生還を望む竜殺しの冒険譚 作:瑠衣
─────ある邪神は語る─────
そこは、まだ誰にも知られていない暗闇。怪物たちが巣くうダンジョンに沿うように作られた「人造の迷宮」。辺りは仄暗く、光沢のある金属で出来た通路のその全てが加工に多大なる労力と技術が必要となる
そんな迷宮内を我が物顔で歩く人影が二つ。
一つは男神。黒い外套を身に纏い、闇に隠れているその姿ですら下界の子どもを惑わす怪しげな色気と神であるが故の「神意」を感じさせている。
「………あれが、エニュオの言ってたロキ・ファミリアの新人君かぁ。「ロキの所の新人を処理しろ」なんて、正直どぉでも良かったんだけど、Lv.1で十二階層って、まんま"あの時"の剣姫じゃん。」
ロキもなんであんなのばっかり見つけてくるかなぁと男神が愚痴ると、その横で聞いていたもう一人が気に入らなそうに自身が男神と同じく纏っていた外套を自身から脱ぎ棄てる。
もう一人目の女は外套の下に着込んでいた毛皮付きの
「おいタナトスさまよぉ、私までこんなことに駆り出しやがって、信徒ども使えばよかっただろうがよぉ。」
「ごめんねヴァレッタちゃん。流石に今ロキの所に見つかったらどうしようもないからさぁ。」
男神────タナトスに愚痴を入れる女────ヴァレッタ・グレーテは苛立ちと共に神の言葉を飲み込んだ。
彼らは
オラリオの影、闇を這い回り暗黒期であった六年前に猛威を振るい、正邪の決戦に敗れたものの五年前に迷宮にて悪夢を引き起こし壊滅したとされていた。実際にはこうして闇に紛れて隠れて生存し続けていた。
そうして、少しずつ力を蓄え、気を見計らい「オラリオの崩壊」を狙う純然たる「悪」
「にしても良いのかよ。処理しろっていう話だったんだろぉ?あのガキ間違いなく死なねぇだろ。」
「んー、でもあの状況じゃあ無理でしょ?ロキ・ファミリアの幹部揃っちゃいそうな勢いだったじゃん。ヴァレッタちゃんと信徒たち纏めてかかっても今の
タナトスのその言葉に舌打ちで返すヴァレッタ。だが自身の感情とは真逆に神の言っていることもヴァレッタは理解できていた。
有象無象の信徒どもとLv.5である自身を合わせても、Lv.6とLv.5が二人、そして魔法だけを考えればLv.5に並ぶほどのLv.3なんて相手になるはずがない。それこそこちら側があの漆黒のインファント・ドラゴンごと蹂躙されて
むしろロキ・ファミリアの介入がなくとも、竜単体だけで壊滅した可能性がある。
「それに………俺もあの子の事、すこぉしだけ気になってきちゃったんだよねぇ」
「あん?どういう風の吹き回しだよ。」
元々タナトスという神は死を司る神だ。死んだ下界の子ども達の魂は天界に上ってきた際に穢れ切っておりその魂を洗浄し、転生させる役割をタナトスは担っていた。「死」が少なくなった現在の下界に憂いを覚え、「死」が蔓延していた古代のような時代を再現するために
彼が主に担当していた魂は、英雄などとは言えない凡人の魂を扱っていた。そんな彼が興味を示したという事はヴァレッタはあの少年の魂は自身が怨敵と定めているあのいけ好かないクソ勇者とは違い「何者にもならない」ただの冒険者なのだと勝手に決めつけた。
だが、そんな彼女の心情とは裏腹にタナトスの心は違っていた。
神々は往々にして子ども達に惹かれやすい。それが凡人であれ英雄であれ、不変である神々は変わり続ける下界の子ども達の影響を良くも悪くも受けやすい。恋を知らずに愛しか知らない処女神や美神が恋を知ることもある。
そして、死の神であるタナトスも下界の影響を受けていた。
「英雄って…あんまり興味はなかったんだけど、あの子はいいねぇ。あそこまで歪んだ子供は見たことないよ。いいなぁロキ。先に見つけてたら絶対に眷属にしてたのになぁ………羨ましいよ。」
迷宮の暗闇の中で、神は呟いた。
その声は傍にいた筈の眷属に届くことはなく、掻き消えていく。
─────美神と道化神─────
「あら」
「よう」
オラリオに存在しているとある喫茶店。そこでフレイヤとロキが対面しテーブルを囲っていた。敵対している派閥の主神同士ではあるがこうして偶に、茶会を開いては眷属に内緒(感づかれてはいる)で抜け出している。
周りには既に一人として客は存在しておらず、カウンターにはここの喫茶店の主人が寡黙に硝子のカップを清潔な布で磨いている。ロキが片手で合図を送ると、マスターはその手を止めて紅茶を入れ始める。
「ここはウチのオキニの店の一つでなぁ。紅茶が美味いんや。」
「あら、そうなの?なら私も同じも「こちらになります」………」
フレイヤが言い終わる前にカウンターにいた筈のマスターが傍にまでやってきており、ニ神の分のティーカップを持ってきており、机に置くとそのまま一礼して自然な動作のまま、カウンターに戻っていった。
「………あの子、さっきあそこでカップ磨いてたわよね?」
「あのマスターに一々ツッコんどると身が持たへんぞ。ウチも最初のころは驚いたなぁ………何故か注文しようとしたものを先読みしたみたいに出してきた。」
「えぇ………なにそれ、怖っ」
そんな会話をしつつ、運ばれた紅茶を一口含む。流石ロキが勧めるだけはあると感じさせるほどの味わいに、フレイヤは思わず感嘆の息を零す。そのリアクションに概ね満足したのかロキは立ち上がり、あらかじめ用意していたものを取り出した。
否、
「………ねぇロキ、コレはいったいどういう事?」
「───どないもこないもあるかボケ。ウチの眷属に手ぇ出しといてよくもいけしゃあしゃあとしてるなワレ」
突き付けられた
自身を痛めつけるほどの過密な鍛錬。本来Lv.1の冒険者が行ったらまず間違いなく偉業認定されるであろう行動を取り続けていた。
そしてあの戦い。リヴェリアから内容を聞いたときその場にいたロキとフィン、ガレスは頭を抱えた。そしてロキは目の前にいる女神に対しての怒りが込み上げていた。それが彼女自身も驚いている「フレイヤを呼び出す」という突発的な行動を起こさせていた。
ロキはここで彼女の眷属との全面戦争も止む無しとまでに踏み切った本神の心情は荒れに荒れていた。もし第一声にいつも通りの様子で来ようものならこのナイフを顔面に突き刺して─────。
「ごめんなさい。」
「………はっ?」
その言葉に、今起こったことに、ロキ自身頭の中で処理することが出来なかった。今何が起こった?フレイヤが、こちらに対して素直に謝った?非を認めた?あのフレイヤが?一気に毒気を抜ける感覚を味わい、手に持っていた凶器をその場に落とす。
席を立ち、落ちた凶器を拾い上げ自身の側のテーブルにソレを置き再度座り直す。
「彼の事に関しては本当に、申し訳ないことをしたと思っているわ。素直にここに来たのはその謝罪を貴女自身にしたかったからなのよ。」
「………どういう風の吹き回しや。」
ロキは問う。フレイヤは確かにジークの事を気に入っていた。それは自らがオッタルと共に赴き、自身の眷属でジークの事を試す事までしていた事からそれは明らかだろう。そのことに対しても激怒したロキだったが、彼の説得もあり、その時は収めることになった。
そして今回の一件。流石に許すことはないと自身に決めていたロキ本神もフレイヤのその呆気なさに毒気が抜かれてしまった。フレイヤはただただ無言でロキに座るように促し、冷や水を浴びせられたような感覚に苛立ちながらも席に乱暴に座り直す。
その様子をみて、満足したのかフレイヤも持ってきた荷物からある物を取り出し、それを目にしたロキは先程の怒りはどこへやら、目を丸くして声を上げた。
それは一冊の本。「The man resurrected by lightning」というタイトルの大樹と降り注ぐ雷が描かれた豪華な装幀をしている。見ただけでも高価なものだとわかるソレは、価値を知っているものにとっては
「
「勿論、こんなもので解決しようとは思っていないわ………ジークに対しての私個人への貸し三つ。そしてそれとは別にジークの「お願い」も聞くわ。」
ジーク個人とはいえ、あのフレイヤに対して貸しを作れるというのは非常に魅力的だ。もしこの場にいるのがフィンであればそこに含まれる利益を瞬時に思考し、ファミリアの長として喜んでこの条件を呑んでいるだろう。
そこに最上級の魔導書………時価にして一億ヴァリス以上のものまで付いてくるとなれば、ロキも怒りを吞み込むしかない。それだけの誠意を目の前の女神は珍しく提示してきたのだ。
「───────わかった。その条件で吞み込んだる………やけど!つぎジークにジブンからちょっかいかけたら許さへんからな!?覚えとけよこの腐れオッパイ!」
「えぇ、それでいいわ。しばらくは私もあの子の事を見守るつもりだから。」
「『しばらく』やない!『金輪際』関わるなって言うとんねん!そのくらい理解せぇや!?」
それは無理よ………と、フレイヤはロキには聞こえないように呟く。あんなに複雑な魂は見たことがない。綺麗なのは勿論のこと、まるで
欲しい………と最初は思っていた。ロキの子どもだというのに手が伸びて、その頬に触れて、その心に触れて。彼の全てを私のものにしたい。そんな衝動に駆られたこともあった。
今回の一件でフレイヤも気が付いてしまった。ジークは自身の命を天秤に掛けていない。物事の順序がおかしいのだ。嘗ての「剣姫」のように、その視線は唯々「強くなるため」に向いている。生きるために強くなりたい、そう彼は言っているようだが、ならば何故危険を冒す必要があるのか?
その矛盾した生き方は、いつか何処かで綻びが生まれる。
これは確信だ。女としてではなく、神としての直感。ロキやもしかしたらフィン・ディムナも感じているであろう不思議な感覚の源泉。彼女たちはそれに何故か気が付いていないようだけどとフレイヤはそこまで考えて思考を止める。
「(彼が私に関わってくるとしたら、それはきっと────)」
─────水面に沈む、彼女は今────
『………よく頑張りました。』
花畑に座り込み自身の膝の上で眠るジークの頭を撫でながら、少女は微笑む。ここは彼の中に存在している風景。彼と彼女の間に存在している境界。彼が意識を落としている時のみ、干渉が可能になっている。
穏やかに眠る彼の顔は何処か満足感に満ちており、あれだけの冒険をしたのであれば達成感も感じるものだろう。
『………本当に、無茶をするのね。貴方も』
最後の攻防。あのブレスは竜の決死の一撃だった。現段階のジークではまず対処不可能、絶死確定の攻撃のはずだった。
耐えきったのはリヴェリアの魔法と、彼女が与えた『奇跡』によるものが作用したのだ。「一度の攻撃のみ耐えきる」そのような奇跡が彼を生かした。彼女の事を覚えていないあの時の彼が出来るのは、自身の身と武器を捨てた特攻のみ。
その判断は、まさしく正しかった。
その行動に打って出たからこそ、彼は生き残り、あの「竜」に勝つことが出来た。
『………馬鹿な人、そんな無茶をしていたらいずれ死んでしまいますよ。』
彼女はそう呟きながら、手を天に向けてかざす。すると宙に光る星の一つが彼女の手に降りてくる。薄く発光するその星は、少し彼女と彼の周りを飛び回ると彼の中に溶け込んでいく。こんなことをしなくても彼は今回の冒険で次の位階に進んだことだろう。
『うーん………まぁ、少し「鍵」を開けても問題ないですよね。』
無邪気にそんなことを呟く彼女に、輝く星々が困惑するように点滅する。周りの雰囲気が変わったことを感じた彼女が一度彼を撫でる手を止めて宙の星々に向かって微笑む。
女神の「微笑」にも似たその美しい笑みに明滅していた星々が怯えたように一斉に消えて、夜闇の帳のみがその場に残ってしまう。星々の反応に彼女は、はぁと溜息をつき、再度彼の頭を撫で始める。
『──────────
はい、ということで一章完結です。
今回は一問一答は無しで、くっっっっっっそおっそい投稿ペースでお待たせいたしました。
………いやまぁ、待っている読者の方がいるのか?と言われれば自信をもって「いる!」と断言していいものなのか少し考えたいのですが………
ひとまず!それはジークくんのこれからの頑張りと筆者の投稿ペース向上に期待しましょう(後者はどうにかして頑張ります…。)
次回からは二章スタートなのですが、ここから恒常的に新たに登場させたいキャラ(ダンまち、型月の中)を募集したいと思っています。一応何人かは決まっているのですが………まぁそれだけでは面白くないので「こういうキャラと絡ませてみたい」などがあったら書き込んでくれると嬉しいです。
ではまた、第二章でお会いいたしましょう。
話の流れは速い方がいい?それとも遅い方がいい?
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早い方がいい
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遅い方がいい
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てめぇが勝手に決めろ