生還を望む竜殺しの冒険譚 作:瑠衣
第一話
一瞬にして、少年の故郷は滅ぼされた。
何もかもが焦土と化し、育ての親だった冒険者も村の人たちもみんな消し飛んだ。村を焼き、空を覆う怪物たちはもうここには何もないと残酷にこの場から離れようとする。そんな怪物を少年は見ていることしかできなかった。身体が動かない。指先の先にすら力が入んないことに今更ながら気づいた。
怪物は血を出し、その血を少年が浴びてしまう。その血は多くの村人たちが自身の家屋の木材や、調理器具などを使って与えた傷だ。生暖かい怪物の血は少年のなかで何か劇的に変化させようと肉体に染み込んでくる感覚に陥る。毒か何かかと少年は考えるがそんな思考すら回らなくなってくる。
間違いなく、死ぬ。どうあがいても自分には勝てないと理解してしまう。正直言ってしまえば怖い。何もできない今の少年に心の底から何かが込み上げてくる。この感情が一体どういうものなのか少年にはもうわからないが、ただ一つ炎が上がる空を見上げながら、こう思った。
「─────────────。」
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迷宮都市オラリオ
世界でもっとも英雄が集う迷宮都市であり、中央には天を突くような巨大な塔が聳え立っており、数多の冒険者が日々モンスターに挑み血を血で洗う戦いを、『冒険』を繰り広げている。そして外界とオラリオを繋ぐ巨大な市壁は幾人の警備をしている冒険者がおり、オラリオに入ってくる人間を審査している。オラリオではこの世界でのありとあらゆるものが集まる。贅や名声、栄誉、異性との出会い、文字通り『英雄』となることすら叶う。だからこそこのオラリオに、足を運ぶものはそれらを求めてやってくる。警備を行うのは『ガネーシャ・ファミリア』この迷宮都市でも第二級の戦力を誇る都市最大人数の『ファミリア』だ。
「次っ!────って今度のはやけにほっそいな。坊主身分証とか持ってるか?」
「いや、そういった類のものは持っていない。冒険者志望であればその手の物は問題ないと聞いていたのだが間違いだったか?」
「あっ、いや、それなら大丈夫だが……。なんか妙に達観してんな。」
警備をしている男は目の前のフードを被った少年が放つあまりにも年不相応のような雰囲気に少し飲まれる。色白の白髪に赤目というある種の美しさを醸し出している。腰に帯びた剣は一級品とまではいかないがそれなりに業物だと伺える。まるで作り物のような美しさからは少しだけ幼さを感じるも、はっ、とすぐに意識を戻し手続きを進めていく。ファミリアに所属しているか否かを判別する魔道具による検査を行つつ、少年に対していくつか質問をしていく。
「坊主、お前このオラリオに何しに来た?あぁ、冒険者になるってだけが目的でも別にいいんだが─────「生きる事。」…はっ?」
「生きることだ。この答えでは何か問題か?」
一瞬、男の目が点となる。ただ一言、少年は言い切った。その言葉に一体どれだけの重さが載っているのかがわからないが、決して軽んじていいものでもないと男は感じた。一回「すまん」と言葉を投げかけ魔道具の反応を見る。この少年は本当にファミリアにも『
「坊主、お前名前は?」
「あぁ、すまない。名乗っていなかったな。」
そして彼は名乗った。自身に名付けられた、今となっては唯一意味のある真名を。
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あの後無事にオラリオに入れた少年は眼前に広がる街に表情に出さずとも驚いていた。この世界にここまで発展し、賑わっている街はそうないだろう。地上にはモンスターが蔓延り始めて幾千年ダンジョンによって塞がれたとはいえ、まだその存在は脅威になっている。小さい村では日夜その恐怖に怯えている。そんな恐怖を常に払い除けているのがここオラリオの冒険者たちの話だ。
曰く、槍を携え、仲間を鼓舞しながら戦う『勇者』
曰く、杖を構え、数多の魔法を操る『妖精』
曰く、大斧を振るい、一撃のうちに敵を粉砕する『ドワーフ』
─────曰く、風を操り、舞うようにしてモンスターを殺戮する『剣の姫』
その武勇は、オラリオ外の人間たちの希望そのもの。『英雄』足り得る存在に今の『神時代』は成り立っている。少年自身は人伝にしかその手の話を聞いたことなかったが、同年代の村の子供たちはそんな話を聞いてごっこ遊びをしていたのをよく見ていた。
ひとまず、冒険者になるためにはどうするべきか、先ほどの警備の男に言われたのは「ギルドに行け」というものだった。この街は多くのファミリアを統括している「ギルド」という組織が存在しているらしい。そこに行けばファミリアを紹介してくれるのだろうかと若干の期待が籠もる。周りの声を聴き、大体のギルドの位置を把握しつつその場に向かった。
簡単に見つかったことに安堵しつつ、その門をくぐり抜ける。中には多くの冒険者らしき人が受付や換金に列を作っている。辺りを見渡して新人用の受付というものが見当たらず、列の最後尾に並ぼうとする。
そんなときだった。
「おいおい、ギルドにガキが混じってんぞ?」
少年の後ろで声が聞こえた。声音からして中年の男のようだが言葉を投げかけた先が少年本人だという事には気づいていた。振り向くと顔を赤くし明らかに酔っぱらっている三人組の冒険者がこちらを見て嘲けている。一応周りを見渡して少年以外の同年代は見当たらなかったため、彼の言った「ガキ」は少年自身で違いないだろう。
「俺のことでいいんだよな?すまない、横入りになってしまってただろうか?」
「あ゛?……あー、そうだよ!横入りだったんだよなぁ、さっさと退いてくれよ?」
「そうか、すまない。俺の事は気にしないでいいから先に行ってくれ。」
少年は男たちを先に行かせようと列を譲る。男たちは下卑た笑みを浮かべながら少年の横を通り過ぎようとし……
「おっっっと!」
「──────ッ!」
通り過ぎようとした瞬間、あからさまに少年に向かってぶつかってくる。冒険者であればこの程度の荒事日常茶飯事ともいえるものだ。確かにこのギルドで諍いを起こしてしまえばそれ相応のペナルティを負うことになるだろうが、酔っぱらっている男の頭の中にはそんな考えはないだろう。もっともこの程度の事でギルドもわざわざ折檻することもない。
周りの冒険者も、日常風景となりつつあるその光景になんだなんだと囃し立てる。ここまではいい。このままであれば冒険者である男にギルドがペナルティを科して終わりで済んだ。そうこれはぶつかったのが
少年が吹き飛び、腰に差していた剣をその場に落としながら壁にぶつかる。その場には一瞬の静寂が包み込み、次の瞬間には騒然とした喧騒の代わりに動揺が戻ってくる。周りの冒険者たちが常軌を逸した光景に目を疑う。壁にぶつかった少年は痛みから一瞬気を失っていたもののすぐに目を覚まし、頭のどこかを切ったのか血が流れているのを確認した。頭痛と背中の痛み。あの日以降ここまでの傷を負ったことはなかったが、久方ぶりの痛みに若干動揺する。
「だ、大丈夫ですか!?すぐに
受付から何人かのギルドの職員らしき人物がこちらに駆け寄ってくる。朦朧とした視界の中最後に聞こえたのはそんな声だった。
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目が覚めて最初に見たのは、見知らぬ天井だった。寝転がっている身体にかかっている掛布団を退かして辺りを見渡すと、部屋には誰もいなかった。横には果物と少年が持っていた荷物、剣が置いており、誰かが見舞いに来たようだが少年の身内は、このオラリオにはいない。
ならば、と思い思考を巡らせようとすると部屋の扉をノックする音が聞こえた。入ってきたのは二組の男女だ。女性の方は糸目で緋色の髪を持ち、人間ではない雰囲気を醸し出しもう片方の男性を揶揄いながら歩いてくる。そして男性の方は金髪碧眼を持ち、見た目こそ幼げな少年の容姿だがそれは彼の種族が《
「おっ、目ぇ覚めとったな!よかったよかった!」
「すまないね起き抜けに。いきなりこんな状況で驚いているだろう。」
「……貴方たちは?」
少年は見たことのない人物たちに対して問いかける。目の前の人物たちを少なくとも少年の記憶上では見たこともなかったからだ。そんな彼の質問に答えるべく口を開いたのはパルゥムの男性だ。
「僕の名はフィン・ディムナ、一応この横にいる神のファミリアで団長をしている。」
「そんで、ウチがロキやでー!こう見るとほんっと綺麗な顔しとるなぁ~。眠ってるときも見とったけどまるで男版アイズたんやな!」
「?????」
そのアイズタン?とやらもわからない少年はロキと名乗った神のそのテンションの高さに少しだけ引いてしまう。神というものを始めて見たからこそ、動揺もあったのだろう。フィンと名乗ったパルゥムは少し呆れたように笑いながらも、話を戻そうとしてきた。
「すまないね、こんな神だけど普段はもっと落ち着いているんだ。」
「そ、そうなのか…。どうして俺がここに寝ていたのか聞いてもいいだろうか?」
そうしてフィンは少年に対して、今回の騒動の顛末を説明し始めた。初めに少年が驚いたのは自分が気絶してからすでに五日が経過しているということだった。これだけ長く意識を失っていたせいなのかどうにも身体が重い感じがしていたのはそういうことだったようだ。
あの時、少年にぶつかってきたのはフィンのファミリアのメンバーだったらしく最近レベルが上がったということで調子に乗ったところに酒の勢いのせいで冷静な判断ができていなかったらしい。あの後ギルドの管轄内で起こした不祥事ということでファミリアの方に責任を問われ、少年の身分が冒険者ではなかったということもあり当面の治療費を受け持つという形になっているらしい。
「当然、酒の勢いとはいえ冒険者でもない君を傷つけた彼らを僕らがファミリアに置けるわけもなく、ファミリアを脱退させた。もちろん君が望むのなら他にも要望は聞くつもりだ。」
「そうなのか……。」
考える。こう何をしてほしいかと聞かれると、思いつかないのが人間という生き物である。【ロキ・ファミリア】が一体どれだけの派閥なのかはわからないが、ここまでしっかりとした口調で宣言した。ということは、このオラリオでは相当高い位置にあるファミリアなのだろう。そんなところに恩恵も持たない少年が願えること……と考えていると、確かに一つ。叶えてもらいたいものがあったと思い出した。
「なら───────俺を、貴方たちのファミリアに入れてほしい。」
「ファミリアに?それは……でもいいのかい?そんなことで?」
元々、所属できる【ファミリア】を探していた少年にとって、その提案は自身が求めているもっとも必要なものだと感じた。提案されたフィン個人もファミリアの入団には好意的ではあったが、その程度の事で許してもらえるのなら、とも考えていた。
だがフィン・ディムナではなく【ロキ・ファミリア】団長「
「まーまーフィン!気にするとこちゃうでこれ!この子なーんも隠しとらんし、ただ純粋にファミリアに入りたがっとるだけや!」
「だから、最初からそういっているのだが……?」
少年の困り顔とロキの言葉を聞いて、フィンもようやく落としどころを見つけだす。これを伝えるためにもまずはファミリアに所属してもらった方が早いだろう。
「わかった、リヴァリアやガレス達には僕から伝えておこう──────そういえば僕としたことが君の名前を聞くのを忘れていた。同じ
「すまない、そういえば名乗るのを忘れていた。」
そういえばこんな事、先ほどもあったようなと考えながら今度からは自身から名乗ろうと思案する少年も「勇者」の前で名乗りを上げる。フィン自身はその姿にどこか期待の求める表情を浮かべる。ロキも面白いものをみつけたと笑みを浮かべる。
「俺の名はジーク、【ジーク・ニーヴェルン】だ。よろしく頼む。フィン・ディムナ」
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あっ、批判とかも全然オッケーですぜ。