうか。
そして、私を魅せてくれ。生ある者の輝きを。
◇
「あの〜どうされたんですか?」
衛兵と思わしき人物から心配そうに声を掛けられる。
現在私はニンゲンに擬態して潜り込んでいるが、街の構造がよくわからなかった所、声を掛けられたというわけだ。……それほど右往左往していたのだろうか。
しかし、こうして公的な職業に就いている者から声を掛けられたのは幸運だ。会いに行きたいのは上層部だけであるため、適当に情報を抜き取ることが出来れば、容易だろう。
「すみません、少し迷ってしまって……」
「もしかして、初めて来られたお方でしたか?」
「ええ、まぁ」
相変わらず愛想のいい顔でこちらの事情を把握していく衛兵。人助けとしては優秀だが、衛兵としては大丈夫なのか不安になってしまう。
「私がこの街を案内させていただきましょうか?」
「あ、じゃあお願いします」
なんと案内までしてくれるという。余りの警戒心のなさが逆に怪しくも思えてしまうが、情報は得ておくに越したことはないので素直に応じる。
現在いる街は言わばニンゲンの世界の中心地であるため、最も発達しているといっても過言ではない。所々に機械的な印象を受ける建造物が設置されており、警護、生産などを的確にこなしている。家屋は別に機会的な印象は受けないが、なんらかのプロテクターにより下手に手出しは出来ないようにもなっている。
衛兵は装備として銃と呼ばれる兵器を持っている。これはこれまでの調査によると、生命体を簡単に殺すことが出来ることが確認されており、殺傷能力が高いものだと思われる。さらに、服装では妖怪対策のためか、私でも少し触れたくないと思うような独特の気配を纏っている装備を身に着けており、衛兵としての役目は果たすことが出来るものだと推測できる。
そして、現在私を案内してくれている衛兵だけに限れば、街で見かける他の衛兵とは違い、服に勲章のようなものが付いている。少なくとも上の立場のものであることは間違いがないようだ。
勿論娯楽施設等も整っており、特に科学力を使った擬似的な追体験が人気なようだ。
私も興味がわいたため、衛兵に許可をとって店の中へ入る。幸い金は事前に用意してあるため、多少ならば問題はない。
店名は『レイセン』。中々独特な気がする。
「いらっしゃいませ。あれ、初めてのお客様ですか?」
店内に入って早速声を掛けてきたのは若く見える男性。まあ正直外見で年齢は判断出来ないため参考にはならないが。
店内は白や青といった色で構成されており、カプセルのようなものが設置されている。あれが使用する器具なのだろう。
「ええ、少し興味がわいてきまして」
「なるほど〜、まあ時期が時期ですもんね」
時期? よくわからないが、順当な理由が存在するのだろう。
店員からカプセルの説明をされる。カプセル内に入ると、私の認識に侵入し、風景を錯覚させる仕組みになっているという。言わば夢を見ているような状態ということだ。
勿論自分一人で覚醒することも出来るため、事故等の可能性はないという。
『大人気! 月面旅行』と書かれたカプセルを勧められたため、中に入ってみると周囲の風景が一般する。
先程までの店内とは打って変わり、白黄色が辺り一面に広がり、所々にクレーターが出来ている。これは──間違いなく月の風景だ。
ヤハウェが創った後、少しだけ遊びに行った際の風景と重なって見える。なるほど、中々正確に作られているらしい。
月から見る宇宙というのは風情があり、素直に美しいと思えた。これが実際に見ていないとはわかっているが、それでも素晴らしいと思う。
一通りの体験は終わったようで、意識が覚醒し、ゆっくりとカプセルが開かれる。
娯楽としては中々堪能することが出来た。やはり実際に見るのが一番なのだろうが、それが不可能な場合は科学の力に頼っても良いかも知れない。
店の出口の方へ向かうと、其処には店員が立っていた。
「いかがでしたでしょうか?」
「初めての経験でしたが、非常に感動しましたよ」
「そうですか! それは良かった」
最初は商売文句かのように思ったが、心の底から安心しているようなので考えを改める。
どうやら自分の仕事に対しては真摯であり、誇りを持っているようだ。
「実はそれ、自作なんですよ」
「えぇ!? それはすごいですね!」
それに関しては素直に感心をしたため、高く評価をしておく。
だがそれでも店員、いや店主の顔は晴れない。
「ですが中々いい評価は貰えないんですよね...私なんかよりもよっぽど優秀な頭脳様の発明のほうが素晴らしいですからね」
「なるほど」
所々で聞くのが「
これは特定の人物を指しており、間違いなくニンゲンの中で上位の立場の存在だ。そして、肩書から考えるに相当な頭脳を持っている様子。流石に元全知全能であるヤハウェには敵わないだろうが、それでもここまでの発展に大いに影響を及ぼしていることから油断はしないほうが良いだろう。
聞き込みをしてみると、曰く「賢者様が国を率いてくれている」曰く「頭脳様が大黒柱だ」と高い評価しか聞くことがない。ここまで高評価だと、より興味がわいてきてしまう。
「私はこれでも一端の発明家。自分の名前を歴史に刻めるような存在になりたい! ....なんて」
そう言い切ると完全に意気消沈してしまう。自分の夢ではあるものの、これまで否定をされてきて、さらに其処に頭脳とまで称される人物が現れた。そして下を向いてしまうような性格になってしまったのだろう。
だが、その夢は──
「素晴らしいと思いますよ。あなたの作品も、あなた自身の夢も」
「...え?」
「挫けながらも直向きに夢へ向かって努力をする様は、ある者から見れば滑稽に見えるかもしれません。ですが私はその姿が確かに”素晴らしい”と思った」
これは紛れもない本心である。自身の夢へと向かうその姿は確かに素晴らしく、また美しい。
『 』からの開放を望んでいながらも、自分では中々動かなかった私とは違い、着実に歩を進めている。それが酷く美しく、そして強く見えてしまった。
諦めない心、挫けない心。口で言うのは簡単だが、実際は凄く難しいものだとも思う。
嗚呼、素晴らしい
「...本当ですか?」
「ええ、本当です。あなたも別に諦めているわけではではないようですし」
「それは」
彼の瞳には、確かに光が宿っている。夢を諦めたものの瞳というのは、酷く空虚であり、全てを捨てて『 』になってしまっているか、逆に闇に染まってしまっているかのどちらかである。
だからこそ断言が出来る。まだ彼は夢を諦めていないと
「夢を叶えるには過程が必要になります。まずはその過程の目標を決めてみては?」
「なるほど」
少しだけ助言をしてみると、彼は頭を回転し始める。彼自身は私が素直に素晴らしいと思うほどの発明家であるため、今後何らかのアクシデントがない限り著名になるのは間違いがないだろう。
だが、万が一ということもある。だからこそ、私は今ここで背中を少し押してあげるだけだ。
「『レイセンの名前を有名にする』なんていうのは?」
「良いんじゃないでしょうか。あなたなら出来ますよ」
まずは店を有名にするらしい。まあいいんじゃないだろうか。別にこの店にあるのはカプセルだけではない。商売のやり方を工夫すれば、間違いなく有名になることはできるだろう。
話が一段落ついたところで、店の外から衛兵が入ってくる。流石に長居をしすぎたかもしれない。これ以上衛兵を待たせるのもよくないので、この店からは退散させていただこう。
「今日はありがとうございました。中々楽しめましたよ」
「いえ、こちらこそ。なんだか道を説いてもらったみたいで...ありがとうございました」
そう言うと彼は頭を下げた。私が思っていた以上に悩んでいたのかもしれない。
だが私も彼に感謝をしている。この1軒のお陰でニンゲンに対して別の見方が出来そうなのである。面白いニンゲンもいたものだ。
彼が今後どのように動いていくのかは興味があるが、今の私は個人の判断で狂わせてはいけない内容を請け負っている。少し残念に思いながらも店を後にした。
「彼は今後有名になるでしょうね」
「へぇ、そんなに面白かったんですか?」
「まあそれもありますが、彼自身が面白いのでね」
外で待っていた衛兵と軽く会話をしながら街を歩いて行く。
ニンゲンの中の「個人」を知ると、見方も変わってくるわけで、あのニンゲンはどのように生きているのかという好奇心がわいてくる。
「賢者様と頭脳様か」
このニンゲンの社会を形成した二人の人物は特に好奇心が反応する。
「もしかして賢者様や頭脳様に会いたい感じですか?」
「ここまで人気でいらっしゃると確かにそう思ってしまいますが」
「じゃあ会いに行きましょうか!」
国の要人相手にそう簡単に会えるとは思えないため、怪しく感じてしまう。
「...本当に大丈夫なんですか?」
「ええ、今は大丈夫ですよ」
いつもの愛想の良い顔が急に胡散臭く見えてしまう。絶対に何かしらの裏が隠されている。でなければこんな事があって良いはずがない。余程ニンゲンのことを信用している馬鹿くらしかしない選択であるため、罠なのは確定だと言っても良いかも知れない。
だが、罠だとして何故罠にかけるのかがわからない。単純に私が妖怪であるとわかっているならば消しに来ればいいだけの話であり、こんなに曲がり道を通る必要はない。可能性は低いが────
「疑問に感じてしまわれるのも分かります。ですが、ちゃんと理由はありますよ?」
「理由が?」
「はい、実はこの少し後、
月へと移住? 確かに計画が完成段階まで至っているのならば、立役者とも言える二人に会うことが出来るというのもわかるが、何故移住をするのかがわからなくなる。
「何故月へ?」
「...”穢れ”というものは知っていますか?」
穢れ? そんなものをヤハウェが創っていた記憶はない。恐らくニンゲンが作った言葉なのだろう。
しかし、地球は現在は綺麗であり、穢れなど存在するようには見えない。となると物質的なものではなく概念的なものなのだろう。
「”穢れ”とは即ち、生きることと死ぬこと。特に生きるために死を作らなければならない状態が”穢れている状態”だと言われています」
成る程、以前は海で生存競争が行われ、その勝者のみが陸上へと進出を果たし、支配を進めた。そしてそれは陸上でも同じことが起こっている。
つまり、生存競争から発生する生や死が穢れということだ。
「成る程、そのために」
「ええ。大きな声では言えませんけど、私自身は別に穢れは嫌っていないんですけどね。それが生物としての定めだと思っていますし」
「ふふっ、ハハハッ! そうですか。ええ、そうですか」
生と死という生命の在りようの否定
それはそれは────
「なんとも、理解が出来ないな」
これは少し、そう少し“お話”をしなければならない。
私の知識欲を満たしてくれることを、どうか、願おう。
◇
国の中で最も高く、豪華である建物の中へ入っていく。明らかに国の上層部がいる建物であり、ありとあらゆる所で警備が成されている。
明らかに一般人が入れるような場所ではなく、ここに誘い込まされていたことがよくわかる。
──ザッ
周囲から急に衛兵が飛び出してきて、包囲を形成される。手には銃が握られており、不審な動きをしたら間違いなく撃ってくるだろう。
すると、案内してくれていた衛兵が背後から手錠なような物を私に付けながら静かに口を開く。
「.......気付いていたんですよね? 私が誘導していたことを」
「ええ、勿論」
勿論気がついていた。『レイセン』から出た直後から明らかに感じる視線が増えていた。そして、国の上層部に簡単に会うことが出来るという違和感。更に、穢れの話題を出したときに生まれた私への明らかな警戒心。
明らかな誘導である。それがわからない程私も馬鹿ではない。
では何故わざわざ誘導に乗ったのか。
それは簡単、単純に都合が良いからにすぎない。
別に上層部に会うだけならば国民を皆殺しにして炙り出すだけでも良かった。ニンゲンがどのような生活をしていたかだけを知ることができれば大丈夫なのだから。
だが、私はその選択を取らなかった。一番大きな影響は『レイセン』の店主のように、一般市民の在り方を知ったことが大きかったのだろう。まだ成長途上であり、殺すのが惜しい人材というのも存在するように思えてしまった。
だからこそ、私はこの誘導に乗ることにした。最も平穏な形で賢者や頭脳と会うことが出来る理想形。
私の予想が正しければ、ここに誘導した理由は────
「ご苦労さま、もう大丈夫よ。ここからは私一人で」
左右で青と赤にい分かれる特徴的な服を着こなし、長い銀髪を三つ編みにしている美しい女性が前にでる。
他とは一線を画すほどの存在感とカリスマを持っており、現在の場を支配しているのは彼女といっても過言ではない。
彼女の言葉を受け、衛兵達は下がっていく。案内してくれていた衛兵の表情が気にかかるが、今はそれよりも優先すべきことがある。
「ふぅ。では少しお話願えるかしら?」
「それは願ってもない話だ。国の頭脳殿」
────私と国の頭脳殿との対話だ
コツコツコツッと建物内の廊下を歩く音が響く。会話がない空間というのは居心地が悪く感じるものだが、現状ではそうも言っている場合ではないだろう。
歩いているのは二人のみだが、所々から視線を感じることがある。私が途中で暴れ出したりしないよう、遠隔で監視しているのだろう。
すると、一際重厚な扉の前で彼女は立ち止まった。
「では、入って」
扉を開け、中へ入るように促される。ここで対話を行うのだろう。
部屋の中は厳正な雰囲気を感じるような作りになっており、中央に円形の机を置き、周囲に座ることが出来る椅子を置いている。普段はここで会議等を行っているのかもしれない。
二人きりの空間ではあるが、まだ何処か別の存在を感じる。恐らく有事の際にいつでも入ることが出来るように待機しているのだろう。
中々警戒されているらしい。理由は私が初めて見るニンゲンだから、ではないだろう。
「先に自己紹介しておくわ。私は八意××、周りからは永琳と呼ばれているわ」
だが、そんな空気を全く感じさせない自己紹介を相手はしてくる。流石に肝が座っているらしい。
私も周りに合わせて、今後は彼女のことを永琳と呼称しよう。
「それで、何について話し合うんだ?」
「まあ落ち着いて。随分と口調が変わったわね」
口調の変化に気がつくということは、これまで街中で行ってきた会話は全て漏れていると考えて間違いない。
だが、それを私にわざわざ口外に伝えてくるとはどういった意図があるのだろうか。
「そういう事もあるだろう」
「そういうものなのかしら?」
実際には雰囲気にあてられてただ敬語風になってしまっただけだが、それを言う必要はないだろう。しかし、こんな日常会話のようなことをしている間にも、彼女からの注視は止むことがない。
「では本題に入ろうかしら」
突然、彼女の雰囲気がガラリと変わる。初めてあったときのような、圧迫感すら感じさせるプレッシャー。だてに国の頭脳とは呼ばれていないらしい。
それほどまでに重要であるという本題とは何なのだろうか。いや、大方の予想はつく。
「率直に聞くわ。────あなた、何者なの?」
私が何者であるか。
哲学的な物ではなく、種族的な物など、私個人について聞いているのだろう。
「入国時にあなたから出ていた波長はこの地に住まう者のものではなかった。かといって、完全に妖怪などとも言い切れない不思議な波長をしていた。実際に対面してみても、浮世離れした空気を感じる。今までの観測上存在しなかった者。...本当にわからないわ」
科学的根拠に基づく私という存在の推察。確かにある程度は捉えているが、完全ではない。
私自身が私の種族がわからないため、他者が断言するのは困難だとは思うが。だが、手掛かりがありさえすれば、彼女ならば辿り着けるのかもしれない。
故に彼女に問おう。
「『 』を知っているか?」
私の根源である『 』を知らなければ話にならないだろう。
現在ニンゲンからは“無”と呼ばれているそうだが、それはあくまでも一般的にそう呼ばれているだけの名称であり、実際は言葉での形容が不可能なほど、複雑であり、単純なものだ。
「『 』って私達の中にある不可解な空洞のことかしら?」
「まあその解釈で間違ってはいない」
流石に科学力が発展しているだけあり、自分達の体についてもよく知っているようだ。
しかし、空洞とは中々に面白い表現をする。
『 』とは言わばヤハウェやへカーティアとの一線である。私が無であり、人間が有だとすると、彼女達はその次元を超越した位置にいる。それが、ニンゲンがカミを超えることの出来ない一線なのだろう。
「私はいわば、その『 』が具現化した存在だ」
私が素直に言い切ると、永琳は目を見開く。
まあ自分でも理解出来ていない存在が具現化した状態で現れたのならそうなってしまうのも仕方がないのかもしれない。
「道理でよく分からない波長が出ていたのね……」
「ほう……」
少し感心をした。もう少し取り乱すものかとも思ったが、案外落ち着いている。流石に国の頭脳と呼ばれるだけある。
「疑ったりしないのか?」
「しないわ。態々ここで嘘をつく理由がないもの」
やはり落ち着いている。自身だけでなく、他者をも俯瞰的に、そして客観的に見ることが出来るのは素晴らしい。
私のなかで彼女の評価は高いものとなっている。恐らく、ニンゲンのなかで最もヤハウェに近い存在だろう。もし彼女に『 』が無かったならば、より上のステージに立っていたかも知れない。
「で、そんな存在がこの国に何の用かしら」
用事を聞かれる。それもそうだ。今の私はこの国にとっての不純物であり、爆弾のような存在でもある。安全性が保証されていないものを簡単に国には置いておきたくはないだろう。
本来ならば、ここで当たり障りのない返答をするのが正解なのだろう。だが、私は彼女が上のステージを知ったとき、どのような反応をするのかが気になる。確実に後でヤハウェからはグチグチ言われるだろうが、好奇心のほうが勝る。
「この国を潰しに、と言ったら?」
「私があなたを潰すわ」
試すために言った言葉だが、彼女はキチンと反応してくれた。
国の頭脳としての責任感と、使命が乗った確固たる意思を持った強い目、つい憧れそうになってしまう。
「まあ、それは冗談だと思ってくれて良い。実際はこの国がどのように生活しているかを調べていただけだ」
「そうだと仮定すると、何故調べる必要があるの?」
流石にヤハウェとの関係まではわからないらしい。当事者でなければ分かるはずもないとは思うが。だが、ここでヤハウェの情報を開示していいものかは迷ってしまう。
彼女達のやり方としては、現在は表立つことなく、人間が誕生してから動くらしい。ヤハウェが表の神を務め、ヘカーティアが裏の神を務めるとか。
そんなとき、脳内に声が響く。
『情報開示して大丈夫だよ〜』
ありがたい神からの啓示のようだ。この神モードではないということは、こちらの様子を伺いながら未来の菓子でも貪り食っているのだろう。だが、ヤハウェならばこの先の展開も理解出来るはずだ。それを咎めてこないということは、ある種の肯定なのだろう。
だが、ヤハウェの存在を知ってどのような反応を示すかは未知数だ。もしかしたら打倒ヤハウェを掲げるかもしれない。その際にはニンゲンに黙祷を捧げよう。
「理由を話すとなると、一つだけ確認をしておく必要がある」
「何かしら?」
「悪いが、ここから先の情報を得るということは、世界の真理に近づくことになる。それは理解が超え、自分が壊れることにも繋がるかもしれない。
明らかな誇張表現ではある。恐らく今ヤハウェは飲み物を吹き出して横転しているだろう。
だが、これ以上はニンゲンにとって未知の領域になる。そこまで踏み込んでくるならば、相応の覚悟が必要になる。その覚悟を持っているのか、それが最も大切だ。
彼女は恐らく今悩んでいるのだろう。国の頭脳としての立場と、八意永琳としての個人の気持ち。それらがせめぎ合っている。
もし、立場を取るのだったら、この提案は断るべきだ。未知の領域に踏み込むには時期が悪い。ここでもし死ぬことなどになったら、国は暗雲が立ち込めるだろう。
だが、個人としてならばこの提案は受けたいはずだ。彼女は学者であり、発明家でもある。好奇心や知識欲というのはそう簡単に抑えられるものではない。
「...少し考えさせて貰えるかしら」
「構わない」
時間ならば幾らでも取ろう。彼女、いや
ここでの会話は勿論監視されており、録音もされているだろう。故に彼女達だ。ニンゲンによる決定を私は見てみたい。
すると、コツコツコツっと廊下を歩いてくる音が部屋に響く。先程の会話を聞いて誰かがやってきたのだろう。
少し慌てているような雰囲気を感じるが、存在感は離れていてもわかるほどで、決して永琳に引けは取らない。となると、人物は限られてくる。
「失礼する」
入ってきたのは若い男性。見た目は若く見えるが、その顔や瞳にはこれまでの重圧や責任が見える。そして何よりも、”自分”を持っているのだろう。
ヤハウェやヘカーティアといった神々は自分を持っているが、ニンゲンは稀に人形のようにしか見えなくなる時がある。だからこそ、自分を持っている人物というのは総じて絶対的な自己を持っているのだ。
そして、この場に入ってこられるということは────
「月夜見? どうしてここに..」
やはり、国の賢者と呼ばれている人物。月夜見だ
国の重役二人揃いとは中々に好都合であり、本来の目的も達成出来そうではある。
「先程の提案、受け入れさせてもらえないだろうか」
なるほど、正直驚いた。ここまで即決するとは
後先を考えていないわけではない。それでは賢者などと呼ばれる訳がないからだ。
性格を表すならば豪胆といった所だろう。恐らく、月への移住を提案したのも彼だ。となると、穢れについても彼が提唱したこととなる。
中々興味深い人物であることは間違いがない。
「何故そう決断した?」
「……自惚れている訳ではないが、我々は確かにこの地球上で最も繁栄している種族だろう。だが、そこで歩みを止めてはならない。もっと愚直に、貪欲に進化をする必要がある」
「その機会が今回だと?」
「そうだ」
種族としてニンゲンを見ている上役らしい意見だ。
だが、その言葉には自分に言い聞かせているような重みが存在し、確かに心に訴えかけてくる。
正直、人間ではなくニンゲンが発展しすぎるのは好ましいことではない。だが、ここまでの心意義を見せられると、少し考えが揺らいでしまいそうになる。
——嗚呼、それはとても
「素晴らしいッ!!」
フィンガースナップとともに、世界が広がる。
そこは私の中、つまり『 』である。
「では話そうか。この世界について」