嗚呼、今日も幻想を夢見て   作:G.G.メルセデス

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サリエルは旧作
様々な宗教ごっちゃ混ぜ、東方で謎となっている部分が多いので殆ど独自解釈です。
書きたいことが多すぎて言葉足らず感があります。




四話 神々が集う地

 

 一つの世界が滅んでいく。

 人々はいつもと変わらずに生きている。だが、その顔に生気はない。

 いや、そうなると存在しているだけである。

 そう、誰もが無機質になってしまっているのだ。

 

 人とは脆いものだ。

『信じる』という代償への覚悟が足りないのだろうか。いや、周りが見えず、信じることしか出来なくなっていたのだろう。

 故に、世界は滅んでいく。

 そして、人々は口を揃えて叫ぶのだ。

 

 ──『神は死んだ』と

 

 

 

 ◇

 

 

 

 生命が一度根絶やしになってから、新たに誕生した生命は急速に成長していった。

 前回と同じく、海から生存競争は開始され、やがてそれに勝った強者は陸で暮らすようになっている。そして、それらは生き残るため、空を飛べるようになったり、水陸両方で生き残れるようになったりと、様々な進化を遂げていっている。

 一度、自然な火山の噴火によりある程度は減ってしまったが、それでもまた新たな生命は芽吹いていっている。これは良い兆候だろう。

 

 だが、まだ人間は誕生していない。どうやらこれから数千万年後のことのようだ。

 某が月夜見達と別れてから数億年経っているため、退屈がそろそろ体を蝕んでいきそうなほどである。正直、こっそりと月へと出向いてもいいかもしれないと思っている。

 

 月といえば、サリエルが少しだけ怒っていた。

 

 曰く、『私は一応月の支配者なのに、彼らが連絡せずに勝手にやってきたせいで、急いで霊魂を移動させないといけなかったんですけど!? しかもなんですか、私は死を操っているのに、死を嫌う者達がやってくるとか相性最悪じゃないですか!!』

 

 これには某も素直に謝罪するしかなかった。というのも、近頃天使達の不満が溜まってきており、ヤハウェが嘆いていたからである。それに油を注ぐような行動は本来は慎まなければならないが、抑えきれなかったようだ。

 天使達は部下という立場であるため、何かと苦労することが多い。さらに仕事時間も長いため、近頃ストライキを起こすという噂があるほどである。

 某からすると勝手にすればいいとは思うが、ヤハウェからすれば中々大きな問題でもあるようだ。それならば真面目に仕事をしろと言いたくはなるが、それで聞いてくれるならば現状には至っていないだろう。

 まあそれも選択の結果ということで黙ってもらうしかない。

 

「え〜! どうしよう?」

 

 だから、今某の眼の前で起こっている光景も選択の光景なのである。

 体全体を仕事机に投げ出し、両腕を伸ばして今にも泣きそうになっているヤハウェ。これが世界を創造したといって、何人が信じてくれるのだろうか。

 

 ヘカーティアはありとあらゆる世界の地獄を創っており、今この場にはいない。地獄創りが案外楽しいようで、最近はテンションが上がっている。服にWelcome hellと書かれたのが良い証拠だろう。

 天使達も生命に対しての今後の策などを講じており、各々が役目を全うしている。正直有能な者が多く、彼らだけで世界を運営出来てしまうのではとヤハウェが思うほどだ。

 つまり、この世界の責任者は皆仕事熱心なのである。

 

 だがヤハウェ、てめーは駄目だ

 

 仕事をこれでもかというほどしない。恐らく事務所的な場所を作って皆で働いた場合、ヤハウェは窓際の端っこで居眠りをしているだろう。

 名誉のために弁明しておくと、仕事は出来る。そう、異常なほど仕事は出来るのだ。流石に世界を創造したり、全知全能を謳うだけあり、仕事効率に関しては誰にも負けない。

 

 だが、やる気が全くないのである。

 某も薄々気がついていた。世界創造の際、7日目は居眠りをカマしたり、世界の情報を話すことを安易に許可したり、未来で作られるポテチを貪り食っていたりと中々散々なものである。

 それでいて、この前サリエルが月の秘密を月人に教えてもいいかと尋ねると、速攻で駄目だと答える支離滅裂な行動。これが上司でいいのかと天使達が疑問を持つのも当然の流れだろう。

 

 某は、自分が今遠い目をしているのだろうと思う。

 失望した訳ではない。元々予感していたからだ。言うなれば呆れ、というのが正しい。

 

「どうしたんだ? 駄目神」

「酷い!!」

 

 だから、対応が辛辣になってしまうのも仕方がないことだ。

 駄目神とは、某が考えた諢名もとい蔑称である。ヘカーティアが有能な神であるのに対し、ヤハウェはこの有り様である。正直表にである神を交代したほうが良いんじゃないかと思わなくはない。

 するとヤハウェがやっと落ち着いてようで、口を開く。

 

「いや、別の神たちとの話し合いがあるんだよね〜」

「別の神?」

 

 別の神、というのは初めて聞いたと思う。

 某にとって、神とはヤハウェとヘカーティアの二人であるため別の神というのが中々想像がつかない。だが、ヤハウェがここまで悩むということは、月人のように個人間での関係性というものが存在するのだろう。

 関係性というのは中々複雑なもので、単語で表すことが可能な域を超えることが稀にある。

 例えば、月夜見からすると月へと連れて行った者は皆彼の親族だが、各々へ向ける信頼、感情は全く違うだろう。某からしてもヤハウェとヘカーティアが友人だとしても、関わり方が大分違う。ヘカーティアには尊敬を払うような物だと納得をする。

 

「関係が拗れているのか?」

 

 故に某は他人の関係性に突っ込んでいく。各々の関係の違いというものを知りたいからだといってもいい。

 正直、これが一般人であれば口を憚るのかもしれないが、今話しかけた相手は他ならぬヤハウェである。面倒なものはぽーんだ。

 

「うん、まあね」

「なるほど、それで......面倒だな」

 

 某からすると、個人の関係というのは第三者から見ると面白いものだが、自分が当事者になると面倒なものだと思っている。

 今回関係で悩んでいるのが、世界創造で手を貸しているヤハウェであるため、某にとっても他人事ではない。

 

「そうなんだよね。でも、話し合わないといけないから」

「そもそも別の神とは何者なんだ?」

 

 ヤハウェはハッとして某のほうをみる。そう、この神今まで某に説明していないことを忘れていたのである。

 某はその様子に気が付き、溜息が出そうになるが、いつも通りのことだと思い、反応することを辞める。

 ──これもある種の進化か。などと悟りを開きそうになっている。

 

「どう説明しようかな」

 

 その言葉をヤハウェが発した時、某は少し驚いた。

 何故ならばいつもは滅多に見ることが出来ない創造神としての風格を携えていたからである。

 他の音が聞こえなくなったかのような、そんな感覚。

 月夜見ともまた違ったカリスマを感じ、某はやはりヤハウェは創造神なのだと再認識する。今まで少し疑いかけていたのは秘密である。

 

「この世界に並行世界線があるのは知ってる?」

「ああ、勿論」

 

 勿論知っている。何しろ月夜見に選択を迫る際、わざわざ選択から生まれる結果。つまり世界を見せたのだから。

 

『世界は選択と可能性から成り立っている』

 

 これは世界創造に関わった者ならば誰しもが知っており、知能があるものならば考えるものだろう。

 もし、あの時、という”if”によって世界は分かれていく。例えば某が世界創造を手伝っていなければ、月夜見の決心はまた違ったものになっていたかもしれない。

 そのように、世界は分岐を幾つも重ねているのである。

 

「まあそれがこの世界以前の根本的な所から発生していて、世界創造している神が複数いるのよ」

「ふむ」

 

 某は少しだけ驚いた素振りとともに、納得の表情を見せた。

 というのも、この可能性については考えていなかったわけではないからだ。

 世界創造を始まりの一とした場合、私は一以下の所から始まっている。だからこそイレギュラーと言われたのだろうが、それならば私以外の一以下であるヤハウェやヘカーティアもイレギュラーである。ならば、他の存在がいた所では不思議ではない。

 だが、そうなると一つ疑問が浮かんでくる。

 

「何故、その神達は姿を見せていないんだ?」

 

 世界創造を出来るのならば、世界線を超えた複数存在も可能である可能性がある。というか出来るだろう。

 それなのにこの世界に姿を見せていないというのは疑問になっても当然だ。

 すると、ヤハウェは少しつかれたように答える。

 

「私達”神”という存在は人間の信仰から成り立っている」

 

 信仰から成り立つ、つまり畏れから成り立つ妖怪と同じようなものだと納得をする。

 すると、ヤハウェやヘカーティアは何なのか。

 

「お前達は?」

「私達は世界創造に当たって、他の神から力貰ってるのよ」

「なるほど」

 

 少しずつ話の流れが見えてくる。

 世界を創造出来る神の代表として、この世界線で世界創造をしたヤハウェとヘカーティア。だがそれは他の神から力を貰っている状態で顕現しているから可能だったことだと。

 

「つまり、力を返す時が来たと?」

「まあ、そういうこと」

 

 世界はある程度形を成しており、たった数千万年後には人間も誕生し、信仰も盛んになるであろうため、確かに時期としては間違っていないだろう。

 信仰さえあれば力を今の状態に戻すことも出来るため、大した問題にもならない。

 力を返すことと、人間の信仰によって神は顕現し、ヤハウェ達も信仰で力を取り戻すため双方に損はない。

 

「だが、他の神と関係が拗れていると」

 

 ヤハウェは別に嫌悪をしているような様子は見せていない。だが、苦手にはしている。

 ヤハウェと同じく世界創造が可能な力を持っているとなると、間違いなく闘いにも強い。最悪、戦闘に発展した場合は世界一つ滅ぶくらいの覚悟が必要だろう。

 

「そもそも相手はどのような神なんだ?」

 

 流石に他の神全員と関係が拗れているということは無いと思い、問う。

 相手がどのような神かわかってさえいれば、まだ対応のしようがあるからだ。

 

「倭、いや日本っていう国の三人グループの神の中で一番偉い神」

 

 なるほど、とある程度は理解が進む。

 ヤハウェはグループに対してではなく、その中で個人に対して苦手を抱いているのだろう。

 

「なんか色んな世界線で信仰を得られなかったらしくて、荒ぶってるのよ」

 

 神の魂には2つの側面がある。それが荒御魂と和魂だ。

 今ヤハウェが話している神は、荒御魂が大きく現れており、普段とえいも荒々しい側面が現れているのだと思われる。

 信仰はやはり神にとって重要なものらしく、強大な神ほどより多くの信仰を必要とする。創造神ともなれば、他の神とも一線を画す。

 だが、その倭の神は信仰を得られておらず、窮地に陥っているらしい。

 

 正直、某とて神とは事を構えたくないのが本音である。

 ヤハウェとヘカーティアの例を見ると分かるように、このレベルの神ともなると、殺せることがまずない。さらに殺し合いともなると、周囲への被害が尋常ではないからである。

 勿論、この世界で戦うならば一瞬で片がつくかも知れないが、此処まで出向いてくる神はいないだろう。

 だが、ここで放置してヤハウェとその神がやらかすというのも望まれた結末ではない。

 

 某は確信をする。

 ──ここが分岐点の一つであると

 

「それで、お前はどうしたいんだ?」

 

 故に問う。最も重要である問いを。

 縁を切りたいのなら私がきっかけを作ってもいい。殺したいのなら私も加勢しよう。

 だが、考える素振りすら見せずにヤハウェが導き出した答えは

 

「どうでもいいかな」

 

 余りにヤハウェらしい答えに、某から少し笑みがこぼれる。

 相手は創造神の一柱であるというのに、どうでもいいと言ってのける豪胆さ。いや、本当にどうでもいいと思っているのだろう。

 そこで、某は気付く。

 

「別の世界線で最も信仰を得られているのは」

「うん、私」

 

 ある程度予感はしていた。話を聞いていると、他の神は複数人で世界を創造していっているというのに、ヤハウェは一人で創ってのけた。ヘカーティアもいたが、彼女は地獄を創っているため世界創造には関係がない。

 納得が出来る。信仰を最も得ていて、一人で全てを成してしまう。

 それは、絶対神といっても過言ではないのだろう。正直、彼女ならば力を貸している状態でも顕現が出来てしまう気がする。

 

「正直、余りに突っかかってくるなら消してもいいとは思ってる」

 

 それが一番楽な方法なのだろうと思う。

 困ることといっても、その神が創造した世界が少しおかしくなってしまうくらいで、この世界に影響はない。

 だが、ここで消すということは、未来でその神との関わりが途絶えてしまうということでもある。

 ここで消すか、残しておくかという二択。それならば──

 

「私にもその神を見せてもらってもいいか?」

 

 結論を急ぎすぎても良くはないと某は思う。

 勿論、ある程度の方針は決まっているが、完全に決定するのはどんな人物か見てからでも遅くはない。

 

「何、興味でもわいたの?」

「ああ、今後の楽しみになるかもしれないからな」

「わーお戦闘狂」

 

 ヤハウェだけには言われたくないと某は思う。

 何しろ、客観的に考えて、他人の世界に突然入り込んで、殺しますなどという者から戦闘狂と評されても説得力がない。

 それに、何しろ闘いをしにいくわけでもないため、安易に決めつけはやめてもらいたいものだ。

 まあ、冗談なのだろうと受け流す。

 

「それで、何処でその話し合いは行うんだ?」

「ここ」

 

 ん? 耳がおかしくなってしまったのかもしれない。

 念の為もう一度聞いておく。

 

「....何処で?」

「ここで」

「....何時から?」

「今から」

 

 今、某を襲っているのは呆れすらも通り越した、表現しがたい感情である。

 危うく波に飲まれそうになってしまうが、一つだけ。仕事を請け負うものとして言っておこう。

 

「報連想はちゃんとしろよ?」

「...はい」

 

 後でルシファーにちゃんと教育をするように言っておこうと某は決意した。

 天使リーダー兼社畜ルシファーもとい神綺の仕事が一つ増えた瞬間である。

 

 

 

 

 カチッ

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「ふぅ」

 

 某はゆっくりと息を整える。別に緊張しているわけでもなければ、息切れしているわけでもない。

 ただ、自分一人が神という部類に属さないので、話が合うかが気にかかるのだ。

 某は別に神を特別視してはいない。博愛というわけではないが、人間であろうと、妖怪であろうと、神であろうと、そこに”存在している”ということで、平等に接している。

 

 だが、今の状況は好ましくない。

 各々が創造神ということで、逸般した力を持っているのは確実である。ヤハウェが最も強いとはいえ、下は知らないため、確実なことはいうことが出来ない。言うなれば、世界を滅ぼすことが出来る兵器が睨み合っている状態なのである。

 そこでもし、戦闘に発展したら──

 

「──面倒だな」

 

 一々能力を使って、過去に戻らないといけないのである。正直、この一回で駄目だったら、戦闘を始めた神を皆殺しにしてやろうかとも思っている。

 まあ、そんな簡単にはいかないと思うが。

 

「某が来たいっていったんでしょ?」

「ほぼ確定のようなものだっただろ」

 

 某からすると、『やるんだな! 今、ここで!』状態であったため、参加しないということは無かった。

 ヤハウェからしても、一応他の神に紹介しておきたかったらしく、この場にいるというわけである。

 

 

 ヤハウェからすると、某という存在はかなり重要だと思っている。

 なにしろ、世界の再構築や、世界線の変更を成せる存在というのは、今まで見たことがないからである。

 通常、創造神ともなると、神力を使うことで並行世界の自分とも連絡を取ることが出来る。そのお陰で、情報によって混乱することはないのだ。

 

 だが、某が能力を使うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 並行世界を消し去るということは、自分を唯一無二の創造神に昇華でき、信仰を絶対のものにできるということでもある。ヤハウェはキリスト教、イスラム教などで信仰されているため問題がないが、未来で信仰が薄れることとなる他の神からすると、喉から手が出るほど欲しい存在である。

 

 ヤハウェから見て、某とは可哀想な存在である。『 』という神ですらも操ることの出来ないものから生まれ、一時期は壊されたいとも願っていた。つまり、己の存在と、願いが相反していたのである。だからヤハウェは壊すこと無く、解放させる道を選んだ。

 今でこそ様々ものに興味を持ち、自由に生きていると言ってもいいだろう。

 だが、某の本来の在り方は、神から見ても歪なものである。

 今後、どのように動いていくのかはわからないため、少しでも助けてくれる神を作っておこうというのが狙いである。

 

 だが、某からすると、そんなヤハウェの狙いには気がついていない。ただ荒御魂を見たいからという理由で参加しただけである。

 各々の狙いや思いが交錯していく。

 

 

 

 

 

 

 

 神や天使が住まう地であるシオン。その中央で神達の話し合いは行われた。

 まず、最初に現れたのがこの世界線で創造神であるヤハウェと、某だ。両者とも緊張の色は見えず、談笑しながら現れるというほどだ。

 ヤハウェ、またの名をアッラーという彼女は、どの世界線においても最も信仰を得ている神である。それは即ち、この場において重大な発言権を有しているといっても過言ではない。

 また、某という存在を他の神はヤハウェを通して聞いているが、実際に見てはいない。その能力も相まり、注目の的となるのは必然でもある。

 

 続いて現れたのが、後にインドで創造神として信仰されるブラフマーである。

 今回は、この世界に現れる際にヴァーハナに憑依している。本来ならば阿修羅のように、四本の腕と3つの顔を持っている神なのだが、違う世界線ではヒンドゥー教において信仰が薄まっているため、このような姿で現れたのだ。

 ヤハウェと顔を合わせると、優しい顔つきになり、ヤハウェが右腕をあげる。

 

「や、おじいちゃん」

「お前の方が年上だろう」

 

 ヤハウェからすると、ブラフマーという神は親しみやすい朗らかさを持っている神であるため、こうして気軽に挨拶出来るのである。

 ヤハウェから青筋が浮かんでいる? 何のことだか。

 

 ブラフマー自身が第2の宇宙の創造者であるため、そこまで大きな力は持っていないが、この場に呼ばれる辺り、まだ現役であることが窺える。

 ヤハウェは辺りを見渡す。本来ならばデーヴィーやプルシャといった神も現れるはずなのだが、中々現れない。

 

「あれ、あの二人は?」

「...信仰が割れたせいで、憑依すら出来なかったらしい」

 

 ヒンドゥー教において、サルガとヴィサルガがあるが、人間では誰が創造したのか断定が出来ず、信仰が薄れる原因となってしまった。

 

「まあ私を通して見ているから安心してくれ」

「まぁ、それなら」

 

 だが、流石に創造神というだけあり、神力でその程度はどうとでも出来てしまう。

 牛とも馬とも取れるヴァーハナの姿であるため、視野だけは無駄に広い。

 

「それでそちらが例の」

「ああ、そうだよ」

 

 初めてブラフマーの意識が某へと向く。

 髪は白であり、何処かこちらを注視するような瞳。一見すると、ただの髪が白いだけの人間にしか見えないが、ブラフマーからすると、十分に注意に値する人物でもある。

 なぜなら、ヒンドゥー教において、白とは本来神聖と善を表す。

 だが、某からは一切そういったものを感じない。確かに視覚情報に頼るのならば白だが、脳がそれを否定する。

 言うなれば、濁った透明である。

 

「某烏有と名付けられた。今日はよろしく」

「ああ、自己紹介感謝する。私はブラフマー。よろしく頼む」

 

 互いに挨拶を交わしながら、相手の情報を得ていく。

 某にとって、ブラフマーは十分信用に値する人物だと思えた。確かに感じる力はそこまで強くはないが、神というだけあり芯がハッキリとしている。

 そこそこ良い付き合いが出来そうだとは思えた。

 

 挨拶を終えたブラフマーは指定されていた自分の席に座る。

 この話し合いは円卓の上で行われるため、席というのは案外重要でもある。ヤハウェも一定の配慮を見せ、仲の悪い神同士は隣り合わせにしたり、対面にしたりはしないようにしている。

 

 そこから続々と神が入ってくることとなる。

 例を上げるのならば、二重人格のようなデミウルゴスや本物の全知全能であるゼウスなどだ。

 ゼウスは創造神と特別定義されているわけではないが、創造神の中でも上位の信仰と力を持っているため呼ばれたのである。

 だが、力が強い神がいれば弱い神もいるわけであり、フラカンやマケマケなどは静かに端っこのほうにいる。

 

 しかし、神同士は案外仲がいいようで、力の差などは関係なく接している。

 基本的に気さくな神が多く、会話も弾んでいる。勿論某と話したがる神もおり、あらかたの名前は覚えた。中にはオーディン等の創造神ではない神も参加しているが、主神であるため仕方が無くといった感じであるようだ。主神という立場ならば仕方がないと納得が出来る。

 ヤハウェ曰く、神は二面性を持っているとのこと。やはり、荒御魂と和魂の影響というのは大きいようだ。

 

 だが、稀に何かを企んで某に接触する者もいる。

 それぞれ大抵の者がゼウスやヤハウェと比べると、明らかに小さな力しか持っていないが、一応創造神であるため力は持っている。

 精神に干渉して傀儡にしようとしてきたり、取引をしようとしてくる者もいた。

 某からすると、そういった類のものは特に意味を成さない。精神干渉くらいどうとでもなるし、取引といってもまだこの世界を堪能したわけではないので応じる筈がない。

 

 そういったこともありながらも、続々と神は集まり、和やかに話していた。

 すると突然、今までにないほどの荒々しい雰囲気を持った者が場に現れる。

 同時に三体現れた影響か、そこまで感じるものは大きくはない。だが、此処までの力を持っており、それでいて此処まで荒れている。

 某は理解した。

 

 

 ──天之御中主神の顕現である

 

 

 空気が荒れ、軋んでいく。

 久しく感じる、闘いのプレッシャー。

 今まで集まっていた神達も顔を顰め、力の無い者は竦んでいる。

 続いて、高御産巣日神と神産巣日神も顕現する。

 二柱とも天之御中主神に比べ、遅くは生まれたものの、信仰は厚いため力は同等程度には持っている。

 

「その気を抑えて頂けませんか」

 

 すん、と場が一気に静になる。

 この場を制すほどのカリスマと力を持っている神はそう多くはない。

 声を発した神、いや女神は静かに嘆息する。名を天照大神という。

 

「フンッ、創造すらしていない者が偉そうに」

 

 不快げに天之御中主神が愚痴をこぼす。

 そう、天照大神は世界を創造していない。だが何故この場に呼ばれているのか。それは実に簡単。

 伊邪那岐命と伊弉諾尊の代理である。

 彼女達はこの世界に生と死という概念が出来た瞬間からいなくなってしまっている。それが生と死の絶対的な境目であるからだ。

 故に、天照大神が代理を務める。

 彼女は日本屈指の信仰を得ており、実力ではそこらの創造神を凌ぐほどと申し分ない。なのでこの場にいるのだが、荒ぶっている天之御中主神からすれば不愉快な存在でしかない。

 自らよりも余程後に生まれた神が自分よりも信仰されているのだ。

 

 両者の目線だけで火花が飛び交う。

 天照大神も天之御中主神のことをよく思っていないことが容易に理解出来る。

 流石にこの場で暴れられても面倒であるため、某が口を開こうとしたところで、音が鳴り響く。

 

 パンッパンッ! 

 

 小気味いい音であり、この場の雰囲気とは真逆である。拍手のような音を鳴らしたものへと誰もが自然と目を向ける。

 最初こそ非難の目を向けるものの、誰が鳴らしたかがわかった途端、理解の色を浮かべていく。

 

「諍いはやめてください。それでは、力の譲渡を始めさせていただきます」

 

 有無を言わさぬ雰囲気を纏いながら、ヤハウェは話し始める。

 久しく見ぬ真面目な神としての言葉から、この行動の重要性がよくわかる。

 ヤハウェはこの世界の創造神でもあり、神のなかで最上位、いや最も力を持っている神でもある。彼女に逆らおうと思う輩はそうはいない。

 

「開始」

 

 そうヤハウェが呟いた途端、辺りに力が溢れ出す。

 だが、それは荒々しいものではなく、包みこんでくれるような優しいもの。

 辺り一帯が、力で溢れる。

 可視化が出来るほどの大きな力が粒となり、神が依代としているものへ入り込んでいく。

 

 某も、ヤハウェに変化がないかと見守っていたが、特には現れない。

 力の大きさも多少減ったとはいえ、対して変わらないだろう。

 ふうっ...と小さく息を吐く。

 これで一応一段落である。力の譲渡が終わったら、後は適当に雑談をして各々が拠点としている地へと戻っていくという。ヤハウェは唯一神であったため今までは知らなかったが、通常神というのは各々の役割を持っているという。例えば、天照大神ならば高天原の主神を務め、太陽などの権化として存在しているという。実はヘカーティアも偽名を使って神として活動することがあるという。勝利の女神だとか言われているため、強さにも納得が出来るというものである。

 この場にざっと集まった創造神が十から二十名程であるため、他の神はもっと、それこそ数え切れないほど多くいるのかもしれない。

 案外世界というのは広いものだと思う。

 

「ふぅ、これで終わりです」

 

 静かな鈴のような声が場にしんと伝わる。

 先程までの溢れんばかりの力は収まっていることが、譲渡の終了の何よりの証拠だろう。

 神々も依代を捨て、神という実体としてこの場に存在している。以前よりも力が明らかに強まっており、それこそゼウスなどは頭一つ突き抜けている。

 だが、これだけの力を渡してもなお絶対的な力を持っているヤハウェは規格外であるとしみじみと思う。しかし、それと同時に敬意を評したい。

 

「いや〜終わった終わった。疲れるもんね!」

 

 敬意を返せばかやろー。

 ヤハウェが雰囲気をぶち壊す言葉を発した途端、今まで神妙な神としての顔を持っていた神達も、最初のような柔らかな顔へと変化し、ヤハウェを労っている。

 だが、そんなヤハウェに対しても嫌悪感、いや嫉妬を抱いている神もいる。

 

 そう、天之御中主神だ。

 傍目から見ても分かるほどヤハウェに対して良い感情を抱いていない。自分よりも信仰を得ており、尚且つ信頼もされているヤハウェをいいように思っていないのだろう。

 高御産巣神や神産巣日神が何とか宥めているものの、両者とも天之御中主神よりも後に生まれた神であるため、大きく出ることは出来ない。

 天照大神もいい顔はしていないものの、大きく指摘することは出来ない。

 天照大神が主神ならば、天之御中主神は最高神である。力関係と立場関係というのは中々面倒であるとしみじみ思う。

 

 他の神としても面倒事は避けたいため、天之御中主神に話しかけるような者はいない。

 某も荒御魂についての説明は受けていたが、此処までとは思っていなかった。本人の元々の性質は知らないが、荒御魂になっただけで此処まで離れられることは無いと思うので、元から好かれていなかったのかもしれない。

 すると、天之御中主神が某の方へ何食わぬ顔で歩いてくる。

 正直、面倒なので今すぐにでも避けたいが、避けるとそれはそれでより面倒事に発展することは分かりきっているので行動することはない。

 

 近くまで近づいてきた天之御中主神は某をジロジロと見る。

 もの凄く不快である。周囲に助けてもらえないかと見てみるが、ヤハウェやゼウスといった有力な神は集まって重要そうな話をしており、此方に来る気配はない。

 

「貴様が例の..」

 

 天之御中主神が小さく呟く。

 例の、というのはブラフマーや他の神からも聞いているため、中々重要視されていることが窺える。

 本当に中々面倒なものだと嘆息してしまうのも仕方がないだろう。

 

「ヤハウェに付いてきた。某烏有という」

「....ふむ」

 

 某も自己紹介をしても、天之御中主神は返してこない。

 天之御中主神から関わってきたのに自己紹介を返さないというのは、最早礼儀知らずといっても過言ではない。

 先程の天照大神との会話からも分かる通り、彼は創造神以外を見下す傾向がある。

 別に自らに誇りを持つというのは構わないが、他者を見下すというのはよくわからない。

 

「何か用か?」

 

 こちらにやって来たということは何か用があるのかと思い問うが、返答は返ってこない。

 居心地が悪く、それでいて緊迫とした空気が流れる。

 こちらから離れようかと思っていた所、先に口を開いたのは天之御中主神だった。

 

「貴様...何者だ?」

 

 問いかけられるものの、某の頭の中に疑問が浮かぶ。

 私が何者かはヤハウェから説明されえている筈であり、わざわざ此処で問う必要性はない。

 ならば何らかの意図があるはずだと思い、天之御中主神の顔色を窺うものの、浮かべていたのは純粋な疑問。

 ますます困惑が強まるが、返答に時間がかかるのも良くないため、答えておく。

 

「無、いや『 』が具現化した存在だが」

「そうか...貴様が──」

 

 天之御中主神の雰囲気が少しずつ変わっていることに違和感を覚える。

 まるで、獣になったかのような、不安定さ。

 だが、そんな違和感は意味を持たない。

 

 

 

「──貴様ガァァ!!」

 

 ──刹那、天之御中主神は神力を解放し、自らの矛で某に斬りかかる。

 

 

 

 突然のことに驚いたものの、流石に冷静さを失っている現在の太刀筋ならば簡単に避けられる。

 一度大きく距離を取り、守りに徹する。

 周囲も気がついたようで、ざわめきが広がっていっている。

 

「......どういうつもりだ?」

 

 突然斬りかかれるのは理解が出来ない。

 流石に虫の居所が悪くなり、少し不快気に問う。

 

「黙れ! 貴様が...貴様がァ!!」

 

 だが、そんな問いかけも虚しく、再び斬り掛かってくる。

 荒御魂、というのは聞いていたが、此処までの変貌を見せるというのは聞いていない。

 言葉にするならば、狂気

 明らかに正気を失っており、理由もわからない怒りを某に向ける。

 

 だが、某としても争いになるならば一方的にやられるつもりはない。

 己の妖力を解放し、天之御中主神に向き合う。

 溢れる妖力の奔流、軋み怒れる神力

 それぞれがぶつかり合い、場には突風として訪れる。

 近くにいた力の弱い神は既に非難を開始しており、ヤハウェに仕える天使達が対応しようと右往左往している。

 

「...おいおい」

 

 形振り構わず振り回していた天之御中主神の矛が机に掠ると、まるで玉を思わせるかのような音と共に、真っ二つに断ち切れる。

 某は生存本能ともいうべき直感で理解した。

 

 ────あれは良くないものだ

 

 天之御中主神の矛は、執着、殺意といったありとあらゆる邪気に包まれており、斬られたものは例え神であろうとも傷を負うだろう。

 まして、某は神では無いため、邪気を緩和出来る聖の力を持っていない。

 恐らく斬られたが最後、斬られた箇所はしばらく使い物にならない。

 

「どうしてそれをッ!」

 

 突然、天照大神が叫ぶ。

 某は理解をすることは出来ないが、恐らく天照大神の大事なもの。もしくは...

 亡き伊邪那美、伊弉諾の武器だろう。

 

「天之瓊矛...!」

 

 武具の名を知っている神は口にする。

 天之瓊矛は、伊邪那美と伊弉諾の国生みの際に混沌とした世界をかき混ぜるために使われた武具である。

 本来ならば戦闘に向いていない武具であったが、伊弉諾が黄泉の国へと出向き、伊邪那美からの感情を向けられた際に武具として完成された。

 

 執着、殺意、愛、怨み

 

 死によって歪み、壊れた伊邪那美の負の感情と正の感情が混じり合うことによって、神すらも傷つけ得る凶器へと変貌したのである。

 月人が称していたのとはまた違う”穢れ”。

 それが一つの効果となって某へと向かう。

 

 突きをすれば、負の感情が光線となり襲いかかる。

 矛に神力を加えれば、黄泉の国からの誘いの手が襲いかかる。

 宙で回せば、空気が歪み、段々と場が支配されていく。

 

 不味いな、と某は思う。

 天之御中主神のように形振り構わずに闘ってもいいのなら、勝つことは可能だ。

『 』の世界へと引きずり込み、邪気を無くす。そうすれば武具としての力は失われるだろう。

 

「加勢します!」

 

 天照大神が某に声を掛ける。

 その目にあるのは強い正義感と罪悪感。自分と同じ国の神だからという理由だけで殊勝なものだと某は思う。

 実際、ここで天照大神が某に加勢したならば被害は収まり、事は収束へと向かうだろう。

 だが、それでは駄目なのである。

 

「いや、駄目だ」

「...何故?」

「それでは根本的な解決には向かわない」

 

 某がそういった途端、天照大神は唇を噛みしめる。天照大神もわかっているのだろう。

 事の始まりは某が天之御中主神に自己紹介をしたことであり、決して両者の間で何かがあったわけではない。

 すると、必然的に何故襲いかかってきたのかという疑問が浮かぶ。

 これを放置するのは愚策も愚策。

 理由を問い質さない限りは根本的な解決へと至ることはない。

 天照大神が加勢した場合、本音が出る可能性が低くなる。

 

「だが、荒御魂の暴走等だったら協力を要請するかもしれない。それまでは他の神を避難させておいてくれ」

「...わかりました。ご武運を」

 

 とは言ったものの、こうして荒れ狂う神を相手にするのは面倒である。

 声を掛けても『黙れェ!』と一括されるばかりであり、会話になることはない。

 早速協力を要請することになるかもしれない。

 いや、いっそのこと。そう、

 

 いっそのこと殺してしまおうか

 どうせ神なんだから少し死ぬくらい大丈夫だろう。

 

 そう思いかけた時、脳内の声が響き渡る。

 

 ──その選択は間違いだ

 

 有無を言わせぬ強制力を持っていながら、何の感情も籠もっていない無機質な声。

 誰が聞いても不気味であると答えるであろうその声だが、言っていることには謎の説得力が生まれる。

 声を聞いた時、某は理解が出来なかった。

 誰かに精神干渉を受けているわけでも無ければ、自己暗示をしているわけでもない。

 そう、まるで()()()()()()()()()()()()

 

「戦闘中に考え事とは余裕だなァ!」

「っと!」

 

 流石に考え事をする暇を与えず攻撃を仕掛ける天之御中主神。

 だが、これでわかったのは狂気に呑まれているわけではなく、きちんと自我が確立されているということだ。

 自分の意志で襲いかかっている。

 某からすると面倒でしかないが、理由があるのが確実であるとわかった。

 しかし、もう戦闘中に聞き出すのは無理だと諦めかけている。

 拘束をするのが最も確実だと判断する。

 

 早速妖力で鎖を模したものを作り上げ、天之御中主神に向かって飛ばす。

 だが、あるものは回避され、あるものはパキンッと折られてしまう。

 流石に創造神というだけあり、即席で作り上げた妖力由来のものは効果を示さない。

 拘束をするのならば、それこそ神が使っているものが必要だろう。

 

 だがそんなものを某は持っていないので、ひたすら防御に徹する。

 体力が切れるのを待つ持久戦に持ち込むしか方法はないかもしれないと諦めかけている。 

 それか、やはり『 』に引きずり込んで()()()()()()()()()()()()()()()

 だが、これは得策ではない。先程の『 』への反応を見る限り、引きずり込んで何事も起こらないはずがない。

 やはり持久戦か、と思った時男性の声がした。

 

 

「グレイプニール」

 

 

 この声は聞き覚えがある。

 少しだけ某と会話をした、北欧の主神オーディンである。

 何故とは思ったものの、隣にいる人物を見て納得をする。

 

「やぁ、ヤハウェ」

「やぁ、じゃないわよ」

 

 この場における主神、ヤハウェである。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 騒動を察知したのは他の神々と今後の方針について会話をしている最中だった。

 ヤハウェ、ゼウス、デミウルゴスといった錚々たる面子が集まり、信仰の配分の仕方について話し合うという弱小の神々が入ったら萎縮すること間違いなしの集まり。

 だが、本人達はヤハウェはノリが良く、ゼウスは面倒見がよく、デミウルゴスは悪戯好きという感じなので別に何とも思っていない。

 話し合いは和やかに進み、何事もなく終わると思っていた。

 

 思えば、この時は油断をしていたのだろう。

 突然、辺りに轟音が響き突風が吹き荒れた。

 流れる力の奔流

 

「何事!?」

 

 ああ、面倒な事になったと思う。

 この神同士での話し合いで諍いが起こったとなれば、一定の被害は免れない。

 ヤハウェにとって最も重要なのは、自らが創造した世界の存続であるため別に神が死のうがどうでもいい。勿論、他の世界線とはかなり違った道筋になるだろうが、それくらいならば特に困ることはない。

 だが、この場で諍いが起こると、両者の関係性が他の神に印象付けられ、利用される可能性がある。

 もしそれで世界を巻き込む闘いになってしまうと、世界が不安定になってしまうため望まれたことではない。

 

 原因の方向を向くと、世界が、止まった

 

 何故? 何の目的で? 某と天之御中主神が戦っている? 

 

 頭が真っ白になりながらも疑問に埋め尽くされる。だが、腐っても世界の創造神であるため、脳は答えを導き出していく。

 何故、某と天之御中主神が戦っているのか。

 単純に考えれば、荒御魂に興味を持っていた某が天之御中主神の癪に障った。もしくは、某の地雷を天之御中主神が踏んだかである。

 だが、ヤハウェは某の地雷などしらないし、某がそんな癪に障るような真似をするとは到底思えない。

 では何故なのか。本当にわからない。

 すると、平行して何の目的かもわからなくなってしまう。

 もし平行世界を消し去りたいのならば襲いかかる理由がない。

 

 ──いや、一つだけ。もしかしたらというものが...

 いや、だがありえるのか? それは()()()()()()()()

 

「何をぼーっとしている。止めるぞ!」

 

 オーディンに声を掛けられることによって現実に引き戻される。

 確かに、今は考え事は後にして行動に移すべきだろう。

 既に避難は天照大神や上位天使達が率先して行っており、被害が出たような様子はない。

 これならば、まだ大丈夫だと安心する。

 

 某が自らの領域で本格的に戦闘に乗り出していないことを鑑みるに、某は別に戦いたいわけではないのだと推測する。

 それならば、何故戦闘を続けているのか。それは理由を聞き出すためである。

 今度は答えを瞬時に導き出したヤハウェは周囲に指示を出す。

 

「オーディンは天之御中主神を拘束、ゼウスは被害を最小限に抑えるために結界を、ラファエルも至急呼んでください」

 

 ラファエルは癒しを司る天使であるため、もし怪我人が発生したならば必要になる。

 普段のおちゃらけた雰囲気を感じさせない物言いで指示を進めていくヤハウェ。その姿を見たものは、この件が重要であると嫌でも理解させられる。

 ゼウスは既に結界を張り始め、オーディンはグレイプニールを引っ張ってきている。

 グレイプニールは正確には縄であるものの、フェンリルを拘束する際に使われたため問題はないだろう。

 オーディンの死因がフェンリルに呑み込まれることなので、それに対する皮肉なのかもしれないとヤハウェは思う。

 

「では、やりましょう」

 

 ヤハウェはオーディンの心配はしていない。何せ彼は軍神でもあるのだ。

 神というのは信仰のされ方によって在り方が変わる。

 ヘカーティアは今でこそ地獄を創っているが、本来は『死の女神』『無敵の女王』と言われるだけあり、戦闘能力が抜群に高い。

 ヤハウェやゼウスなども全知全能であると信仰されているがために、性質が変化している。故に、忌避されるタナトスといった神も生まれるのだが。

 

 ゼウスは秩序を乱すものを好まない。故に手を抜くことはない。

 アダマスの鎌を地面に突き刺し、詠唱する。

 

『アルゴス殺し』

 

 天之御中主神と某を中心に結界が出来あがっていく。

 アルゴス殺しでは神話の通り、催眠に近い効果がある。それ故に天之御中主神も某も結界を張られたことに気がついていなく、反応しにくいというわけである。

 ヘルメースの技を使えるのは、流石ゼウスと言ったところだろう。

 まあ、その由来を知っている面子からは白い目を向けられているが。

 じと〜〜という視線がゼウスに突き刺さる。

 

「いや、ええやん。ねぇ? さぁ、速くやってもらって.」

 

 段々と涙目になってきた気がするので、次の行動に移す。

 だが、女性陣からの嫌悪感を除けた訳では無いが。

 周囲に影響が出ないことを確認し、続いてオーディンが行動に移す。

 

『グレイプニール』

 

 白銀の縄が天之御中主神の周囲から発現する。

 突然の発現に某も天之御中主神も驚いているが、それもそうだろう。

 何も無い空間から突然現れるというのは不意打ちとしては最適である。流石に創造神といえど、同じ位の神からの、ましてや軍神の攻撃はそう簡単には避けられない。

 天之瓊矛に纏わりつき、武具の動きを封じる。

 足に纏わりつき、移動を封じる。

 腕に纏わりつき、攻撃を封じる。

 ありとあらゆる動きを封じ、天之御中主神を封じる。

 だが拘束されてもなお、未だに荒ぶっている神に他の神は少し驚く。

 

「やぁ、ヤハウェ」

「やぁ、じゃないわよ」

 

 何事も無かったかのように挨拶をする某だが、周囲から見れば何事も無いわけがない。

 戦闘跡は強く残っており、天之瓊矛によって発生した邪気も色濃い。

 ただの殺意どころではないのは一目瞭然だ。

 

「何があったの?」

 

 取り敢えずヤハウェは聞いてみるが、恐らく適切な答えが返ってくることはないだろうと思う。

 何しろ、天之御中主神と某は初対面でありながら、此処までの戦闘に発展したのだ。何か別の原因があると思うのが当たり前だろう。

 

「私が何者か話したら斬りかかられた」

「へぇ..」

 

 ヤハウェは考察を続ける。

 何者かを話す。つまり、『 』が具現化した存在であると話したということである。

 別にそれは問題ない。そのために神々の話し合いに連れてきたのだから。

 だが、それがトリガーになったことは確実だ。

 だとすると、理解が出来ない『 』への恐怖から錯乱した? いや、それはないだろう。少なくともそんな神は此処にいることは出来ない。

 だと、するとやはりあの仮説が────

 

 

「お前達覚えていないのか!?」

 

 

 天之御中主神の叫びが辺りに響き渡る。

 状況が状況であるため、通常ならばマトモに受け取る神はいないだろうが、何らかの情報になるかと思い脳に留めておく。

 覚えていない、とはどういうことかヤハウェは思考する。

 ヤハウェやゼウスなどは神のなかでも優れた頭脳を持っているため、完全記憶に近しい事ができる。だが、両者とも某とはこの世界で初めて会った人物であり、今までの記憶にはいない。

 すると、ゼウスが口を出す。

 

「覚えていない、とは何をだ?」

 

 そう、それである。

 ゼウスもヤハウェも心当たりがないとなると、他の神は基本的に覚えているはずがない。

 なのに何故か天之御中主神のみが覚えているという違和感。

 そう、違和感がある。

 何か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()().().()

 

「あいつが、あいつがあいつがあいつがぁァァ...!」

「...っ!」

 

 再び神力を解放する天之御中主神。

 完全に荒御魂に呑み込まれているわけではないのに、此処までおかしくなっているのは異常である。

 いや、おかしくなっているわけではないのではないか? 

 記憶すら超越したもっと強烈な何かが起こった可能性がある。

 聞き出すために質問しようとすると、異常な量の妖力によって口を開けることを許されなかった。

 知っている妖力。間違いなく某のものである。

 

 

 

『黙れ』

 

 

 たった一言。

 ただそれだけなのに、動くことができなくなる。

 

 

『喋りすぎだ』

「ぁ..」

 

 

 すると突然、天之御中主神の体が消えていく。

 ヤハウェですら止める間もない一瞬の出来事であり、周囲の神は状況を理解出来ていない者もいる。

 この無機質な声の発生源は間違いなく某である。

 天之御中主神を消した? いや、『 』に引きずり込んだだけだ。

 喋り過ぎとはどういうことなのか。それが鍵であることは間違いがない。

 

「ちょっと...」

 

 どういうことか、と声を掛けようとしたその時、某の目を見た。

 いや、見てしまった。

 深く、黒く、何も無い。異常な目。

 何をしたらそんな目になあるのかわからないような、異常さ。

 ただ一つだけ断言できることがある。

 ──これは、今までの某ではない。

 

「....どういうこと?」

 

 やっとの思いで練りだした言葉も

 

『なるようになった。それだけだ』

 

 本質を躱されてしまう。

 だが、収穫はあった。

 なるようになる。というのは選択から生まれた結果のことを言っているのだろう。

 それは、天之御中主神の選択。いや、某の選択だ。

 某が”ここに来る”という選択から生まれた結果。だとすると、何故こいつが()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 最初から知っていた? いや、某の能力で未来を見ることは出来ない。

 と、なるとやはり

 

「.....過去に戻った」

『…フフッ』

 

 ヤハウェが言葉を発した途端、某が普段の様子に戻る。

 某も状況が理解出来ていない様子であり、やはり先程までの某は別存在である可能性が非常に高い。

 記憶も曖昧である可能性が高いため、無闇に問いただした所で、収穫はないだろう。

 ともあれ、この場の主神として、場を纏めることを優先しなければならない。

 いや、それよりも優先すべきことがある。

 

 

「天照大神を呼んで」

 

 

 

 

 

 

 

 

「....なるほど、大方の事情は掴めました」

 

 某、ヤハウェ、天照大神の三人で机を囲み、天之御中主神について話し合っている。

 他の神には先に帰ってもらっているため、この会話が聞かれるということはない。

 ヤハウェが先程までで起こったことを話すと、天照大神は理解の色を示した。一方、某は別の理解を示した。

 先程、脳内に響いた声

 原因はわからないが、天之御中主神を追い詰めていた時は、その声の主に体を乗っ取られていたのだろうと理解する。

 ヤハウェからしても、声というのは知らないがあの時は明らかに別人であったため、間違いないと断言が出来る。

 

「じゃあなんで天照大神を呼んだのかは...」

「ええ、わかっています」

 

 天照大神をヤハウェが呼んだ理由。それは──

 

「──某さんを我が国で保護してほしいのですね?」

 

 ヤハウェは満足げに頷く。

 何故某を日本で保護しなければいけないのかは至極簡単である。

『 』に閉じ込められた天之御中主神が再び出てきた時、暴れまわる可能性が高いからだ。本来“有”である神が『 』に居続けるということは不可能であり、時間が経てば強制的に解放される。外に出ると荒御魂の暴走は再び始まる。天之御中主神の目的は間違いなく某であるため、被害を最小限にするには天之御中主神の国である日本にいる方が都合がいい。

 それに加え、天照大神は八百万の神の主神であるため、交友関係が広い。某にとって利益となるような関係を築く事ができる神がいる可能性も高い。

 言ってしまえば、援護をしてくれる神が多いのである。

 

「ごめんね。私は一人だから...」

 

 ヤハウェは唯一神であるため、そういったことは出来ない。

 勿論ヤハウェの実力は神の中でもトップであり、天使達もいる。だが、その天使達は”神”の力を超えることが出来ないように制限されているため余り力にはなれない。

 それに、今後起こるであろう暴動について、知ってしまっているということもある。

 

「いえ、こういうのはお互い様ですので」

「....ありがとう」

 

 ヤハウェは屈託のない笑顔で感謝の意を示し、天照大神もそれを受け取る。

 天照大神の目は少しだけ細まる。

 天照大神がヤハウェを警戒するのには理由がある。

 勿論、力を最も持っている神ということもあるが、彼女は妬みの神とも称されるほど嫉妬心が強いと噂だからである。

 これまででは、信仰が薄いというだけで世界を滅ぼしかけた世界線もあるほどだ。

 

「某もこれでいいかな?」

 

 ヤハウェはそんな天照大神の様子に気付いているのかいないのか知らないが、某にも確認を取っている。

 先程から何かを考え込んでいる様子だったが、ようやく顔を上げる。

 ヤハウェは一瞬再び体を奪われたのかと思ったものの、瞳が通常通りであったため警戒を緩める。

 すると、某は天照大神の顔を数秒見つめた後、ようやく口を開く。

 

「....月夜見に似ている」

 

 呟きにも似た言葉だったが、天照大神が反応を示す。

 月人の頂点である月夜見。

 某にとって月夜見とは印象に残っている人物である。少なくとも顔の造形を忘れることはない。

 それ故に口に出たのだ。

 

「....何処で彼を知ったのですか?」

 

 天照大神は誤魔化しを諦め、某が月夜見を知ったきっかけを問う。

 某は天照大神が実質肯定したことに驚きながらも、言葉を選んでいく。

 最悪なのが月夜見が天照大神にとって地雷であり、ここで関係性が途切れてしまうことだ。

 ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

「彼、月夜見と知り合ったのは地球が創造されてから数億年後。まあ実質初めて会った生命だと思ってくれて構わない」

 

 天照大神が納得の表情を浮かべる。

 天照大神自身は創造神ではないものの、古代から存在している神であるためその辺りは知っている。

 故に、某と月夜見が関わりがあったというのは驚きだが、納得も出来るのである。

 敵という立場ではないとわかったからか、一つ確認するように、そして希うように質問をする。

 

「彼は────」

 

 月夜見尊

 伊弉諾が黄泉の国から逃げ帰ってきた際、禊によって伊弉諾の右目から生まれたとされる神である。

 また、月を神格化した存在であり、夜の支配者でもある。

 では、左目から生まれた神は誰か。そして、月と対を成す神は誰か。

 答えは簡単、天照大神である。つまり彼女達は

 

「──私の弟はあなたから見てどうでした?」

 

 姉弟関係なのである。

 しかし、天照大神は正当な神であるのに対し、月夜見は月人である。

 この種族差というものは大きいため、中々理解されることがない。義姉弟というわけでもなく、種族が違うというのはありえないことである。

 某も驚きとともに、疑問を持つ。

 だが、一先ず天照大神からの質問に答える。

 

「...そうだな、完全な主観になるが、私は彼は強い者だと思う」

「強い?」

「ああ。単純な能力だけならば私どころか何処ぞの薬師にも負けるだろう。だが、彼は私には無い者を持っている」

 

 当時を思い返すかのように某は語っていく。

 月人の頂点としての責任感を持っていること

 己の能力にも抗おうとする気力を持っていること

 そして何よりーー

 

「ーー確固たる意志を持っていることだ」

 

 月夜見の月へ行くという選択は単純なものに見えて、実はそうではない。

 ”穢れ”という月人にとっての有害要素があることや、妖怪から離れられることなど確かにメリットは多い。

 だが、それ以上に某に滅ぼされる可能性が高かったのにも関わらず、決断を曲げなかった。

 それは素直に称賛すべきことであり、また某にとって羨ましいことでもあった。

 

「私は本当に彼を高く評価しているよ」

「そうですか....」

 

 天照大神は少し嬉しそうに微笑む。

 雰囲気も良くなった所で、某は気になっていたことに切り込む。

 正直、ここで関係性が悪化することが最も悪手ではあるが、それ以上に聞いておかなければならない。

 

 

「それで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 空気に緊張が走る。恐らくヤハウェも答えを知っているのだろうが、答えようとする素振りはない。本人達で片付けろということだ。

 神と月人。この差はかなり大きいものである。

 神は信仰から成り立ち、月人はどちらかというと信仰をする立場である。勿論、月人も神霊に近い存在ではあるが、神として存在することはない。

 故に、神である天照大神と月人である月夜見が姉弟関係なのはおかしいのである。

 

「…そう、ですね。月夜見を高く評価してくれているのなら大丈夫でしょう」

 

 天照大神が確認を取ることからも、重要事項であることが窺える。

 某は本来面倒事に巻き込まれるには嫌いだが、自らに興味があるものに対しては構わない。

 天照大神は某を見据え、口を開く。

 

 

「では話しましょう。私達の在り方を…」





サグメの恋愛が書きたいお年頃
「愛してる」でバッドエンド向かわせたいです
ひたすら上げて上げて一気に落として曇らせたい
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