こちら、世界征服推進部ソロモンである   作:兵隊

106 / 113
第10話 立ち止まる者、進む者

 

 

 リオ会長に既読スルーされてから、十数日以上が経過した。

 

 本当はそっと、しておくべきなのはわかってる。

 会長は普段から多忙なのは、バカなワタシだってわかってる。ミレニアムの経費に目を通したり、予算がどれほどなのか計算して、ネルちゃんが任務とかで壊したもろもろの修繕費に頭を悩ませたり、ワタシのちょっぴりのやらかしのフォローをしてくれたり。

 

 他にも、ワタシが知らない所で、忙殺される日々なのだろう。

 

 それこそ、最近の問題。

 ミレニアムに転校してきた天童アリスちゃんの対応に、追われているのだと思う。

 

 ワタシはリオ会長のように聡明じゃない。

 苦労を分かち合えるほど、頭が良い訳じゃない。それこそ、会長と同じ視点を持っているヒマリさんのように、賢くないワタシだけど会長が今、大変である事はわかっている。

 

 何せ、キヴォトスを終わらせるほどの武力を、アリスちゃんは持っている。

 

 それが、リオ会長の結論。

 それには、ヒマリさんも同じ見解を示している。だって、そのことに関しては、ヒマリさんは否定しなかったから。あの人なら、間違っているのなら間違っていると、糾弾すると思うから。

 

 それがないのなら、つまりはそういうことなのだろう。

 

 想像力が豊かではなく、考え無しのワタシには、途方もない話だ。

 

 こればかりは、無理もないと思う。

 人畜無害な子を指して、『この子は世界を滅ぼすほどの力を持っています』って言われても納得出来る筈もない。

 

 性質の悪い冗談だ。

 でも、冗談ではない事は、リオ会長の人柄が証明している。あの人は、そんな趣味の悪い冗談を、絶対に言わないから。

 

 誰よりも何よりも、アリスちゃんがどれほどの存在なのか、把握しているからこそ、会長は忙しくワタシに構っている余裕がないことはわかる。

 

 でも────。

 

 

「うん、だとしても……」

 

 

 それでワタシが行動しないのは、何かが違うと思う。

 

 2日、3日なら、様子を見ていた。

 でもそれ以上になると、やはり心配が勝ってしまうのは、ワタシが面倒臭い女だからだろうか。

 

 だけど、ごめんなさい、リオ会長。

 ワタシは知っている。経験もしているし、後悔もした。

 このままでは、駄目だと思う。嫌われるかもしれないけど、会長とお話しないといけない。ワタシ達はお話しをしないと、いけないんだよ。

 

 だって、ワタシは知っているから。ちゃんと言葉にしないと伝わらない事を────。

 相手に気を使いすぎて、対話を怠った末路を、ワタシは良く知っているから────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシが向かったのは、ミレニアムタワーの最上階。

 セミナーの執務室がある一室。つまりは、リオ会長がいるであろう場所。

 

 エレベーターに乗り、最近向かっている部室階を通りすぎて、最上階を目指す。

 何も問題なく、停止する事もなく、まるで直通のように、エレベーターは他の階層で止まることなく、最上階へとワタシを連れて行ってくれた。

 

 降りて目に付くのは、セミナーの執務室へと続くドア。

 その前に。

 

 

「オウヒ」

 

 

 トキちゃんが立っていた。

 まるで、ワタシがくる事を予期していたかのように。

 

 トキちゃんは驚くことなく、あまりにも無表情で、でも隙がない調子で、ワタシに声をかけた。

 

 

「何をしにここへ?」

 

「なに、いつまで経っても、余のモモトークを既読スルーし続ける薄情者に、一言文句を言ってやりたくてな」

 

 

 ククッ、と笑みを貼り付けてワタシは言う。

 勿論、嘘だ。文句なんてある筈もない。ワタシが来たのは、会長とお話しをしたいから。

 

 少し前に、満足に寝てない様子のリオ会長を見ている。

 あれから様子が変わってないようなら、お話しをする前に無理矢理寝かしつけるし、様子がおかしいのなら話だけでも聞くために、ここまで来ただけに過ぎない。

 

 トキちゃんは冷静な態度を崩すことなく。

 

 

「リオ様はいませんよ」

 

「……ほう?」

 

 

 ワタシは意識をセミナーの執務室へと向けた。

 確かに、トキちゃんの言うとおり、誰一人気配を感じない。完璧に無人であり、リオ会長の気配はそこにはなかった。

 

 

「リオはどこへ?」

 

「……お答え出来ません」

 

()()()()()()、か……」

 

 

 奇妙な言い回しだと思った。

 知らない、のではなく、答えられない。それはつまり、知っているけど教えられないということだろう。

 誰がトキちゃんを口止めしているのか、それは明白。

 ────リオ会長は、ワタシと会いたくない、という明確な意思表示。

 

 

「……」

 

 

 ワタシは思わず、無意識で、目を伏せてしまった。

 だってそれは、明白な拒絶だったから。リオ会長はワタシに会いたくないから、行き先を告げないように、トキちゃんに厳命しているのだから。

 

 でもそれは一瞬。

 瞬きするくらいの間であり、トキちゃんに気付かれて困らせてはいけないと思い、直ぐに調子を取り戻して。

 

 

「戯けた女よ。アレだけ余の力を借りると嘯いておきながら、一向に声がかからぬのはどういうつもりか?」

 

「それに関しましては、リオ様にも事情があります」

 

「で、あろうとも。しかし、此度は余の憤りも、是非もあるまい。この身は闘うだけのモノ。戦がなく声もかからず、刃を磨いているだけでは、腕も落ちる、というものだろうよ」

 

「オウヒから見て、アリスはどのような生徒ですか?」

 

 

 どうして、アリスちゃんと交流しているのを知っているのか、ワタシには驚きはなかった。

 きっと、誰かからの伝で聞いているのだろう、と勝手に納得する。

 

 ワタシはトキちゃんの漠然とした問いに、少しだけ考えて。

 

 

「至って普通な生徒だ。ときたま、言動が奇天烈な事はあるがな」

 

「そう、ですか……」

 

 

 トキちゃんは涼しい顔を少しだけ歪ませて、どこか言い淀むように。

 

 

「オウヒ」

 

「何だ?」

 

「これ以上、天童アリスと関わるべきではないと思います」

 

「……何故だ?」

 

 

 ワタシは訝しむ顔で問いを投げた。

 

 トキちゃんは意地悪な娘じゃない。

 表情を崩さずに、突拍子もない発言をして、ワタシとリオ会長を困惑させる事はあるけど、何者かを陥れて悦に至るような、下種な娘では決してない。

 

 関わるべきではない、と忠告するのだって理由がある筈だ。

 

 でもトキちゃんは、眼を伏せて、申し訳なさそうに。

 

 

「……言えません」

 

「そうか……」

 

 

 

 それも、口止めされてるんだ、と。

 もしくは、本当に言えない理由があるのか。

 

 どちらだとしても。

 

 

「トキちゃんよ、貴様も損な役回りだな」

 

「……いいえ、必要なことです」

 

「で、あるか」

 

 

 これ以上の問答は不要であるし、トキちゃんを困らせる事だと、ワタシは断じると来た道へ踵を返す。

 その際に、天井の角に設置された監視カメラを一瞥して、トキちゃんへ背中越しに。

 

 

「リオに、言伝を頼む」

 

「はい……」

 

「無理はするな、と。それから────」

 

 

 

 

 

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

 

 

 

 ミレニアム自治区の近郊にある建物の中に、調月リオはいた。

 

 建物には薄暗く、外の太陽光がはいらないものの、壁に設置されている時計から正午に差し掛かろうとしていることがわかる。

 

 何台もあるモニター。

 映し出されているのは何かのパラメータの表であり、グラフであったり、数値が入力されていた。

 絶え間なく数値が変動し、常人では追いきれない情報の渦。それらすべてに目を通し、モニターの前に座してリオは手に持っているタブレットに新しい数値を入力していく。

 

 その表情は晴れる事はない。

 疲労と喪失。そして、苦渋が色濃く表情として浮かんでいる。

 

 その双眸もどこか陰り、眼の下には濃い隈が出来ている。

 それだけでも、リオが満足に睡眠をとっていないことがわかる。

 

 それでも、リオの手は止まらない。 

 何かを模索するかのように、諦めの悪い子供のように、現実を受け入れられないロマンチストのように、新しい数値を入れては消し、それを何度も何度も繰り返す。

 

 そこへ。

 

 

「……──」

 

 

 リオの端末が鳴り、そこでやっと彼女の手が止まった。

 今まで時計すら見ずに没頭していたのか、設置している時計に一瞥をして、リオは端末を操作し、耳に当てて。

 

 

「どうしたの、トキ?」

 

『リオ様、ご報告があります』

 

 

 端末の奥の声────トキは極めて冷静な口調で事実だけを述べる。

 

 

『先ほど、オウヒが来ました』

 

「そう」

 

 

 ギュっ、と。

 心臓がどこか、締め付けられる感覚に陥るが、それを気のせいだと断じて。

 

 

「あの娘はなんて?」

 

『モモトークの既読スルーされていることに、大変立腹していました』

 

 

 確かに。

 オウヒから、アリスの件で話がある、とモモトークがきて十数日は経過しようとしていた。

 

 忘れていたわけではない。忙しいから優先順位を低くしていたわけでもない。

 

 それよりも単純な話だった。

 返さない理由は────。

 

 

『リオ様、そろそろ返信してあげてもいいのでは?』

 

「……まだ、その時ではないわ」

 

 

 返さない理由は、オウヒに合わせる顔がない、ただそれだけの理由だった。

 

 自然と、リオは端末を握る手が強くなる。

 彼女はそんな自分の状態にすら気付かないまま、続けて言う。

 

 

「他には何か言っていたかしら?」

 

『言伝が一つ』

 

 

 それはなにか、と聞く前にトキが口を開いた。

 

 

『無理はするな。あとは────』

              『────貴様は一人ではない、必ず話すぞ、と。』

 

 

 

 

 

 

 

 それからゲーム開発部を監視するよう指示をして、リオはトキとの通話を切った。

 彼女は糸が切れたように、座っていた椅子に持たれかかるように、力なく座る。

 

 それから端末を操作して、一つの映像をモニターに映した。

 そこに映し出されたのは、ミレニアムタワーにあるセミナー執務室のドアの前の風景。

 二人の人影があり、数十分前のオウヒとトキの姿がそこにはあった。

 

 帰る頃の映像だろうか。

 オウヒはカメラに一瞥している状態で、映像は停止している。

 

 無意識の行動だった。

 縋るように、助けを乞う様に、リオはオウヒの映ったモニターに手を伸ばす。

 

 同時に、幻視する。

 

 

「…………っ!?」

 

 

 ────血塗れになっている、自身の手を、リオは幻視した。

 

 すぐに目をこすり、改めて自分の手を見るが、いつもの細い指と小さい手がそこにあった。

 血が付着しているわけがない。きっと、満足に寝てない理由で、疲労している脳が見せた幻なのだと、結論付ける。

 

 だが。

 

 

「いいえ……」

 

 

 それを、リオ自身が否定する。

 

 幻ではない。錯覚でもない、妄想なわけがない。

 きっと、先ほどの幻覚は、これからの自分の手なのだろう、と断じた。

 

 非科学的であり、非合理であり、自分らしくないとリオ自身も思っている。

 

 でも、そう思わざるを得なかった。

 何せ、リオは、これから────天童アリスという罪もない生徒を、殺そうとしているのだから。

 

 キヴォトス住まう住人は、身体が頑強なのは言うまでもない。銃弾が当たろうとも死に至る事はなく、爆発も同様である。

 だからこそ殺人は、キヴォトスにおいて外の世界よりも、最も禁忌とされている行為であった。

 いついかなる理由があろうとも、どのような原因があろうとも、殺人は許されない。キヴォトスの住人は頑強だからこそ、死は縁遠いものであり、外の世界よりも、人を殺めるという行為は、何よりも禁忌とされていた。

 

 それを、リオは、手に染めようとしている。 

 何故なら、それしかなかった。調べれば調べるほど、天童アリスという存在は脅威であり、比喩などではなくキヴォトスを滅ぼす力を持っていた。

 

 抑えるの不可能であり、力に目覚めてしまえば終焉は免れない。

 ある種の時限爆弾といっても過言ではない。そんな存在をどうするか。リオには爆発する前に処分する、といった方法しか思いつかない。

 

 どれだけ理由を並べても、殺人は殺人だ。

 自分が落ちるのは地獄であると、リオは断じている。

 

 

 ──それが私の罪。

 ──アリスを排除して、結果どんな末路になろうとも構わない。

 ──痛めつけられても、どうなろうとも、世界を救えるのなら、それでいい。

 ──でも……。

 

 

 そこまで考えると、脳裏に過ぎるのは三人の姿だった。

 トキは自分に付き従ってくれるだろう。コンサバティブちゃんも同様だ。二人の見解は、あまりにもリオに良く似ていたものだから。小を切り捨てて、大を救えるのなら、そうするべきだ、と。

 

 しかし。

 

 

 ──オウヒは違う。

 ──あの娘は、きっと。

 

 

 そう、きっと。

 アリスを救いたい、と思うだろう、と。

 

 オウヒの過去は調べている。

 聖園ミカと争い、陸八魔アルと浅黄ムツキに絆を深め、何よりも友情とはどのようなモノかを理解しているだろう。

 そんな人物が、言動や態度が好戦的なものであるものの、その胸のうちに確かな善性を宿す者が、リオの非人道極まる計画に賛同するだろうか。

 

 リオは、否であると、と断じる。

 

 

 ──私は拒絶されるのでしょうね。

 ──えぇ、それは絶対。

 ──それがどれだけ大儀があろうと、オウヒは受け入れない。

 ──わかっているわ、そんなこと。

 ──わかって……。

 

 

 そこまで考えると、リオは顔を覆う。

 見たくない現実に目を背けるように、リオは目を閉じて、手で顔を覆う。

 

 リオがオウヒとの会話を拒否するのは簡単だった。

 彼女は、拒絶されたくないのだ。

 

 自分のやってきたことを、間違ってないと断じてくれたオウヒを。

 自分の陰口を口にする生徒に向かって、臆面もなく自身の意見を貫き通したオウヒを。

 こんなどうしようもない自分を見捨てず、傍に居てくれたオウヒを。

 リオは拒絶されたくなかった。

 

 

 オウヒに、敵として見られるのが、何よりも恐ろしかった。

 

 

「なにを、今更、言っているのかしらね……」

 

 

 合理的に考えれば、リオは間違っていない。

 途方もない力の前では、ヒトとは無力であり、それに抗うには何かを犠牲にすることも必要だ。

 大儀の前では、仕方ない事だってある。綺麗事では世界を救えないし、何者かが汚れ役となり、種を存続させなければならない。

 

 それでも、だとしても、リオは自身を悪であると断じて、()()()()()()と吐き捨てる。

 

 正しいわけがない

 一人を犠牲にして、大勢を生かすなど、正しい筈もない。

 

 故に、諦めずに、寝るのも惜しんで、別の道を模索した。

 その度、絶望がリオの華奢な両肩にのしかかる。

 回避する方法はなかった。アリスを殺すしか、手がなかった。それしか、リオには、思いつけなかった。

 

 そんな自分を。

 

 

「私を、貴女は、なんて言うのかしら……」

 

 

 もう一度、久しく見ていなかったオウヒの顔を見る。

 トキは立腹していたというけれど、その表情は心なしか労わるそれだった。

 それを見て、リオは堪えきれないように。

 

 

「……っ、ぅ……っ……っ!」

 

 

 声を殺して、嗚咽混じりに、その目から涙を零す。

 泣く権利なんて、自分にはないことをわかっていながら、来る拒絶の恐怖から、リオは身体を震わせる。

 

 

 

 






Q.リオ会長、オウヒに脳を焼かれてる?

A.焼かれてます。原因は『Vol.0 最終話 リオ会長がデレないのは不具合だと思う』を参照お願いします(ダイマ)
 褒められたい認められたいって生徒に、本人が知らぬ所であんなことを言うやつが居たら、それは可愛がるし、依存するよね、って。



Q.本編軸よりもリオ会長か弱くない?
 
A.本来はこんな感じかと。本編とは違い、全肯定してくれるポンコツがいるので、心に余裕があります。余裕があるからこそ、本編よりも周りが見えちゃって、形振り構わず進めてません。結果、過度のストレスで眠れず、曇るリオ会長の出来上がり。やったね。

 
Q.アリスの対処をぼかしていたのは

A.オウヒに嫌われたくないから。可愛いですね。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。